13 / 28
13
しおりを挟む
「シロ、貴方って本当に『無職』なの?」
ある日の午後。
リビングで優雅に紅茶を飲んでいたシロに向かって、私は素朴な疑問を投げかけた。
彼はカップを置く所作一つとっても、洗練されすぎている。
背筋はピンと伸び、指先の動きは滑らか。
とても行き倒れていた遭難者とは思えない。
「……なぜだ?」
シロが眉をひそめる。
「だって、そのカップの持ち方。王族や高位貴族にしか教えられないマナーよ? それに昨日の夜、冒険者たちが持ってきた新聞を読んで、『北方の関税率が0.5%上がったか。愚策だな』って呟いていたじゃない」
私はズバリ指摘した。
「貴方、実は……」
シロの身体がピクリと固まる。
横で控えていたセバスも、気配を消したまま眼鏡を光らせた。
(バレたか……?)
シロの瞳に緊張が走る。
もし正体がバレれば、この気楽な生活は終わる。
「隣国皇帝」として扱われれば、もう二度と気軽にドラゴンステーキをねだることはできないだろう。
私は人差し指を突きつけた。
「貴方、実は……『没落貴族の執事』だったんでしょう!?」
「…………は?」
シロがポカンと口を開けた。
セバスが「ブッ」と吹き出しそうになるのを堪えて、顔を背ける。
「だって、その気配り! その知識! きっと、どこかの名家にお仕えしていたけど、お家が取り潰されて職を失ったのね……。辛かったわね、シロ」
私はホロリと涙を拭った。
「安心して。ここなら貴方の過去なんて関係ないわ。好きなだけ『執事ごっこ』……じゃなくて、くつろいでいいのよ」
「……あ、ああ。そうか。バレてしまっては仕方がない」
シロは安堵の溜息をつくと同時に、苦笑いを浮かべた。
「そうだ。私は……ある高貴な方に仕えていたが、色々あって職を辞したのだ」
「やっぱり! 私の目は誤魔化せないわよ」
私はドヤ顔で胸を張った。
筋肉と直感だけは鋭いのだ。
「では、元執事さん。今日の洗濯物を干すのを手伝ってくれる?」
「……承知した。お嬢様」
シロは恭しく頭を下げた。
その姿が様になりすぎていて、私は「やっぱり元プロね!」と感心するばかりだった。
***
その夜。
私は早々に眠りにつき(筋肉の超回復のためには八時間睡眠が必須だ)、深夜のリビングには静寂が満ちていた。
暖炉の火がパチパチと爆ぜる中、シロが一人、ソファでワイングラスを傾けている。
「……『元執事』とは。彼女の想像力には驚かされる」
「左様でございますね、陛下」
闇の中から、セバスが音もなく現れた。
手には新しいワインボトルを持っている。
「セバスチャン。いつから気づいていた?」
「最初にお拾いした時からでございます。その剣の紋章、そして纏っている覇気。我が国のアレック殿下とは比べ物にならない『王者の風格』……隣国の若き皇帝、シリウス・グランディ陛下とお見受けします」
セバスは静かにワインを注いだ。
シロ――シリウス皇帝は、自嘲気味に笑った。
「参ったな。あの『最強の淑女』の側近だけあって、食えない老人だ」
「お褒めに預かり光栄です。……して、いつまで『シロ』を演じられるおつもりで?」
セバスの問いに、シリウスは暖炉の炎を見つめた。
「国では、私の影武者がうまくやっている。宰相には『長期休暇を取る』と伝えてあるから、あと一ヶ月は大丈夫だろう」
「一ヶ月も? 一国の皇帝が、このような僻地で?」
「ここは良い。暗殺の恐怖もないし、媚びへつらう貴族もいない。あるのは美味い飯と、温泉と……」
シリウスは天井を見上げた。
「見ていて飽きない、彼女がいる」
「ふふ、お嬢様は劇薬ですよ。中毒性がございます」
「違いない」
シリウスは楽しげに笑った。
その時。
窓の外で、微かな風切り音がした。
ヒュンッ!
