婚約破棄?望むところですわ!悪役令嬢の爆走?

八雲

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
ガタゴトと馬車に揺られること、はや数日。
窓の外の景色は、鮮やかな緑から、刺すような白銀の世界へと変わっていました。

「……寒いわね。いえ、涼しいと言っておきましょうかしら」

私は馬車の中で、厚手の毛布にくるまりながら、王都では決して許されなかった「行儀の悪い姿勢」で座っていました。
手には、途中の村で購入した少し硬めの干し肉。
淑女が人前で干し肉を齧るなど、以前の私なら考えられませんでしたが、今はこれが最高のご馳走です。

(ああ、誰の目も気にしなくていいって素晴らしいわ!)

ふと窓の外を見ると、前方になにやら巨大な影が見えました。
漆黒の石造りの城。あれこそが、今回の目的地であるクロムウェル城でしょう。

しかし、城へ続く一本道で、馬車が急停止しました。

「な、なんだ!? おい、どいてくれ! 通れないじゃないか!」

御者の怯えたような叫び声が聞こえます。
私は不思議に思い、馬車の扉を勢いよく開けました。

「どうしましたの? 道に大きな岩でも落ちて……あら?」

視線の先にいたのは、岩ではなく、一人の男でした。

漆黒の外套を羽織り、雪の中にすっくと立つその姿。
背中には、人の身の丈ほどもある巨大な大剣を背負っています。
風に舞う髪は夜の闇よりも深く、こちらを射抜くような鋭い瞳は、凍てつく冬の湖のような青色でした。

(……デカい。そして、ものすごく怖いですわね)

彼こそが、この領地の主であり、「氷の死神」と恐れられるアルスター・クロムウェル辺境伯に違いありません。
彼は無言のまま、じっとこちらの馬車を見つめています。
そのあまりの威圧感に、御者はガタガタと震えて座席から転げ落ちそうになっていました。

「ひいぃっ! 死神だ……死神が出たぞ……!」

「ちょっと、失礼ね。死神さんがわざわざ道端で立ち往生しているわけがないでしょう?」

私は馬車から飛び降りると、雪に足を取られそうになりながらも、男の前まで歩み寄りました。
男はピクリとも動かず、ただ私を見下ろしています。
その距離、わずか二メートル。
近くで見ると、その顔打ちは驚くほど整っていましたが、表情が一切ありません。

「ごきげんよう、辺境伯様。アルトハイム公爵家が長女、ダリアでございますわ。お出迎え、恐悦至極に存じます」

私が優雅に(雪の上なので少しフラつきながら)カーテシーを披露しても、男は無言でした。
ただ、じーーっと私を見つめるだけです。

「……」

「……あ、あの、何かおっしゃっていただかないと、こちらの御者が恐怖で心臓を止めてしまいそうなのですけれど?」

「……」

男はさらに眉間にシワを寄せました。
その瞬間、周囲の空気がさらに冷え込んだような気がしました。
これがいわゆる「殺気」というやつかしら、と私は冷静に分析します。

(なるほど。噂通りの冷徹さですわね。一言も発さずに相手を屈服させるスタイルかしら?)

しかし、私は負けません。
王都で鍛えられた鋼のメンタルと、自由への渇望があるのです。

「黙っていれば私が怖がって逃げ出すとお思い? 残念ながら、私、先日の婚約破棄騒動で羞恥心も恐怖心もどこかへ置いてきてしまいましたの。お話ができないのでしたら、筆談でもなさいますか?」

私が皮肉たっぷりに微笑むと、男の肩がビクリと震えました。
そして、彼はゆっくりと口を開きました。

「…………き」

「き?」

「………………きた」

「来た? ええ、来ましたわ。約束通り。お父様からの手紙は届いておりますでしょう?」

「………………」

男は再び沈黙に陥りました。
ですが、よく見ると彼の耳の先が、寒さのせいか、それとも別の理由か、ほんのりと赤くなっているような……?

「……くる、とは……おもわ、なかった……」

蚊の鳴くような、掠れた声。
先ほどの威圧感からは想像もできないほど、自信なさげな響きでした。

「あら、意外とお声が小さいのね。聞こえなくてよ? それとも、私のような『悪役令嬢』が本当にここへ来るとは思っていなかったのかしら?」

「…………ちがう」

「何が違うのです?」

「………………き、きれい、すぎて……どう、すれば……」

「はい?」

今、この「死神」は何と言いましたかしら。
綺麗すぎて、どうすれば?

私が聞き返そうとした瞬間、男はバッと顔を背け、大股で城の方へと歩き去ってしまいました。
その後ろ姿は、まるで獲物から逃げ出す小動物のような……いえ、そんなはずはありませんわね。

「ちょっと! 待ってくださいませ! お客様を置いていくなんて、どんな教育を受けていらしたの!?」

私は慌てて彼の後を追いました。
雪道を爆走する元・公爵令嬢と、それを無言で(実はテンパりながら)引き離そうとする辺境伯。

どうやら、私の新生活は、想像していたよりもずっと「騒がしい」ものになりそうです。

(ま、退屈よりはマシですわね!)

私は雪を蹴散らしながら、これから始まる辺境での日々を思い、口角を吊り上げました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

妹のために愛の無い結婚をすることになりました

バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」 愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。 婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。 私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。 落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。 思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

離縁された悪妻の肩書きに縛られて生きてきましたが、私に流れる高貴な血が正義と幸せな再婚を運んできてくれるようです

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・虐げられた嫁・ハピエン・ざまぁモノ・クズな元夫】 (※完結保証)  ハンナは離縁された悪妻のレッテルを貼られていた。理由は嫁ぎ先のマクリーン子爵家の財産に手を付け、政治犯を匿ったからだという。  一部は事実だったが、それにはハンナなりの理由がちゃんとあった。  ハンナにそれでも自分を大切にしてくれた人への感謝を忘れず健気に暮らしていたのだが、今度は元夫が、「新しい妻が欲しがるから」という理由で、ハンナが皇帝殿下から賜った由緒正しい指輪を奪っていってしまった。  しかし、これには皇帝殿下がブチ切れた!  皇帝殿下がこの指輪を私に授けたのには意味があったのだ。  私に流れるかつての偉大な女帝の血。  女帝に敬意を表さない者に、罰が下される――。  短め連載です(3万字程度)。設定ゆるいです。  お気軽に読みに来ていただけたらありがたいです!!  他サイト様にも投稿しております。

処理中です...