呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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「コロロから返事がないだと!?」

王都の執務室で、アレック殿下の怒号が響いた。

「はい……。伝令兵の報告によれば、『手紙は焚き火の燃料にした』とのことで……」

「お、おのれぇぇぇ!!」

殿下は怒りのあまり、愛用のティーカップ(安物・買い替え済み)を床に叩きつけた。

「舐めおって! 私の慈悲深い手紙を燃やすとは! これは王家への反逆だ!」

「あのぉ、アレック様ぁ」

横で安っぽいクッキー(予算削減のため質が落ちた)をかじっていたミナが、口を尖らせた。

「ミナ、新しいドレスが欲しいのに、お金がないって言われちゃいましたぁ。コロロ様がお金を隠してるからいけないんですぅ」

「その通りだ、ミナ! 全部コロロが悪い!」

殿下は立ち上がり、マントを翻した。

「こうなったら直接行ってやる! 軍を率いて魔境へ乗り込み、あの性悪女から隠し財産と土地を没収してやるのだ!」

「きゃあ素敵! ミナも行きますぅ! ピクニックみたいで楽しそう!」

「よーし、近衛騎士団を招集せよ! 全軍、北へ進撃だ!」

大臣が「殿下、遠征費がありません!」と泣きついたが、殿下は「現地で徴収するからいい!」と無視して部屋を飛び出した。

こうして、王国の歴史に残る、最も間抜けな「親征」が始まったのである。

***

数週間後。

ベルガモット・リゾート。

「……なんか、ピンク色の集団が来るぞ?」

見張り台に立っていたガストン(元冒険者・現警備主任)からの報告に、私は眉をひそめた。

「ピンク色?」

「ああ。遠くから見ると、まるでフラミンゴの群れみたいだ。でも武装してる」

私はシロと顔を見合わせた。

「……嫌な予感がするわね」

「……同感だ。フラミンゴの群れならまだマシだが、あれは恐らく……」

シロが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。

私たちはリゾートの入り口、通称「凱旋門(私が作った)」へと向かった。

そこには、異様な光景が広がっていた。

荒野の砂埃の向こうから、ヨロヨロと歩いてくる一団。

先頭には、ド派手な装飾の馬車(車輪が一つ歪んでいる)。

その周りを守るのは、塗装が剥げかけたショッキングピンクの鎧を着た騎士たち。

彼らは皆、疲労困憊で、足を引きずっている。

「み、水……」

「もう歩けません……」

「なんで俺たち、こんなピンク色なんだ……」

騎士たちの目には生気がない。

馬車が門の前で止まり、中からアレック殿下が転がり出てきた。

「と、到着したぞ……!」

彼はゲッソリと痩せこけていた。

旅の途中、予算不足で宿に泊まれず、野宿を繰り返したのだろう。自慢の金髪はボサボサで、服も薄汚れている。

続いてミナが降りてくる。

「もうやだぁ! お風呂入りたいぃ! こんな汚いところ来たくなかったぁ!」

彼女もまた、ドレスの裾が泥まみれで、不機嫌そのものだ。

「……あら、こんにちは」

私は腕を組み、冷ややかな視線を送った。

「ずいぶんと賑やかなご一行様ですね。サーカス団の方ですか?」

「コロロ!」

殿下が私に気づき、指を突きつけた。

「き、貴様……! よくもぬけぬけと! 見ろ、この私のやつれた姿を!」

「見てますよ。ダイエット成功おめでとうございます」

「違うわ! 貴様が金を返さないから、遠征費が足りずに芋ばかり食べる羽目になったのだ!」

知らんがな。

私は溜息をついた。

「それで? 何の用ですの? 見ての通り、営業中で忙しいんですけど」

「何の用だと!?」

殿下は顔を真っ赤にして、背後に広がるリゾートを睨みつけた。

そして、その目が驚愕に見開かれる。

