誘拐されて、悪役令嬢として断罪されているよです!

ハチワレ

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「……何かしら、あの騒がしい光は。夜食の準備を邪魔するなんて、お行儀が悪いですわね」


マーシャは、砦の物見櫓の上で不機嫌そうに眉を寄せた。


彼女の手には、先ほどの宴会で余った特製ダレに漬け込んだ「スペアリブ」が握られている。
これを深夜にこっそり炭火で炙って食べるのが、彼女の密かな楽しみだったのだ。


砦の正門前。
闇夜を切り裂くような黄金色の光を纏い、宙に浮いているのは聖女リリアだった。


「聞きなさい、忌まわしきバルカ帝国の野蛮人共! そして、闇に堕ちた悪女マーシャ! 我が『浄化の炎』によって、その罪深き胃袋ごと焼き尽くして差し上げますわ!」


リリアが杖を掲げると、巨大な火球が形成され、砦全体を熱波が襲う。
並の人間なら恐怖で逃げ出す威圧感だが、マーシャは網を片手に感心したように頷いた。


「あら……。あの炎、凄まじい火力ですわね。しかも不純物がなくて、とてもクリアな熱だわ。……これなら、分厚いお肉の表面を瞬時に焼き固めて、肉汁を閉じ込めるのに最適ですわ!」


「マーシャ! 危ないから下がっていろと言っただろう!」


背後から駆け寄ってきたカイルが、彼女の腕を掴んで引き寄せた。
彼は腰の剣を引き抜き、鋭い眼光で空中のリリアを睨みつける。


「……聖女リリア。宣戦布告もなしに、我が帝国の領土を攻撃するとは。王国は正気か?」


「あら、カイル様。そちらこそ、そんな悪女に毒されておいたわしい……。さあ、今すぐマーシャをこちらへ突き出しなさい! そうすれば、その砦だけは炭にせずに済ませてあげますわ!」


リリアの声は、嫉妬と狂気で引き攣っている。
だが、その脅しを聞いてもマーシャの反応は薄かった。


「カイル様、離してくださる? 今、あの熱源が一番いい温度なんですの。これ以上近づくと焦げますし、遠ざかると生焼けになりますわ」


「お前……! 今は料理の話をしている場合じゃない! あれは『極大消滅魔法』だぞ!」


「大丈夫ですわ。私の『家庭魔法』で調整いたしますもの」


マーシャはカイルの手を振り解くと、リリアに向かってフライパンを構えた。


「リリア様。せっかくの火力ですが、それでは広がりすぎて熱効率が悪いですわ。もっと一点に集中させて、遠赤外線効果を意識してくださらない?」


「何を……何を言っているの!? 死になさい!」


リリアが絶叫し、巨大な炎がマーシャを飲み込もうと放たれた。


カイルが遮ろうとした瞬間。
マーシャは「お掃除」の魔法を口ずさみながら、フライパンを軽やかに一閃させた。


「――埃と一緒に、熱量も纏めてポイですわ!」


驚くべきことが起きた。
砦を焼き払うはずの劫火が、マーシャの振ったフライパンの軌道に合わせて吸い込まれ、渦を巻いて一箇所に凝縮されたのだ。


それは、マーシャが用意していたコンロの炭の上に、小さな太陽のような「完璧な種火」として収まった。


「……よし。これで予熱は完璧ですわね」


マーシャは満足そうに微笑み、網の上にスペアリブを並べ始めた。
ジューという、食欲をそそる音が夜空に響く。


「な……っ!? 私の『神聖なる炎』が……お肉を焼くための火種にされた……!?」


空中でリリアが絶句し、そのままバランスを崩して地面に落下しそうになる。


カイルもまた、抜いた剣を構えたまま石像のように固まっていた。


「……おい。今の魔法はなんだ。お掃除の魔法だと? そんな馬鹿なことがあってたまるか」


「カイル様、お掃除の本質は『不要なものを一箇所に集める』ことですわ。あんなに散らばったエネルギー、放っておくのは勿体ないでしょう?」


マーシャは肉を裏返しながら、香ばしい匂いに目を細めた。


「……お前、実はとんでもない魔導師なんじゃないのか? 王国ではリリアの方が魔力が高いと言われていたが……」


「そんなこと、どちらでもいいではありませんか。……それよりカイル様、実は一つ秘密をお話ししようと思っていたのです」


マーシャが突然、真剣な顔でカイルを見上げた。
カイルの心臓が、不意に跳ね上がる。


「……秘密だと? なんだ、言ってみろ」


「このスペアリブの隠し味……実は、昨日カイル様が『大事に保管しろ』と言っていた帝室御用達のハーブ、全部使い切っちゃいましたわ」


「…………」


「……あら? 怒っていらっしゃいます?」


カイルは一瞬、眩暈を感じたが、すぐに深く溜息をついて笑い出した。


「……いや。お前らしいな。……だが、俺も秘密を隠していた。……俺は、ただの将軍ではない。バルカ帝国の第一皇太子だ。……そして、俺が最初からお前を狙って攫ったのは、その……」


カイルの言葉が、照れからか途切れる。


「……お前の実力を見込んで、俺の妃(・)にしようと思っていたからだ。……食糧問題の解決なんてのは、半分は口実だよ」


「まあ!」


マーシャは目を丸くした。
だが、その驚きはすぐに別の方向へと向かった。


「……皇太子様ということは、帝国の国庫を自由に使えるということですわね? ……ということは、世界中の珍味を私のために買い占めることも可能ですの!?」


「……そこか。そこなのか、お前の食いつくポイントは」


カイルは頭を抱えたが、その表情はどこか幸せそうだった。


一方、地面に墜落して放置されていたリリアは、屈辱に震えながら空を見上げた。


「……許さない。許さないわよ、マーシャ……! あんな野蛮な皇太子と一緒に、お腹を壊して死んでしまえばいいんだわ!」


聖女の呪詛が響く中、砦の上では最高に香ばしい肉が焼き上がった。


「カイル様。皇太子殿下としての初仕事ですわ。このお肉、あーんしてくださいませ」


「……ああ、わかったよ。お前の望み通りにな」


不器用ながらも優しく微笑むカイル。
二人の距離は、リリアの炎よりも熱く、そして焼きたてのお肉のようにジューシーに縮まっていくのだった。
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