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王都、財務大臣の執務室。
そこには、この世の終わりを見たかのような顔で頭を抱える、年老いた財務大臣の姿があった。
「……ない」
彼は震える手で金庫の扉を開け閉めしていた。
「ない、ない、ない! 予算がどこにもない!」
つい先月まで、国庫には十分な蓄えがあったはずだ。
少なくとも、次の税収が入るまでは余裕で回せるだけの資金があった。
それが、たった数週間で底をついた。
原因は、目の前にある一枚の決裁書だ。
『聖ミナ様発案・国民の心を癒やすキラキラ計画予算』
大臣は泡を吹いて卒倒しかけた。
そこへ、ノックもなしに部屋に入ってくる影があった。
「おじいちゃーん! お金、足りたぁ?」
ミナである。
今日もフリル満載のドレス(新作・特注品)に身を包み、悪びれる様子もなくニコニコしている。
その後ろには、アレック殿下が「ミナの笑顔は国の宝だ」とデレデレしながらついてきていた。
大臣はガバッと立ち上がった。
「で、殿下! ミナ様! これは一体どういうことですか! 騎士団の装備更新費用が、すべて『お茶会』と『ドレス代』に消えているではありませんか!」
「あらぁ、人聞きが悪いですぅ」
ミナが頬を膨らませた。
「無駄遣いじゃありません! 騎士様たちが怖い顔をしてるから、少しでも可愛くしてあげようと思って……ほら!」
ミナが窓の外を指差した。
大臣が恐る恐る外を見る。
練兵場には、近衛騎士団が整列していた。
しかし、その鎧は――。
「……ピンク色?」
大臣の目が点になった。
鋼鉄の鎧が、すべてショッキングピンクに塗装されている。
兜にはウサギの耳のような装飾がつけられ、マントはフリフリのレース仕様だ。
「か、可愛いでしょう? これで敵国の人たちとも仲良くなれますよぉ!」
「なれるわけがあるかぁぁぁッ!!」
大臣は絶叫した。
「あれでは威厳も何もない! しかも、あの塗装に使ったのは『希少な魔法染料』でしょう!? 一缶で家が一軒建つほどの!」
「だってぇ、普通のペンキじゃキラキラしなかったんですもの」
「そのために防衛予算を全額使い切ったのですか!?」
「大臣、ミナを責めるな!」
アレック殿下が割って入った。
「ミナは国の平和を願ってやったのだ! その純粋な心を評価こそすれ、叱責するなど言語道断だぞ!」
「しかし殿下! 現実問題として金がないのです! 来月の公務員の給与も払えません!」
「なら、金を作ればいいだろう」
殿下は鼻で笑った。
「増税だ。国民からもっと搾り取れ」
「これ以上の増税は暴動が起きます!」
「ええい、口答えするな! ……そうだ、そもそも金がないのがおかしいのだ。コロロがいた頃は、どんな無茶な出費もなんとかなっていたぞ?」
殿下は訝しげに顎をさすった。
「おかしい……。あいつ、まさか『打ち出の小槌』でも隠し持っていたんじゃないか?」
(……いいえ、コロロ様は無駄な出費を徹底的に削り、裏帳簿をつけていた貴族を物理的に締め上げて徴収していただけです)
大臣は心の中で叫んだが、もう説明する気力もなかった。
「そうだ! きっとそうだ!」
殿下の妄想が炸裂する。
「コロロのやつ、私が使うべき予算をこっそり自分の懐に入れていたに違いない! だから国庫が空なのだ!」
「殿下、それはさすがに無理が……」
「黙れ! ミナ、どう思う?」
「そうですぅ! コロロ様、よく『予算がありません』って意地悪言ってましたもん! きっと隠してるんですよぉ!」
「おのれコロロ……! 追放された後も私を苦しめるとは!」
殿下はダンッ!と机を叩いた。
「おい大臣! すぐにコロロへ請求書を送れ! 『横領した国家予算、金貨一億枚を直ちに返還せよ』とな!」
「そ、そんな根拠のない請求など……」
「根拠ならある! 私の勘だ!」
バカだ。
この国のトップは、救いようのないバカだった。
大臣はその場で膝から崩れ落ちた。
一方、その頃。
魔境ヴォルカ。
「くしゅん!」
私は大きなくしゃみをした。
「おや、お嬢様。お風邪ですか?」
「いいえ、誰かが私の噂をしているみたいね。……多分、ろくでもない内容でしょうけど」
私は鼻をすすり、目の前の帳簿に視線を戻した。
「それよりセバス、見て。今月の収支報告よ」
私はニヤリと笑った。
帳簿の数字は、見事な右肩上がりを描いている。
『収入』の欄には、冒険者たちが狩ってきた魔物の素材売却益、そして隣国の商人(シロが呼んだ)との交易による利益。
『支出』は、建設資材費と食費のみ。
労働力は冒険者たちが「筋肉トレーニングの一環」としてタダで提供してくれているため、人件費は実質ゼロだ。
「黒字ですね。それも、小国の国家予算並みの」
「ええ。ドラゴン素材が高値で売れるのが大きかったわ。……あ、そうだ」
私は思いついた。
「儲かったお金で、従業員(冒険者)たちの制服を作りましょうか。動きやすくて、筋肉が映えるやつ」
「いいですね。タンクトップなどいかがでしょう」
「採用」
王都がピンク色の騎士団で財政破綻している頃、こちらはタンクトップの冒険者団によって経済が爆発的に成長していた。
そのコントラストを知る者は、まだ誰もいない。
