冤罪断罪、お断り!婚約破棄の前に夜逃げを決め込む。

八雲

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「……エ、エドさん。もう歩けません……。足が、足が棒のようです……」

ポート・サウスから西へ続く街道。
鬱蒼とした森の中を抜ける一本道で、ララさん(現在、皿洗い見習いのララ夫)が、今にも朽ち果てそうな声を上げた。
彼女の足取りはゾンビのように重く、顔に塗った煤が汗で流れて、まだら模様になっている。

「何を弱音を吐いているの。まだ街を出て半日も経っていないわよ。公爵令嬢(ターゲット)は、もっと先に行っているはずなんだから」

私は振り返りもせず、スタスタと歩を進めた。
定食屋での労働のおかげか、私の基礎体力は飛躍的に向上している。
それに比べ、お茶会でカップを持ち上げることくらいしか運動をしてこなかったララさんには、この逃避行は過酷すぎるようだ。

「で、でもぉ……。お腹も空きましたし、喉も渇きました……。せめて、少し休憩を……」

「……仕方ないわね。次の村が見えたら、そこで少し休みましょう」

私が折れると、ララさんは「ふぇぇ、ありがとうございますぅ」と涙目でへたり込んだ。
本当に、この子を連れて逃げるのは、足枷を三つくらいつけて走るようなものだわ。

それから一時間後。
私たちは「オークの切り株亭」という、名前からして鄙びた小さな宿場村にたどり着いた。
村の入り口にある唯一の酒場に入ると、昼間だというのに数人の村人がエールを片手に深刻な顔で話し合っていた。

「おい、見たかよ、あの手配書」

「ああ。とんでもねえのが王都から逃げ出してきたもんだな」

彼らの視線の先、酒場の壁に、真新しい羊皮紙が乱暴に釘打ちされていた。
私はハンチング帽のつばを下げ、何食わぬ顔でその前に立った。

『緊急指名手配! 極悪非道の公爵令嬢、イーズ・ラングマイヤーを探せ!』

(……極悪非道って。まあ、言葉の綾よね。問題は中身よ)

私は読み進めた。
しかし、そこに書かれていた内容は、私の予想を遥かに超える代物だった。

『特徴:身長はおよそ二メートル。筋肉質の大女で、常に熊の毛皮を被っている』

「……は?」

思わず声が出た。
二メートル? 筋肉質? 熊の毛皮?
私の身長は百六十センチちょっと。体型は、まあ、出るところは出ている完璧なプロポーション(自称)だけど、決して筋肉ダルマではない。
そして何より、熊の毛皮なんて暑苦しいもの、着たこともないわ!

『特技:口から毒の霧を吐き、目から破壊光線を出す。気に入らない相手は、素手で引き裂く』

「……魔獣か私は!」

(あのバカ王子! 「断罪の説得力」を持たせるために、話を盛りすぎでしょうが! これじゃ人間じゃないじゃない!)

私は怒りで震える拳を抑えつけた。
隣で手配書を覗き込んだララさんも、目を丸くして首を傾げている。

「……あれ? おかしいですね。イーズ様、こんなに大きくなかったような……。それに、毒の霧なんて見たことありません。せいぜい、ヴィル様に氷のような冷たい視線を向けていたくらいで……」

「それが世間の評価ってやつよ、ララ夫。権力者ってのは、都合の悪い相手を怪物に仕立て上げるのが好きなのさ」

私は低い声でそう言い捨てた。
だが、怒りが収まると同時に、冷静な計算が働き始める。
……待って。
これだけ実物と違う情報が出回っているということは、逆にチャンスじゃない?

「おい、そこの坊主たち。お前ら、旅人か?」

手配書を見ていた私たちに、村人の一人が声をかけてきた。

「ああ。港町から食い扶持を探しに流れてきたんだ。……なぁ、おっさん。この『イーズ』って女、そんなにヤバいのか?」

私はわざと怯えたような声を出してみせた。
村人は深刻そうに頷いた。

「ヤバいなんてもんじゃねえ。なんでも、王都の騎士団を一人で半壊させたって話だ。この村にもし現れたら、俺たちは終わりだ」

(……騎士団を半壊? それ、ベイレンたちが勝手に東へ爆走していったことじゃないの?)

情報が伝言ゲームのように歪曲し、私はいつの間にか「国を滅ぼしかねない災害級の魔女」になっていた。
しかし、これは好都合だ。
彼らが探しているのは「二メートルの大女」であって、目の前にいる「小柄な少年エド」ではない。

「ひえぇ、怖いなぁ。おいララ夫、俺たちは関わらないようにしようぜ」

「は、はいっ! 私、毒の霧なんて吸ったら死んじゃいます!」

ララさんのこの怯えっぷりは演技じゃないだろうけど、いいリアクションだ。
私たちは村人たちから「可哀想な子供たち」という同情の視線を向けられ、パンとスープを少し安く売ってもらえた。

「……エドさん。イーズ様、本当にそんな怪物になってしまったんでしょうか。私、会うのが少し怖くなってきました」

店の隅でスープをすすりながら、ララさんが不安そうに呟く。

「大丈夫よ。きっと、手配書の絵師が酔っ払ってただけさ。……さあ、食べたらすぐに出発するわよ。日が暮れる前に、次の街まで行かないと」

「ええっ!? もう出発ですか!? まだ足の震えが止まらないんですけどぉ……!」

「怪物が追いかけてくるかもしれないんだから、悠長なことは言ってられないでしょ。ほら、立て!」

私はララさんの尻を叩き(比喩ではなく物理的に)、再び街道へと連れ出した。
王子の暴走した情報操作のおかげで、当分の間、私の正体がバレる心配はなさそうだ。

(感謝するわ、ヴィルフリード。あなたのマヌケさのおかげで、私の逃亡生活はさらに快適になりそうよ!)

私はリュックの中で、万が一のためにと用意していた変装道具――身長を高く見せるためのシークレットブーツと、肩幅を広く見せるパッド――を、そっと森の中に捨てた。
こんなもの、もう必要ない。
私は堂々と「エド」として、西を目指すことにした。
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