23 / 28
23
しおりを挟む
「な、ななな、ナナシー! 騙されるな、アルスター公爵! その女は、外面だけは良いが、中身は冷酷非道な悪女なのだぞ!」
静まり返った会場に、レオナルド王子の裏返った声が響きました。
周囲の貴族たちは、まるで珍獣を見るような目で王子を見ています。
……いえ、珍獣に対して失礼ですね。ただの「見苦しい敗北者」を見る目ですわ。
「あら、殿下。まだそこにいらっしゃったの? あまりに存在感が希薄だったので、てっきり会場の隅で埃の一部にでもなっているのかと思いましたわ」
「貴様……っ! 公爵、聞いてくれ! この女は、私の婚約者だった時、一度も私に微笑みかけず、事務的な報告ばかりを押し付けてきたのだ! 愛の欠片もない、機械のような女だぞ!」
「……。殿下、それは『愛がない』のではなく、単に私が『あなたの無能さに絶望して、感情を節約していた』だけだということに、まだお気づきになりませんの? 機械に失礼ですわよ。機械は、あなたのように同じ間違いを二度も三度も繰り返しませんもの」
私は扇子で口元を隠し、クスクスと笑いました。
すると、王子の横で震えていたシャロン様が、ついに必殺技を繰り出してきました。
そう、「嘘泣き」という名の、あまりにも安っぽい演出です。
「ううっ……。アルスター様、騙されないで……。ナナシー様は、私にもとっても怖いことをおっしゃるんですの……。私が不慣れな事務を手伝おうとした時も、『あなたの知能では、紙の無駄遣いです』なんて……。私、あんなに傷ついたの初めてですわ……!」
「あら。それは傷ついたのではなく、単に『図星を突かれて、脳が真実を拒否した』だけではありませんこと? 事実を申し上げることが罪になるなら、この国の法律は今すぐ書き直さなければなりませんわね」
「ひどい……! 皆様、見てください! この冷徹な姿を! こんな女が公爵夫人になれば、この国は……!」
シャロンが周囲の貴族たちに同意を求めるように視線を向けました。
しかし、そこで予想外の助け舟が——私ではなく、周囲から出されたのです。
「……失礼ながら、シャロン様。それは少し、見当違いというものではありませんかな?」
声を上げたのは、王国の重鎮であるバルガス伯爵でした。
「伯爵……? あなたまで、この女の肩を持つのですか!?」
「肩を持つも何も、事実を申し上げているだけです。……ナナシー様。先日のブランドン領の経営改善案、拝見いたしましたぞ。一晩で物流網を再編し、横領を根絶した手腕……。我が領地の役人たちが、爪の垢を煎じて飲みたいと申しておりました」
「まあ、伯爵。あんなものは、ただの『当たり前の整理整頓』に過ぎませんわ。……ゴミがあれば捨て、穴があれば埋める。ただそれだけのことですもの」
私は優雅に微笑みました。
続いて、別の侯爵夫人が口を開きます。
「そうですわね。レオナルド殿下、あなたが『書類仕事』と呼んで彼女に丸投げしていたものは、この国の血脈そのものでしたのよ? 彼女がいなくなってからの王宮の混乱ぶり……。私たちがどれほど迷惑を被っているか、お分かりではありませんの?」
「そ、それは……!」
「地味で無能? おかしなことを。彼女こそ、この国で最も有能で、そして……今、最も美しく輝いている女性ではありませんか」
会場中に、賛同の拍手と囁きが広がりました。
レオナルド王子とシャロン様は、まるで透明な檻に閉じ込められたように、誰からも相手にされず、ただ孤立していくばかり。
「……くっ、あああああ! 何なんだ、どいつもこいつも! ナナシー、お前が……お前がみんなを唆したんだろう!」
「唆す? そんな面倒なこと、いたしませんわ。私はただ、自分の価値を証明しただけです。……殿下。あなたが私に言った言葉、そのままお返ししますわね。……あなたは、私には『勿体なさすぎる』存在でしたのよ。……あ、もちろん、悪い意味で、ですけれど」
私が決定的な一打を浴びせると、アルスター公爵が私の肩を抱き寄せ、冷徹な一言を添えました。
「……聞こえたか、殿下。これ以上、私の婚約者を侮辱するなら、次は言葉ではなく、私の『軍』がお相手しよう。……今すぐ消えろ。この会場の空気を、これ以上汚すな」
「ひっ……! あ、あわわわ……!」
レオナルド王子は、ついに膝をつき、シャロンは腰を抜かして床にヘタリ込みました。
近衛兵たちに引きずられるようにして会場を去っていく二人の背中は、もはや物語の端役ですらありませんでした。
「……ふぅ。ようやく、不法投棄物の処理が終わりましたわね。公爵、少し喉が渇きましたわ。最高級のシャンパンをいただけますかしら? お祝いとしてね」
「ああ、いくらでも。……ナナシー。君のその『煽り』、やはり世界一だ。一生、私にだけ向けてくれないか?」
「あら、お断りですわ。あなたのそのポジティブすぎる脳内回路、私の言葉をすべて甘い囁きに変換してしまうのですもの。……やりがいがありませんわ」
私はアルスターと腕を組み、夜会の中心へと歩き出しました。
自由を手に入れた悪役令嬢は、今や誰にも邪魔されることなく、自らの道を切り拓いていくのです。
静まり返った会場に、レオナルド王子の裏返った声が響きました。
周囲の貴族たちは、まるで珍獣を見るような目で王子を見ています。
……いえ、珍獣に対して失礼ですね。ただの「見苦しい敗北者」を見る目ですわ。
「あら、殿下。まだそこにいらっしゃったの? あまりに存在感が希薄だったので、てっきり会場の隅で埃の一部にでもなっているのかと思いましたわ」
