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「お嬢様、シャロン様より『和解の印』として、手作りの焼き菓子が届いております。……が、鑑定に回したところ、非常に興味深い結果が出ましたわ」
侍女が銀のトレイに乗せて持ってきたのは、見た目だけは可愛らしいアイシングクッキー。
しかし、私はそのクッキーに鼻を近づけるまでもなく、手に持った拡大鏡で表面を観察しました。
「……ふむ。和解の印に『下剤』と『強力な痒み止め(の逆)』を仕込むとは。彼女、製薬の才能でもあるのかしら? 配合バランスが絶望的に悪くて、結晶が浮き出ていますわよ」
「どうやら、近所の怪しい薬屋で『これを飲ませれば本性を現す』と言われて買わされた代物のようです。……シャロン様ご本人が、その『本性を現す瞬間』を見物するために、今玄関先に到着されたとのことですが」
「あら、わざわざ鑑賞料を払いに来てくださったのね。……いいわ、お通ししなさい。ただし、このクッキーは彼女に『お返し』として振る舞う準備をしておいてちょうだい」
数分後。
ブランドン公爵邸の応接室に、シャロンがこれ見よがしに「可憐な被害者」の顔をして入ってきました。
……が、その目は「早くクッキーを食べて苦しめ」という下劣な期待にギラついています。
「ナナシー様ぁ! 先日はレオ様がご迷惑をおかけして……。私、本当に申し訳なくて、寝る間も惜しんでお菓子を焼きましたの! ぜひ召し上がってくださる?」
「寝る間を惜しんで? あら、その割にはお肌のコンディションがよろしいようですわね。……シャロン様、まずは一つお聞きしたいのですが。このクッキー、焼くときに何を混ぜましたの? 小麦粉と砂糖、それから……『公序良俗に反する粉末』かしら?」
「えっ……!? な、何を……私、ただの真心を込めただけで……!」
「真心、ですか。今の科学では、真心は『フェノールフタレイン(下剤の一種)』と同じ結晶構造をしているのかしら? 面白い発見ですわ。明日には学会に報告しておきますね」
私がクッキーの表面をナイフで削り、白い粉を小皿に分けると、シャロンの顔が引きつりました。
「そ、それは……隠し味のスパイスですわ!」
「隠し味にしては、主張が激しすぎますわ。……さあ、そこまで自信作とおっしゃるなら、まずはあなたが召し上がってはいかが? 『毒見』は貴族の嗜みですもの。まさか、自分が作ったものを食べられないなんて、卑怯なことはおっしゃらないわよね?」
「ひっ……! そ、それは……私、さっきお腹いっぱいで……!」
シャロンが後ずさりしたその時、部屋の扉が静かに開き、背後から「絶望」が歩いてきました。
「……おやおや、シャロン嬢。ナナシーの好意を無下にするとは、礼儀がなっていないな」
アルスター公爵が、獲物を追い詰める豹のような足取りで現れました。
彼はトレイの上のクッキーを一つつまみ上げ、シャロンの口元へ、優しく……もとい、逃げられない圧力で差し出しました。
「さあ、食べろ。……もし食べないというなら、君のその卑劣な『真心』を、君の実家の男爵家にまるごと返品してあげよう。……もちろん、不法な薬物混入の現行犯として、騎士団を同行させてな」
「あ……あ、あわわ……!」
シャロンは、アルスターの冷酷な瞳に射抜かれ、震える手でクッキーを受け取りました。
そして、涙目になりながら、自らが仕込んだ「特製クッキー」を一口、無理やり飲み込んだのです。
「……う、ううっ……。お、美味しい……ですわ……」
「あら、良かった。……あ、侍女、シャロン様をすぐにお出口へ案内して。彼女、あと300秒後には『本性を現す(お手洗いへ駆け込む)』ことになりますから。我が家の高価な絨毯を汚されては、クリーニング代だけで男爵家が破産してしまいますわ」
「ナナシー様……! ひどい、ひどすぎますわぁぁぁ!」
シャロンは腹部を押さえながら、無様な格好で部屋を飛び出していきました。
おそらく今頃、人生で最も過酷な「自分との戦い」が始まっていることでしょう。
「……ふぅ。嫌がらせのレベルが低すぎて、あくびが出そうですわ。……公爵、あなたも変なものを触らないで。知能の欠如が伝染(うつ)ったら困りますもの」
「ふっ。君のその容赦のない観察眼、今日も惚れ惚れするな。……それで、ナナシー。次は、彼女がバラ撒いた『君への不名誉な噂』を、論理の力で根絶やしにする作業を手伝わせてくれないか?」
「手伝う? いいえ、あなたが先陣を切って『死神のデマ撲滅運動』でも展開してきなさい。……私は、これから新しいお茶を淹れ直すので忙しいのですわ」
私は椅子に深く腰掛け、窓の外で転びそうになりながら走るシャロンの背中を見送りました。