何かが窓の隙間から飛び込み、シリウスの手元に突き刺さった。
苦無(クナイ)だ。
結び付けられた手紙には、密偵からの報告が記されている。
『陛下。本国にて不穏な動きあり。南部の貴族派が……』
シリウスの目が、一瞬にして冷徹な「皇帝の目」に変わる。
「……仕事か」
彼は手紙を暖炉に放り込んだ。
「セバスチャン。私は少し、夜風に当たってくる」
「行ってらっしゃいませ。お夜食を用意してお待ちしております」
「助かる。……コロロには内緒にしておいてくれよ? 『トイレが長い』とでも言っておいてくれ」
「承知いたしました」
シリウスは窓を開け、闇夜へと身を躍らせた。
その動きは、先ほどまでの「優雅な居候」とは別人のように鋭い。
***
翌朝。
「おはよう、シロ! 顔色が悪くない? 夜更かししたの?」
朝食の席で、私はシロの顔を覗き込んだ。
目の下にうっすらとクマができている。
「いや……少し、蚊がいてね」
シロは曖昧に笑いながら、ドラゴンオムレツを口に運んだ。
実は昨晩、国境付近まで高速移動して密偵と会い、反乱分子の鎮圧指示を出してきたらしい(と、セバスがこっそり教えてくれた。トイレにしては長いと思ったのよ)。
「蚊? おかしいわね。この辺の蚊は、私の殺気に怯えて近寄らないはずなんだけど」
私は首を傾げた。
「まあいいわ。今日は『リゾート開発』の総仕上げよ! シロも手伝って!」
「ああ、望むところだ」
シロはナイフを置くと、穏やかな瞳で私を見た。
「君の作る国(リゾート)のためなら、微力ながら力を貸そう」
「ふふ、頼りにしてるわよ、元執事さん!」
私は彼の背中をバンと叩いた。
ゴホッ、とシロがむせたが、その顔はどこか嬉しそうだった。
こうして、皇帝陛下による「極秘・二重生活」は、私の鈍感さとセバスの黙認によって、ギリギリのバランスで保たれていた。
彼が本当の正体を明かす時、それがこの領地にとって最大の「切り札」になることを、私はまだ知らない。
(……にしても、シロってば時々、すごく怖い顔で空を見てるのよね。やっぱり無職の将来が不安なのかしら? 今度、ハローワークでも紹介してあげようかしら)
そんな的外れな心配をしながら、私は今日もつるはしを担いで荒野へと向かうのだった。
ある日の午後。
リビングで優雅に紅茶を飲んでいたシロに向かって、私は素朴な疑問を投げかけた。
彼はカップを置く所作一つとっても、洗練されすぎている。
背筋はピンと伸び、指先の動きは滑らか。
とても行き倒れていた遭難者とは思えない。
「……なぜだ?」
シロが眉をひそめる。
「だって、そのカップの持ち方。王族や高位貴族にしか教えられないマナーよ? それに昨日の夜、冒険者たちが持ってきた新聞を読んで、『北方の関税率が0.5%上がったか。愚策だな』って呟いていたじゃない」
私はズバリ指摘した。
「貴方、実は……」
シロの身体がピクリと固まる。
横で控えていたセバスも、気配を消したまま眼鏡を光らせた。
(バレたか……?)
シロの瞳に緊張が走る。
もし正体がバレれば、この気楽な生活は終わる。
「隣国皇帝」として扱われれば、もう二度と気軽にドラゴンステーキをねだることはできないだろう。
私は人差し指を突きつけた。
「貴方、実は……『没落貴族の執事』だったんでしょう!?」
「…………は?」
シロがポカンと口を開けた。
セバスが「ブッ」と吹き出しそうになるのを堪えて、顔を背ける。
「だって、その気配り! その知識! きっと、どこかの名家にお仕えしていたけど、お家が取り潰されて職を失ったのね……。辛かったわね、シロ」
私はホロリと涙を拭った。
「安心して。ここなら貴方の過去なんて関係ないわ。好きなだけ『執事ごっこ』……じゃなくて、くつろいでいいのよ」
「……あ、ああ。そうか。バレてしまっては仕方がない」
シロは安堵の溜息をつくと同時に、苦笑いを浮かべた。
「そうだ。私は……ある高貴な方に仕えていたが、色々あって職を辞したのだ」
「やっぱり! 私の目は誤魔化せないわよ」
私はドヤ顔で胸を張った。
筋肉と直感だけは鋭いのだ。
「では、元執事さん。今日の洗濯物を干すのを手伝ってくれる?」
「……承知した。お嬢様」
シロは恭しく頭を下げた。
その姿が様になりすぎていて、私は「やっぱり元プロね!」と感心するばかりだった。
***
その夜。
私は早々に眠りにつき(筋肉の超回復のためには八時間睡眠が必須だ)、深夜のリビングには静寂が満ちていた。
暖炉の火がパチパチと爆ぜる中、シロが一人、ソファでワイングラスを傾けている。
「……『元執事』とは。彼女の想像力には驚かされる」
「左様でございますね、陛下」
闇の中から、セバスが音もなく現れた。
手には新しいワインボトルを持っている。
「セバスチャン。いつから気づいていた?」
「最初にお拾いした時からでございます。その剣の紋章、そして纏っている覇気。我が国のアレック殿下とは比べ物にならない『王者の風格』……隣国の若き皇帝、シリウス・グランディ陛下とお見受けします」
セバスは静かにワインを注いだ。
シロ――シリウス皇帝は、自嘲気味に笑った。
「参ったな。あの『最強の淑女』の側近だけあって、食えない老人だ」
「お褒めに預かり光栄です。……して、いつまで『シロ』を演じられるおつもりで?」
セバスの問いに、シリウスは暖炉の炎を見つめた。
「国では、私の影武者がうまくやっている。宰相には『長期休暇を取る』と伝えてあるから、あと一ヶ月は大丈夫だろう」
「一ヶ月も? 一国の皇帝が、このような僻地で?」
「ここは良い。暗殺の恐怖もないし、媚びへつらう貴族もいない。あるのは美味い飯と、温泉と……」
シリウスは天井を見上げた。
「見ていて飽きない、彼女がいる」
「ふふ、お嬢様は劇薬ですよ。中毒性がございます」
「違いない」
シリウスは楽しげに笑った。
その時。
窓の外で、微かな風切り音がした。
ヒュンッ!
