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「ぬぅおおおおおらあああああ! 上がれ! 私の、そして世界の広背筋よーっ!!」
辺境の崖の上にそびえ立つ、通称『マッスル・ベルサイユ城』。
その夜明けは、新妻となったチャーミーの、雷鳴のような絶叫と共に幕を開ける。
彼女は今、城の最上階から一階まで続く、二千段の螺旋階段を「ウサギ跳び」で駆け上がっている最中だった。
「いいですよ、チャーミー。心拍数が理想的な域に達しています。そのまま頂上まで、愛のラストスパートです」
隣を同じ速度で、重さ百キロの鉄球を抱えながら並走するのは、夫となったゼノンである。
彼は新婚生活が始まってからというもの、その端正な顔立ちを崩すことなく、しかし瞳には狂気的なまでの愛情を湛えてチャーミーを見守っていた。
「はぁ、はぁ……! ゼノン様、見てくださいませ! 朝日に照らされた私の大腿四頭筋……なんて神々しいのかしら!」
「ええ、宇宙一美しい。その筋肉の筋一つ一つに、私の愛を刻み込みたいほどだ」
二人は階段の頂上に到達すると、そのまま互いの手をガシッと握り合い、朝日を浴びて仁王立ちになった。
これが、彼らの「モーニング・ルーティン」であった。
「お姉様ー! ゼノン様ー! プロテインのお粥が炊けましたわよーっ!!」
城のバルコニーから、エプロン姿のマリアンヌが手を振っている。
彼女は結局、王宮へは戻らず、この辺境の地で「家事兼、地獄のトレーニング」に没頭する道を選んだ。
最近では、片手でフライパンを振りながら、もう片方の手で握力計を握り潰すのが趣味になっているらしい。
「マリアンヌ、今行きますわ! ゼノン様、今日の朝食はステーキ五枚に増やしてもよろしいかしら!?」
「もちろんです。あなたの細胞が求めるなら、牛一頭でも用意しましょう」
三人が食堂に集まると、王都から届いたばかりの定期便が机の上に置かれていた。
「あら、お父様からの手紙ですわ。……なになに? 『王都では、殿下が提唱した「全市民スクワット義務化法案」が可決され、国民の平均寿命が五年延びた』……ですって?」
「……殿下も、迷走しているようでいて、案外いい仕事をされていますね」
ゼノンが冷静に評すると、チャーミーは手紙の続きを読み上げた。
「『追伸:アルフォンス殿下は最近、鏡を見ながら「僕の腹筋は、真実の愛よりも硬い」と呟いているらしい。マリアンヌにもよろしく伝えてくれ』……だそうですわ」
「……殿下、完全にそっち側の人間になられたのね。安心いたしましたわ」
マリアンヌが清々しい顔でサラダを頬張る。
かつて婚約破棄という名の泥沼にいた三人は、今や「筋肉」という共通言語で結ばれた、奇妙で、しかし誰よりも強固な絆で結ばれていた。
「……ふぅ。美味しいですわね。自分の手で薪を割り、自分の足で水を汲んで食べる食事は」
チャーミーは、ステーキを豪快に噛み切りながら、窓の外に広がる広大な景色を見つめた。
そこには、かつて王宮の窓から見ていた「飾られた庭園」はない。
あるのは、険しい山々と、荒々しい風。そして、自分の意志でどこまでも駆けていける、自由な大地だけだ。
「お嬢様……いえ、チャーミー。後悔はありませんか? 華やかな王都での生活を捨て、こんな崖の上で絶叫する毎日を選んだことに」
ゼノンが、彼女の泥のついた指先に、愛おしそうに触れた。
「後悔? そんなネガティブな言葉、私の辞書からはデッドリフトで引き千切って捨てましたわ!」
チャーミーは立ち上がると、ゼノンの顔を正面から見据えた。
そして、かつてないほど全力の、しかしどこか美しくさえある「変顔」を披露した。
「見てくださいませ、この顔を! こんなに自由に表情筋を動かせる幸せが、王宮にありますこと!?」
「……フッ。確かに。あなたのその顔こそが、私の世界の真理です」
ゼノンもまた、訓練された「ひょっとこ顔」で応え、二人はそのまま、食堂が震えるほどの高笑いを上げた。
「「「アハハハハハハ!! ドッコイセー!!」」」
三人の叫び声は、風に乗って山々を越え、遥か遠くの王都まで届かんばかりに響き渡った。
悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄を突きつけられ、自由を求めて爆走した一人の女性。
彼女が手に入れたのは、王子との愛でも、王妃の座でもなかった。
それは、どんな重圧にも屈しない強靭な肉体と、何があっても笑い飛ばせる最強の精神。
そして、共に絶叫してくれる、最高に「変」で愛すべき仲間たちだった。
