呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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「そ、そんな……裏帳簿だと……?」

アレック殿下は、シリウスが掲げた羊皮紙の束を凝視し、唇をわななかせた。

「ば、馬鹿な! その帳簿は王城の地下金庫に厳重に保管されていたはず! なぜ他国の皇帝が持っている!?」

「私の『影(密偵)』は優秀でね」

シリウスは冷ややかに告げた。

「金庫の鍵が開いていたぞ? ……ああ、そういえば、『ミナの部屋の鍵』と間違えて、警備兵が持ち出していたようだが」

「なっ……!?」

殿下がミナを見る。
ミナは「あ、テヘッ☆ 間違えちゃいましたぁ」と可愛らしく舌を出したが、もはや誰も騙されない。

「さあ、読み上げようか」

シリウスは朗々とした声で、罪状の暴露を開始した。

「第一に、防衛予算の横領。北方の砦を修繕するはずの資金が、全額『ミナ嬢のドレス(特注フリル付き)』と『王子の個人用馬車(金メッキ仕様)』に消えている」

観衆から「うわぁ……」というドン引きの声が漏れる。

「第二に、公文書偽造。コロロ嬢が作成した『黒字化計画書』を破り捨て、代わりに『税金倍増計画(手書き・ウサギのイラスト付き)』を正式書類として差し替えた罪」

「それは……ミナが絵を描きたいって言うから……!」

「第三に、外交儀礼の欠如。……先日、我が国へ送ってきた親書に『金くれ』としか書いていなかったのは、正気か?」

「ひぃっ! そ、それは……!」

シリウスがページをめくるたび、殿下の顔色が死人のように白くなっていく。

「これらは全て、我が国の諜報員が裏付けをとった事実だ。……アレック王子、貴様は『コロロが書類を隠した』と騒いでいたようだが、実際は貴様自身が『都合の悪い書類』を隠蔽していただけではないか」

「ち、違う! 私は……私は悪くない! 全部、部下が勝手に……!」

「往生際が悪いぞ」

シリウスは羊皮紙をバサリと閉じ、殿下の目の前に突きつけた。

「この証拠を持って、貴様の父王に抗議文を送らせてもらった。……返事は既に届いている」

「ち、父上から……?」

「ああ。『そのようなバカ息子は知らん。煮るなり焼くなり好きにしろ。ついでに廃嫡手続きは済ませた』とのことだ」

「は……?」

殿下の時が止まった。

「は、はい……しゃく……?」

「廃嫡だ。つまり、貴様はもう王子ではない。ただの『無職のアレック・ピンク氏』だ」

「嘘だぁぁぁぁぁ!!」

殿下の絶叫が広場に木霊した。

「私は次期国王だぞ! 選ばれし存在だぞ! 父上が私を見捨てるはずがない!」

「見捨てられるだけのことをしたのだ。……コロロ嬢という『国の宝』を追放した時点で、貴様の運命は決まっていた」

シリウスは憐れむような目で見下ろした。

「さて、一般市民となったアレック君。……当リゾートにおける『営業妨害』および『器物損壊(リザードへの暴言)』、さらに『食い逃げ未遂』の罪を償ってもらおうか」

「い、嫌だ! 私は王族だ! 誰か、誰かこいつを捕らえろ! ミナ! 騎士団!」

アレックは狂ったように周囲に助けを求めた。

しかし。

「ごめんなさぁ~い、アレック様ぁ」

ミナが、スッと距離を取った。

「ミナ、無職の男には興味ないんですぅ。……ねぇ、そこの皇帝さん? ミナのこと、側室にしてくれませんかぁ? お得ですよぉ?」

ミナはシリウスに向かって、媚びるような上目遣いを送った。
その変わり身の早さに、観衆すら言葉を失う。

「……断る」

シリウスは氷点下の声で拒絶した。

「私の宮殿に、そのような『毒々しい花』を飾る趣味はない。……それに、私の隣に立つ資格があるのは、世界でただ一人だけだ」

彼はちらりと私を見た。
私はポップコーンを食べる手を止め、照れ隠しに親指を立てて「ナイス!」と返した。

「そ、そんなぁ……」

ミナが膝から崩れ落ちる。

「では、騎士団! お前たちなら私を守ってくれるだろう!?」

アレックは最後の頼みの綱、騎士団長に縋り付いた。

牛乳髭をつけた騎士団長は、深く溜息をついた。

「……元殿下。諦めてください」

「な、なんだと!?」

「我々の給与は三ヶ月未払いです。対して、こちらのコロロ様は、たった二時間の労働で『極上ステーキ』と『温泉』を提供してくれました」

騎士団長は、脱ぎ捨てたピンク色の鎧を足で蹴った。

「忠誠心? そんなものは空腹の前では無力です。……俺たちは今日から、『ベルガモット警備保障(仮)』に転職します!」

「「「イエッサー!!」」」

元近衛騎士たちが、一斉に敬礼した。
その顔は、王都にいた頃よりもずっと生き生きとしている。

「う、裏切り者ォォォ!!」

アレックは頭を抱えて泣き喚いた。

王権も、金も、恋人も、部下も。
全てを失った男の末路。

「……終わったようね」

私はステージから降り、アレックの前に立った。

「コロロ……」

彼は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を上げた。

「た、頼む……助けてくれ……。私たちが婚約していた仲じゃないか……。昔のよしみに免じて……」

「昔のよしみ?」

私は扇子で口元を覆い、冷ややかに笑った。

「そうですね。……では、『昔のよしみ』として、特別にプレゼントを差し上げましょう」

「ほ、本当か!?」

アレックの顔に希望の光が差す。
私は背後のガストンに目配せをした。

「ええ。当リゾート特製、『強制労働体験コース(無期限)』のチケットです」

「……は?」

「お金がないなら身体で払う。……忘れたのですか? ここは『不毛の地』。働かざる者、食うべからず、ですわ」

私が指を鳴らすと、ガストンとマッチョな冒険者たちが、アレックとミナを取り囲んだ。

「ひぃっ!? な、何を!?」

「嫌だぁ! ミナはアイドルになる予定なんですぅ!」

「連れて行け。……まずは皿洗い一万枚からだ」

「ラジャ!」

「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」

二人の悲鳴が遠ざかっていく。
彼らはリゾートの裏方として、その細腕が筋肉隆々になるまでこき使われることになるだろう。
それが、私なりの「慈悲」だ。
野垂れ死にさせるよりは、マシでしょう?

「……ふぅ。片付いたな」

シリウスが私の隣に来て、肩を抱いた。
広場の観衆から、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。

「ブラボー! 最高のショーだったぞ!」
「ざまぁみろ!」
「皇帝陛下万歳! 領主ちゃん万歳!」

紙吹雪が舞う中、私たちは顔を見合わせて笑った。

これで、本当に全てが終わった。
……いや、違うわね。

「コロロ」

シリウスが、私の手を握りしめた。
そのアイスブルーの瞳が、真剣な光を帯びて私を見つめている。

「邪魔者は消えた。……そろそろ、私と君の『今後』について、話をさせてもらってもいいか?」

「え……?」

心臓がドクンと跳ねた。
王子の断罪よりも、よっぽど心臓に悪い展開が待っていそうだ。

「ま、待ってシロ。……心の準備と、お化粧直しが……」

「逃がさないと言っただろう?」

彼は悪戯っぽく笑い、私の手の甲に口づけを落とした。

リゾートのど真ん中で。
数千人の観衆の前で。

私の顔が、茹でダコよりも赤くなったのは言うまでもない。
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