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ガタゴトと馬車に揺られること、はや数日。
窓の外の景色は、鮮やかな緑から、刺すような白銀の世界へと変わっていました。
「……寒いわね。いえ、涼しいと言っておきましょうかしら」
私は馬車の中で、厚手の毛布にくるまりながら、王都では決して許されなかった「行儀の悪い姿勢」で座っていました。
手には、途中の村で購入した少し硬めの干し肉。
淑女が人前で干し肉を齧るなど、以前の私なら考えられませんでしたが、今はこれが最高のご馳走です。
(ああ、誰の目も気にしなくていいって素晴らしいわ!)
ふと窓の外を見ると、前方になにやら巨大な影が見えました。
漆黒の石造りの城。あれこそが、今回の目的地であるクロムウェル城でしょう。
しかし、城へ続く一本道で、馬車が急停止しました。
「な、なんだ!? おい、どいてくれ! 通れないじゃないか!」
御者の怯えたような叫び声が聞こえます。
私は不思議に思い、馬車の扉を勢いよく開けました。
「どうしましたの? 道に大きな岩でも落ちて……あら?」
視線の先にいたのは、岩ではなく、一人の男でした。
漆黒の外套を羽織り、雪の中にすっくと立つその姿。
背中には、人の身の丈ほどもある巨大な大剣を背負っています。
風に舞う髪は夜の闇よりも深く、こちらを射抜くような鋭い瞳は、凍てつく冬の湖のような青色でした。
(……デカい。そして、ものすごく怖いですわね)
彼こそが、この領地の主であり、「氷の死神」と恐れられるアルスター・クロムウェル辺境伯に違いありません。
彼は無言のまま、じっとこちらの馬車を見つめています。
そのあまりの威圧感に、御者はガタガタと震えて座席から転げ落ちそうになっていました。
「ひいぃっ! 死神だ……死神が出たぞ……!」
「ちょっと、失礼ね。死神さんがわざわざ道端で立ち往生しているわけがないでしょう?」
私は馬車から飛び降りると、雪に足を取られそうになりながらも、男の前まで歩み寄りました。
男はピクリとも動かず、ただ私を見下ろしています。
その距離、わずか二メートル。
近くで見ると、その顔打ちは驚くほど整っていましたが、表情が一切ありません。
「ごきげんよう、辺境伯様。アルトハイム公爵家が長女、ダリアでございますわ。お出迎え、恐悦至極に存じます」
私が優雅に(雪の上なので少しフラつきながら)カーテシーを披露しても、男は無言でした。
ただ、じーーっと私を見つめるだけです。
「……」
「……あ、あの、何かおっしゃっていただかないと、こちらの御者が恐怖で心臓を止めてしまいそうなのですけれど?」
「……」
男はさらに眉間にシワを寄せました。
その瞬間、周囲の空気がさらに冷え込んだような気がしました。
これがいわゆる「殺気」というやつかしら、と私は冷静に分析します。
(なるほど。噂通りの冷徹さですわね。一言も発さずに相手を屈服させるスタイルかしら?)
しかし、私は負けません。
王都で鍛えられた鋼のメンタルと、自由への渇望があるのです。
「黙っていれば私が怖がって逃げ出すとお思い? 残念ながら、私、先日の婚約破棄騒動で羞恥心も恐怖心もどこかへ置いてきてしまいましたの。お話ができないのでしたら、筆談でもなさいますか?」
私が皮肉たっぷりに微笑むと、男の肩がビクリと震えました。
そして、彼はゆっくりと口を開きました。
「…………き」
「き?」
「………………きた」
「来た? ええ、来ましたわ。約束通り。お父様からの手紙は届いておりますでしょう?」
「………………」
男は再び沈黙に陥りました。
ですが、よく見ると彼の耳の先が、寒さのせいか、それとも別の理由か、ほんのりと赤くなっているような……?
「……くる、とは……おもわ、なかった……」
蚊の鳴くような、掠れた声。
先ほどの威圧感からは想像もできないほど、自信なさげな響きでした。
「あら、意外とお声が小さいのね。聞こえなくてよ? それとも、私のような『悪役令嬢』が本当にここへ来るとは思っていなかったのかしら?」
「…………ちがう」
「何が違うのです?」
「………………き、きれい、すぎて……どう、すれば……」
「はい?」
今、この「死神」は何と言いましたかしら。
綺麗すぎて、どうすれば?
私が聞き返そうとした瞬間、男はバッと顔を背け、大股で城の方へと歩き去ってしまいました。
その後ろ姿は、まるで獲物から逃げ出す小動物のような……いえ、そんなはずはありませんわね。
「ちょっと! 待ってくださいませ! お客様を置いていくなんて、どんな教育を受けていらしたの!?」
私は慌てて彼の後を追いました。
雪道を爆走する元・公爵令嬢と、それを無言で(実はテンパりながら)引き離そうとする辺境伯。
どうやら、私の新生活は、想像していたよりもずっと「騒がしい」ものになりそうです。
(ま、退屈よりはマシですわね!)
