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「……はあ。ようやく人心地ついたわ」
北部要塞『鉄壁の牙』の客間。
私は、ようやく泥と煤を洗い流し、レオンハルト司令官が用意してくれた(なぜかサイズがぴったりの)予備の軍服に身を包んでいた。
短く切った髪も整え、鏡の中には「凛々しい少年兵」のような私が映っている。
「イーズ様ぁ……。このパン、本当にふわふわですぅ……。軍隊の食事って、もっと硬い石みたいなものだと思っていました」
ララさんは、テーブルに並んだ白パンを幸せそうに頬張っている。
平和ね。
国境を越えるまでのドタバタが嘘のようだわ。
そこへ、司令官のレオンハルトが、一冊の分厚い革表紙のノートを手に現れた。
「……寛いでいるところ悪いが、イーズ嬢。王都にいる私の部下から、例の『断罪の根拠』となった証拠品が届いた。……見るか?」
「証拠品? ああ、あのバカ王子が『日記帳を盗まれた』とか騒いでいたアレね」
私は鼻で笑いながら、ノートを受け取った。
ヴィルフリードが「身に覚えのない罪」を並べ立てる根拠にしていたもの。
一体、中にはどんな恐ろしい悪行が記されているのか。
私は覚悟を決めて、一ページ目を開いた。
『〇月〇日。今日のイーズも最高に美しかった。僕を睨むその瞳、まるで朝露に濡れた……(中略)……ああ、結婚したい』
「……。………………。閉じていいかしら、これ」
「待て。まだ一ページ目だろ。その先が本番だ」
レオンハルトに促され、私は吐き気を堪えてページをめくった。
そこには、箇条書きで『イーズの罪状』がびっしりと書き込まれていた。
『罪その一:僕の愛の結晶(この日記)を盗み出し、僕の心を弄んだ罪』
「……盗んでないわよ! あなたが中庭のベンチに忘れていったのを、私がわざわざ拾って衛兵所に届けただけでしょうが!」
「……なるほど。あいつの中では『僕の日記に触れた=僕のプライバシーと心を盗んだ』という解釈になったらしいな」
レオンハルトが憐れみの目を向けてくる。
やめて。同情が痛いわ。
私は次の項目に目を移した。
『罪その二:僕が大切に育てていた観葉植物「ヴィル二世」を、プロテインで毒殺しようとした罪』
「だから! あれは超高級な魔法肥料だって言ったでしょ! 粉末状だったからって、なんでもプロテインに見えるのは、あいつが隠れて筋肉増強剤を飲んでいるからじゃないの!?」
「……いや、あいつは自重トレーニング派だ。……次を読んでみろ。それが一番ひどいぞ」
『罪その三:僕が楽しみに取っておいた「王家秘伝のプリン」を、僕が一口食べる前に完食した罪』
「……はぁ!? プリン!? そんなの知らないわよ! そもそも私、その日は風邪で寝込んでいたわよ!」
「ああ、それなら私が知っている。そのプリンは、あいつが冷蔵魔導具の奥に隠しすぎて、自分で忘れて腐らせたんだ。……それを『イーズが僕に黙って食べたに違いない。なんて食いしん坊で愛らしい罪なんだ』と脳内で変換したらしい」
「愛らしくないわよ! ただの冤罪よ、冤罪!」
私はノートを机に叩きつけた。
なんというレベルの低い争い。
国を揺るがす公爵令嬢の悪行が、日記の紛失と、肥料の勘違いと、プリンの消失。
これだけで私は「悪役令嬢」に仕立て上げられ、全生徒の前で断罪されそうになったというの?
「……笑うしかないわね。あの大バカ、これを読み上げて私を泣かせようとしていたのね」
「それだけじゃない。最後の一行を見てみろ」
私は再びノートを手に取り、最後のページを開いた。
そこには、震えるような文字でこう書かれていた。
『以上の罪により、イーズ・ラングマイヤーは「僕に一生尽くし、毎日僕のポエムを聴き続ける刑」に処す。……あ、指輪のサイズは九号だったかな?』
「……。………………」
客間に、凍りつくような沈黙が流れた。
ララさんさえも、パンを口に含んだまま固まっている。
「……レオンハルト様。一つ、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「この要塞で一番威力の高い大砲を、あの大バカに向けてぶっ放してもいいかしら?」
「……気持ちは分かるが、親戚付き合いがある。勘弁してくれ」
レオンハルトは深く溜息をつき、窓の外を見遣った。
そこには、要塞の入り口で「イーズーーー! 僕のプリンの恨み、いや、愛を語らせてくれーーー!」と叫びながら、門番に羽交い締めにされている紫色の不審者の姿があった。
「……来たわね。あの、ポエム製造機」
「ああ、来たな。……イーズ嬢。君が『逃げたい』と言った理由、今なら心から理解できるよ。……全力で追い返してやろうか?」
「いいえ。……せっかくだから、この日記帳の中身を全部、要塞の拡声魔法で街中に放送してあげて。それが私からの、最高の『断罪』よ」
私はニヤリと、本当の悪役令嬢のような笑みを浮かべた。
冤罪には、真実という名の社会的抹殺でお返ししてあげる。
こうして、要塞を舞台にした、史上最高にくだらない「決戦」が幕を開けた。
