呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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「ふはははは! もうすぐだ! もうすぐ偉大なるシリウス皇帝陛下がご到着される!」

アレック殿下は、狂ったように笑いながら空を指差した。

「震えて待つがいい、コロロ! 陛下は『氷の皇帝』と呼ばれる冷徹なお方だ。貴様のようなふざけたリゾートなど、一言で灰にしてくれるわ!」

「すごいですねぇアレック様ぁ! その皇帝さんに、ミナを可愛がってもらいましょうねぇ!」

二人は勝利の妄想に酔いしれている。

広場の観衆たちは、「あーあ……」という憐れみの目で彼らを見ていた。

彼らは知っているのだ。

このリゾートで一番偉いのはオーナーのコロロだが、二番目に偉い(そして恐ろしい)のは、いつもニコニコしながら鬼のようなシフトを組む「あの総支配人」であることを。

「……さて」

群衆の後方から、静かな声が響いた。

「呼ばれたからには、出て行かねばなるまいな」

コツ、コツ、コツ。

石畳を叩く靴音が、奇妙なほどよく響く。

人垣が、まるで海が割れるように左右へ開いた。

その先を、一人の男がゆっくりと歩いてくる。

リゾートの制服である燕尾服を着た、銀髪の青年――シロだ。

彼は手に持っていたお盆をセバスに預けると、特設ステージ(みかん箱)へと上がった。

「おい貴様! 誰が上がっていいと言った!」

殿下が怒鳴りつける。

「たかが使用人の分際で! ここは王族の神聖なる断罪の場だぞ! 下がれ、薄汚い給仕係め!」

シロは無視した。

彼は殿下の前で足を止めると、ゆっくりと顔に手をやった。

「……薄汚い、か」

スッ。

彼が眼鏡を外した。

その瞬間、穏やかだった彼の瞳から、「温度」が消えた。

凍てつくような、絶対零度のアイスブルー。

続いて、後ろで束ねていた銀髪を解く。

サラリと流れる銀の髪が、太陽の光を浴びて神々しく輝いた。

「ッ……!?」

殿下が息を呑む。

空気が変わった。

先ほどまで「優雅な執事」だった男から、肌を刺すような強烈な威圧感(覇気)が放たれている。

それは、人の上に立つ者だけが持つ、王者のオーラ。

「……き、貴様……誰だ……?」

殿下の声が震えた。

「見覚えがないか? アレック王子」

シロ――いや、シリウスは、低く、よく通る声で告げた。

「昨年の式典で一度会ったはずだが……私の顔を忘れるほど、その脳みそは空っぽなのか?」

「な、無礼な……! 式典で会っただと……?」

殿下は記憶を探った。

式典。隣国の代表。

玉座に座り、冷ややかな目で自分を見下ろしていた、あの恐ろしい男。

殿下の顔色が、白を通り越して土気色になった。

「まさか……嘘だ……そんな馬鹿な……」

殿下は後ずさり、腰を抜かしてへたり込んだ。

「シ、シリウス……皇帝陛下……!?」

会場がどよめいた。

「えっ、あのシロさんが皇帝!?」

「マジかよ! 俺、昨日一緒に酒飲んで肩組んじまったぞ!」

「キャーッ! 陛下ぁぁぁ!」

驚愕、畏怖、そして黄色い悲鳴。

シリウスは騒ぐ観衆を片手で制し、氷の視線を殿下に固定した。

「そうだ。私がガレリア帝国皇帝、シリウス・グランディだ」

「な、ななな、なぜここに!? し、しかも、そんな格好で!」

「休暇だ。……もっとも、この素晴らしいリゾートで働かせてもらっているので、今は『総支配人』と呼んでもらおうか」

シリウスは優雅に一礼した。

その所作は完璧すぎて、逆に恐ろしい。

「ひぃっ……! へ、陛下! お聞きください!」

殿下は這いつくばって懇願した。

「こ、この女です! このコロロという女が、不敬にも陛下をこき使い、このような屈辱的な真似を……! こいつこそ諸悪の根源! どうか処刑を!」

「処刑?」

シリウスが眉をひそめた。

「誰をだ? 私の『愛しい人』をか?」

「……は?」

殿下が固まる。

私も固まった。

(……はい? 今なんと?)

シリウスは迷わず私の方へ歩み寄ると、私の肩を力強く抱き寄せた。

「紹介しよう、アレック王子。彼女こそが、このリゾートの主であり、私の心と胃袋を鷲掴みにした女性、コロロ嬢だ」

「ちょ、ちょっとシロ……陛下?」

私が小声で抗議しようとすると、彼は耳元で「話を合わせろ。これが一番効く」と囁いた。

シリウスはニヤリと笑い、殿下を見下ろした。

「貴様は言ったな。『コロロの悪逆非道な行いを告げ口する』と」

「は、はい! そうです! 彼女は悪魔で……」

「笑わせるな」

一喝。

空気がビリビリと震えた。

「私はこの数ヶ月、彼女の側で全てを見てきた。彼女は誰よりも働き、誰よりも民(と筋肉)を愛し、この不毛の地を楽園に変えた。……その努力と才能を、貴様のような無能が『悪』と呼ぶのか?」

「う、ううっ……」

「私がここで見た『悪』はただ一つ。……何の努力もせず、他人の成果を横取りしようとし、あまつさえ私の大切な女性を侮辱した、ピンク色の愚か者だけだ!」

ズドン!

言葉の重みが、物理的な衝撃となって殿下を襲った。

殿下は「あばばば」と泡を吹いて卒倒しかけている。

ミナに至っては、「い、イケメン……! 皇帝さん、ミナとお茶しませんかぁ?」と空気の読めない勧誘をしているが、シリウスの「失せろ」という視線だけで氷漬けになって固まった。

「さて、アレック王子」

シリウスは冷酷に宣告した。

「貴様が私を呼んだのだ。望み通り、裁きを下してやろう」

彼は懐から、一通の書類を取り出した。

それは、昨晩セバス経由で密かに取り寄せた、王国の「裏帳簿」の写しだった。

「貴様の罪は、このリゾートでの狼藉だけではない。……国での横領、文書偽造、そして職権乱用。全て調べはついているぞ?」

「なっ……!?」

殿下の目が飛び出る。

ここから先は、愛の劇場ではない。

政治的かつ社会的な、完全なる「抹殺」の時間だ。

私はシロの横顔を見上げた。

皇帝モードの彼は、確かに怖いくらいカッコいい。

でも、私の腰に回された手だけは、温かく、そして少しだけ震えているように感じた。

(……ふふ、無理しちゃって)

私はこっそりと、彼の手を握り返した。

さあ、仕上げといきましょうか。
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