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クロムウェル城の内部は、外観に違わず質実剛健を絵に描いたような場所でした。
華美な装飾は一切なく、あるのは頑丈そうな石壁と、申し訳程度の燭台だけ。
「……監獄の間違いではありませんわよね?」
私が独り言をこぼすと、案内をしていた老執事がビクリと肩を揺らしました。
名をボリスというその執事は、先ほどから私の顔をまともに見ようとしません。
「も、申し訳ございません。当主様が華やかなものを好まれませんので。ダリア様、こちらがお客様の居室になります」
案内された部屋は、広さだけは十分でしたが、やはり殺風景。
私はため息をつきながら、持ってきたカバンをベッドに放り投げました。
「ボリス。一つ伺いたいのですけれど。先ほど道端で私を放置して逃げ出したあのご当主様は、今どこにいらっしゃいますの?」
「あ、あのお方は、その……今、執務室にて……精神を統一されておられるかと」
「精神統一? 仕事をサボっているわけではなくて?」
「め、滅相もございません! 旦那様は非常に厳格なお方で、その鋭い眼光は敵を射抜き、無言の威圧感は熟練の騎士ですら失神させると恐れられているのですぞ!」
(……さっきの様子を見る限り、ただテンパっていただけにしか見えませんでしたけれど)
私は確信を得るため、ボリスの静止を振り切って執務室へと向かいました。
礼儀? マナー? そんなものは王都のどぶ川に流してきましたわ。
今の私は、不当に放置されたことへの「苦情」を言いに来た一市民に過ぎません。
バァン!
と景気よく扉を開けると、そこには机に向かって石像のように固まっているアルスター様の姿がありました。
「辺境伯様。お話がございますわ」
「…………っ!」
私が声をかけた瞬間、アルスター様は跳ね上がるように立ち上がりました。
そして、例の「凍てつく冬の湖」のような瞳で私を睨みつけます。
「……なに、を……」
「何をも何もありませんわ。客人を雪の中に置き去りにするなんて、王都の礼儀作法を学ばなかったとしても、人間としてどうかと思いますの。まずは謝罪をいただきたいですわね」
私がずいずいと歩み寄ると、アルスター様は一歩、また一歩と後ずさりしました。
最後には壁に背中をぶつけ、逃げ場を失っています。
その顔は相変わらず怖いのですが、よく見ると瞳が泳ぎまくっています。
「…………き、きこえ……ない……」
「は?」
「……こえが……ちいさく……なって、しまう……」
彼は俯き、消え入りそうな声で白状しました。
私は耳を疑いました。
周囲から「氷の死神」と恐れられ、その沈黙は相手の罪を数えているからだと言われていた男が。
「まさか……あなた、ただの『極度のコミュ障』ですの?」
「……こ、こみゅ……?」
「対人恐怖症、あるいは喋るのが致命的に苦手だ、ということですわ!」
私の指摘に、アルスター様は図星を突かれたのか、バッと顔を両手で覆いました。
そのままズルズルと床にへたり込み、背中を丸めて震えています。
「…………みないで、くれ……」
「…………」
絶句。
これが、ジュリアン様が「北の死神に食われてしまえ」と私を追放した相手の正体です。
私は深く、深ーくため息をつきました。
「……ボリス。ボリスはいますか?」
扉の外でオロオロしていた老執事が、ひょいと顔を出しました。
「は、はい! やはり旦那様の殺気に耐えられませんでしたか!?」
「いいえ。殺気ではなく、この方の『あまりの情けなさ』に目眩がしただけですわ。……ボリス、この城に事務官はどれくらいいますの?」
「え? あ、いえ……旦那様が怖すぎて誰も定着せず、今は私と旦那様でなんとか……」
「はぁぁぁぁぁ!?」
私は頭を抱えました。
この広大な領地を、コミュ障の主と老執事の二人で回している?
王宮の事務作業を一人で牛耳っていた私からすれば、それは自殺行為にも等しい愚行です。
「……いいですか、アルスター様。顔を上げてください」
「…………むりだ」
「無理ではありません! 命令です。顔を上げなさい!」
私が公爵令嬢時代に培った「有無を言わせぬ圧」を込めて言い放つと、彼はビクッとして、恐る恐る指の間からこちらを覗き見ました。
「私、決めましたわ。私をここへ追放したあのバカ王子への復讐として、私はこの領地を世界で一番豊かな場所にしてみせます。そしてあなたは、そのための『置物』として機能していただきますわ」
「……おき、もの……?」
「ええ。あなたはただ黙って、怖い顔をしてそこに座っていればよろしいの。喋る必要もありません。折衝も、書類作成も、領民への指示も、すべて私が代行いたします」
私は彼の机の上に、ガシャンと私物の羽根ペンを置きました。
「今日から私が、あなたの『口』であり『脳』になります。文句はありますか?」
「………………」
アルスター様は呆然と私を見上げました。
そして、ほんの少しだけ口端を震わせ、今度ははっきりと聞こえる声で言いました。
「…………た、たすかる」
「敬語を使いなさい。それと、返事は『はい、お嬢様』ですわよ」
「……は、はい……おじょう、さま……」
こうして、私と「死神」の奇妙な共同生活が始まりました。
悪役令嬢、辺境伯領の真の支配者(事務全般)への就任。
王都の皆様、私がいないことで城がパンクしている頃でしょうけれど……私はこちらで、可愛い「大型犬」の飼育を始めることにいたしますわ!
