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「……あ、足が。足が棒のようだなんて、そんな生易しいもんじゃない……。胃が、胃が裏返りそうだ……」
ポート・サウスの定食屋『鉄鍋亭』のカウンター。
用心棒のゼクスは、数日前まで「エド」という少年が立っていた場所を見つめながら、深いため息をついた。
目の前には、いつも通りの白湯。
だが、あの「魔法の胃薬」の予備は、すでに最後の一粒を飲み干してしまっていた。
「おい、ゼクス。いつまで幽霊みたいな顔してんだい。客が怖がって寄り付かないよ」
厨房からマーサが、巨大な木べらを担いで声をかけてくる。
ゼクスは恨めしそうに彼女を睨み返したが、反論する元気も残っていない。
「……マーサ、あの坊主が消えてから、この店の回転率が三割は落ちたな。おかげで俺への風当たりも強くなった」
「当たり前だろ。あの子がいなきゃ、皿洗いは溜まるし、注文は間違えるし、あんたみたいな居座り客に愛想を振りまく奴もいない。……はぁ、惜しい人材を逃したよ」
マーサもまた、イーズ(エド)の不在を惜しんでいた。
有能すぎる下働きの存在は、去った後にこそその偉大さがわかるものである。
「……ううっ、また差し込んできた。……あの坊主、一体何者だったんだ。ただの皿洗いが、あんな高純度の薬を持っているはずがない……」
ゼクスが胃を押さえて蹲った、その時。
店の扉が、ガラガラと無作法に開け放たれた。
「おい! ここか、肉を食わせる店ってのは!」
入ってきたのは、見るからに質の悪そうな三人組の男たちだった。
腰には錆びた剣、顔には下卑た笑い。
王都の騎士団とは違い、金のためなら何でもする「賞金稼ぎ」の成れの果てだ。
「……チッ、またか。今日は厄日だな」
ゼクスが舌打ちをする。
男たちの一人が、カウンターに一枚の手配書を叩きつけた。
そこには、イーズが村で見かけたのと同じ「二メートルの大女」のクリーチャー画が描かれている。
「聞いたぜ、親父! この『赤髪の魔獣令嬢』が、この街に潜伏してるってな! 隠しているなら今のうちに吐き出しな。俺たちは気が短いんだ」
「……お生憎様、うちは商売中だよ。それに、うちの店主に『親父』なんて言った奴は、今頃港の蟹の餌になってるよ」
ゼクスが冷たく言い放つと、マーサがカウンターの下から巨大な鉄鍋を取り出し、ゴンッ!と叩きつけた。
「誰が親父だい! この薄汚い野良犬どもが! うちは定食屋だ、飯を食わないなら今すぐ海へ叩き込んでやる!」
「な、なんだこのババア! いいか、俺たちは『イーズ・ラングマイヤー』を探してるんだ! 王子の懸賞金は銀貨百枚だぞ! それを独り占めしようったってそうはいかねえ!」
男たちはマーサの迫力に一瞬怯んだものの、金の亡者としての執念が勝ったらしい。
彼らは店内を荒っぽく見回し、物陰や厨房の奥を覗き込み始めた。
「おい、そこをどけ! この奥に隠してるんだろ! 二メートルの女なら、この天井の高さなら頭をぶつけてるはずだ!」
「……おい、お前ら」
ゼクスが、よろよろと立ち上がった。
足元はふらついているが、その瞳には、かつて「戦場」で鳴らした剣士の鋭い光が宿っている。
「……その令嬢なら、もうここにはいない。とっくに西の街道を抜けて、隣国へ向かったよ。……それと、一つ教えてやる」
「あ、ああん? なんだよ」
「その似顔絵を描いた奴は、おそらく死ぬほど目が悪いか、脳みそが沸いている。実物は、もっと……そう、小生意気で、世話焼きで、人を振り回す天才みたいな……」
ゼクスは、エドの姿を思い浮かべながら、無意識に口角を上げた。
だが、直後に猛烈な胃の痛みが襲ってくる。
「……う、ぐっ。とにかく、さっさと失せろ。俺は今、機嫌が最高に悪いんだ。胃薬が切れた傭兵の恐ろしさを、その身に刻んでやりたいか?」
「ひ、ひぃっ! な、なんだこいつ、顔色が土気色なのに殺気がヤバすぎる……!」
「逃げるぞ! ここは呪われてる!」
賞金稼ぎたちは、ゼクスの「胃痛による極限状態の殺気」に耐えきれず、転げるように店を飛び出していった。
静かになった店内で、ゼクスは再びカウンターに突っ伏した。
「……ゼクス、あんたも大変だねぇ。あの子を追いかけて、新しい薬をもらってきたらどうだい?」
「……冗談じゃない。俺は自由を愛する男だ。……ただ、あの坊主がいないと、この街の治安が逆に悪くなる気がしてな……」
ゼクスは、お守り代わりに持っていた「胃薬の空袋」をじっと見つめた。
イーズが去った後の足跡を、王子の騎士団や賞金稼ぎたちが、デタラメな情報の海を泳ぎながら追いかけている。
「……西か。あの坊主のことだ、今頃は新しいトラブルに首を突っ込んで、誰かを顎で使っているんだろうな」
ゼクスは白湯を一気に飲み干すと、腰の剣の鯉口を切り、カチリと音を立てて戻した。
