呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

文字の大きさ
10 / 28

10

しおりを挟む
「ここね」

私は荒野の一角、少し地面が盛り上がっている場所で足を止めた。

手に持っているのは愛用のミスリル合金製つるはし。

隣では、シロが不思議そうな顔で立っている。

「コロロ、朝から散歩か? それにその物騒な武器は……」

「違うわ、シロ。これは『ダウジング』よ」

「ダウジング? 水脈を探すのか? 棒を持って歩くあれか?」

「私の場合はちょっと違うの」

私は地面に片膝をつき、掌を岩肌に押し当てた。

目を閉じ、意識を集中する。

(……感じる)

地下深くに眠る、熱い脈動。

マグマの熱によって温められた地下水が、出口を求めて岩盤の下で渦巻いている振動が、私の筋肉を通して伝わってくる。

「……筋肉(マッスル)ソナー、感度良好」

「今、筋肉って言わなかったか?」

「気のせいよ。さあ、離れていて。出るわよ」

私は立ち上がり、つるはしを構えた。

深呼吸。

背筋、広背筋、上腕二頭筋、全ての筋肉を連動させる。

「えいっ(物理)」

カァァァァァァァンッ!!!!

金属音が響き渡ると同時に、つるはしの先端が硬い岩盤を豆腐のように貫いた。

ズガガガガッ!

地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

次の瞬間。

プシューーーーーッ!!

亀裂の中心から、真っ白な蒸気と共に、熱湯が勢いよく噴き出した。

水柱は十メートル近くまで上がり、虹を作って降り注ぐ。

「うわっ!?」

シロが慌てて後退る。

「湯……!? まさか、温泉か!?」

「大正解! 硫黄の匂い……うん、成分も濃厚ね。これは良いお湯よ!」

私は降り注ぐお湯を全身に浴びながら、勝利のポーズをとった。

「やったわ! これで毎日、筋肉のコリをほぐせる!」

「……信じられん。つるはし一振りで温泉を掘り当てるとは……」

シロは呆然としているが、私は止まらない。

温泉が出たら、次は浴槽だ。

「生活魔法、『石組み(テトリス)』!」

私は周辺の岩を蹴り上げ、空中でパズルを組むように操作して、源泉の周りに円形の囲いを作った。

底には平らな石を敷き詰め、座って半身浴ができる段差も作る。

仕上げに、目隠し用の高い石壁を四方に立てれば――。

「完成! 『ベルガモット流・源泉かけ流し露天風呂』よ!」

所要時間、わずか五分。

湯気が立ち上る立派な岩風呂が誕生した。

「さあ、シロ! 一番風呂よ! 入りましょう!」

私は服のボタンに手をかけた。

「……は?」

シロが固まる。

「え、あ、いや、入るって……一緒に?」

「そうよ。こんな広いお風呂、一人じゃもったいないもの」

私はキョトンとした。

何を躊躇っているのだろう?

シロは顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。

「い、いや、しかしだ! 未婚の男女が白昼堂々と混浴など……! そ、それに私は君の居候の身で、そんな破廉恥な……」

「何を言ってるの? 私たちは『家族』みたいなものじゃない」

私は首を傾げた。

私にとってシロは、拾ってきた「ペット(大型犬)」に近い。

ペットと一緒にお風呂に入るのに、恥じらいを持つ飼い主がいるだろうか?

いや、いない。

「背中の流しっこくらいしましょうよ。貴方、まだ病み上がりで背中が洗いにくいでしょう?」

「そ、そういう問題では……っ!」

シロは両手で顔を覆ってしまった。

「……くっ、なんて無防備な……。これが『魔境の常識』なのか……?」

どうやらシロは、都会(王都)の堅苦しい常識に縛られているらしい。

可愛い奴め。

「仕方ないわねぇ」

私は溜息をつき、浴槽の真ん中を指差した。

「じゃあ、これでどう?」

ドォォォン!!

