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「もう限界だ! 俺は王子だぞ! こんな泥にまみれて、虫と格闘し、ジャガイモの機嫌を伺う毎日なんて、もう耐えられん!」
午後の農場に、リュカ王子の悲痛な叫びが響き渡った。
彼は手に持っていた鍬を地面に投げ出し、真っ赤な顔でシャーミーに詰め寄る。
その指先には、かつての白皙(はくせき)の面影はなく、泥の汚れと小さな切り傷が刻まれていた。
「あら、ようやく王子様らしいワガママが出たわね。三日も持ったのは褒めてあげるわ。で、投げ出した鍬はどうするの? 自分で拾わないなら、そのままそこに埋めてあげましょうか?」
シャーミーは冷ややかに応じ、手慣れた手つきで土を均していく。
その余裕のある態度が、さらにリュカの導火線に火をつけた。
「シャーミー! 君は冷たすぎる! 俺がどれだけ君のために、この卑俗な労働に従事してきたと思っているんだ! すべては君を王宮へ連れ戻し、また俺の隣で微笑ませるためだというのに!」
「笑わせないで。私が王宮で微笑んでいたのは、あなたのあまりの無能さに呆れて、乾いた笑いが出ていただけよ。隣で支えていたんじゃないわ、あなたの代わりに這いつくばって仕事を回していたの!」
「なんだと!? 俺のカリスマ性が国を動かしていたと言ったのは君じゃないか!」
「それはそう言わないと、あなたが拗ねて執務室から逃げ出すからでしょうが!」
二人は額が触れ合うほどの距離で、激しく睨み合った。
火花が散るような視線の応酬。
だが、その背後で見守る面々の反応は、極めて温度が低かった。
「おやおや。今日も始まりましたな。本日の『痴話喧嘩・泥まみれ編』、なかなかの迫力でございます」
セバスが手際よく淹れたハーブティーをカイルに差し出す。
カイルは眼鏡の曇りを拭いながら、呆れたように戦況を見つめていた。
「……あれを喧嘩と呼ぶのは、喧嘩という言葉に失礼だ。どう見ても、息の合った掛け合いにしか見えない。……おいマイカ、お前は何を笑っている」
「だってカイル様、見てください! リュカ様もお姉様も、あんなに一生懸命にお互いの顔を見て……。愛の熱量が凄すぎて、周りのジャガイモが茹で上がっちゃいそうですわ!」
マイカはうっとりと手を組み、幸せそうに身悶えている。
その隣では、幽霊の白ちゃんが「いいぞもっとやれ」と言わんばかりに、浮かせた小石を王子の尻にぶつけていた。
「いい、殿下! あなたが『王子』でいられるのは、誰かが泥を被って支えているからなのよ! それを理解できないなら、一生そこで土と語り合っていなさい!」
「俺は理解しているさ! だからこそ、君を迎えに来たんだ! 君がいなければ、俺のポエムは完成しない! 俺の人生は、ソースのないステーキのようなものなんだ!」
「例えが食い意地張ってんのよ! 私はステーキの付け合わせのジャガイモで十分なの! メインディッシュ(あなた)なんて、胃もたれするからお断りよ!」
シャーミーがリュカの胸を力いっぱい突き放した。
リュカはたたらを踏み、運悪く背後の泥溜まりに尻餅をついた。
「あ……。俺の、俺の特注の(泥まみれの)ズボンが……」
「……ふん。似合ってるわよ。王都の流行の最先端にしてあげれば?」
シャーミーは吐き捨てるように言うと、ぷいっと背を向けて作業に戻った。
だが、その足取りはどこか落ち着かない。
あれほど言い返したのに、胸の奥には妙なモヤモヤが残っていた。
「……シャーミー、少し頭を冷やせ」
カイルが歩み寄り、冷たい水が入った水筒を差し出してきた。
「カイル……。見てたのね。情けないわ、あんなバカ相手に本気になっちゃって」
「情けなくはないさ。……君が誰かに対してこれほど感情を剥き出しにするのは、珍しいからな。王宮にいた頃の君は、もっと……氷のように無機質だった」
カイルの言葉に、シャーミーは言葉を詰まらせた。
確かに、泥まみれになって、声を荒らげて、思い切り誰かを罵倒する。
それは「完璧な悪役令嬢」だった頃には、決して許されない、人間らしい振る舞いだった。
「……あいつ、本当にバカなんだから。私がいないと、靴紐も結べないくせに」
「ああ、知っている。だからこそ、君がこうして『自由』を謳歌しているのが、あいつには耐えられないんだろう。……自分を置いて、君だけが幸せになるのがな」
二人の会話を遮るように、泥まみれのリュカが立ち上がり、再び叫んだ。
「シャーミー! 俺は認めないぞ! 君が俺以外の男(カイル)と親しげに話すのを! 俺は明日も耕す! この農場を、世界で一番豪華な泥の城にしてやるからな!」
「勝手にしなさい! その代わり、明日は二倍よ! 二倍働くのよ!」
「望むところだあああ!」
夕暮れの空に、二人の怒号がこだまする。
それは、傍から見ればどこまでも滑稽で、しかし不思議なほどに「お似合い」な二人組の、全力の日常だった。
「……さて。明日は筋肉痛で動けない殿下を、どうやって畑まで引きずっていくか。今から計算しておくとしよう」
カイルが不敵に笑い、手帳にペンを走らせた。