自由の翼(物理)で空を舞う彼女たちの冒険は、これからもこの荒野で、永遠に続いていくのである。
辺境の崖の上にそびえ立つ、通称『マッスル・ベルサイユ城』。
その夜明けは、新妻となったチャーミーの、雷鳴のような絶叫と共に幕を開ける。
彼女は今、城の最上階から一階まで続く、二千段の螺旋階段を「ウサギ跳び」で駆け上がっている最中だった。
「いいですよ、チャーミー。心拍数が理想的な域に達しています。そのまま頂上まで、愛のラストスパートです」
隣を同じ速度で、重さ百キロの鉄球を抱えながら並走するのは、夫となったゼノンである。
彼は新婚生活が始まってからというもの、その端正な顔立ちを崩すことなく、しかし瞳には狂気的なまでの愛情を湛えてチャーミーを見守っていた。
「はぁ、はぁ……! ゼノン様、見てくださいませ! 朝日に照らされた私の大腿四頭筋……なんて神々しいのかしら!」
「ええ、宇宙一美しい。その筋肉の筋一つ一つに、私の愛を刻み込みたいほどだ」
二人は階段の頂上に到達すると、そのまま互いの手をガシッと握り合い、朝日を浴びて仁王立ちになった。
これが、彼らの「モーニング・ルーティン」であった。
「お姉様ー! ゼノン様ー! プロテインのお粥が炊けましたわよーっ!!」
城のバルコニーから、エプロン姿のマリアンヌが手を振っている。
彼女は結局、王宮へは戻らず、この辺境の地で「家事兼、地獄のトレーニング」に没頭する道を選んだ。
最近では、片手でフライパンを振りながら、もう片方の手で握力計を握り潰すのが趣味になっているらしい。
「マリアンヌ、今行きますわ! ゼノン様、今日の朝食はステーキ五枚に増やしてもよろしいかしら!?」
「もちろんです。あなたの細胞が求めるなら、牛一頭でも用意しましょう」
三人が食堂に集まると、王都から届いたばかりの定期便が机の上に置かれていた。
「あら、お父様からの手紙ですわ。……なになに? 『王都では、殿下が提唱した「全市民スクワット義務化法案」が可決され、国民の平均寿命が五年延びた』……ですって?」
「……殿下も、迷走しているようでいて、案外いい仕事をされていますね」
ゼノンが冷静に評すると、チャーミーは手紙の続きを読み上げた。
「『追伸:アルフォンス殿下は最近、鏡を見ながら「僕の腹筋は、真実の愛よりも硬い」と呟いているらしい。マリアンヌにもよろしく伝えてくれ』……だそうですわ」
「……殿下、完全にそっち側の人間になられたのね。安心いたしましたわ」
マリアンヌが清々しい顔でサラダを頬張る。
かつて婚約破棄という名の泥沼にいた三人は、今や「筋肉」という共通言語で結ばれた、奇妙で、しかし誰よりも強固な絆で結ばれていた。
「……ふぅ。美味しいですわね。自分の手で薪を割り、自分の足で水を汲んで食べる食事は」
チャーミーは、ステーキを豪快に噛み切りながら、窓の外に広がる広大な景色を見つめた。
そこには、かつて王宮の窓から見ていた「飾られた庭園」はない。
あるのは、険しい山々と、荒々しい風。そして、自分の意志でどこまでも駆けていける、自由な大地だけだ。
「お嬢様……いえ、チャーミー。後悔はありませんか? 華やかな王都での生活を捨て、こんな崖の上で絶叫する毎日を選んだことに」
ゼノンが、彼女の泥のついた指先に、愛おしそうに触れた。
「後悔? そんなネガティブな言葉、私の辞書からはデッドリフトで引き千切って捨てましたわ!」
チャーミーは立ち上がると、ゼノンの顔を正面から見据えた。
そして、かつてないほど全力の、しかしどこか美しくさえある「変顔」を披露した。
「見てくださいませ、この顔を! こんなに自由に表情筋を動かせる幸せが、王宮にありますこと!?」
「……フッ。確かに。あなたのその顔こそが、私の世界の真理です」
ゼノンもまた、訓練された「ひょっとこ顔」で応え、二人はそのまま、食堂が震えるほどの高笑いを上げた。
「「「アハハハハハハ!! ドッコイセー!!」」」
三人の叫び声は、風に乗って山々を越え、遥か遠くの王都まで届かんばかりに響き渡った。
悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄を突きつけられ、自由を求めて爆走した一人の女性。
彼女が手に入れたのは、王子との愛でも、王妃の座でもなかった。
それは、どんな重圧にも屈しない強靭な肉体と、何があっても笑い飛ばせる最強の精神。
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