北部要塞『鉄壁の牙』の客間。
私は、ようやく泥と煤を洗い流し、レオンハルト司令官が用意してくれた(なぜかサイズがぴったりの)予備の軍服に身を包んでいた。
短く切った髪も整え、鏡の中には「凛々しい少年兵」のような私が映っている。
「イーズ様ぁ……。このパン、本当にふわふわですぅ……。軍隊の食事って、もっと硬い石みたいなものだと思っていました」
ララさんは、テーブルに並んだ白パンを幸せそうに頬張っている。
平和ね。
国境を越えるまでのドタバタが嘘のようだわ。
そこへ、司令官のレオンハルトが、一冊の分厚い革表紙のノートを手に現れた。
「……寛いでいるところ悪いが、イーズ嬢。王都にいる私の部下から、例の『断罪の根拠』となった証拠品が届いた。……見るか?」
「証拠品? ああ、あのバカ王子が『日記帳を盗まれた』とか騒いでいたアレね」
私は鼻で笑いながら、ノートを受け取った。
ヴィルフリードが「身に覚えのない罪」を並べ立てる根拠にしていたもの。
一体、中にはどんな恐ろしい悪行が記されているのか。
私は覚悟を決めて、一ページ目を開いた。
『〇月〇日。今日のイーズも最高に美しかった。僕を睨むその瞳、まるで朝露に濡れた……(中略)……ああ、結婚したい』
「……。………………。閉じていいかしら、これ」
「待て。まだ一ページ目だろ。その先が本番だ」
レオンハルトに促され、私は吐き気を堪えてページをめくった。
そこには、箇条書きで『イーズの罪状』がびっしりと書き込まれていた。
『罪その一:僕の愛の結晶(この日記)を盗み出し、僕の心を弄んだ罪』
「……盗んでないわよ! あなたが中庭のベンチに忘れていったのを、私がわざわざ拾って衛兵所に届けただけでしょうが!」
「……なるほど。あいつの中では『僕の日記に触れた=僕のプライバシーと心を盗んだ』という解釈になったらしいな」
レオンハルトが憐れみの目を向けてくる。
やめて。同情が痛いわ。
私は次の項目に目を移した。
『罪その二:僕が大切に育てていた観葉植物「ヴィル二世」を、プロテインで毒殺しようとした罪』
「だから! あれは超高級な魔法肥料だって言ったでしょ! 粉末状だったからって、なんでもプロテインに見えるのは、あいつが隠れて筋肉増強剤を飲んでいるからじゃないの!?」
「……いや、あいつは自重トレーニング派だ。……次を読んでみろ。それが一番ひどいぞ」
『罪その三:僕が楽しみに取っておいた「王家秘伝のプリン」を、僕が一口食べる前に完食した罪』
「……はぁ!? プリン!? そんなの知らないわよ! そもそも私、その日は風邪で寝込んでいたわよ!」
「ああ、それなら私が知っている。そのプリンは、あいつが冷蔵魔導具の奥に隠しすぎて、自分で忘れて腐らせたんだ。……それを『イーズが僕に黙って食べたに違いない。なんて食いしん坊で愛らしい罪なんだ』と脳内で変換したらしい」
「愛らしくないわよ! ただの冤罪よ、冤罪!」
私はノートを机に叩きつけた。
なんというレベルの低い争い。
国を揺るがす公爵令嬢の悪行が、日記の紛失と、肥料の勘違いと、プリンの消失。
これだけで私は「悪役令嬢」に仕立て上げられ、全生徒の前で断罪されそうになったというの?
「……笑うしかないわね。あの大バカ、これを読み上げて私を泣かせようとしていたのね」
「それだけじゃない。最後の一行を見てみろ」
私は再びノートを手に取り、最後のページを開いた。
そこには、震えるような文字でこう書かれていた。
『以上の罪により、イーズ・ラングマイヤーは「僕に一生尽くし、毎日僕のポエムを聴き続ける刑」に処す。……あ、指輪のサイズは九号だったかな?』
「……。………………」
客間に、凍りつくような沈黙が流れた。
ララさんさえも、パンを口に含んだまま固まっている。
「……レオンハルト様。一つ、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「この要塞で一番威力の高い大砲を、あの大バカに向けてぶっ放してもいいかしら?」
「……気持ちは分かるが、親戚付き合いがある。勘弁してくれ」
レオンハルトは深く溜息をつき、窓の外を見遣った。
そこには、要塞の入り口で「イーズーーー! 僕のプリンの恨み、いや、愛を語らせてくれーーー!」と叫びながら、門番に羽交い締めにされている紫色の不審者の姿があった。
「……来たわね。あの、ポエム製造機」
「ああ、来たな。……イーズ嬢。君が『逃げたい』と言った理由、今なら心から理解できるよ。……全力で追い返してやろうか?」
「いいえ。……せっかくだから、この日記帳の中身を全部、要塞の拡声魔法で街中に放送してあげて。それが私からの、最高の『断罪』よ」
私はニヤリと、本当の悪役令嬢のような笑みを浮かべた。
冤罪には、真実という名の社会的抹殺でお返ししてあげる。
こうして、要塞を舞台にした、史上最高にくだらない「決戦」が幕を開けた。
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