私は浴槽の中央に、巨大な岩板を突き刺した。

お湯を行き来できる隙間は残しつつ、視界を完全に遮る「仕切り壁」の完成だ。

「男湯と女湯に分けたわ。これなら文句ないでしょう?」

「……あ、ああ。それなら、まあ……」

シロはホッとしたように胸を撫で下ろした。

「……助かる。正直、心臓が止まるかと思った」

***

数分後。

私たちは壁越しに、肩までお湯に浸かっていた。

「ふぅぅぅぅ……生き返るわぁ……」

「……ああ。素晴らしい湯だ。身体の芯から温まる」

壁の向こうから、シロの感嘆の声が聞こえる。

岩に反響して、いつもより低い声が耳に心地よい。

チャプ、とお湯をすくう音がする。

「……なあ、コロロ」

「ん?」

「君は、どうしてそんなに……強いんだ?」

唐突な質問だった。

「強いって? 腕力のこと?」

「いや、それもそうだが……心の方だ」

シロの声が、少し真剣味を帯びる。

「婚約破棄され、家を追われ、こんな不毛の地に来た。普通なら絶望して、国を恨んでもおかしくない。……なのに君は、楽しそうだ」

「……そうねぇ」

私は手ぬぐいを頭に乗せ、空を見上げた。

雲ひとつない青空。

王都の狭い空とは大違いだ。

「私はね、シロ。ずっと窮屈だったの」

「窮屈?」

「ええ。『公爵令嬢だから』『王子の婚約者だから』って、好きなこともできず、着たい服も着れず、食べたいものも我慢して……。自分じゃない誰かを演じ続けるのが、たまらなく息苦しかった」

私はお湯の中で足を伸ばし、足指でグーパー運動をした。

「でも、今は違う。ここでは誰の目も気にせず、好きな時に寝て、好きなだけ食べて、好きなだけ筋肉を鍛えられる」

私は壁に向かって笑いかけた。

「『不毛の地』なんて言われたけど、私にとっては、ここが一番『私らしくいられる場所』なのよ。だから楽しいの」

壁の向こうで、シロが息を呑む気配がした。

長い沈黙の後。

「……そうか」

優しい声が返ってきた。

「君は、誰よりも自由で、気高いんだな」

「気高い? 私が?」

「ああ。地位や名誉にしがみつく王都の連中より、泥だらけで笑っている今の君の方が……ずっと美しいと、私は思う」

ドキッとした。

お湯の温度が上がったわけではないのに、頬がカッと熱くなる。

(……なによ、急に)

ペットの分際で、飼い主を口説くなんて生意気だ。

でも、悪い気はしない。

「……ふふん。お世辞が上手になったわね、シロ。ご褒美に、上がったらフルーツ牛乳を作ってあげるわ」

「フルーツ牛乳? それは楽しみだ」

「腰に手を当てて飲むのが作法よ。教えてあげる」

私たちは壁越しに笑い合った。

湯けむりの向こうで、心の距離が少しだけ縮まった気がした。

だが、私たちはまだ知らなかった。

この平穏な温泉タイムの裏で、王都からの『理不尽な手紙』を携えた使者が、すぐそこまで迫っていることを。

まあ、今の私なら、どんなトラブルも岩盤ごと粉砕できる気分だけどね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢ですが、なぜか王族も騎士も魔導師も、全員私に跪いてきます。

ゆっこ
恋愛
 ――婚約破棄。  その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが冷たく凍りつくのを感じた。 「リディア・フォン・アルステッド。お前との婚約はここで破棄する!」  高らかに言い放ったのは、私の婚約者である王太子レオンハルト殿下だった。金色の髪を持ち、誰もが振り返るほどの美貌を誇る殿下。その隣には、彼の腕にしなだれかかる茶髪の令嬢――侯爵令嬢セリーヌがいた。  広間はざわめきに包まれ、私を見下ろすような視線が幾つも降り注ぐ。 「リディア、お前は冷酷でわがままな性格だと聞いている! セリーヌを虐げた罪、決して許されぬ!」

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

婚約破棄された伯爵令嬢は隣国の将軍に求婚され、前世の記憶を取り戻す

nacat
恋愛
婚約者である王太子に身に覚えのない罪を着せられ、婚約破棄された伯爵令嬢エリシア。 廷臣たちの嘲笑の中、隣国の若き将軍ライナルトが現れ、「ならば、俺が君を妻にしよう」と求婚する。 彼はただの救い手ではなかった。エリシアの“前世の記憶”と深く結びついた存在だったのだ——。 かつてすべてを失った令嬢が、今世では誰より強く、愛され、そしてざまぁを下す。 溺愛と逆転の物語、ここに開幕。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

冷遇された令嬢は婚約破棄されましたが、最強王子に一途に溺愛されています

nacat
恋愛
社交界で“地味令嬢”と蔑まれていた侯爵令嬢リシェル。婚約者の王太子が妹を選び、盛大な婚約破棄を言い渡したその瞬間、彼女の運命は大きく動き出す――。 笑顔で去ろうとした彼女を引き止めたのは、冷徹と名高い第二王子。 「君を手放すなど、馬鹿げているな」 裏切りと陰謀の果てに明かされる真実、そして待ち受けるのは“ざまぁ”と“溺愛”の極上ハッピーエンド。 恋と正義が交錯する、痛快王道ラブファンタジー。

悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー
恋愛
公爵令嬢アクア・ラズライトは、卒業パーティーの最中に婚約者であるジュリアス殿下から「悪役令嬢」として断罪を突きつけられる。普通なら泣き崩れるか激昂する場面――しかし、超合理的で節約家なアクアは違った。

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

処理中です...