ただ一つ確かなのは、王都から放たれた「請求書」という名の紙切れが、間もなくこの地に届き、そして私の焚き火の燃料になる運命にあるということだけだった。
そこには、この世の終わりを見たかのような顔で頭を抱える、年老いた財務大臣の姿があった。
「……ない」
彼は震える手で金庫の扉を開け閉めしていた。
「ない、ない、ない! 予算がどこにもない!」
つい先月まで、国庫には十分な蓄えがあったはずだ。
少なくとも、次の税収が入るまでは余裕で回せるだけの資金があった。
それが、たった数週間で底をついた。
原因は、目の前にある一枚の決裁書だ。
『聖ミナ様発案・国民の心を癒やすキラキラ計画予算』
大臣は泡を吹いて卒倒しかけた。
そこへ、ノックもなしに部屋に入ってくる影があった。
「おじいちゃーん! お金、足りたぁ?」
ミナである。
今日もフリル満載のドレス(新作・特注品)に身を包み、悪びれる様子もなくニコニコしている。
その後ろには、アレック殿下が「ミナの笑顔は国の宝だ」とデレデレしながらついてきていた。
大臣はガバッと立ち上がった。
「で、殿下! ミナ様! これは一体どういうことですか! 騎士団の装備更新費用が、すべて『お茶会』と『ドレス代』に消えているではありませんか!」
「あらぁ、人聞きが悪いですぅ」
ミナが頬を膨らませた。
「無駄遣いじゃありません! 騎士様たちが怖い顔をしてるから、少しでも可愛くしてあげようと思って……ほら!」
ミナが窓の外を指差した。
大臣が恐る恐る外を見る。
練兵場には、近衛騎士団が整列していた。
しかし、その鎧は――。
「……ピンク色?」
大臣の目が点になった。
鋼鉄の鎧が、すべてショッキングピンクに塗装されている。
兜にはウサギの耳のような装飾がつけられ、マントはフリフリのレース仕様だ。
「か、可愛いでしょう? これで敵国の人たちとも仲良くなれますよぉ!」
「なれるわけがあるかぁぁぁッ!!」
大臣は絶叫した。
「あれでは威厳も何もない! しかも、あの塗装に使ったのは『希少な魔法染料』でしょう!? 一缶で家が一軒建つほどの!」
「だってぇ、普通のペンキじゃキラキラしなかったんですもの」
「そのために防衛予算を全額使い切ったのですか!?」
「大臣、ミナを責めるな!」
アレック殿下が割って入った。
「ミナは国の平和を願ってやったのだ! その純粋な心を評価こそすれ、叱責するなど言語道断だぞ!」
「しかし殿下! 現実問題として金がないのです! 来月の公務員の給与も払えません!」
「なら、金を作ればいいだろう」
殿下は鼻で笑った。
「増税だ。国民からもっと搾り取れ」
「これ以上の増税は暴動が起きます!」
「ええい、口答えするな! ……そうだ、そもそも金がないのがおかしいのだ。コロロがいた頃は、どんな無茶な出費もなんとかなっていたぞ?」
殿下は訝しげに顎をさすった。
「おかしい……。あいつ、まさか『打ち出の小槌』でも隠し持っていたんじゃないか?」
(……いいえ、コロロ様は無駄な出費を徹底的に削り、裏帳簿をつけていた貴族を物理的に締め上げて徴収していただけです)
大臣は心の中で叫んだが、もう説明する気力もなかった。
「そうだ! きっとそうだ!」
殿下の妄想が炸裂する。
「コロロのやつ、私が使うべき予算をこっそり自分の懐に入れていたに違いない! だから国庫が空なのだ!」
「殿下、それはさすがに無理が……」
「黙れ! ミナ、どう思う?」
「そうですぅ! コロロ様、よく『予算がありません』って意地悪言ってましたもん! きっと隠してるんですよぉ!」
「おのれコロロ……! 追放された後も私を苦しめるとは!」
殿下はダンッ!と机を叩いた。
「おい大臣! すぐにコロロへ請求書を送れ! 『横領した国家予算、金貨一億枚を直ちに返還せよ』とな!」
「そ、そんな根拠のない請求など……」
「根拠ならある! 私の勘だ!」
バカだ。
この国のトップは、救いようのないバカだった。
大臣はその場で膝から崩れ落ちた。
一方、その頃。
魔境ヴォルカ。
「くしゅん!」
私は大きなくしゃみをした。
「おや、お嬢様。お風邪ですか?」
「いいえ、誰かが私の噂をしているみたいね。……多分、ろくでもない内容でしょうけど」
私は鼻をすすり、目の前の帳簿に視線を戻した。
「それよりセバス、見て。今月の収支報告よ」
私はニヤリと笑った。
帳簿の数字は、見事な右肩上がりを描いている。
『収入』の欄には、冒険者たちが狩ってきた魔物の素材売却益、そして隣国の商人(シロが呼んだ)との交易による利益。
『支出』は、建設資材費と食費のみ。
労働力は冒険者たちが「筋肉トレーニングの一環」としてタダで提供してくれているため、人件費は実質ゼロだ。
「黒字ですね。それも、小国の国家予算並みの」
「ええ。ドラゴン素材が高値で売れるのが大きかったわ。……あ、そうだ」
私は思いついた。
「儲かったお金で、従業員(冒険者)たちの制服を作りましょうか。動きやすくて、筋肉が映えるやつ」
「いいですね。タンクトップなどいかがでしょう」
「採用」
王都がピンク色の騎士団で財政破綻している頃、こちらはタンクトップの冒険者団によって経済が爆発的に成長していた。
そのコントラストを知る者は、まだ誰もいない。
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