何かが窓の隙間から飛び込み、シリウスの手元に突き刺さった。
苦無(クナイ)だ。
結び付けられた手紙には、密偵からの報告が記されている。
『陛下。本国にて不穏な動きあり。南部の貴族派が……』
シリウスの目が、一瞬にして冷徹な「皇帝の目」に変わる。
「……仕事か」
彼は手紙を暖炉に放り込んだ。
「セバスチャン。私は少し、夜風に当たってくる」
「行ってらっしゃいませ。お夜食を用意してお待ちしております」
「助かる。……コロロには内緒にしておいてくれよ? 『トイレが長い』とでも言っておいてくれ」
「承知いたしました」
シリウスは窓を開け、闇夜へと身を躍らせた。
その動きは、先ほどまでの「優雅な居候」とは別人のように鋭い。
***
翌朝。
「おはよう、シロ! 顔色が悪くない? 夜更かししたの?」
朝食の席で、私はシロの顔を覗き込んだ。
目の下にうっすらとクマができている。
「いや……少し、蚊がいてね」
シロは曖昧に笑いながら、ドラゴンオムレツを口に運んだ。
実は昨晩、国境付近まで高速移動して密偵と会い、反乱分子の鎮圧指示を出してきたらしい(と、セバスがこっそり教えてくれた。トイレにしては長いと思ったのよ)。
「蚊? おかしいわね。この辺の蚊は、私の殺気に怯えて近寄らないはずなんだけど」
私は首を傾げた。
「まあいいわ。今日は『リゾート開発』の総仕上げよ! シロも手伝って!」
「ああ、望むところだ」
シロはナイフを置くと、穏やかな瞳で私を見た。
「君の作る国(リゾート)のためなら、微力ながら力を貸そう」
「ふふ、頼りにしてるわよ、元執事さん!」
私は彼の背中をバンと叩いた。
ゴホッ、とシロがむせたが、その顔はどこか嬉しそうだった。
こうして、皇帝陛下による「極秘・二重生活」は、私の鈍感さとセバスの黙認によって、ギリギリのバランスで保たれていた。
彼が本当の正体を明かす時、それがこの領地にとって最大の「切り札」になることを、私はまだ知らない。
(……にしても、シロってば時々、すごく怖い顔で空を見てるのよね。やっぱり無職の将来が不安なのかしら? 今度、ハローワークでも紹介してあげようかしら)
そんな的外れな心配をしながら、私は今日もつるはしを担いで荒野へと向かうのだった。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています
ゆっこ
恋愛
――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」
その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。
私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。
しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。
涙も出なかった。
あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。
契約婚のはずが、腹黒王太子様に溺愛されているようです
星月りあ
恋愛
「契約結婚しませんか? 愛を求めたりいたしませんので」
そう告げられた王太子は面白そうに笑った。
目が覚めると公爵令嬢リリカ・エバルディに転生していた主人公。ファンタジー好きの彼女は喜んだが、この国には一つ大きな問題があった。それは紅茶しかないということ。日本茶好きの彼女からしたら大問題である。
そんな中、王宮で日本茶に似た茶葉を育てているらしいとの情報を得る。そして、リリカは美味しいお茶を求め、王太子に契約結婚を申し出た。王太子はこれまで数多くの婚約を断ってきたため女性嫌いとも言われる人物。
そう、これはそのためだけのただの契約結婚だった。
それなのに
「君は面白いね」「僕から逃げられるとでも?」
なぜか興味をもたれて、いつしか溺愛ムードに突入していく……。
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。
離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。
王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。
アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。
断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。
毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。
※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。
※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
「無能」と婚約破棄されたら、冷酷公爵様に見初められました
ほーみ
恋愛
「――よって、この婚約は破棄とする!」
広間に響き渡った王太子アルベルト殿下の宣告に、会場はどよめいた。
舞踏会の最中に、衆目の前での断罪劇。まるで物語に出てくる悪役令嬢さながらに、わたくしは晒し者にされていた。
「エレナ・グランチェスター。お前は魔力を持たぬ無能。王妃教育を施しても無駄だった。王太子妃の座は相応しい者に譲るべきだ!」
殿下の傍らには、媚びるように腕を絡ませる侯爵令嬢ミレーユの姿。彼女は柔らかに微笑みながら、勝ち誇ったように私を見下ろしていた。
――無能。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる