呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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「ひぃぃっ! 重い! 重いですぅ!」

「黙って運べ! 皿を割ったら追加で岩運びだぞ!」

リゾートの裏手、厨房の洗い場。

そこには、かつて煌びやかなドレスと軍服を着ていた二人の男女の姿があった。

今は、薄汚れた灰色の作業着(背中に『反省中』の文字入り)に身を包み、山のように積まれた汚れた皿と格闘している。

元第二王子のアレックと、元男爵令嬢のミナだ。

「うぅ……手が荒れる……私の美しい指が……」

アレックが涙目で皿を磨く。かつて剣を持っていた手は、今やスポンジと洗剤にまみれている。

「アレック様ぁ、早くしてくださいよぉ。ミナ、もう疲れちゃいましたぁ。休憩しましょうよぉ」

ミナが床にへたり込む。

「ダメだぞ新人! 休憩時間はあと三時間後だ!」

監視役のガストンが、鬼の形相で怒鳴りつける。

「ひぃっ! やります! やりますからぁ!」

二人は慌てて作業を再開した。

その様子を、私は厨房の窓から眺めていた。

「……ふふ。いい働きっぷりね」

私は満足げにコーヒー牛乳を飲んだ。

「王都では『無能』と呼ばれた彼らも、ここでは立派な『労働力』。適材適所とはこのことね」

「お嬢様、性格が悪うございますよ」

隣でセバスが苦笑している。

「王都からは、正式に『廃嫡および勘当』の通知が届きました。国王陛下は『二度と敷居を跨がせるな。そちらで好きにしてくれ』との仰せです」

「あら、実家からも見捨てられたのね。なら、心置きなくここで更生してもらいましょう」

彼らが借金(慰謝料・迷惑料・精神的苦痛代)を完済するには、計算上あと五十年はかかる。

それまで、しっかりと筋肉をつけて働いてもらうつもりだ。

「……さて」

私は窓から離れ、振り返った。

そこには、燕尾服から本来の豪華な軍服に着替えた、シリウス皇帝陛下が立っていた。

いつもの「シロ」ではない。

一国の支配者としての威厳を纏った、完全なる皇帝の姿だ。

「……帰るのね、シロ。ううん、シリウス陛下」

「ああ」

シリウスは短く答えた。

「休暇は終わりだ。アレックの断罪騒ぎで、私がここにいることが本国にも知れてしまった。これ以上、皇帝の座を空けておくわけにはいかない」

「そう……残念ね」

私は努めて明るい声を出した。

「貴方の淹れる紅茶、結構気に入ってたのに。それに、総支配人がいなくなったら、シフト管理が大変だわ」

「ガストンに引き継いである。あいつは意外と事務処理が得意だからな」

「あら、そうなの?」

会話が途切れる。

気まずい沈黙が流れた。

今まで、彼はずっとここにいるものだと思っていた。

毎日一緒にご飯を食べ、温泉に入り(壁越しに)、リゾートの未来を語り合う。

それが当たり前になっていた。

でも、彼は皇帝だ。

私のような「一介のリゾート経営者(元公爵令嬢)」とは、住む世界が違う。

(……寂しい、なんて言えないわよね)

私は胸の奥がチクリと痛むのを無視して、彼に手を差し出した。

「お世話になりました、陛下。貴方のおかげで、このリゾートは守られました。感謝します」

ビジネスライクな握手。

これでいい。これでお別れだ。

そう思った瞬間。

グイッ。

差し出した手を強く引かれ、私は彼の胸の中にすっぽりと収まっていた。

「……え?」

「『感謝します』? それだけか?」

頭上から降ってくる声は、甘く、そして少し怒っているようだった。

「私は、君のために一肌脱いだんだぞ? 王子を断罪し、国を敵に回すリスクを冒してまで」

「だ、だって……それは貴方が勝手に……」

「コロロ」

彼は私の顎を指で持ち上げ、強引に視線を合わせた。

アイスブルーの瞳が、至近距離で私を捉える。

「私は諦めないぞ」

「……何を?」

「君をだ」

ドクンッ。

心臓が早鐘を打つ。

「私は一度国へ戻る。だが、それは別れではない。……必ず、迎えに来る」

「む、迎えって……」

「君を私の『正妃』として迎えるための準備だ。文句は言わせない」

彼は宣言すると、私の額にチュッと音を立てて口づけをした。

「へっ……!?」

「いい子で待っていろ。浮気したら、相手の国ごと滅ぼすからな」

「ぶっそうなこと言わないでよ!」

私が真っ赤になって抗議すると、彼は満足げに笑い、身を翻した。

「行くぞ、セバスチャン。……いや、お前はここに残れ」

「はい?」

セバスが目を丸くした。

「お前はコロロの執事だ。彼女を守るのが役目だろう? 私の護衛なら、国境に近衛兵が待機している」

「……承知いたしました。では、お言葉に甘えて」

セバスは深々と頭を下げた。

シリウスは私に背を向け、手をひらりと振った。

「また会おう、私の愛しい最強の淑女よ」

彼は颯爽と去っていった。

その後ろ姿は、悔しいくらい絵になっていた。

「……なによ、もう」

私は熱くなった頬を両手で押さえた。

「勝手に決めて……。私の意見は無視ですか?」

「お嬢様、顔が緩んでおりますよ」

セバスがニヤニヤしながらお茶を差し出してきた。

「う、うるさいわね! これは……あれよ、温泉でのぼせただけよ!」

「はいはい、そういうことにしておきましょう」

私は窓の外、遠ざかっていくシリウスの背中を見つめた。

空には、今日もドラゴンが悠々と飛んでいる。

日常が戻ってきた。

でも、私の心の中には、彼が残していった「熱」が、温泉よりも熱く渦巻いていた。

(……待ってるわよ、バカ皇帝)

私は小さく呟き、気合を入れるためにスクワットを開始した。

「ふんっ! ふんっ!」

寂しさを紛らわせるには、筋肉をいじめるに限る。

こうして、怒涛の断罪劇は幕を閉じ、私たちのリゾートには、少しだけ甘酸っぱい「遠距離恋愛(?)」の季節が訪れたのである。
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