自由を手に入れた私の日常は、次々と舞い込む「おバカな挑戦状」をシュレッダーにかける作業で、思いのほか多忙を極めているようです。
侍女が銀のトレイに乗せて持ってきたのは、見た目だけは可愛らしいアイシングクッキー。
しかし、私はそのクッキーに鼻を近づけるまでもなく、手に持った拡大鏡で表面を観察しました。
「……ふむ。和解の印に『下剤』と『強力な痒み止め(の逆)』を仕込むとは。彼女、製薬の才能でもあるのかしら? 配合バランスが絶望的に悪くて、結晶が浮き出ていますわよ」
「どうやら、近所の怪しい薬屋で『これを飲ませれば本性を現す』と言われて買わされた代物のようです。……シャロン様ご本人が、その『本性を現す瞬間』を見物するために、今玄関先に到着されたとのことですが」
「あら、わざわざ鑑賞料を払いに来てくださったのね。……いいわ、お通ししなさい。ただし、このクッキーは彼女に『お返し』として振る舞う準備をしておいてちょうだい」
数分後。
ブランドン公爵邸の応接室に、シャロンがこれ見よがしに「可憐な被害者」の顔をして入ってきました。
……が、その目は「早くクッキーを食べて苦しめ」という下劣な期待にギラついています。
「ナナシー様ぁ! 先日はレオ様がご迷惑をおかけして……。私、本当に申し訳なくて、寝る間も惜しんでお菓子を焼きましたの! ぜひ召し上がってくださる?」
「寝る間を惜しんで? あら、その割にはお肌のコンディションがよろしいようですわね。……シャロン様、まずは一つお聞きしたいのですが。このクッキー、焼くときに何を混ぜましたの? 小麦粉と砂糖、それから……『公序良俗に反する粉末』かしら?」
「えっ……!? な、何を……私、ただの真心を込めただけで……!」
「真心、ですか。今の科学では、真心は『フェノールフタレイン(下剤の一種)』と同じ結晶構造をしているのかしら? 面白い発見ですわ。明日には学会に報告しておきますね」
私がクッキーの表面をナイフで削り、白い粉を小皿に分けると、シャロンの顔が引きつりました。
「そ、それは……隠し味のスパイスですわ!」
「隠し味にしては、主張が激しすぎますわ。……さあ、そこまで自信作とおっしゃるなら、まずはあなたが召し上がってはいかが? 『毒見』は貴族の嗜みですもの。まさか、自分が作ったものを食べられないなんて、卑怯なことはおっしゃらないわよね?」
「ひっ……! そ、それは……私、さっきお腹いっぱいで……!」
シャロンが後ずさりしたその時、部屋の扉が静かに開き、背後から「絶望」が歩いてきました。
「……おやおや、シャロン嬢。ナナシーの好意を無下にするとは、礼儀がなっていないな」
アルスター公爵が、獲物を追い詰める豹のような足取りで現れました。
彼はトレイの上のクッキーを一つつまみ上げ、シャロンの口元へ、優しく……もとい、逃げられない圧力で差し出しました。
「さあ、食べろ。……もし食べないというなら、君のその卑劣な『真心』を、君の実家の男爵家にまるごと返品してあげよう。……もちろん、不法な薬物混入の現行犯として、騎士団を同行させてな」
「あ……あ、あわわ……!」
シャロンは、アルスターの冷酷な瞳に射抜かれ、震える手でクッキーを受け取りました。
そして、涙目になりながら、自らが仕込んだ「特製クッキー」を一口、無理やり飲み込んだのです。
「……う、ううっ……。お、美味しい……ですわ……」
「あら、良かった。……あ、侍女、シャロン様をすぐにお出口へ案内して。彼女、あと300秒後には『本性を現す(お手洗いへ駆け込む)』ことになりますから。我が家の高価な絨毯を汚されては、クリーニング代だけで男爵家が破産してしまいますわ」
「ナナシー様……! ひどい、ひどすぎますわぁぁぁ!」
シャロンは腹部を押さえながら、無様な格好で部屋を飛び出していきました。
おそらく今頃、人生で最も過酷な「自分との戦い」が始まっていることでしょう。
「……ふぅ。嫌がらせのレベルが低すぎて、あくびが出そうですわ。……公爵、あなたも変なものを触らないで。知能の欠如が伝染(うつ)ったら困りますもの」
「ふっ。君のその容赦のない観察眼、今日も惚れ惚れするな。……それで、ナナシー。次は、彼女がバラ撒いた『君への不名誉な噂』を、論理の力で根絶やしにする作業を手伝わせてくれないか?」
「手伝う? いいえ、あなたが先陣を切って『死神のデマ撲滅運動』でも展開してきなさい。……私は、これから新しいお茶を淹れ直すので忙しいのですわ」
私は椅子に深く腰掛け、窓の外で転びそうになりながら走るシャロンの背中を見送りました。
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