呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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翌日、正午。

リゾートの中央広場には、黒山の人だかりができていた。

「さあ、集まれ愚民ども! これからこの悪女、コロロへの正義の断罪を行う!」

広場の中央に設置された特設ステージ(みかん箱を積み上げたもの)の上で、アレック殿下が声を張り上げている。

隣には、被害者面をしたミナが、嘘泣きの準備を整えて控えている。

観衆は数百人。

その内訳は、湯治に来ている他国の貴族、休暇中の商人、そして常連の冒険者たちだ。

彼らは皆、片手に「ドラゴン串焼き」や「フルーツ牛乳」を持ち、まるで大道芸でも見るようなリラックスした表情で殿下を見上げていた。

「コロロ! 前へ出ろ!」

「はいはい」

私はポップコーン(塩キャラメル味・新商品)が入ったバケツを抱え、最前列の椅子に座った。

「特等席をありがとうございます。で、罪状は何でしょうか?」

「ふん、余裕ぶるのも今のうちだ!」

殿下は羊皮紙を広げ、高らかに読み上げ始めた。

「罪状その一! コロロは王家の許可なく、この土地を不法に占拠し、勝手な建造物を建てた!」

「異議あり。譲渡証明書に『好きにしていい』と書いてありました」

「罪状その二! 国庫に納めるべき収益を独占し、私腹を肥やしている!」

「異議あり。ここは非課税特区です(殿下が言いました)。それに収益は設備の維持と従業員の筋肉増強費に回しています」

「罪状その三! 未来の王妃であるミナに対し、魔物をけしかけて殺害しようとした!」

「異議あり。ミナ様が自らリザードの口の中に手を突っ込んだだけです(自殺志願者かと思いました)」

私はポリポリとポップコーンを食べながら、全ての言いがかりを即座に論破していく。

会場からは「そうだそうだ!」「領主ちゃんの言う通りだ!」「いいぞ、もっとやれ!」と野次が飛ぶ。

殿下の顔が引きつる。

「ええい、黙れ! 黙れと言うに! 貴様ら、王族の言葉が信じられんのか!」

殿下は地団駄を踏んだ。

「ミナ! 証言してやれ! コロロがいかに冷酷で、私たちがどれほど酷い目に遭わされたかを!」

「はぁ~い!」

ミナが前に進み出た。

「みなさん聞いてくださいぃ! コロロ様は本当に意地悪なんですぅ! ミナたちが着いた時も、お風呂に入れてくれないで、お金を巻き上げたんですぅ! かわいそうでしょぉ?」