「貴様……っ! 公爵、聞いてくれ! この女は、私の婚約者だった時、一度も私に微笑みかけず、事務的な報告ばかりを押し付けてきたのだ! 愛の欠片もない、機械のような女だぞ!」
「……。殿下、それは『愛がない』のではなく、単に私が『あなたの無能さに絶望して、感情を節約していた』だけだということに、まだお気づきになりませんの? 機械に失礼ですわよ。機械は、あなたのように同じ間違いを二度も三度も繰り返しませんもの」
私は扇子で口元を隠し、クスクスと笑いました。
すると、王子の横で震えていたシャロン様が、ついに必殺技を繰り出してきました。
そう、「嘘泣き」という名の、あまりにも安っぽい演出です。
「ううっ……。アルスター様、騙されないで……。ナナシー様は、私にもとっても怖いことをおっしゃるんですの……。私が不慣れな事務を手伝おうとした時も、『あなたの知能では、紙の無駄遣いです』なんて……。私、あんなに傷ついたの初めてですわ……!」
「あら。それは傷ついたのではなく、単に『図星を突かれて、脳が真実を拒否した』だけではありませんこと? 事実を申し上げることが罪になるなら、この国の法律は今すぐ書き直さなければなりませんわね」
「ひどい……! 皆様、見てください! この冷徹な姿を! こんな女が公爵夫人になれば、この国は……!」
シャロンが周囲の貴族たちに同意を求めるように視線を向けました。
しかし、そこで予想外の助け舟が——私ではなく、周囲から出されたのです。
「……失礼ながら、シャロン様。それは少し、見当違いというものではありませんかな?」
声を上げたのは、王国の重鎮であるバルガス伯爵でした。
「伯爵……? あなたまで、この女の肩を持つのですか!?」
「肩を持つも何も、事実を申し上げているだけです。……ナナシー様。先日のブランドン領の経営改善案、拝見いたしましたぞ。一晩で物流網を再編し、横領を根絶した手腕……。我が領地の役人たちが、爪の垢を煎じて飲みたいと申しておりました」
「まあ、伯爵。あんなものは、ただの『当たり前の整理整頓』に過ぎませんわ。……ゴミがあれば捨て、穴があれば埋める。ただそれだけのことですもの」
私は優雅に微笑みました。
続いて、別の侯爵夫人が口を開きます。
「そうですわね。レオナルド殿下、あなたが『書類仕事』と呼んで彼女に丸投げしていたものは、この国の血脈そのものでしたのよ? 彼女がいなくなってからの王宮の混乱ぶり……。私たちがどれほど迷惑を被っているか、お分かりではありませんの?」
「そ、それは……!」
「地味で無能? おかしなことを。彼女こそ、この国で最も有能で、そして……今、最も美しく輝いている女性ではありませんか」
会場中に、賛同の拍手と囁きが広がりました。
レオナルド王子とシャロン様は、まるで透明な檻に閉じ込められたように、誰からも相手にされず、ただ孤立していくばかり。
「……くっ、あああああ! 何なんだ、どいつもこいつも! ナナシー、お前が……お前がみんなを唆したんだろう!」
「唆す? そんな面倒なこと、いたしませんわ。私はただ、自分の価値を証明しただけです。……殿下。あなたが私に言った言葉、そのままお返ししますわね。……あなたは、私には『勿体なさすぎる』存在でしたのよ。……あ、もちろん、悪い意味で、ですけれど」
私が決定的な一打を浴びせると、アルスター公爵が私の肩を抱き寄せ、冷徹な一言を添えました。
「……聞こえたか、殿下。これ以上、私の婚約者を侮辱するなら、次は言葉ではなく、私の『軍』がお相手しよう。……今すぐ消えろ。この会場の空気を、これ以上汚すな」
「ひっ……! あ、あわわわ……!」
レオナルド王子は、ついに膝をつき、シャロンは腰を抜かして床にヘタリ込みました。
近衛兵たちに引きずられるようにして会場を去っていく二人の背中は、もはや物語の端役ですらありませんでした。
「……ふぅ。ようやく、不法投棄物の処理が終わりましたわね。公爵、少し喉が渇きましたわ。最高級のシャンパンをいただけますかしら? お祝いとしてね」
「ああ、いくらでも。……ナナシー。君のその『煽り』、やはり世界一だ。一生、私にだけ向けてくれないか?」
「あら、お断りですわ。あなたのそのポジティブすぎる脳内回路、私の言葉をすべて甘い囁きに変換してしまうのですもの。……やりがいがありませんわ」
私はアルスターと腕を組み、夜会の中心へと歩き出しました。
自由を手に入れた悪役令嬢は、今や誰にも邪魔されることなく、自らの道を切り拓いていくのです。
1
あなたにおすすめの小説
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
『呪いのせいで愛妻家になった公爵様は、もう冷徹を名乗れない(天然妻は気づかない)』
星乃和花
恋愛
【完結済:全20話+番外3話+@】
「冷徹公爵」と呼ばれるレオンハルトが、ある日突然“愛妻家”に豹変――原因は、妻リリアにだけ発動する呪いだった。
手を離せない、目を逸らせない、褒めたくなる、守りたくなる……止まれない溺愛が暴走するのに、当のリリアは「熱(体調不良)」と心配または「治安ですね」と天然で受け流すばかり。
借金を理由に始まった契約結婚(恋愛なし)だったはずなのにーー??
そんなふたりの恋は愉快な王都を舞台に、屋敷でも社交界でも面白……ゆるふわ熱烈に見守られる流れに。
甘々・溺愛・コメディ全振り!
“呪いのせい”から始まった愛が、最後は“意思”になる、にやにや必至の夫婦ラブファンタジー。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる