呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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「はぁ~♡ 生き返りましたぁ~!」

リゾート内、「ドラゴン・スパ」の女性専用エリア。

最高級のトリートメントを受け、ツヤツヤになったミナが、ピンク色の湯上がりドレス(私の売店で購入)を着てスキップしていた。

「やっぱりミナには、こういうキラキラした場所が似合いますねぇ! あの汚い馬車とは大違いですぅ!」

彼女はご機嫌だった。

入浴料として差し出したダイヤのネックレスは、元々アレック殿下が国民の税金で買ったものだが、彼女にそんな罪悪感は微塵もない。

「さてとぉ、アレック様が出てくるまで、少しお散歩しましょうかぁ」

ミナはリゾートの奥へと歩き出した。

そこは一般客の立ち入りが制限されている「牧場エリア」だ。

しかし、ミナは「立ち入り禁止」の看板(ドクロマーク付き)を見ても、「可愛いイラストですねぇ」とスルーして侵入していった。

***

「よしよし、いい子ね」

私は牧場の柵の中で、日課の世話をしていた。

相手は、最近捕獲したばかりの「フレイム・リザード」。

体長二メートルほどのトカゲ型魔物で、愛らしい見た目(爬虫類好きには)とは裏腹に、口から高熱の火球を吐く危険生物だ。

「ご飯よ。今日は特製ジャーキーだぞ」

私が肉を投げると、リザードたちは「キャン!」と鳴いて飛びついた。

可愛い。

まるで大型犬だ。

(……まあ、噛まれたら鉄板も貫通するけど)

私が微笑ましく眺めていると、背後から場違いな声が聞こえた。

「わぁ~! 可愛いトカゲさんですぅ!」

「えっ?」

振り返ると、そこにはミナがいた。

彼女は目をキラキラさせて、柵の中に勝手に入ってきている。

「ちょっとミナ様!? そこは危ないわよ!」

「大丈夫ですよぉ。ミナ、動物には好かれるんですぅ。小鳥さんも寄ってくるしぃ」

ミナは忠告を聞かず、一匹のリザードに近づいた。

そのリザードは、食事を邪魔されて気が立っている個体だ。

喉の奥が赤く光り、低い唸り声を上げている。

「グルルル……」

「あらぁ、喉を鳴らして甘えてるんですねぇ? よしよし、いい子いい子♡」

ミナは無防備に手を伸ばした。

リザードの鼻先を撫でようとする。

「ダメッ! 下がって!」

私が叫んだ、その瞬間。

バクッ!!!

リザードが大口を開け、ミナの腕に噛み付こうとした。

「きゃっ!?」

ミナが悲鳴を上げる。

間に合わない――魔法では。

私は反射的に地面を蹴った。

「『縮地(フィジカル・ステップ)』!」

一瞬で距離を詰め、ミナとリザードの間に割って入る。

そして、リザードの顎が閉じる寸前、その上下の顎を両手でガシッと掴んだ。

ガキンッ!!

金属音のような音がした。

私の腕力が、リザードの咬合力を上回った音だ。

「グ、ギャ……!?」

リザードが目を白黒させている。

「……メッ! でしょう!」

私はリザードを叱りつけ、その体をひょいと持ち上げると、数メートル後ろへ優しく(当社比)放り投げた。

ドスン。

リザードは転がり、「キャン……」と情けない声を上げて逃げていった。

「……ふぅ。危ないところでしたわ」

私は額の汗を拭い、腰を抜かしているミナに向き直った。

「ミナ様、怪我はありませんか? ここは危険生物の飼育エリアです。勝手に入られては困ります」

少し厳しめに注意した。

命に関わることだ。リゾートの管理者として当然の義務である。

しかし。

ミナの反応は予想外だった。

彼女は震える手で私を指差すと、大粒の涙を流し始めたのだ。

「ひ……ひどい……」

「はい?」

「ひどいですコロロ様! ミナがトカゲさんと仲良く遊んでたのにぃ! いきなり投げ飛ばすなんて!」

「はあ? 今、噛まれそうになってましたよね?」

「違いますぅ! あれは甘噛みですぅ! キスしようとしてくれたんですぅ!」

(……眼科に行こうか?)