私は雪を蹴散らしながら、これから始まる辺境での日々を思い、口角を吊り上げました。
窓の外の景色は、鮮やかな緑から、刺すような白銀の世界へと変わっていました。
「……寒いわね。いえ、涼しいと言っておきましょうかしら」
私は馬車の中で、厚手の毛布にくるまりながら、王都では決して許されなかった「行儀の悪い姿勢」で座っていました。
手には、途中の村で購入した少し硬めの干し肉。
淑女が人前で干し肉を齧るなど、以前の私なら考えられませんでしたが、今はこれが最高のご馳走です。
(ああ、誰の目も気にしなくていいって素晴らしいわ!)
ふと窓の外を見ると、前方になにやら巨大な影が見えました。
漆黒の石造りの城。あれこそが、今回の目的地であるクロムウェル城でしょう。
しかし、城へ続く一本道で、馬車が急停止しました。
「な、なんだ!? おい、どいてくれ! 通れないじゃないか!」
御者の怯えたような叫び声が聞こえます。
私は不思議に思い、馬車の扉を勢いよく開けました。
「どうしましたの? 道に大きな岩でも落ちて……あら?」
視線の先にいたのは、岩ではなく、一人の男でした。
漆黒の外套を羽織り、雪の中にすっくと立つその姿。
背中には、人の身の丈ほどもある巨大な大剣を背負っています。
風に舞う髪は夜の闇よりも深く、こちらを射抜くような鋭い瞳は、凍てつく冬の湖のような青色でした。
(……デカい。そして、ものすごく怖いですわね)
彼こそが、この領地の主であり、「氷の死神」と恐れられるアルスター・クロムウェル辺境伯に違いありません。
彼は無言のまま、じっとこちらの馬車を見つめています。
そのあまりの威圧感に、御者はガタガタと震えて座席から転げ落ちそうになっていました。
「ひいぃっ! 死神だ……死神が出たぞ……!」
「ちょっと、失礼ね。死神さんがわざわざ道端で立ち往生しているわけがないでしょう?」
私は馬車から飛び降りると、雪に足を取られそうになりながらも、男の前まで歩み寄りました。
男はピクリとも動かず、ただ私を見下ろしています。
その距離、わずか二メートル。
近くで見ると、その顔打ちは驚くほど整っていましたが、表情が一切ありません。
「ごきげんよう、辺境伯様。アルトハイム公爵家が長女、ダリアでございますわ。お出迎え、恐悦至極に存じます」
私が優雅に(雪の上なので少しフラつきながら)カーテシーを披露しても、男は無言でした。
ただ、じーーっと私を見つめるだけです。
「……」
「……あ、あの、何かおっしゃっていただかないと、こちらの御者が恐怖で心臓を止めてしまいそうなのですけれど?」
「……」
男はさらに眉間にシワを寄せました。
その瞬間、周囲の空気がさらに冷え込んだような気がしました。
これがいわゆる「殺気」というやつかしら、と私は冷静に分析します。
(なるほど。噂通りの冷徹さですわね。一言も発さずに相手を屈服させるスタイルかしら?)
しかし、私は負けません。
王都で鍛えられた鋼のメンタルと、自由への渇望があるのです。
「黙っていれば私が怖がって逃げ出すとお思い? 残念ながら、私、先日の婚約破棄騒動で羞恥心も恐怖心もどこかへ置いてきてしまいましたの。お話ができないのでしたら、筆談でもなさいますか?」
私が皮肉たっぷりに微笑むと、男の肩がビクリと震えました。
そして、彼はゆっくりと口を開きました。
「…………き」
「き?」
「………………きた」
「来た? ええ、来ましたわ。約束通り。お父様からの手紙は届いておりますでしょう?」
「………………」
男は再び沈黙に陥りました。
ですが、よく見ると彼の耳の先が、寒さのせいか、それとも別の理由か、ほんのりと赤くなっているような……?
「……くる、とは……おもわ、なかった……」
蚊の鳴くような、掠れた声。
先ほどの威圧感からは想像もできないほど、自信なさげな響きでした。
「あら、意外とお声が小さいのね。聞こえなくてよ? それとも、私のような『悪役令嬢』が本当にここへ来るとは思っていなかったのかしら?」
「…………ちがう」
「何が違うのです?」
「………………き、きれい、すぎて……どう、すれば……」
「はい?」
今、この「死神」は何と言いましたかしら。
綺麗すぎて、どうすれば?
私が聞き返そうとした瞬間、男はバッと顔を背け、大股で城の方へと歩き去ってしまいました。
その後ろ姿は、まるで獲物から逃げ出す小動物のような……いえ、そんなはずはありませんわね。
「ちょっと! 待ってくださいませ! お客様を置いていくなんて、どんな教育を受けていらしたの!?」
私は慌てて彼の後を追いました。
雪道を爆走する元・公爵令嬢と、それを無言で(実はテンパりながら)引き離そうとする辺境伯。
どうやら、私の新生活は、想像していたよりもずっと「騒がしい」ものになりそうです。
(ま、退屈よりはマシですわね!)
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