泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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翌朝。ゴールドマン公爵邸には、朝から不穏な空気が漂っていた。


「お嬢様、朝食をお持ちしました。……お嬢様?」


侍女のアンが恐る恐る扉を開けると、そこには、昨日とは打って変わって「整然とした絶望」が広がっていた。


部屋中の家具という家具に黒い布がかけられ、ナタリーは鏡の前で、自分の顔に白い粉をこれでもかと叩きつけている。


「……アン。見て。今の私、どれくらい『不治の病を患った薄幸の美少女』に見えるかしら?」


「……お嬢様。美少女というよりは、壁の漆喰を塗り直している途中の職人に見えます」


「なんですって!? これでも最高級の白粉を三缶分も使ったのよ! 血色の良すぎるこの肌が憎いわ……。婚約破棄された女の肌は、もっとこう、ひび割れた大地のようにカサついているべきなのに!」


ナタリーは悔しそうに、真っ白な顔を歪めた。


「立ち直れないと言いつつ、お肌のお手入れ……というか、お化粧には余念がないのですね」


「当然よ! 悲劇には様式美が必要なの。……あ、そうだわ。アン、今すぐこの国で一番有名な仕立て屋、マダム・ヴィレットを呼びなさい!」


「仕立て屋ですか? 新しいドレスをお作りになるので?」


「そうよ! 今の私にふさわしい、『絶望を形にしたような喪服』を発注しますわ!」


一時間後。
公爵邸に呼び出されたマダム・ヴィレットは、ナタリーの部屋に入るなり、その異様な光景に絶句した。


「マダム、よく来てくれましたわ。今すぐ私の採寸をなさい。コンセプトは『死の淵で踊る未亡人(仮)』ですわ」


「……お嬢様。ゴールドマン公爵家で、どなたか不幸があったとは聞いておりませんが」


「私が死んだも同然ですわ! 昨夜、私の純愛(笑)はリュカ王子の手によって惨殺されましたの。だから、私は今から四十九日間、この喪服を着て自室に引きこもるんですのよ!」


ナタリーは立ち上がり、マダムに細かく指示を出し始めた。


「生地は一番重いベルベット! 色は、カラスの濡れ羽色よりも深い漆黒で。あ、胸元には『後悔に暮れる涙』をイメージした、本物の真珠を千個ほど縫い付けてちょうだい」


「千個……。それは、かなり重くなりますが、歩けますか?」


「歩きませんわ! 悲劇のヒロインは常に倒れ伏しているものですもの。その重みが、私に課せられた運命の重さなんですわよ!」


「……左様でございますか」


マダムは職業倫理をかなぐり捨てたような顔で、淡々とメモを取り始めた。


「それから、ベールは顔が全く見えないほど厚手にして。でも、私の泣きはらした目が一番美しく見える角度に、絶妙なスリットを入れてちょうだい。ここ、一番重要よ!」


「立ち直れない割には、注文が具体的すぎますわ……」


アンがボソリと呟いた時、部屋の扉がノックもなしに開け放たれた。


「……騒がしいな。公爵邸の二階が、いつから葬儀場になったんだ?」


現れたのは、仕事の書類を脇に抱えたセドリック様だった。


「セドリック様! また窓から!? ……いえ、今日は扉からですね」


「公爵に、お前の様子を監視……いや、生存確認をしてほしいと頼まれたんだ。……何だ、その顔は。小麦粉でも被ったのか?」


「失礼ですわね! これは私の内面から溢れ出した、絶望の白さですわ!」


「……マダム、その注文書を見せてくれ」


セドリック様はマダムの手からメモをひったくると、一瞥して鼻で笑った。


「真珠千個の喪服? そんなものを着て引きこもるなど、ただの筋トレだろう。……マダム、注文を変更だ。彼女には、これ以上ないほど『地味で動きやすい黒いパジャマ』を三着用意しろ」


「なんですって!? セドリック様、私の悲劇を冒涜するおつもり!?」


「お前が求めているのは悲劇ではない、ただの注目だ。本当に立ち直れない人間は、真珠の数なんて数えない」


セドリック様は冷たく言い放つと、私の顔の白粉を、手に持っていたハンカチで乱暴に拭い去った。


「ああっ! 私の絶望が! 三缶分の絶望が!」


「うるさい。少しはまともなツラに戻ったな。……ほら、これを見ろ。公爵から預かった、お前の今月の小遣い停止処分決定書だ」


「………………はい?」


私は、真っ白な顔(半分だけ素肌)で固まった。


「婚約破棄による慰謝料請求の手続きが終わるまで、お前の贅沢は禁止だ。……真珠千個のドレス代、誰が払うと思っている?」


「お、お父様……。立ち直れない娘に、なんて仕打ちを……!」


「悲しむ暇があるなら、自分の預金通帳を見て絶望しろ。そっちの方がよほど現実的だぞ」


セドリック様の言葉に、私は今日一番の悲鳴を上げ、再び床に崩れ落ちた。


「あああああああ! お金がない! お金がない悲劇! これこそが真の絶望ですわあああ!!」


「……ようやく『立ち直れない』に相応しい声になったな」


セドリック様は満足げに頷くと、マダムを連れて部屋を出ていった。


私の「悲劇のヒロイン計画」は、開始早々、極めて現実的な「金欠」という壁にぶち当たったのである。
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