華美な装飾は一切なく、あるのは頑丈そうな石壁と、申し訳程度の燭台だけ。
「……監獄の間違いではありませんわよね?」
私が独り言をこぼすと、案内をしていた老執事がビクリと肩を揺らしました。
名をボリスというその執事は、先ほどから私の顔をまともに見ようとしません。
「も、申し訳ございません。当主様が華やかなものを好まれませんので。ダリア様、こちらがお客様の居室になります」
案内された部屋は、広さだけは十分でしたが、やはり殺風景。
私はため息をつきながら、持ってきたカバンをベッドに放り投げました。
「ボリス。一つ伺いたいのですけれど。先ほど道端で私を放置して逃げ出したあのご当主様は、今どこにいらっしゃいますの?」
「あ、あのお方は、その……今、執務室にて……精神を統一されておられるかと」
「精神統一? 仕事をサボっているわけではなくて?」
「め、滅相もございません! 旦那様は非常に厳格なお方で、その鋭い眼光は敵を射抜き、無言の威圧感は熟練の騎士ですら失神させると恐れられているのですぞ!」
(……さっきの様子を見る限り、ただテンパっていただけにしか見えませんでしたけれど)
私は確信を得るため、ボリスの静止を振り切って執務室へと向かいました。
礼儀? マナー? そんなものは王都のどぶ川に流してきましたわ。
今の私は、不当に放置されたことへの「苦情」を言いに来た一市民に過ぎません。
バァン!
と景気よく扉を開けると、そこには机に向かって石像のように固まっているアルスター様の姿がありました。
「辺境伯様。お話がございますわ」
「…………っ!」
私が声をかけた瞬間、アルスター様は跳ね上がるように立ち上がりました。
そして、例の「凍てつく冬の湖」のような瞳で私を睨みつけます。
「……なに、を……」
「何をも何もありませんわ。客人を雪の中に置き去りにするなんて、王都の礼儀作法を学ばなかったとしても、人間としてどうかと思いますの。まずは謝罪をいただきたいですわね」
私がずいずいと歩み寄ると、アルスター様は一歩、また一歩と後ずさりしました。
最後には壁に背中をぶつけ、逃げ場を失っています。
その顔は相変わらず怖いのですが、よく見ると瞳が泳ぎまくっています。
「…………き、きこえ……ない……」
「は?」
「……こえが……ちいさく……なって、しまう……」
彼は俯き、消え入りそうな声で白状しました。
私は耳を疑いました。
周囲から「氷の死神」と恐れられ、その沈黙は相手の罪を数えているからだと言われていた男が。
「まさか……あなた、ただの『極度のコミュ障』ですの?」
「……こ、こみゅ……?」
「対人恐怖症、あるいは喋るのが致命的に苦手だ、ということですわ!」
私の指摘に、アルスター様は図星を突かれたのか、バッと顔を両手で覆いました。
そのままズルズルと床にへたり込み、背中を丸めて震えています。
「…………みないで、くれ……」
「…………」
絶句。
これが、ジュリアン様が「北の死神に食われてしまえ」と私を追放した相手の正体です。
私は深く、深ーくため息をつきました。
「……ボリス。ボリスはいますか?」
扉の外でオロオロしていた老執事が、ひょいと顔を出しました。
「は、はい! やはり旦那様の殺気に耐えられませんでしたか!?」
「いいえ。殺気ではなく、この方の『あまりの情けなさ』に目眩がしただけですわ。……ボリス、この城に事務官はどれくらいいますの?」
「え? あ、いえ……旦那様が怖すぎて誰も定着せず、今は私と旦那様でなんとか……」
「はぁぁぁぁぁ!?」
私は頭を抱えました。
この広大な領地を、コミュ障の主と老執事の二人で回している?
王宮の事務作業を一人で牛耳っていた私からすれば、それは自殺行為にも等しい愚行です。
「……いいですか、アルスター様。顔を上げてください」
「…………むりだ」
「無理ではありません! 命令です。顔を上げなさい!」
私が公爵令嬢時代に培った「有無を言わせぬ圧」を込めて言い放つと、彼はビクッとして、恐る恐る指の間からこちらを覗き見ました。
「私、決めましたわ。私をここへ追放したあのバカ王子への復讐として、私はこの領地を世界で一番豊かな場所にしてみせます。そしてあなたは、そのための『置物』として機能していただきますわ」
「……おき、もの……?」
「ええ。あなたはただ黙って、怖い顔をしてそこに座っていればよろしいの。喋る必要もありません。折衝も、書類作成も、領民への指示も、すべて私が代行いたします」
私は彼の机の上に、ガシャンと私物の羽根ペンを置きました。
「今日から私が、あなたの『口』であり『脳』になります。文句はありますか?」
「………………」
アルスター様は呆然と私を見上げました。
そして、ほんの少しだけ口端を震わせ、今度ははっきりと聞こえる声で言いました。
「…………た、たすかる」
「敬語を使いなさい。それと、返事は『はい、お嬢様』ですわよ」
「……は、はい……おじょう、さま……」
こうして、私と「死神」の奇妙な共同生活が始まりました。
悪役令嬢、辺境伯領の真の支配者(事務全般)への就任。
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