婚約破棄を待ってました!喜んで帰りますわ!

ハチワレ

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結婚式前日の午後。

ドラグーン公爵城の中庭には、結婚式の準備とは不釣り合いな、物々しい檻が二つ置かれていた。

その中には、薄汚れた服を着て、猿ぐつわを噛まされた男女が入っている。

隣国の革命軍によって捕縛され、『戦後処理の一環』としてドラグーン公爵家に引き渡された、ロランド元王子とミナだ。

「……ふむ。まさか『結婚祝い』として、元婚約者の身柄が届くとは思いませんでしたね」

ルーアは腕を組み、檻の中の二人を見下ろした。

隣にはクラウスが立っている。

「革命軍のリーダーからの手紙にはこうある。『この二人の処遇は、我が国の再生の女神(スポンサー)であるルーア様に一任する。煮るなり焼くなり好きにしてくれ』だそうだ」

「煮炊きはしません。燃料の無駄です」

ルーアは冷徹に言い放ち、檻の鍵を開けさせた。

「出なさい。最後の『清算』を行います」

衛兵に引きずり出されたロランドとミナは、猿ぐつわを外されると同時に叫んだ。

「は、離せ! 私は王子だぞ! こんな扱い許されるか!」

「そうですぅ! 私、か弱い女の子なんですぅ! お風呂に入らせてくださいぃ!」

「黙りなさい」

ルーアが一喝する。

「あなた方の身分は、今のところ『住所不定無職』および『多額債務者』です。王子でも令嬢でもありません」

「な、なんだと!?」

「証拠はこちらです」

ルーアは一枚の羊皮紙を突きつけた。

それは、隣国の新しい暫定政府が発行した『廃嫡および身分剥奪証明書』だった。

「本日付で、ロランド・フォン・グランツの名は王籍から抹消されました。今後、あなたが王族を名乗った場合、『詐称罪』が適用されます」

「嘘だ……嘘だぁぁぁ! 父上はどうした!? 父上がそんなことを許すはずが!」

「元国王陛下なら、すでに隣国の修道院で『懺悔と清掃の日々』を送っておられます。『息子を甘やかした私が悪かった』と、便器を磨きながら泣いておられましたよ」

「ち、父上ぇぇぇ!」

ロランドが絶望の叫びを上げる。

「そしてミナ様。あなたのご実家である男爵家ですが……あなたの浪費のせいで破産しました。ご両親は夜逃げされましたので、あなたの帰る家はありません」

「そ、そんなぁ……嘘よぉ……」

ミナはその場にへたり込んだ。

「さて、ここからが本題です」

ルーアは計算機を取り出した。

「あなた方が背負っている負債総額ですが……国庫からの横領分、ドラグーン公爵家への賠償金、その他未払い金を合わせると、金貨五百万枚になります」

「ご、五百万!?」

「これを返済していただくまで、あなた方には『労働』に従事していただきます」

ルーアは二枚の契約書(という名の奴隷労働指示書)を取り出した。

「まずロランド元殿下。あなたは北の果てにある『魔導鉱山』へ行っていただきます」

「こ、鉱山!?」

「はい。地下深くで魔石を掘り出す仕事です。環境は過酷ですが、衣食住は保証されます。計算上、一日十八時間労働で、約三百年働けば完済可能です」

「さ、三百年!? 死んでるわ!」

「ご安心を。魔石の影響で寿命が少し延びるそうです。死ぬまで働けますよ」

ルーアの目が笑っていない。

「いやだぁ! 俺は王子だぞ! 労働なんてしたくない!」

ロランドが暴れようとするが、クラウスが指をパチンと鳴らすと、足元が凍りついて動けなくなった。

「次にミナ元嬢。あなたは西の『沈黙の修道院』へ行っていただきます」

「しゅ、修道院……? 神様に祈ればいいの?」

「いいえ。そこは『労働更生施設』を兼ねています。主な業務は、早朝からの農作業、チーズ作り、ワインの仕込み、そして一日三時間の『反省文の筆記』です」

ルーアは淡々と説明した。

