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「……お嬢様、準備が整いました。鏡をご覧になってください。もはや、神々しすぎて直視できませんわ」
侍女の声が震えていました。
鏡の中に立っていたのは、数日前まで「地味で無能な公爵令嬢」というレッテルを貼られていた私ではありませんでした。
深い森の奥底を閉じ込めたような、艶やかなエメラルドグリーンのシルクドレス。
その上を、数千個の極小のダイヤモンドが星屑のように煌めいています。
さらに胸元には、アルスターが送ってきた伝説の秘宝「緑の深淵(アビス)」。
その輝きは、私の冷ややかな瞳をより一層鋭く、そして美しく際立たせていました。
「……ふん。悪くありませんわね。これだけの宝石をぶら下げていれば、もし会場が停電になっても、私一人で照明代わりになれそうですわ」
「お嬢様、そんな実用的な感想をおっしゃるのはお嬢様くらいですわよ」
私は扇子を手に取り、不敵な笑みを浮かべて部屋を出ました。
目指すは、この国の富と権力が集うガイスト公爵邸の豪華絢爛な大広間です。
夜会会場の扉が開かれ、私の名前が告げられた瞬間。
耳をつんざくような喧騒が、嘘のように一瞬で静まり返りました。
「……ブランドン公爵令嬢、ナナシー・ド・ブランドン様です!」
ゆっくりと大階段を下りる私の視界に、呆然と口を開けてこちらを見上げる貴族たちの姿が入ってきました。
その中には、もちろん、あの「おバカさん」と「おねだりさん」の姿も。
「な…………な……!?」
一番近くでワイングラスを落としたのは、レオナルド王子でした。
ガシャン、というマヌケな音が静寂に響きます。
彼の横にいるシャロン様は、自慢の(といっても私の古着のような)ドレスが霞んで見えるほどの私の輝きに、顔を真っ白にして震えています。
「ごきげんよう、殿下。……あら、そんなに情けないお顔をなさって、どうされましたの? もしかして、私のドレスの輝きが強すぎて、あなたの脆弱な網膜が悲鳴を上げていらっしゃいますの?」
私は階段の途中で足を止め、優雅に、そして最高に尊大なカーテシーを披露しました。
「ナ、ナナシー……!? 本当に、本当に君なのか? あの、いつも地味な茶色の服ばかり着ていた君が……!」
「地味? それは心外ですわね。以前の私は、あなたの派手で悪趣味なセンスに合わせ、周囲とのバランスを考えて『彩度を下げて』差し上げていただけですのよ。……でも、我慢はやめましたの。今の私は、自分の価値を正しく表現しているだけですわ」
私は一歩ずつ、王子たちを追い詰めるように階段を下りきりました。
「シャロン様も。……あら、その首飾り。もしかして昨日の露店で売れ残っていたガラス細工かしら? 私、そういう『チープな努力』、嫌いではありませんわよ。あなたの知能レベルには、本物の宝石よりも、その辺の石ころの方がお似合いですものね」
「……っ! な、ななな、なんて失礼な……!」
シャロンが泣きそうな声を上げましたが、周囲の貴族たちは彼女を助けようとはしませんでした。
なぜなら、今の私の背後には、この会場の主が控えているからです。
「……遅かったな、私の女神。待ちくたびれて、この会場を君の色に塗り替えてしまうところだったぞ」
背後から、漆黒の礼装に身を包んだアルスター公爵が現れました。
彼は迷いのない足取りで私に歩み寄り、全貴族の見守る中、私の手を取ってその甲に深く、熱烈な接吻を落としました。
「アルスター公爵……! 公の場で、その不必要なスキンシップはやめろと申し上げたはずですわよ。あなたの熱量は、この会場の冷房効率を著しく下げていますわ」
「ははは! 冷房など必要ない。君の冷え切った毒舌があれば、私は一生涼しく過ごせそうだ」
アルスターは私の腰を抱き寄せ、レオナルド王子を冷徹な眼差しで見下ろしました。
「殿下。紹介しましょう。……いや、紹介するまでもないな。本日この時を以て、ナナシー・ド・ブランドンは、私の公式な婚約者候補——いや、『未来の公爵夫人』として、私の隣に立つことになった」
会場に、地鳴りのようなざわめきが広がります。
レオナルド王子の顔が、屈辱と後悔で、見たこともないほど歪んでいくのを見て、私は心の底から愉快な気分になりました。
「……さて。おバカな王子様。ここからは、大人の社交界の時間ですわよ? 宿題もやってあげられない私が、あなたのその醜態をどう料理して差し上げるか……。特等席で、指をくわえて見ていらっしゃいな」
私は扇子で口元を隠し、最高の「悪役令嬢スマイル」を浮かべました。
