婚約破棄を待ってました!喜んで帰りますわ!

ハチワレ

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隣国、王都。

かつて栄華を誇った王宮は、今や怒れる民衆と、混乱に乗じて侵攻してきた周辺諸国の軍隊によって包囲されていた。

「王族は逃げたぞ! 金目のものを奪え!」

「この国の領土は我々が接収する!」

「借金を返せ! 土地で払え!」

怒号と悲鳴が飛び交い、火の手が上がり始めている。

暴動と略奪。そして国家解体の危機。

まさに地獄絵図と化した王宮前広場に、突如として『白い爆撃』が降り注いだ。

ズドォォォォン!!!

巨大な氷の柱が、広場の中央に突き刺さる。

その衝撃波で、暴徒たちも外国の兵士たちも、吹き飛ばされて尻餅をついた。

「な、なんだ!?」

「空を見ろ! あれは……!」

上空に浮かぶのは、漆黒のマントをはためかせる『氷の魔導公爵』クラウスと、その腕に抱えられた、純白のスーツに身を包んだ小柄な女性、ルーア。

クラウスが手をかざすと、広場全体が一瞬にして凍りつき、燃え広がっていた炎が鎮火した。

「……静粛に」

魔力で増幅された声が、王都中に響き渡る。

「これより、ドラグーン公爵家による『緊急債権者集会』を開催する。無駄口を叩く者は、その口を永久凍土に変える」

絶対的な暴力(とカリスマ性)による鎮圧。

広場は水を打ったように静まり返った。

クラウスは優雅に着地し、ルーアを下ろした。

ルーアは乱れた髪を直すと、懐から愛用の魔導計算機を取り出し、広場に設置された演説台(暴徒が壊しかけていたもの)へと歩み寄った。

「テステス。……えー、皆様。初めまして、あるいは、お久しぶりです」

ルーアの声は、戦場には似つかわしくないほど冷静で、事務的だった。

「私はドラグーン公爵家筆頭補佐官、ルーア・バーンスタイン。本日は、この国の『破産管財人』として参りました」

「破産……管財人だと?」

広場の最前列にいた、他国の将軍が剣を抜いて叫んだ。

「ふざけるな! この国はもう終わりだ! 我々が武力で分割統治すると決まったのだ! 部外者は引っ込んでいろ!」

「そうですか。では、質問です」

ルーアは計算機を弾いた。

「将軍。あなたの国がこの国を占領した場合、発生する『統治コスト』と『暴動鎮圧費用』、そして『飢えた国民への食糧支援費』……総額でいくらになるか、試算しましたか?」

「あ、ああ? そ、それは……」

「概算で、金貨五百万枚です」

ルーアは即答した。

「対して、この国から搾り取れる税収は、現状の荒廃したインフラでは雀の涙。つまり、占領すればするほど、あなたの国は赤字になります。……それでも、この『不良債権』が欲しいですか?」