「私語は厳禁。おしゃべりしたら、その日の食事は抜きです。『わかりませぇん』とか『できなぁい』という言葉を発したら、罰金が加算されます」

「ひいいい! 無理ですぅ! 私、おしゃべりしないと死んじゃいますぅ!」

「大丈夫です。人間、意外と死にません」

ルーアは二人にペンを渡した。

「さあ、サインを。拒否権はありません。拒否した場合、クラウス閣下が『氷の彫像(永久保存版)』にして、庭に飾ってくださるそうです」

「……喜んでやろう」

クラウスが凶悪な笑みを浮かべる。

「ひっ、書きます! 書けばいいんでしょう!」

「鉱山でも何でも行きますぅ!」

二人は涙と鼻水を流しながら、震える手でサインをした。

「契約成立ですね」

ルーアは書類を回収し、満足げに頷いた。

「では、護送車に乗せてください。……あ、その前に」

ルーアは思い出したように、懐から小さな小箱を取り出した。

「ロランドさん。これ、王城の金庫に残っていましたよ」

箱を開けると、中には古びた指輪が入っていた。

ロランドの目が輝く。

「あ、あれは! 王家の『権威の指輪』! それを売れば借金が返せるんじゃないか!?」

「鑑定しました」

ルーアは冷ややかに告げた。

「素材は真鍮とガラス玉。市場価値、銅貨三枚です」

「は?」

「本物の王家の指輪は、三代前の王が博打の借金返済のために売却済みだったようです。それ以来、代々の王は、この偽物をありがたがってつけていたんですね」

ルーアは指輪をロランドの足元に放り投げた。

カラン、と乾いた音がする。

「これがあなたの『権威』の正体です。偽物の輝きにすがり、中身のないプライドを守っていただけ」

「あ……あ……」

ロランドは足元のガラス玉を見つめ、崩れ落ちた。

自分が何者でもなかったこと。

王子という肩書きも、王家の権威も、すべてが偽物で、空っぽだったこと。

それを突きつけられ、彼の心は完全に折れた。

「……連れて行って」

ルーアが指示を出すと、衛兵たちが二人を引きずっていく。

「うわああああん! 後悔してるぅ! ルーアと結婚してればよかったぁ!」

「ロランド様のバカァ! 私の人生返してぇ!」

二人の泣き声は、護送車の扉が閉まると同時に聞こえなくなった。

ガタン、ゴトン……。

護送車が遠ざかっていく。

ルーアはその背中を見送り、手元のリストに赤ペンで大きくチェックを入れた。

『未収金回収案件: 完了(労働債権へ振替)』

「……終わりましたね」

ルーアが呟く。

「ああ。これでもう、二度と君の前に現れることはないだろう」

クラウスが肩を抱く。

「少しは、寂しいか?」

「まさか」

ルーアは晴れ晴れとした顔で笑った。

「清々しています。不良債権をバランスシートから消去できた時の快感……経営者にしかわからない喜びですわ」

「……君らしいな」

クラウスは苦笑し、そして真剣な表情になった。

「ルーア。これで過去のしがらみは全て消えた。……明日は、何者にも邪魔されない、私と君だけの未来の始まりだ」

「はい、閣下。……いいえ、クラウス様」

ルーアは計算機をポケットにしまった。

「明日の式は、完璧なものにしましょう。私の人生で、一番『黒字』になる日に」

「任せておけ。世界中の宝石を集めても足りないくらい、君を輝かせてみせる」

二人は見つめ合い、結婚式場となる大聖堂を見上げた。

雲ひとつない青空。

それは、ルーアの前に広がる、希望と、そして「終わらない業務改善」の日々を予感させる、素晴らしい空だった。

「さあ、戻りましょう! 明日のウェディングケーキの試食がまだです!」

「まだ食べるのか?」

「糖分補給は脳の回転に必須です!」

ルーアはクラウスの手を引き、城へと駆け出した。

こうして、元凶たちは去り、最強の公爵夫妻が誕生する舞台は完全に整った。
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