シャーミーの農場は、今日も平和(?)な騒乱に包まれて、夜を迎えようとしていた。
午後の農場に、リュカ王子の悲痛な叫びが響き渡った。
彼は手に持っていた鍬を地面に投げ出し、真っ赤な顔でシャーミーに詰め寄る。
その指先には、かつての白皙(はくせき)の面影はなく、泥の汚れと小さな切り傷が刻まれていた。
「あら、ようやく王子様らしいワガママが出たわね。三日も持ったのは褒めてあげるわ。で、投げ出した鍬はどうするの? 自分で拾わないなら、そのままそこに埋めてあげましょうか?」
シャーミーは冷ややかに応じ、手慣れた手つきで土を均していく。
その余裕のある態度が、さらにリュカの導火線に火をつけた。
「シャーミー! 君は冷たすぎる! 俺がどれだけ君のために、この卑俗な労働に従事してきたと思っているんだ! すべては君を王宮へ連れ戻し、また俺の隣で微笑ませるためだというのに!」
「笑わせないで。私が王宮で微笑んでいたのは、あなたのあまりの無能さに呆れて、乾いた笑いが出ていただけよ。隣で支えていたんじゃないわ、あなたの代わりに這いつくばって仕事を回していたの!」
「なんだと!? 俺のカリスマ性が国を動かしていたと言ったのは君じゃないか!」
「それはそう言わないと、あなたが拗ねて執務室から逃げ出すからでしょうが!」
二人は額が触れ合うほどの距離で、激しく睨み合った。
火花が散るような視線の応酬。
だが、その背後で見守る面々の反応は、極めて温度が低かった。
「おやおや。今日も始まりましたな。本日の『痴話喧嘩・泥まみれ編』、なかなかの迫力でございます」
セバスが手際よく淹れたハーブティーをカイルに差し出す。
カイルは眼鏡の曇りを拭いながら、呆れたように戦況を見つめていた。
「……あれを喧嘩と呼ぶのは、喧嘩という言葉に失礼だ。どう見ても、息の合った掛け合いにしか見えない。……おいマイカ、お前は何を笑っている」
「だってカイル様、見てください! リュカ様もお姉様も、あんなに一生懸命にお互いの顔を見て……。愛の熱量が凄すぎて、周りのジャガイモが茹で上がっちゃいそうですわ!」
マイカはうっとりと手を組み、幸せそうに身悶えている。
その隣では、幽霊の白ちゃんが「いいぞもっとやれ」と言わんばかりに、浮かせた小石を王子の尻にぶつけていた。
「いい、殿下! あなたが『王子』でいられるのは、誰かが泥を被って支えているからなのよ! それを理解できないなら、一生そこで土と語り合っていなさい!」
「俺は理解しているさ! だからこそ、君を迎えに来たんだ! 君がいなければ、俺のポエムは完成しない! 俺の人生は、ソースのないステーキのようなものなんだ!」
「例えが食い意地張ってんのよ! 私はステーキの付け合わせのジャガイモで十分なの! メインディッシュ(あなた)なんて、胃もたれするからお断りよ!」
シャーミーがリュカの胸を力いっぱい突き放した。
リュカはたたらを踏み、運悪く背後の泥溜まりに尻餅をついた。
「あ……。俺の、俺の特注の(泥まみれの)ズボンが……」
「……ふん。似合ってるわよ。王都の流行の最先端にしてあげれば?」
シャーミーは吐き捨てるように言うと、ぷいっと背を向けて作業に戻った。
だが、その足取りはどこか落ち着かない。
あれほど言い返したのに、胸の奥には妙なモヤモヤが残っていた。
「……シャーミー、少し頭を冷やせ」
カイルが歩み寄り、冷たい水が入った水筒を差し出してきた。
「カイル……。見てたのね。情けないわ、あんなバカ相手に本気になっちゃって」
「情けなくはないさ。……君が誰かに対してこれほど感情を剥き出しにするのは、珍しいからな。王宮にいた頃の君は、もっと……氷のように無機質だった」
カイルの言葉に、シャーミーは言葉を詰まらせた。
確かに、泥まみれになって、声を荒らげて、思い切り誰かを罵倒する。
それは「完璧な悪役令嬢」だった頃には、決して許されない、人間らしい振る舞いだった。
「……あいつ、本当にバカなんだから。私がいないと、靴紐も結べないくせに」
「ああ、知っている。だからこそ、君がこうして『自由』を謳歌しているのが、あいつには耐えられないんだろう。……自分を置いて、君だけが幸せになるのがな」
二人の会話を遮るように、泥まみれのリュカが立ち上がり、再び叫んだ。
「シャーミー! 俺は認めないぞ! 君が俺以外の男(カイル)と親しげに話すのを! 俺は明日も耕す! この農場を、世界で一番豪華な泥の城にしてやるからな!」
「勝手にしなさい! その代わり、明日は二倍よ! 二倍働くのよ!」
「望むところだあああ!」
夕暮れの空に、二人の怒号がこだまする。
それは、傍から見ればどこまでも滑稽で、しかし不思議なほどに「お似合い」な二人組の、全力の日常だった。
「……さて。明日は筋肉痛で動けない殿下を、どうやって畑まで引きずっていくか。今から計算しておくとしよう」
カイルが不敵に笑い、手帳にペンを走らせた。
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