「うっ……」

将軍が言葉に詰まる。

ルーアは次々と、広場に集まったハイエナたち(他国の代表者)を指差した。

「そちらの商会の方。未回収の売掛金を回収しに来たのですね? 国が消滅すれば、債権も紙切れです。回収率ゼロです」

「そちらの革命軍のリーダーの方。王族を追い出したのは結構ですが、明日のパンの調達ルートは確保していますか? 感情だけで国は回りませんよ?」

ルーアの言葉は、鋭い矢のように彼らの急所を突き刺していく。

「では、どうすればいいんだ!」

誰かが叫んだ。

「もう金がないんだ! ロランドたちが全部使い果たしたんだ!」

「その通りです」

ルーアはパチンと指を鳴らした。

背後の空間に、クラウスの魔法で巨大な氷のスクリーンが生成される。

そこに投影されたのは、一つのグラフだった。

右肩下がりの赤い線。それは、この国の国庫残高の推移を示していた。

「ご覧ください。これが『元凶』の可視化データです」

ルーアは指示棒(伸縮式のアンテナ)を伸ばし、グラフを叩いた。

「三年前、私が婚約者として実務を取り仕切っていた時期。……黒字です」

「二年前、ロランド殿下が『もっと派手にしたい』と予算に介入し始めた時期。……微減」

「そして半年前、私が婚約破棄され、国を去った直後。……ここです」

グラフの線が、断崖絶壁のように垂直落下している。

「ナイアガラの滝ですね」

会場からどよめきが起きる。

「こ、こんなに……!」

「一瞬で溶けてるじゃないか……!」

「原因は明白です。ロランド殿下とミナ嬢による『無計画な浪費』、国王陛下による『現実逃避』、そしてガミール元大臣による『粉飾決算』です」

ルーアは淡々と事実を列挙した。

「彼らは、国家というシステムを私物化し、メンテナンスを怠り、燃料(税金)を自分の遊びに使いました。その結果が、このエンスト(国家破綻)です」

ルーアは民衆に向き直った。

「あなたたちは悪くありません。ただ、経営者を間違えただけです。そして、周辺諸国の皆様。この国を分割しても、得られるのは『負債』と『恨み』だけです」

「じゃあ、どうしろと言うんだ!」

将軍が剣を収め、焦ったように尋ねる。

「再建です」

ルーアはニヤリと笑った。

「会社更生法……いえ、『国家更生計画』を適用します」

彼女はスクリーンに新しいスライドを投影した。

『ドラグーン・モデルによる復興プラン』

1.ドラグーン公爵領との自由貿易協定の締結
2.観光資源(主にロランドの馬鹿げた遺産を『負の遺産テーマパーク』として活用)の開発
3.不要な軍備の縮小と、農業・軽工業への転換

「我がドラグーン公爵家が、この国の再建スポンサーになります。資金は貸し付けますが、経営権は一時的に私たちが預かります」

「なっ……実質的な属国化ではないか!」

「いいえ。業務提携です」

ルーアはキッパリと言った。

「五年。五年で黒字化させ、借金を完済させます。その後は、あなたたちの手で新しい指導者を選び、独立しなさい。……どうです? 悪い話ではないはずですが」

会場がざわめく。

侵攻してきた国々にとっても、泥沼の占領戦をするより、経済的に安定した隣国と貿易する方がメリットが大きい。

民衆にとっても、明日のパンが保証されるなら、プライドより実利だ。

「……本当に、五年で立て直せるのか?」

革命軍のリーダーが、疑り深く尋ねる。

ルーアは眼鏡をくいっと上げた。

「誰に口を利いているのですか? 私は、あのゴミ屋敷(ドラグーン城の書類部屋)を一日で片付け、万年赤字だった公爵領を半年で大陸一の経済特区に変えた女ですよ?」

その背後で、クラウスが腕を組んで深く頷いた。

「私の妻の計算に、狂いはない。保証しよう」

魔王の保証。

これ以上の担保はない。

「……わ、わかった!」

「ドラグーン公爵家に従おう!」

「ルーア様、万歳!」

広場に歓声が湧き起こった。

それは、剣を捨て、電卓(経済合理性)を選んだ瞬間だった。

「商談成立ですね」

ルーアは満足げに頷き、計算機を閉じた。

「では、早速ですが……そこの将軍。撤退費用として通行料をいただきます。革命軍の皆様は、城内の掃除から始めてください。ハイエナ商会の皆様は、私と債務整理の交渉をしましょうか」

ルーアはテキパキと指示を出し始めた。

その姿は、もはや『悪役令嬢』ではなく、国を救う『救世主(ただし金にはうるさい)』そのものだった。

数時間後。

王城のバルコニーで、ルーアとクラウスは鎮まり返った王都を見下ろしていた。

「……見事な手際だ」

クラウスが感嘆のため息をつく。

「血を流さず、金と数字だけで戦争を止めてしまうとはな」

「戦争はコストパフォーマンスが悪すぎますから」

ルーアは夕焼けに染まる街を見つめた。

「それに……ここは、私が生まれ育った国ですから。腐った王族は嫌いですが、この街の風景まで壊したくはありませんでした」

ふと見せた、ルーアの素顔。

そこには、故郷を思う少女の優しさが滲んでいた。

クラウスは優しく彼女の肩を抱いた。

「君は優しいな。……そして、強い」

「強くありません。計算高いだけです」

「それを強さと言うのだ」

クラウスはルーアの手の甲にキスをした。

「さて、これで後顧の憂いはなくなった。隣国は我が領の経済圏に組み込まれ、ロランドたちの悪政も清算された」

「ええ。元凶は断罪され、システムは再起動しました」

ルーアはクラウスを見上げた。

「帰りましょう、閣下。……明日は、私たちの結婚式です」

「ああ。最高の式にしよう。……遅刻は厳禁だぞ?」

「当然です。タイムスケジュールは分単位で管理してありますから」

二人は笑い合い、夕日の中に消えていった。

国を救い、過去を清算した二人に残されたのは、自分たちの未来を祝うための、最後にして最大のイベントだけだった。

しかし。

ルーアはまだ知らなかった。

この国の王城の地下金庫に、ロランドたちが持ち出せなかった『ある指輪』が残されていることを。

そしてそれが、明日の結婚式で、まさかのサプライズを引き起こすことになるということを。
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