泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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「……というわけで、公爵。お宅の令嬢をお送りした。……というか、お届けした」


公爵家の玄関ホール。
セドリック様が、私の腰を掴んで「荷物」のように床へ置いた。


私はそのまま、玄関の冷たいタイルに頬を摺り寄せる。


「お届け……? セドリック殿、それは一体どういう……。それよりナタリー、なぜそんな泥だらけで、死んだ魚のような目をしているんだ」


父であるゴールドマン公爵が、驚きのあまり手に持っていた書類を落とした。


「お父様……。お呼びなさい、お呼びなさい……。今すぐこの国で一番腕のいい『葬儀屋』を呼ぶのですわ……」


「葬儀屋!? おい、どこか怪我をしているのか!?」


「心の傷口が広すぎて、もはや全身が致命傷ですの。リュカ様に婚約破棄されましたわ。私はもう、ナタリーではなく『悲しみの化身』として生きていくことに決めましたの」


父様は絶句し、それからセドリック様に救いを求めるような視線を向けた。


「セドリック殿、これは……その、ショックで一時的に錯乱しているだけだろうか」


「私に聞かないでいただきたい。夜会の会場で三十分ほど床を転がっていたので、身体的な元気だけはあるはずだ。……では、私はこれで」


「待ってセドリック様! 私を置いていかないで! 私の最期を看取る役職を、あなたに任命しますわ!」


「辞退する。……公爵、失礼する」


セドリック様は、私の必死の呼びかけをマントの翻し一つで無視し、嵐のように去っていった。
なんて冷たいお方。
でもいいわ、その冷たさが今の私の凍てついた心には心地よいのです。


「ナタリー、とにかく部屋へ行きなさい。お前、ドレスがボロボロじゃないか」


「お父様、わかっておりませんわね。ボロボロなのはドレスではありません。私の存在そのものですわ」


私は這うようにして階段を上り始めた。


「これ、ナタリー! 二足歩行をやめるな!」


「今の私には、重力さえも耐え難い苦痛なのです……」


なんとか自室に辿り着いた私は、控えていた侍女のアンに鋭く指を突きつけた。


「アン! 今すぐ、この部屋にある『光を放つもの』をすべて排除しなさい!」


「はい? 光を放つもの、といいますと……ランプですか?」


「ランプ、鏡、宝石、そして私の明るい未来! すべてですわ!」


「……未来は物理的に排除できませんが、とりあえずカーテンを閉めればよろしいですか?」


「足りませんわ! この部屋の壁をすべて黒い布で覆いなさい! 窓は板で塞いで! 私は今日から、深海の底に住む盲目の魚として余生を過ごしますの!」


「お嬢様、落ち着いてください。とりあえずお着替えを――」


「着替えなら、漆黒のベールを用意なさい! あ、それから、食事はすべて黒いものにすること。イカスミ、黒豆、焦げたトースト……。彩りなんて、私の人生にはもう不要ですわ!」


私はベッドにダイブし、枕に顔を埋めて叫んだ。


「あああああああああ! 悲しい! 私、とっても悲しいですわ!!」


「……お嬢様、叫んでいる間は割と元気そうに見えますけど」


「うるさいですわ! これは魂の慟哭ですのよ! あ、お父様に伝えて。明日の朝、私が冷たくなっていたら、お墓には『愛に殺された女』と刻んでくださいって!」


「承知いたしました。一応、キッチンに温かいココアを頼んでおきますね」


「ココア……。ふん、砂糖は入れないで。私の涙で味付けしますから……」


アンが部屋を出ていくと、私はようやく静まった部屋で天井を見上げた。


窓の隙間から、月明かりが差し込んでいる。
……眩しい。
今の私には、月光さえも刃のように突き刺さる。


私は立ち上がり、クローゼットから黒いショールを引っ張り出すと、それを頭から被った。


「よし。これで完璧ですわ」


鏡に映った自分を見る。
顔は青白く、目は泣きすぎて腫れ、頭から黒い布を被った姿は、どこからどう見ても『悲劇のヒロイン』そのもの。


「ふふ……ふふふ。似合っていますわ、ナタリー。あなたは今、世界で一番不幸で、一番ドラマチックよ……」


悲しみに浸る自分に酔いしれていると、不意に、コンコンと窓を叩く音がした。


「……えっ? 二階ですわよ、ここ」


恐る恐る窓を開けると、そこには、隣の木を伝って登ってきたらしい人物がいた。


「……何をしているんだ、その格好は」


「セドリック様!? なぜ戻ってこられたのですか!? しかも窓から!」


「忘れ物だ。……お前の、これ。会場に落ちていたぞ」


セドリック様の手には、私がさっき床にぶちまけたはずの、鴨のローストが一切れ、紙に包まれて握られていた。


「……わざわざ、鴨を届けに?」


「お前があれほど未練だと言っていたからだ。食ってさっさと寝ろ、この面倒な女」


セドリック様は鴨を私に押し付けると、また無言で木を降りていった。


私は、手に残った鴨の温もりと、脂のいい香りに鼻をひくつかせた。


「……まだ、温かい。……じゅるり」


私は、漆黒のベールの下で、誰にも見られないように鴨を口に放り込んだ。


「……美味しい。……悲しいけど、美味しいですわ……。おのれ、リュカ王子……。こんなに美味しい鴨を味わう余裕さえ奪うなんて……!」


私は鴨を噛み締めながら、さらなる深い(?)絶望の淵へと沈んでいくのだった。
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