呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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あれから三ヶ月。

王都からの伝令兵が泣きながら帰っていった後、私たちの領地は劇的な進化を遂げていた。

「いらっしゃいませ! ようこそ『ベルガモット・リゾート』へ!」

私の元気な声が、大理石(現地調達)のエントランスに響く。

かつて「魔境ヴォルカ」と呼ばれ、死の土地と恐れられたこの場所は、今や大陸中が注目する一大観光地へと変貌していた。

ゲートをくぐった先には、美しく整備された石畳の道。

道の両脇には、色とりどりの高山植物が咲き乱れ(私が土魔法で品種改良した)、その奥には湯気を上げる巨大な温泉施設「ドラゴン・スパ」が鎮座している。

「おぉ……ここが噂の……!」

「信じられん。本当に魔境なのか? まるで天国ではないか」

馬車から降りてきたのは、隣国の富豪商人や、遠方から訪れた高位貴族たちだ。

彼らの目的は二つ。

一つは、万病に効くと噂の「源泉かけ流し温泉」。

もう一つは、若返りの秘薬とも呼ばれる「ドラゴン料理」である。

「さあさあ、旅の疲れを癒やしてくださいませ。荷物持ちなら、当リゾート自慢のスタッフにお任せを!」

私が指を鳴らすと、タンクトップ姿のマッチョな男たち(元・冒険者パーティー)が駆け寄ってきた。

「お荷物、お預かりしますッ!」

「サイドチェストッ!」

彼らは無駄にポージングを決めながら、客の重いトランクを軽々と持ち上げる。

「ひぃっ、すごい筋肉……!」

「頼もしいわぁ♡」

女性客から黄色い声が上がる。

どうやら「筋肉質の執事喫茶」的な需要もあったらしい。計算外の喜びだ。

「コロロ、予約客のリストだ」

横からスッと紙を差し出したのは、シロだ。

彼は今、このリゾートの「総支配人」という肩書きで働いている。

パリッとした燕尾服に身を包み、銀髪を後ろで束ねた姿は、どう見ても王族かトップモデルにしか見えない。

「ありがとう、シロ。……あら、今日は『ガレリア帝国の公爵様』もいらしてるの?」

「ああ。……正直、胃が痛い」

シロが苦虫を噛み潰したような顔をする。

それもそのはず。

ガレリア帝国とは、シロ(シリウス皇帝)が治める国だ。

つまり、彼にとっては「自分の部下(貴族)」が客として来ている状況なのである。

「大丈夫よ。眼鏡をかけて変装してるし、まさか皇帝陛下がこんな辺境で『いらっしゃいませ』なんて言ってるなんて、誰も夢にも思わないわ」

「そう願いたいものだが……。あの公爵は目敏いからな」

シロは深々と溜息をつき、眼鏡の位置を直した。

「それにしても、よくここまで発展させたな」

彼はリゾートを見渡した。

メインストリートには、ドラゴン素材を使った土産物屋が並び、広場では吟遊詩人が歌い、レストランからは香ばしいステーキの匂いが漂っている。

「全ては筋肉と、皆様の『口コミ』のおかげよ」

そう。

最初は冒険者たちの口コミから始まった。

『あそこの飯はヤバい』『温泉に入ったら古傷が治った』『領主の令嬢が物理的に最強で安心』

そんな噂が噂を呼び、最初は物好きが、次には流行に敏感な商人が、そして今では癒やしを求める富裕層が、国境を越えて押し寄せているのだ。

「特に、あの看板メニューが大きかったな」

シロが視線を向けた先には、レストランの看板がある。

『本日のスペシャル:レッドドラゴンの尾の身ステーキ ~皇帝も涙した味~』

「……あのキャッチコピー、恥ずかしいからやめてくれないか?」

「あら、事実でしょう? 貴方、初めて食べた時泣いてたじゃない」

「あれは熱かっただけだ!」

シロが顔を赤らめる。

そんな平和なやり取りをしていると、一人の恰幅の良い男性が近づいてきた。

シロが恐れていた、ガレリア帝国の公爵だ。

「おや、そこの支配人。少し道を尋ねたいのだが」

「……ッ!」

シロがビクッと肩を震わせる。

彼は素早く顔を伏せ、声を低く変えて対応した。

「は、はい。いかがなさいましたか、お客様」

「うむ。トイレはどこかね? ここのドラゴンバーガーが美味すぎて、つい食べすぎてしまってな」

「……突き当たりを右でございます」

「ありがとう。……ん? 君、どこかで会ったことが……」

公爵がシロの顔をじっと覗き込む。

シロの額から冷や汗が流れる。

マズい。バレるか?

私はスッと二人の間に割って入った。

「お客様! トイレでしたら、あちらの『プレミアム・トイレ(ウォシュレット完備)』がおすすめですわ!」

「おぉ、君はこの地の領主殿か! プレミアムとは?」

「便座が温かいんです。ドラゴン石の力で」

「なんと! それは素晴らしい! では急いで行ってくる!」

公爵は興味をそそられ、小走りで去っていった。

「……ふぅ」

シロがその場にへたり込む。

「寿命が縮んだ……」

「人気者は辛いわね、シロ」

私は彼の手を取り、立たせてあげた。

「でも、これだけ繁盛すれば、もう資金の心配はないわ。シロ、貴方の給料もアップしてあげる」

「金などいらん。……ただ、これ以上私の心臓に悪い客を呼ばないでくれ」

「善処するわ。でも、来週は『隣国の王女様』ご一行が来る予定よ」

「……辞表を出してもいいか?」

「却下よ。貴方の淹れる紅茶目当てのリピーターが多いんだから」

私たちは笑い合った。

チャリン、チャリン。

レジスターからは、絶え間なく金貨の音が聞こえてくる。

かつて「不毛の地」と呼ばれたこの場所は、今や大陸で最も多くの外貨を稼ぎ出す「黄金郷」となっていた。

そして、その莫大な経済効果と影響力は、もはや一国の王族(アレック殿下たち)が無視できるレベルを超えつつあった。

「さて、シロ。そろそろランチタイムのピークよ。気合を入れて!」

「……イエッサー、ボス」

私たちは再び、戦場(ホール)へと戻っていった。

一方その頃、我が祖国では。

私の活躍の噂を聞きつけたアレック殿下が、悔しさと嫉妬でハンカチを噛み千切っているとは知らずに。
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