彼の胃痛が治まる日は、まだ当分先になりそうだった。
ポート・サウスの定食屋『鉄鍋亭』のカウンター。
用心棒のゼクスは、数日前まで「エド」という少年が立っていた場所を見つめながら、深いため息をついた。
目の前には、いつも通りの白湯。
だが、あの「魔法の胃薬」の予備は、すでに最後の一粒を飲み干してしまっていた。
「おい、ゼクス。いつまで幽霊みたいな顔してんだい。客が怖がって寄り付かないよ」
厨房からマーサが、巨大な木べらを担いで声をかけてくる。
ゼクスは恨めしそうに彼女を睨み返したが、反論する元気も残っていない。
「……マーサ、あの坊主が消えてから、この店の回転率が三割は落ちたな。おかげで俺への風当たりも強くなった」
「当たり前だろ。あの子がいなきゃ、皿洗いは溜まるし、注文は間違えるし、あんたみたいな居座り客に愛想を振りまく奴もいない。……はぁ、惜しい人材を逃したよ」
マーサもまた、イーズ(エド)の不在を惜しんでいた。
有能すぎる下働きの存在は、去った後にこそその偉大さがわかるものである。
「……ううっ、また差し込んできた。……あの坊主、一体何者だったんだ。ただの皿洗いが、あんな高純度の薬を持っているはずがない……」
ゼクスが胃を押さえて蹲った、その時。
店の扉が、ガラガラと無作法に開け放たれた。
「おい! ここか、肉を食わせる店ってのは!」
入ってきたのは、見るからに質の悪そうな三人組の男たちだった。
腰には錆びた剣、顔には下卑た笑い。
王都の騎士団とは違い、金のためなら何でもする「賞金稼ぎ」の成れの果てだ。
「……チッ、またか。今日は厄日だな」
ゼクスが舌打ちをする。
男たちの一人が、カウンターに一枚の手配書を叩きつけた。
そこには、イーズが村で見かけたのと同じ「二メートルの大女」のクリーチャー画が描かれている。
「聞いたぜ、親父! この『赤髪の魔獣令嬢』が、この街に潜伏してるってな! 隠しているなら今のうちに吐き出しな。俺たちは気が短いんだ」
「……お生憎様、うちは商売中だよ。それに、うちの店主に『親父』なんて言った奴は、今頃港の蟹の餌になってるよ」
ゼクスが冷たく言い放つと、マーサがカウンターの下から巨大な鉄鍋を取り出し、ゴンッ!と叩きつけた。
「誰が親父だい! この薄汚い野良犬どもが! うちは定食屋だ、飯を食わないなら今すぐ海へ叩き込んでやる!」
「な、なんだこのババア! いいか、俺たちは『イーズ・ラングマイヤー』を探してるんだ! 王子の懸賞金は銀貨百枚だぞ! それを独り占めしようったってそうはいかねえ!」
男たちはマーサの迫力に一瞬怯んだものの、金の亡者としての執念が勝ったらしい。
彼らは店内を荒っぽく見回し、物陰や厨房の奥を覗き込み始めた。
「おい、そこをどけ! この奥に隠してるんだろ! 二メートルの女なら、この天井の高さなら頭をぶつけてるはずだ!」
「……おい、お前ら」
ゼクスが、よろよろと立ち上がった。
足元はふらついているが、その瞳には、かつて「戦場」で鳴らした剣士の鋭い光が宿っている。
「……その令嬢なら、もうここにはいない。とっくに西の街道を抜けて、隣国へ向かったよ。……それと、一つ教えてやる」
「あ、ああん? なんだよ」
「その似顔絵を描いた奴は、おそらく死ぬほど目が悪いか、脳みそが沸いている。実物は、もっと……そう、小生意気で、世話焼きで、人を振り回す天才みたいな……」
ゼクスは、エドの姿を思い浮かべながら、無意識に口角を上げた。
だが、直後に猛烈な胃の痛みが襲ってくる。
「……う、ぐっ。とにかく、さっさと失せろ。俺は今、機嫌が最高に悪いんだ。胃薬が切れた傭兵の恐ろしさを、その身に刻んでやりたいか?」
「ひ、ひぃっ! な、なんだこいつ、顔色が土気色なのに殺気がヤバすぎる……!」
「逃げるぞ! ここは呪われてる!」
賞金稼ぎたちは、ゼクスの「胃痛による極限状態の殺気」に耐えきれず、転げるように店を飛び出していった。
静かになった店内で、ゼクスは再びカウンターに突っ伏した。
「……ゼクス、あんたも大変だねぇ。あの子を追いかけて、新しい薬をもらってきたらどうだい?」
「……冗談じゃない。俺は自由を愛する男だ。……ただ、あの坊主がいないと、この街の治安が逆に悪くなる気がしてな……」
ゼクスは、お守り代わりに持っていた「胃薬の空袋」をじっと見つめた。
イーズが去った後の足跡を、王子の騎士団や賞金稼ぎたちが、デタラメな情報の海を泳ぎながら追いかけている。
「……西か。あの坊主のことだ、今頃は新しいトラブルに首を突っ込んで、誰かを顎で使っているんだろうな」
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彼の胃痛が治まる日は、まだ当分先になりそうだった。
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