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公爵邸に戻った私は、自室に入るなりメイドたちに宣言した。
「さあ、引っ越しの準備よ! 不要なものは全て捨てて、必要なものだけを持っていくわ!」
私の気迫に押され、メイドたちが慌ててトランクを広げる。
「お嬢様、やはりこちらの夜会用のドレスは……」
「いらないわ。岩場で裾を踏んだら危ないもの」
「では、こちらのルビーのネックレスは……」
「いらないわ。ドラゴンの鱗の方が綺麗だし硬いもの」
「では、こちらの最高級シルクの寝間着は……」
「いらないわ。すぐ破れるし、吸汗性が悪すぎる」
私は次々と「不要判定」を下していった。
メイドたちが「ああ、お嬢様がご乱心遊ばされた……」「ショックで価値観が壊れてしまわれた……」と涙ぐんでいるが、放っておく。
私の価値観は壊れたのではない。進化したのだ。
「お嬢様、では何をお持ちになるのですか?」
「これよ」
私はクローゼットの奥底、隠し扉を開けた。
そこには、私が長年かけて収集・開発してきた「真の宝物」たちが眠っている。
「まずは、この『重力魔法付与リストウェイト(片側五十キロ)』」
ズシン、と床に置くと、メイドたちがビクッと跳ねた。
「次に、この『ミスリル合金製フライパン(鈍器兼用)』」
「そして、あらゆる魔物の皮を裁断できる『オリハルコンの包丁』」
「最後に、秘伝のスパイスセットと、樽いっぱいのプロテイン(特注粉末)」
私はそれらをテキパキとトランクに詰め込んだ。
ドレスや宝石で埋まるはずのトランクが、凶器と謎の粉末で埋め尽くされていく。
「あ、あとこれも忘れてはいけないわね」
私は部屋の隅に立てかけてあった、巨大な物体を手に取った。
『破城槌(バトルラム)』……ではない。
特注のつるはしである。
柄は鉄製、先端はダイヤモンドよりも硬い特殊合金。
これさえあれば、どんな硬い岩盤も豆腐のように掘り進められる。
「よ、よし! 準備完了!」
トランクの蓋を閉める。
中身が重すぎて金具が悲鳴を上げているが、私が少し力を込めて「ふんっ」と押し込むと、素直に閉まった。
「お嬢様……その、お荷物が……」
一人のメイドがトランクを持ち上げようとして、「うぐっ!?」と声を上げて腰を落とした。
「び、びくともしません……! 中に岩でも入っているのですか!?」
「まあ、似たようなものね。貸して、私が持つわ」
私はメイドの手からトランク(総重量百キロ超)をひょいと受け取り、小脇に抱えた。
「さあ、出発よ!」
軽やかに廊下へ出ると、そこには両親が待ち構えていた。
「コロロ!」
お母様が泣き崩れ、お父様が青ざめた顔で立ち尽くしている。
「本当に行くというのか? あんな死の土地へ!」
「お父様、お母様。ご心配なく。私なら大丈夫です」
「大丈夫なわけがあるか! お前のようなか弱い娘が、一人で生きていける場所ではない!」
お父様が私の肩を掴もうとする。
私はスッと身をかわし、にっこりと微笑んだ。
「か弱い、ですか?」
「当たり前だ! お前は虫も殺せぬ優しい子だ。王子の暴言に傷つき、自暴自棄になっているだけだろう!?」
「……ふふ」
私は少しだけ困った顔をした。
やはり、長年の猫被り……もとい、淑女教育の成果で、両親は私の本質(ゴリラ)に気づいていない。
言葉で説得するのは時間の無駄だ。
私はトランクを一度床に置いた。
そして、玄関ホールに飾ってある、歴代当主が使用したという「飾り用の巨大な大理石の像」に近づいた。
それは、初代当主がドラゴンを討伐したシーンを再現したもので、重さは優に一トンを超える。
「お父様。私の決意の固さを、ご覧ください」
私は像の台座に手をかけた。
「な、何をする気だ?」
「少し、場所を直しますね」
私は深呼吸を一つ。
そして、脚に力を込め、背筋を伸ばし――。
「んっ」
短い気合と共に、腕を持ち上げた。
ズズズ……ゴゴゴゴゴ……ッ!!
