泣き喚け! 婚約破棄された悪役令嬢は、全速力でどん底へ

八雲

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「……離して。離してくださいまし、セドリック様。今の私は、馬車という名の檻に閉じ込められた、羽をもがれた小鳥ですのよ」


ガタゴトと揺れる公爵家の馬車の中。
私はシートの隅で膝を抱え、窓の外を流れる景色を恨めしげに見つめていた。


泥だらけの手はセドリック様によって丁寧に(布でぐるぐる巻きにされて)封印されている。


「小鳥にしては声がデカすぎるし、食欲も旺盛すぎるだろう。……さっきから腹が鳴っているぞ」


「これは腹の音ではありません。私の内なる魂が、あまりの不運に嗚咽を漏らしているのですわ」


「……その嗚咽は、昨夜届いた『お徳用マドレーヌ』を半分食べたせいではないのか?」


セドリック様は、向かい合わせの席で手際よく書類にサインをしながら、一度も目を上げずに言った。
このお方は、なぜこうも私の優雅な嘘を、現実という名のナタで叩き切るのかしら。


「マドレーヌは、血糖値を上げるための劇薬ですわ! 悲しみに耐えるには、糖分という名の鎧が必要なんですもの!」


「鎧が厚すぎて、ドレスの背中のフックが弾けそうになっているがな」


「……っ! それは、布が縮んだだけですわよ!」


私は顔を真っ赤にして叫んだ。
セドリック様はようやく顔を上げ、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。


「いいか、ナタリー。論理的に考えろ。お前は今、被害者だ。婚約破棄され、家宝を騙し取られた。ここで穴を掘って泣き寝入りすれば、お前は一生『惨めな負け犬』として歴史に名を刻むことになる」


「負け犬なんて……! 私は『散りゆく美しき華』になりたいだけですわ!」


「華になっても、肥料になるだけだ。……だが、もしここで立ち上がり、王宮で堂々と家宝の返還を要求すればどうなる? お前は『理不尽に立ち向かう気高き令嬢』として再定義される。どちらがよりドラマチックだ?」


セドリック様の言葉に、私は一瞬、言葉を失った。
再定義……。ドラマチック……。


「……後者の方が、確かにページ数は稼げそうですわね」


「ページ数……? まあいい。お前の望む『悲劇のヒロイン』という役柄も、ただ地面を掘っているだけでは観客が飽きる。適度な逆襲というスパイスがあってこそ、結末が引き立つとは思わないか?」


「……。……セドリック様。あなた、意外と『わかって』いらっしゃるのね」


私は膝から手を離し、居住まいを正した。


「そう、そうですわ。ただの死体では誰も見てくれませんもの。私は『墓場から蘇った復讐の女神(でも心はズタボロ)』として、王宮に君臨すべきなんですわね!」


「復讐の女神まで行くとまた別の問題が起きるが……まあ、泥を掘るよりはマシだ」


馬車が王宮の正門をくぐる。
私は窓から見える衛兵たちの姿を確認し、深く息を吸い込んだ。


「セドリック様。私の顔、ちゃんと絶望していますかしら? 復讐に燃えつつも、一粒の涙を忘れない、そんな儚い美しさが表現できていて?」


「……お前の顔は、今、新しいおもちゃを見つけた子供のようなギラついた顔をしている。儚さはゼロだ」


「失礼ですわね! これでも心の中では、悲しみのオーケストラが葬送曲を奏でていますのよ!」


「なら、その指揮者が暴走しないように気をつけろ。……さあ、着いたぞ」


馬車の扉が開く。
セドリック様が先に降り、私に手を差し伸べた。


「ナタリー。今日、お前がやるべきことは一つだ。泣いてもいいし、叫んでもいい。だが、家宝を返すという書類に、リュカ王子のサインをさせるまでは絶対に引き下がるな」


「サイン……。血で書かせた方がよろしいかしら?」


「普通のインクでいい。余計な怪談を作るな」


セドリック様の手を借りて、私は王宮の白磁の階段に降り立った。


ドレスは泥だらけ、手は布巻き、顔はギラギラ。
どこからどう見ても「不審な令嬢」である私を、周囲の貴族たちがヒソヒソと指差す。


「あら、見て。あの姿……」
「公爵家のナタリー様よ。やはり、婚約破棄でおかしくなったのね……」


聞こえてくる嘲笑。
本来なら、ここで私は恥ずかしさに震えるべきなのだろう。
しかし、セドリック様の「論理的な悲劇指導」を受けた今の私は違った。


「……ふふ。ふふふ。そうよ、もっと言いなさい。この泥こそが、私の流した血の代わり。この布こそが、私の折れた心の包帯……!」


「……。……おい、ナタリー。勝手にナレーションを入れるな。行くぞ」


セドリック様が私の背中をぐいと押した。
私はあえてよろよろと、しかし視線だけは鋭く保ったまま、リュカ王子とミエル様が待つ謁見の間へと進んでいった。


「待っていなさい、リュカ様。私の『悲劇』の第二章、豪華版をご馳走して差し上げますわ!」


背後でセドリック様が「頼むから黙って歩け」と小声で呟いたが、私は聞こえないフリをした。
今の私は、悲しみという名のエンジンを積んだ、暴走特急なのですから。
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