復讐という名の夜会は、まだ始まったばかりなのです。
侍女の声が震えていました。
鏡の中に立っていたのは、数日前まで「地味で無能な公爵令嬢」というレッテルを貼られていた私ではありませんでした。
深い森の奥底を閉じ込めたような、艶やかなエメラルドグリーンのシルクドレス。
その上を、数千個の極小のダイヤモンドが星屑のように煌めいています。
さらに胸元には、アルスターが送ってきた伝説の秘宝「緑の深淵(アビス)」。
その輝きは、私の冷ややかな瞳をより一層鋭く、そして美しく際立たせていました。
「……ふん。悪くありませんわね。これだけの宝石をぶら下げていれば、もし会場が停電になっても、私一人で照明代わりになれそうですわ」
「お嬢様、そんな実用的な感想をおっしゃるのはお嬢様くらいですわよ」
私は扇子を手に取り、不敵な笑みを浮かべて部屋を出ました。
目指すは、この国の富と権力が集うガイスト公爵邸の豪華絢爛な大広間です。
夜会会場の扉が開かれ、私の名前が告げられた瞬間。
耳をつんざくような喧騒が、嘘のように一瞬で静まり返りました。
「……ブランドン公爵令嬢、ナナシー・ド・ブランドン様です!」
ゆっくりと大階段を下りる私の視界に、呆然と口を開けてこちらを見上げる貴族たちの姿が入ってきました。
その中には、もちろん、あの「おバカさん」と「おねだりさん」の姿も。
「な…………な……!?」
一番近くでワイングラスを落としたのは、レオナルド王子でした。
ガシャン、というマヌケな音が静寂に響きます。
彼の横にいるシャロン様は、自慢の(といっても私の古着のような)ドレスが霞んで見えるほどの私の輝きに、顔を真っ白にして震えています。
「ごきげんよう、殿下。……あら、そんなに情けないお顔をなさって、どうされましたの? もしかして、私のドレスの輝きが強すぎて、あなたの脆弱な網膜が悲鳴を上げていらっしゃいますの?」
私は階段の途中で足を止め、優雅に、そして最高に尊大なカーテシーを披露しました。
「ナ、ナナシー……!? 本当に、本当に君なのか? あの、いつも地味な茶色の服ばかり着ていた君が……!」
「地味? それは心外ですわね。以前の私は、あなたの派手で悪趣味なセンスに合わせ、周囲とのバランスを考えて『彩度を下げて』差し上げていただけですのよ。……でも、我慢はやめましたの。今の私は、自分の価値を正しく表現しているだけですわ」
私は一歩ずつ、王子たちを追い詰めるように階段を下りきりました。
「シャロン様も。……あら、その首飾り。もしかして昨日の露店で売れ残っていたガラス細工かしら? 私、そういう『チープな努力』、嫌いではありませんわよ。あなたの知能レベルには、本物の宝石よりも、その辺の石ころの方がお似合いですものね」
「……っ! な、ななな、なんて失礼な……!」
シャロンが泣きそうな声を上げましたが、周囲の貴族たちは彼女を助けようとはしませんでした。
なぜなら、今の私の背後には、この会場の主が控えているからです。
「……遅かったな、私の女神。待ちくたびれて、この会場を君の色に塗り替えてしまうところだったぞ」
背後から、漆黒の礼装に身を包んだアルスター公爵が現れました。
彼は迷いのない足取りで私に歩み寄り、全貴族の見守る中、私の手を取ってその甲に深く、熱烈な接吻を落としました。
「アルスター公爵……! 公の場で、その不必要なスキンシップはやめろと申し上げたはずですわよ。あなたの熱量は、この会場の冷房効率を著しく下げていますわ」
「ははは! 冷房など必要ない。君の冷え切った毒舌があれば、私は一生涼しく過ごせそうだ」
アルスターは私の腰を抱き寄せ、レオナルド王子を冷徹な眼差しで見下ろしました。
「殿下。紹介しましょう。……いや、紹介するまでもないな。本日この時を以て、ナナシー・ド・ブランドンは、私の公式な婚約者候補——いや、『未来の公爵夫人』として、私の隣に立つことになった」
会場に、地鳴りのようなざわめきが広がります。
レオナルド王子の顔が、屈辱と後悔で、見たこともないほど歪んでいくのを見て、私は心の底から愉快な気分になりました。
「……さて。おバカな王子様。ここからは、大人の社交界の時間ですわよ? 宿題もやってあげられない私が、あなたのその醜態をどう料理して差し上げるか……。特等席で、指をくわえて見ていらっしゃいな」
私は扇子で口元を隠し、最高の「悪役令嬢スマイル」を浮かべました。
復讐という名の夜会は、まだ始まったばかりなのです。
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