重低音と共に、一トンの大理石像が宙に浮いた。
「なっ……!?」
お父様の目が飛び出るほど見開かれる。
お母様が「ヒッ」と息を呑んで卒倒しかけた。
私は像を頭上まで持ち上げると、そのままスクワットを一回、二回。
「ふう、少し重心がズレていましたね」
トン、と軽く元の位置に戻す。
埃一つ立たない、完璧な着地(プレースメント)だ。
私は何事もなかったかのように両親に向き直り、汗一つかかずに言った。
「ご覧の通り、私は健康そのものです。ドラゴンの一匹や二匹、この像のように投げ飛ばしてみせますので、ご安心ください」
「…………」
お父様は口をパクパクさせている。
あまりの衝撃に言葉を失っているようだ。
そこへ、玄関の外から一台の馬車が到着する音が聞こえた。
御者台から降りてきたのは、初老の執事、セバスだ。
彼は恭しく頭を下げた。
「お嬢様、馬車の準備が整いました。食料、テント、その他サバイバル用品も積んでございます」
「ありがとう、セバス。仕事が早いわね」
「僭越ながら、このセバス、お嬢様の『楽園計画』に同行させていただきます。お嬢様お一人では、背中のマッサージをする者がおりませんので」
「ふふ、助かるわ。貴方の淹れるプロテインシェイクがないと調子が出ないもの」
セバスは私の正体(筋肉)を知る数少ない理解者だ。
彼がいれば百人力である。
私は再びトランクを小脇に抱え、呆然とする両親に歩み寄った。
「では、行ってまいります。お父様、お母様。たまには手紙を書きますね(ドラゴンジャーキーを添えて)」
「あ……あ……」
お父様が震える手で私を指差した。
「そ、そうか……。お前は……いつの間に、そのような……」
「秘密ですわ」
私は人差し指を唇に当ててウインクした。
「あ、それと。王都の人々には『傷心のあまり、見る影もなく痩せ細って旅立った』と伝えておいてくださいね?」
そう言い残し、私は馬車へと乗り込んだ。
セバスが鞭を振るう。
馬車はゆっくりと動き出し、住み慣れた公爵邸を離れていく。
窓から振り返ると、お父様とお母様が、まるで化け物を見るような……いや、未知の生物を見送るような複雑な顔で手を振っていた。
(さようなら、温室育ちの私)
(こんにちは、野生の私!)
私はトランクから取り出したダンベル(五キロ)を握りしめ、これから向かう荒野に思いを馳せた。
目指すは北の果て、魔境ヴォルカ。
私の、私による、私のための筋肉王国の建国だ。
こうして、史上最強の「か弱い悪役令嬢」の旅が始まったのである。
「さあ、引っ越しの準備よ! 不要なものは全て捨てて、必要なものだけを持っていくわ!」
私の気迫に押され、メイドたちが慌ててトランクを広げる。
「お嬢様、やはりこちらの夜会用のドレスは……」
「いらないわ。岩場で裾を踏んだら危ないもの」
「では、こちらのルビーのネックレスは……」
「いらないわ。ドラゴンの鱗の方が綺麗だし硬いもの」
「では、こちらの最高級シルクの寝間着は……」
「いらないわ。すぐ破れるし、吸汗性が悪すぎる」
私は次々と「不要判定」を下していった。
メイドたちが「ああ、お嬢様がご乱心遊ばされた……」「ショックで価値観が壊れてしまわれた……」と涙ぐんでいるが、放っておく。
私の価値観は壊れたのではない。進化したのだ。
「お嬢様、では何をお持ちになるのですか?」
「これよ」
私はクローゼットの奥底、隠し扉を開けた。
そこには、私が長年かけて収集・開発してきた「真の宝物」たちが眠っている。
「まずは、この『重力魔法付与リストウェイト(片側五十キロ)』」
ズシン、と床に置くと、メイドたちがビクッと跳ねた。
「次に、この『ミスリル合金製フライパン(鈍器兼用)』」
「そして、あらゆる魔物の皮を裁断できる『オリハルコンの包丁』」
「最後に、秘伝のスパイスセットと、樽いっぱいのプロテイン(特注粉末)」
私はそれらをテキパキとトランクに詰め込んだ。
ドレスや宝石で埋まるはずのトランクが、凶器と謎の粉末で埋め尽くされていく。
「あ、あとこれも忘れてはいけないわね」
私は部屋の隅に立てかけてあった、巨大な物体を手に取った。
『破城槌(バトルラム)』……ではない。
特注のつるはしである。
柄は鉄製、先端はダイヤモンドよりも硬い特殊合金。
これさえあれば、どんな硬い岩盤も豆腐のように掘り進められる。
「よ、よし! 準備完了!」
トランクの蓋を閉める。