「な……なんだ、これは!?」

彼の視界には、湯煙を上げる豪華な温泉施設、賑わう商店街、楽しそうに歩く富裕層の客たちの姿が飛び込んできたはずだ。

「ここは……魔境ヴォルカではないのか!? なんだこの……王都より立派な街並みは!」

「私が作りました」

私は短く答えた。

「嘘をつけ! 女一人でこんなものが作れるわけがない! さては貴様、国から横領した金で、秘密裏に職人を雇ったな!?」

「いいえ。筋肉と魔法と、そこのスタッフ(マッチョ)たちの愛で作りました」

「わけのわからんことを言うな!」

殿下は地団駄を踏んだ。

「まあいい! とにかく、この土地は我が国の領土だ! 貴様が勝手に作った建物も、利益も、全て王家のものだ!」

殿下は邪悪な笑みを浮かべた。

「よって、この『ベルガモット・リゾート』を国庫に接収する! 全財産を置いて、貴様は出ていけ!」

出た。

ジャイアン理論だ。

「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの、ってわけですか」

「当然だ! 私は王子だぞ!」

「きゃー! アレック様すごぉい!」

ミナが手を叩いて喜ぶ。

「ここならミナ、暮らせそうですぅ! あのお風呂もミナ専用にしますね! コロロ様、掃除婦として雇ってあげてもいいですよぉ?」

二人は勝った気でいるらしい。

背後のピンク騎士団も、温泉の匂いを嗅いで「あそこで休めるのか……?」と期待の眼差しを向けている。

私はやれやれと首を振り、隣に立つシロを見た。

「どう思う、総支配人?」

シロは眼鏡の奥の瞳を光らせ、冷徹な声で言った。

「営業妨害ですね。他のお客様のご迷惑になります」

「そうね」

私は一歩前へ出た。

「お断りします」

「……は?」

「聞こえませんでしたか? 『お断りします』と言ったのです」

私はニッコリと笑った。

「ここは私が私財を投じ、私の力で開拓した私有地です。王家からの支援は一切受けておりません。譲渡証明書にも『一切の権利を譲渡する』と書いてありましたわ」

「う、うるさい! 王命だぞ! 逆らうなら……おい、騎士団! やれ!」

殿下が叫ぶ。

しかし、騎士たちは動かない。

「……え?」

「おい、どうした! コロロを捕まえろ!」

騎士の一人が、涙目で手を挙げた。

「む、無理です殿下……」

「何がだ!」

「あそこを見てください……」

騎士が指差した先。

私の背後には、ガストンをはじめとする元Sランク冒険者たち二十名が、腕組みをして並んでいた。

彼らの上腕二頭筋は、ピンク色の騎士たちの太腿よりも太い。

さらに、上空にはレッドドラゴン(餌付け済み)が旋回し、「グオオオ」と威嚇の声を上げている。

「戦ったら……死にます」

騎士団長の悲痛な叫びが響いた。

「情けないぞ貴様ら! それでも誇り高き王国の騎士か!」

「誇りなら、そのピンク色の鎧を着せられた時点で捨てました!」

騎士団の悲しい本音が爆発した。

私は扇子を広げ、口元を隠して笑った。

「あらあら、内輪揉めですか? 見苦しいですわね」

私は冷ややかな声で告げた。

「お客様としてお金を払って利用するなら歓迎しますが……強盗として振る舞うなら、当リゾートの『警備システム(物理)』が作動しますわよ?」

「ぐぬぬぬ……!」

殿下は悔しげに歯ぎしりをした。

だが、彼は諦めていなかった。

「……いいだろう。力ずくがダメなら、法でねじ伏せてやる!」

彼は懐から何かを取り出した。

それは、さらに理不尽な要求を突きつけるための、新たな『王命書』だった。

懲りない男である。

しかし、彼がその紙を広げる前に、リゾートの中から一人の人物が歩み出てきたことで、事態は思わぬ方向へと転がっていくことになる。
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