ミナはウルウルと涙を溜めて、観衆に同意を求めた。

しかし。

反応は冷ややかだった。

「……え? 金払うのは当たり前じゃね?」

冒険者の一人が素朴な疑問を口にした。

「だよな。ここの温泉は極上だぞ? タダで入ろうなんて図々しいにも程がある」

「商売の基本だ。対価を払わぬ者にサービスなし」

商人たちも冷ややかだ。

「それに、あのピンク色の鎧……趣味が悪すぎる。あれを見せられた慰謝料を請求したいのはこちらの方だ」

貴族の婦人が扇子で顔を隠して囁き合う。

「え……えぇっ?」

ミナが計算外の反応に狼狽える。

「ど、どうしてみんなミナの味方をしないのぉ? ミナ、可愛いのにぃ!」

「可愛さで飯は食えねぇんだよ! 俺たちが食いたいのは、コロロ嬢ちゃんが提供するドラゴンステーキだ!」

「そうだ! このリゾートのオーナーを変えるなんて絶対に反対だ!」

「帰れ! 帰れ!」

シュプレヒコールが巻き起こった。

「ドラゴン! ドラゴン! 温泉! 温泉!」

会場は完全に「コロロ派」一色である。

「な、なんだこれは……!?」

殿下は後ずさった。

「貴様ら、洗脳されているのか!? この女は悪魔だぞ!?」

「いいえ、女神です」

群衆の中から、低い声が響いた。

ガストンだ。

彼は腕組みをして、殿下を睨みつけた。

「俺たちはここで、最高の職場と、最高の食事と、最高の筋肉を手に入れた。それを奪おうとする奴は、例え王子だろうと敵だ」

「なっ……冒険者風情が!」

「冒険者だけではないぞ」

次に立ち上がったのは、ガレリア帝国のバルバロス公爵だ。

彼は湯上がりの肌艶の良さを見せつけながら言った。

「私は長年、腰痛に悩まされていた。どこの名医にかかっても治らなかった痛みが、ここの温泉で消えたのだ。このリゾートは、我々老人にとっても希望の光。それを潰すと言うなら……ガレリア帝国としても黙ってはおれんが?」

「ひっ……!」

殿下が息を呑む。

他国の重鎮まで敵に回してしまったのだ。

「ええい、もういい!」

殿下は理性を失った。

「議論は終わりだ! こうなったら力尽くで排除してやる! 近衛騎士団、かかれ! コロロを捕らえ、この暴徒どもを鎮圧せよ!」

殿下は剣を抜き、号令をかけた。

しかし。

シーン……。

誰も動かない。

「おい! 騎士団長! どうした!」

殿下が振り返ると、そこには衝撃的な光景があった。

騎士たちは全員、鎧を脱ぎ捨て、リゾートのロゴ入りタンクトップ(売店で購入)に着替えていたのだ。

彼らは片手に冷たい牛乳を持ち、ベンチに座ってくつろいでいる。

「……殿下、無理です」

騎士団長が牛乳の白い髭をつけて言った。

「昨日の『労働』の後に入った温泉が、あまりにも最高すぎまして……。もう、戦う気力が……」

「骨抜きにされているではないかぁぁぁ!!」

「それに、あちらを見てください」

騎士団長が指差した先。

私を守るように、ガストンたち冒険者二十名が、ミスリル製のつるはしを構えて立ちはだかっていた。

さらに上空には、三頭のドラゴン(レッド、グリーン、ブルー)が旋回し、いつでもブレスを吐ける体勢で待機している。

「戦ったら、全滅します」

「……っ」

殿下の剣を持つ手が震える。

完全に詰んだ。

王都の権威も、騎士団の武力も、ミナの可愛さも、ここでは何一つ通用しない。

ここにあるのは、圧倒的な「顧客満足度」と「物理的な戦力」のみ。

「さあ、殿下」

私はポップコーンの最後の一粒を口に放り込み、立ち上がった。

「ショーは終わりです。他のお客様が温泉に入れなくて困っています。退場していただけますか?」

「く、くそぉぉぉ……!!」

殿下は涙目で私を睨んだ。

「覚えていろ! このままでは済まさん! 私にはまだ『奥の手』があるんだ!」

「奥の手?」

「そうだ! 隣国の皇帝陛下だ!」

殿下は突然、勝利を確信したような顔で叫んだ。

「シリウス・グランディ皇帝陛下が、極秘裏にこの国へ向かっているという情報が入っている! 陛下に直訴し、貴様の非道な行いを告げ口して、隣国軍の力でこのリゾートを焼き払ってもらうのだ!」

会場が一瞬、静まり返った。

私は思わず吹き出しそうになるのを、扇子で隠して堪えた。

「……へぇ。皇帝陛下に、告げ口を?」

「そうだ! 冷徹無比と噂の『氷の皇帝』だ! 貴様のようなふざけた女など、一瞬で処刑してくれるわ!」

殿下は高笑いをした。

群衆の後ろの方で、眼鏡をかけた銀髪の執事――シロが、肩を震わせて笑いを噛み殺しているのが見えた。

(……ねえシロ、貴方、頼りにされてるわよ?)

私はシロに目配せをした。

シロはスッと眼鏡の位置を直し、口元だけで「……やれやれ」と動かした。

どうやら、クライマックスの準備は整ったようだ。

「わかりました。では、その皇帝陛下がいらっしゃるまで、お待ちしましょうか」

私は余裕の笑みで返した。

殿下が自ら掘った墓穴に、ダイブする瞬間が近づいていた。
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