「婚約破棄? 承諾いたしますわ。要点を三行でまとめてくださる?」

ハチワレ

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「……師匠! 大変ですわ! 農業研修中のライオネル氏が、最後の悪あがきとして『結婚反対の血判状』をジャガイモの皮に刻んで送りつけてきましたわ!」


婚礼を数日後に控えた公爵邸。
私は、ドレスのフィッティングという名の「可動域確認作業」を行いながら、クロエ様の報告を受けました。


「……ジャガイモの皮に血判状? ライオネル氏の知性は、ついに植物の表皮レベルまで退化したのですか? ……クロエ様、その『物体』はどう処理しました?」


「はい! もちろん、衛生的観点から即座に焼却処分し、その熱を屋敷の給湯システムの燃料として再利用いたしましたわ! おかげで今朝の私のシャワーは、彼の執念のおかげで適温でした!」


「素晴らしい。不純物すらエネルギーに変える。……貴女は、私の自慢の弟子ですわ」


私は鏡に映る、純白のドレスに身を包んだ自分を無機質に眺めました。
レースの密度、刺繍の工数、そしてベールの空気抵抗。
……どれをとっても「贅沢」という名の非効率の塊ですが、ジークフルト様が「君の白い姿を、一度でいいから独占したい」と、非論理的な熱量で主張したため、妥協した結果です。


そこへ、当の本人であるジークフルト様が、正装の試着を終えて入ってきました。


「ベルベット様……。……。言葉を失う、というのは、こういう現象を指すのだな。……私の脳内メモリが、君の姿を処理しきれずにフリーズしている」


「……ジークフルト様。貴方までクロエ様のような語彙を使わないでください。……それより、ライオネル氏の監視体制に緩みがあるのではないですか? 嫌がらせのジャガイモが届くなど、物流の検閲が機能不全を起こしていますわよ」


「……。すまない。監視員たちが、彼の『あまりに無様な農作業』に同情して、一瞬目を離したらしい。……即座に交代させ、次は感情を排したゴーレムか、あるいはもっと厳格な古参の教官を送り込もう」


ジークフルト様が苦笑しながら、私の隣に立ちました。
鏡の中に並ぶ、漆黒の騎士と白銀の令嬢。
……視覚的なコントラスト比は完璧ですわね。


「ベルベット様。……いよいよ明後日だな。……怖いか? 予測不能な『二人での生活』という数式を解くことが」


「……怖い? 非合理な感情ですわね。……ただ、これまでの私の人生において、自分以外の『変数』をこれほど密接に組み込んだことはありません。……計算ミスが生じる可能性は、否定できませんわ」


私はベールに指を触れ、少しだけ声を落としました。


「……ですが、ジークフルト様。貴方という変数は、私の数式を乱すノイズではなく……。……私の答えを、より高い次元へと導く『定数』になると、私の脳が結論を出しましたの」


「……。定数、か。……一生、君の隣で変わらない値であり続けよう」


ジークフルト様が、私の腰をそっと引き寄せました。
ドレスの生地越しに伝わる、彼の決意の熱。


「……。あ、ジークフルト様。……今の接触により、ドレスのシルクに微細なシワが発生しました。……アイロンの再加熱コストを、今夜のショコラ一粒分で補填していただきますわよ」


「……。ああ、喜んで。……一粒と言わず、一箱分、君に捧げよう」


「……。一箱は過剰摂取です! カロリー計算が狂いますわ!」


私の叫びが響く中、クロエ様が背後で「……あぁ、この師匠たちの『非効率なイチャつき』、もはや芸術の域ですわね」と、分厚い手帳にメモを走らせていました。


悪役令嬢、最後の敵は「愛」という名の解けない難問。
しかし、私の傍らには、それを共に解き明かしてくれる最強のパートナーがいる。


明日。
私は、この国で最も「合理的」で「騒がしい」結婚式という名の、最終決戦に挑みます。
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