呼ばれても戻りません!婚約破棄された悪役令嬢ですので。

八雲

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「……おかしい」

リゾートの裏山。

私は愛用の「ウォーミングアップ用・岩石(推定五トン)」の前で、腕組みをして唸っていた。

いつもなら、この程度の岩は準備運動がわりに小指で持ち上げ、空中でジャグリングできるはずだ。

なのに、今日はなぜか「重い」と感じる。

持ち上がらないわけではない。
ただ、気合が入らないのだ。
筋肉が、「今日はサボろうぜ」と囁いている気がする。

「まさか……私の筋肉が、衰えた……?」

戦慄が走った。

毎日欠かさずトレーニングし、ドラゴン肉を食べ、プロテインを飲んでいるのに?
この私が、筋肉の維持に失敗したというの?

「いいえ、あり得ない。筋肉は裏切らないはずよ」

私は首をブンブンと横に振った。

「そうか、わかったわ! 岩の質量が増えたのね! 昨日の雨で水分を含んだせいだわ!」

無理やりな結論を出し、私は岩に向かってファイティングポーズをとった。

「負けないわよ。質量保存の法則だろうと何だろうと、私の大胸筋でねじ伏せてみせる!」

「はぁっ!」

気合一閃。
私は岩を持ち上げ――ようとして、手が滑った。

ズルッ。
ドスン。

岩は数センチ浮いただけで、元の位置に戻った。

「…………」

静寂。
通りかかったリザード(放牧中)が、憐れむような目で私を見て通り過ぎていった。

「嘘……」

私は膝から崩れ落ちた。
スランプだ。
人生初、筋肉のスランプが来てしまった。

***

「……で、お嬢様は朝から部屋に引きこもって、『筋肉 倦怠期 直し方』という本を読み漁っているわけですか」

リビングで、セバスが呆れたように紅茶を淹れている。

その向かいには、休憩時間中のアレック(作業着姿)とミナ(泥だらけ)が座っていた。

「おいおい、あのコロロがか?」

アレックが信じられないという顔で、出されたクッキー(今日は普通の味)を貪り食う。

「あいつ、つい昨日も『新しい露天風呂を作る』って言って、素手で岩盤を粉砕してただろ? どこが不調なんだ?」

「精神的なものでしょうな」

セバスは遠い目をした。

「シリウス陛下が帰国されてから、お嬢様はずっとあのご様子です。口では『ただの居候がいなくなって清々した』などと強がっておられますが……」

「あー、なるほどぉ」

ミナがニタニタと笑った。

「恋煩いですねぇ! コロロ様も可愛いところあるじゃないですかぁ!」

「ミナ、声が大きいぞ。聞こえたら岩が飛んでくる」

アレックが慌ててミナの口を塞ぐ。
彼らはこの数週間の労働で、「コロロを怒らせると物理的に痛い」ということを骨の髄まで学習していた。

「しかし、困りましたな」

セバスが眼鏡を拭く。

「このままではリゾートの運営にも支障が出ます。現に今朝も、お嬢様は寂しさを紛らわせるために『広場にシリウス陛下の巨大な石像(全裸マッチョVer.)』を作ろうとして、ガストンに必死で止められたばかりです」

「それは止めて正解だ」

アレックが真顔で頷く。

「そんなものが建ったら、客が逃げるどころか国際問題になるぞ」

「何か、お嬢様の気を紛らわせるビッグイベントでもあれば良いのですが……」

その時だった。

ヒュオオオオオオオオオ……!