中身が重すぎて金具が悲鳴を上げているが、私が少し力を込めて「ふんっ」と押し込むと、素直に閉まった。
「お嬢様……その、お荷物が……」
一人のメイドがトランクを持ち上げようとして、「うぐっ!?」と声を上げて腰を落とした。
「び、びくともしません……! 中に岩でも入っているのですか!?」
「まあ、似たようなものね。貸して、私が持つわ」
私はメイドの手からトランク(総重量百キロ超)をひょいと受け取り、小脇に抱えた。
「さあ、出発よ!」
軽やかに廊下へ出ると、そこには両親が待ち構えていた。
「コロロ!」
お母様が泣き崩れ、お父様が青ざめた顔で立ち尽くしている。
「本当に行くというのか? あんな死の土地へ!」
「お父様、お母様。ご心配なく。私なら大丈夫です」
「大丈夫なわけがあるか! お前のようなか弱い娘が、一人で生きていける場所ではない!」
お父様が私の肩を掴もうとする。
私はスッと身をかわし、にっこりと微笑んだ。
「か弱い、ですか?」
「当たり前だ! お前は虫も殺せぬ優しい子だ。王子の暴言に傷つき、自暴自棄になっているだけだろう!?」
「……ふふ」
私は少しだけ困った顔をした。
やはり、長年の猫被り……もとい、淑女教育の成果で、両親は私の本質(ゴリラ)に気づいていない。
言葉で説得するのは時間の無駄だ。
私はトランクを一度床に置いた。
そして、玄関ホールに飾ってある、歴代当主が使用したという「飾り用の巨大な大理石の像」に近づいた。
それは、初代当主がドラゴンを討伐したシーンを再現したもので、重さは優に一トンを超える。
「お父様。私の決意の固さを、ご覧ください」
私は像の台座に手をかけた。
「な、何をする気だ?」
「少し、場所を直しますね」
私は深呼吸を一つ。
そして、脚に力を込め、背筋を伸ばし――。
「んっ」
短い気合と共に、腕を持ち上げた。
ズズズ……ゴゴゴゴゴ……ッ!!
重低音と共に、一トンの大理石像が宙に浮いた。
「なっ……!?」
お父様の目が飛び出るほど見開かれる。
お母様が「ヒッ」と息を呑んで卒倒しかけた。
私は像を頭上まで持ち上げると、そのままスクワットを一回、二回。
「ふう、少し重心がズレていましたね」
トン、と軽く元の位置に戻す。
埃一つ立たない、完璧な着地(プレースメント)だ。
私は何事もなかったかのように両親に向き直り、汗一つかかずに言った。
「ご覧の通り、私は健康そのものです。ドラゴンの一匹や二匹、この像のように投げ飛ばしてみせますので、ご安心ください」
「…………」
お父様は口をパクパクさせている。
あまりの衝撃に言葉を失っているようだ。
そこへ、玄関の外から一台の馬車が到着する音が聞こえた。
御者台から降りてきたのは、初老の執事、セバスだ。
彼は恭しく頭を下げた。
「お嬢様、馬車の準備が整いました。食料、テント、その他サバイバル用品も積んでございます」
「ありがとう、セバス。仕事が早いわね」
「僭越ながら、このセバス、お嬢様の『楽園計画』に同行させていただきます。お嬢様お一人では、背中のマッサージをする者がおりませんので」
「ふふ、助かるわ。貴方の淹れるプロテインシェイクがないと調子が出ないもの」
セバスは私の正体(筋肉)を知る数少ない理解者だ。
彼がいれば百人力である。
私は再びトランクを小脇に抱え、呆然とする両親に歩み寄った。
「では、行ってまいります。お父様、お母様。たまには手紙を書きますね(ドラゴンジャーキーを添えて)」
「あ……あ……」
お父様が震える手で私を指差した。
「そ、そうか……。お前は……いつの間に、そのような……」
「秘密ですわ」
私は人差し指を唇に当ててウインクした。
「あ、それと。王都の人々には『傷心のあまり、見る影もなく痩せ細って旅立った』と伝えておいてくださいね?」
そう言い残し、私は馬車へと乗り込んだ。
セバスが鞭を振るう。
馬車はゆっくりと動き出し、住み慣れた公爵邸を離れていく。
窓から振り返ると、お父様とお母様が、まるで化け物を見るような……いや、未知の生物を見送るような複雑な顔で手を振っていた。
(さようなら、温室育ちの私)
(こんにちは、野生の私!)
私はトランクから取り出したダンベル(五キロ)を握りしめ、これから向かう荒野に思いを馳せた。
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