私が呆れていると、騒ぎを聞きつけた人影が走ってきた。

「ミナ! どうしたんだ!」

湯上がりのアレック殿下だ。

髪が濡れて少し色っぽいが、着ているのは安っぽい貸し出し用の浴衣である。

「あーん! アレック様ぁ~!」

ミナは殿下の胸に飛び込んだ。

「怖かったですぅ! コロロ様がぁ、コロロ様がぁ!」

「コロロがどうした!?」

「ミナが可愛い動物さんと遊んでたら、コロロ様が魔物をけしかけてきたんですぅ! 『ミナなんて食べられちゃえ』って!」

「……は?」

私は耳を疑った。

捏造にも程がある。

「そしてぇ、ミナを守ってくれたトカゲさんを、コロロ様が暴力で虐めたんですぅ! 可哀想なトカゲさん……ううっ」

「な、なんだと……!」

殿下は私を睨みつけた。

その目は、完全にミナの言葉を信じ切っている。

「コロロ! 貴様、ここまで落ちたか!」

「……殿下、正気ですか? その話のどこに信憑性があると?」

「黙れ! ミナは嘘をつかない! 貴様は昔からそうだ。自分より可愛いミナを嫉妬し、陰湿な嫌がらせばかり……!」

殿下は私に詰め寄ろうとした。

しかし、その足が止まる。

私の背後から、リザードたちが「グルルル……」と群れを成して集まってきたからだ。

彼らは私を守ろうとしている……わけではなく、単に「また変な奴らが来た」と警戒しているだけだが、殿下にはそう見えなかったらしい。

「ひっ……! 魔物を手懐けているのか!?」

「ええ、従業員ですから」

私はリザードの頭を撫でた。

「さて、殿下。ミナ様の虚言癖に付き合うのも疲れました。他のお客様の迷惑になりますので、お引き取りください」

「きょ、虚言癖だと! ミナを侮辱するな!」

殿下は震えながら吠えた。

「いいだろう! 貴様がそうやって暴力と魔物の力で我々を脅すなら、こちらも考えがある!」

「考え?」

「明日! このリゾートの広場で『公開断罪』を行ってやる!」

殿下はビシッと宣言した。

「ここに滞在している各国の要人たちの前で、貴様の悪逆非道な行いを全て暴露し、このリゾートの経営権を剥奪してやる! 正義は我にありだ!」

「……公開断罪、ですか」

私はクスリと笑った。

またか。

卒業パーティーの時と同じだ。

この人は、大勢の前で私を貶めれば、自分が正義のヒーローになれると信じている。

「いいですよ。受けて立ちましょう」

私は扇子をパチンと鳴らした。

「ただし、後悔しても知りませんよ? ここは王都ではありません。貴方の権力が通じない場所です」

「ふん、負け惜しみを! 行くぞミナ!」

「はいぃ! コロロ様、覚悟してくださいねぇ! ベーッ!」

二人は捨て台詞を吐いて去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、私は深く溜息をついた。

「……やれやれ。馬鹿につける薬はないって、本当ね」

「全くだ」

物陰から、シロが現れた。

彼は一部始終を見ていたらしい。その表情は、氷のように冷たい。

「……あんな愚か者が、一国の王子とはな。見ているこちらが恥ずかしくなる」

「ごめんね、シロ。不快なものを見せちゃって」

「いや。……むしろ、決心がついたよ」

「決心?」

シロは眼鏡を外し、懐からハンカチを取り出してレンズを拭いた。

そして、再び眼鏡をかけた時、その瞳には明確な「殺気(政治的な意味での)」が宿っていた。

「明日の断罪劇。……私も『観客』として参加させてもらおう」

「あら、総支配人なのに?」

「ああ。……『特等席』で見届ける必要があるからな」

シロはニヤリと笑った。

その笑顔は、いつもの穏やかな彼ではなく、冷徹な皇帝陛下そのものだった。

(……あーあ。殿下ったら、虎の尾を踏んじゃったわね)

私は心の中で、明日の犠牲者(殿下)に掌を合わせた。

リゾート最大のショータイムが、幕を開けようとしていた。
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