建物の外から、風切り音が聞こえてきた。
それも、ただの風ではない。
巨大な翼が空気を叩く、重厚な羽ばたき音だ。

「ん? ドラゴンか?」

アレックが窓の外を覗く。
次の瞬間、彼は腰を抜かした。

「ひぃっ!? な、なんだあれは!?」

空を埋め尽くすほどの、大船団――いや、「竜騎士団」だ。

銀色に輝く鎧を纏った飛竜(ワイバーン)の群れが、整然とした隊列を組んでこちらに向かってくる。
その数、およそ五十騎。
先頭には、ひときわ巨大な白い飛竜に跨った騎士が、何か大きな旗を掲げている。

その旗に描かれているのは、剣と星の紋章。
ガレリア帝国の国旗だ。

「て、敵襲か!?」

「いや、違う!」

セバスが窓辺に駆け寄り、目を細めた。

「あれは……ガレリア帝国の近衛竜騎士団! しかも『白銀(アージェント)』の部隊……陛下直属の精鋭ですぞ!」

***

「……うるさいわね」

自室で「筋肉痛の治し方」を熟読していた私は、外の騒がしさに眉をひそめた。

「ガストンたちが宴会でも始めたのかしら? まだ昼間よ?」

私は本を閉じ、不機嫌な顔でバルコニーに出た。

「ちょっと! 静かにしな……さい……?」

言葉が止まった。

目の前の空に、竜騎士団がホバリングしていたからだ。

「……え?」

状況が飲み込めない。
なぜ、隣国の最強戦力がうちの庭にいるの?
もしかして、アレックの強制労働がバレて、解放しに来たとか?

(いや、それならもっと殺気立っているはず……)

先頭の白い飛竜が、ゆっくりと高度を下げ、私のバルコニーの近くで静止した。
その背に乗っていた騎士が、兜のバイザーを上げ、私に向かって敬礼した。

「コロロ・フォン・ベルガモット嬢とお見受けする!」

よく通る、凛とした女性の声だった。
騎士は懐から、黄金の装飾が施された封筒を取り出した。

「我らはガレリア帝国皇帝、シリウス・グランディ陛下の命を受け、参上した!」

「シロ……陛下の?」

「はっ! 陛下より、貴殿への『至急の招待状』をお預かりしている!」

騎士は封筒を、恭しく私に差し出した。
私は恐る恐るそれを受け取る。
封蝋には、シリウスの個人印章が押されている。

「中身は……?」

「『今すぐ開けて、返事をくれ。さもなくば私が直接迎えに行く』との伝言も承っております!」

(……あのバカ皇帝、また無茶苦茶なことを)

私は呆れつつも、指先で封を開けた。
中には、あの上質な羊皮紙が一枚。
そこには、彼らしい流麗な筆跡で、たった数行だけ記されていた。

『拝啓、私の最強の淑女へ。

筋肉の調子はどうだ? スランプに陥っていないか?
(……なぜバレてるの!?)

君がいなくて、こちらの料理が不味くて仕方がない。
至急、我が国へ来てほしい。

来週開催される建国記念の舞踏会に、君を私の『パートナー』として招待する。
ドレスは用意した。筋肉(とアレックたち)は置いてこい。

追伸:拒否権はない。竜騎士団に君を運ばせる。暴れたら飛竜が落ちるから大人しくしているように。

シリウスより愛を込めて』

読み終えた私は、顔から火が出るかと思った。

(な、なによこれ……!)

招待状というより、ほとんど「召喚命令」だ。
しかも、「愛を込めて」なんて、公文書に書くことじゃないでしょう!

「……コロロ様、お返事は?」

女性騎士がニヤニヤしながら尋ねてくる。
どうやら中身はお見通しのようだ。

私は深呼吸をした。
スランプ? 倦怠感?
そんなものは、この手紙を読んだ瞬間に吹き飛んでいた。

代わりに湧き上がってきたのは、心臓が破裂しそうなほどの高鳴りと、久々に彼に会えるという爆発的な喜びだ。

「……わかったわ」

私は手紙を胸に抱きしめ、騎士に向かってニカッと笑った。

「行ってあげるわよ! 迎えが遅いって文句を言ってやるんだから!」

「承知いたしました! 全騎、護衛体勢!」

騎士が号令をかけると、飛竜たちが一斉に咆哮を上げた。

下のリゾート広場では、アレックとミナが「えぇぇぇ! コロロだけズルい! 私たちも連れてってぇぇ!」と叫んでいるが、無視だ。

こうして私は、ドレスならぬ作業着のまま、空飛ぶ竜の背に乗って、初めての「海外デート(?)」へと旅立つことになったのである。
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