泥まみれ悪役令嬢、隠居先で帝国を築く?

ハチワレ

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「……よし、書けたわ! これこそが、私とフォールン領、そして王家との『永久不可侵・ジャガイモ供給特約』よ!」

収穫の熱気が冷めやらぬ別荘の居間。
シャーミーは、書き上げたばかりの羊皮紙を高く掲げ、勝ち誇った笑みを浮かべた。
そこには、元悪役令嬢としての智略と、農場主としての強欲さが凝縮された条項がびっしりと並んでいる。

「……どれ。……相変わらず、君の書く契約書は相手に一切の慈悲がないな」

隣に座るカイルが、新しい眼鏡(村長から譲り受けた老眼鏡もどきではない、本来の予備)を押し上げ、書面を検分する。
彼は昨夜の情熱的な態度をどこへやら、今はプロの宰相としての目つきに戻っていた。

「当然よ。譲歩はジャガイモの皮一枚分も許さないわ。……ねえカイル、この『第一王子リュカは、農繁期に限り、一労働力として無償で派遣されるものとする』という項目、通るかしら?」

「陛下なら、喜んで判を押すだろうな。王宮でポエムを書かせておくより、ここで石を運ばせる方が国の将来のためになる。……だが、こちらの項目はどういう意図だ? 『シャーミー・フォールンの自由な隠居生活を妨げる者は、罰金として年収の三割を供出すること』」

「それはもちろん、王宮からの『戻ってきてコール』を防ぐための防壁よ。私はもう、二度とあの息の詰まるコルセットと、中身のない夜会には戻らないんだから!」

シャーミーは机を叩き、鼻息荒く宣言した。
カイルはそんな彼女の顔をじっと見つめ、ふっと短く笑った。

「……君が本気なのは分かった。……ならば、この私が『王国宰相』の名において、この契約を陛下に認めさせてこよう」

「えっ、カイル、あなたが王都へ行くの?」

シャーミーの胸が、一瞬だけ締め付けられた。
カイルが王都へ戻る。それは、彼が本来の、雲の上の存在に戻ることを意味していた。
この数ヶ月、一緒に泥をこね、芋を焼き、たまに(?)壁ドンされるような、奇妙で騒がしい日常が終わってしまう。

「……何だ。その、今にも『行かないで』と泣き出しそうな顔は。……君の計算に、私の不在は含まれていなかったか?」

「だ、誰が泣くもんですか! あなたがいない方が、食費が浮いて助かるわよ! 最高級のジャガイモが、一日三食分も余るんだからね!」

「……嘘が下手だな。……安心しろ、シャーミー。私は『契約を認めさせる』と言ったんだ。……その後、どこで働くかは、この私が決めることだ」

カイルは立ち上がり、シャーミーの頭をぽん、と軽く叩いた。
その手の温もりに、シャーミーはまたしても調子を狂わされる。

「……待っていろ。すぐにこの国の『自由の女神』を正式に承認させてきてやる」


翌日。
カイルは、リュカ王子とマイカ、そして捕虜同然の騎士たちを引き連れて、王都へと出発することになった。

「シャーミー! 待っていてくれ! 俺は王都で、真のジャガイモの魅力を伝える使者となってくる! そして、必ずや君の元へ……痛っ! カイル、引っ張るな!」

「殿下、うるさいです。早く馬車に乗ってください」

リュカは泥だらけの服を着替えさせられ、不満げに馬車へと押し込まれた。
その隣で、マイカが窓から身を乗り出して大きく手を振る。

「お姉様! 私、王都で『ジャガイモお団子』を流行らせておきますわ! またすぐに、遊びに来ますからね!」

「ええ、歓迎するわよ。……ただし、次からは自分のスコップを持参しなさいよ!」

シャーミーが笑顔で見送る中、最後の一台の馬車の前で、カイルが足を止めた。
彼は背を向けたまま、低い声で呟く。

「……シャーミー。……私が戻ってきたら、その時はジャガイモの話ではない、『未来』の話をさせてもらうぞ」

「……未来? 収穫高の予測なら、もう済んでるわよ」

「……馬鹿。……まあいい。せいぜい、首を長くして待っているんだな」

カイルはそれだけ言い残し、颯爽と馬車に乗り込んだ。
遠ざかっていく黄金の馬車。
静かになった農場で、シャーミーは一人、泥だらけの鍬を握りしめて立ち尽くしていた。

「……あいつ、最後まで偉そうなんだから。……でも」

シャーミーは自分の左胸に手を当てた。
カイルがいなくなった後の庭は、驚くほど広く、そして少しだけ肌寒かった。

「お嬢様、寂しいなら白ちゃんに『カイル様の幻影』でも映させましょうか?」

「……セバス、埋めるわよ。本当に土の中に埋めるわよ」

セバスの軽口にいつものように返しつつ、シャーミーは青空を見上げた。
自由への最終ステップ。
それは、王宮からの独立だけでなく、カイルという男を「対等なパートナー」として迎え入れるための、心の準備期間でもあった。

「よし! しんみりしてる暇はないわ! レオ! 冬越しの準備に取り掛かるわよ! カイルが戻ってきた時に、最高にホクホクの芋を食べさせてやるんだから!」

「了解だよ、お姉さん! ……あ、カイル様の分だけ、わざと少し焦がしておく?」

「いいわね、それ採用!」

シャーミーの高笑いが、再び農場に響き渡った。
彼女の真の自由と、新しい恋の始まり。
その物語は、王都との最終交渉という、最大の山場を迎えようとしていた。
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