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「……ボリス。この『道路修繕費』の項目、誰が担当していますの?」
執務室に私の冷ややかな声が響きました。
辺境伯領に来て三日。私は不眠不休(と言いつつしっかり八時間睡眠は確保していますが)で、過去五年分の帳簿を洗い出していました。
「ええと、それは徴税官のバートン男爵ですが……。何か問題でも?」
ボリスが首を傾げます。
私は手元の書類をパサリと放り投げ、扇で自分の顎を叩きました。
「問題しかありませんわ。この五年で修繕されたはずの街道、私は馬車で通ってきましたけれど、あちこち穴だらけでしたわよ? その割に、支出されている金額は王都の一等地を金箔で埋め尽くせるほど。……これを『計算ミス』で済ませるなら、私は今すぐ算術の教科書を焚き火にくべますわ」
その時、タイミングよく執務室の重厚な扉が開きました。
現れたのは、これ見よがしに豪華な刺繍の入った服を着た、小太りの男。彼こそがバートン男爵でした。
「おやおや、旦那様。新しい愛人……おっと、事務員を雇われたとか? ご挨拶に伺いましたぞ」
バートン男爵は、部屋の隅で「死神」モードになっているアルスター様をチラリと見て、鼻で笑いました。
アルスター様は相変わらず、緊張で顔が引き攣り、凄まじい殺気を放っています。
「…………っ」
「はっはっは! 旦那様、そんなに睨まないでください。今日もいつもの『活動報告書』を持ってきましたよ。これにサインをいただければ、私はすぐに失礼しますので」
バートン男爵は、アルスター様が喋れないのをいいことに、不敬な態度で書類を机に置きました。
アルスター様が困ったように私に視線を送ります。
その瞳には「助けて、ダリア嬢」と書いてありました。
「ちょっとよろしいかしら、バートン男爵?」
私は極上の微笑みを浮かべて立ち上がりました。
「……何かな、お嬢さん。お遊びの時間は終わりだ。旦那様は忙しいのだよ」
「ええ、本当に忙しい方ですわ。あなたの『横領』の証拠をまとめる作業で、ね」
部屋の空気が、一瞬で凍りつきました。
バートン男爵の顔から余裕が消え、頬がピクリと痙攣します。
「な、何を馬鹿なことを……! 証拠だと? そんなものがあるはずが……」
「あら、意外と自信満々ですのね。この領地の帳簿、あまりにも杜撰すぎて私、逆に感動してしまいましたわ。架空の業者への支払い、市場価格の三倍で計上された資材費。極め付けは、このサインですわ」
私はバートン男爵が持ってきた書類を指差しました。
「これ、アルスター様の筆跡を真似た偽物(フェイク)でしょう? あの方、緊張すると筆圧が強くなって、紙の裏まで跡が残るんですの。こんな『なよなよした線』、アルスター様が書くはずありませんわ」
「…………そ、そうだ」
アルスター様が、ここぞとばかりに低い声で相槌を打ちました。
実際は「え、俺の筆跡そんなに特徴あるの?」という驚きの声でしたが、バートン男爵には死神の宣告に聞こえたようです。
「ひ……ひぃ! め、滅相もない! それは何かの間違いで……」
「間違いですって? 男爵、私の実家はアルトハイム公爵家ですわ。王宮の予算監査を三年連続でノーミスで通した私を相手に、その程度の誤魔化しが通用するとお思いで?」
私は一歩、彼に歩み寄りました。
「あなたの私財を差し押さえ、これまでの横領額を全額返済していただきます。拒否なさるなら、今すぐあちらの辺境伯様に『処刑の相談』をいたしますけれど、いかがかしら?」
「………………」
アルスター様が、ゆっくりと腰の大剣に手をかけました。
(※実は、座りっぱなしで腰が痛かったのでストレッチをしようとしただけです)
「ぎゃああああ! 申し訳ございません! お許しを! 全額返します! 家も土地も売りますから、命だけはぁぁ!」
バートン男爵は、文字通り脱兎のごとく部屋から逃げ出していきました。
後には、彼が落としていったカツラと、静寂だけが残りました。
「……ふぅ。お掃除完了ですわね」
私は優雅に椅子に座り直し、お茶を一口啜りました。
アルスター様は、大剣から手を離し、呆然と私を見ていました。
「…………すご、い」
「何がですの? あんな小物、ジュリアン様の浮気相手の言い訳を論破するより簡単でしたわ」
「…………だりあ。おまえ、こわい」
「あら、最高の褒め言葉ですわね。これからも、あなたの後ろでたっぷりと怖い思いをさせて差し上げますわ」
私がいたずらっぽく笑うと、アルスター様は顔を真っ赤にして俯いてしまいました。
その様子を見ていたボリスが、涙を流しながら拍手をしています。
「素晴らしい! ダリア様、あなたはまさに、この領地の女神……いえ、女帝です!」
「女帝なんて、人聞きが悪いですわ。私はただの、仕事ができる悪役令嬢ですもの」
こうして、領地の膿が一つ、鮮やかに取り除かれました。
しかし、これで終わりではありません。
王都では、私が作成していた「魔法騎士団の遠征計画書」が未完成のまま放置されているはず。
そろそろ、あのナルシスト王子が悲鳴を上げ始める頃かしら?
私は窓の外に広がる雪景色を眺めながら、最高に邪悪な、いえ、華やかな笑みを浮かべるのでした。
執務室に私の冷ややかな声が響きました。
辺境伯領に来て三日。私は不眠不休(と言いつつしっかり八時間睡眠は確保していますが)で、過去五年分の帳簿を洗い出していました。
「ええと、それは徴税官のバートン男爵ですが……。何か問題でも?」
ボリスが首を傾げます。
私は手元の書類をパサリと放り投げ、扇で自分の顎を叩きました。
「問題しかありませんわ。この五年で修繕されたはずの街道、私は馬車で通ってきましたけれど、あちこち穴だらけでしたわよ? その割に、支出されている金額は王都の一等地を金箔で埋め尽くせるほど。……これを『計算ミス』で済ませるなら、私は今すぐ算術の教科書を焚き火にくべますわ」
その時、タイミングよく執務室の重厚な扉が開きました。
現れたのは、これ見よがしに豪華な刺繍の入った服を着た、小太りの男。彼こそがバートン男爵でした。
「おやおや、旦那様。新しい愛人……おっと、事務員を雇われたとか? ご挨拶に伺いましたぞ」
バートン男爵は、部屋の隅で「死神」モードになっているアルスター様をチラリと見て、鼻で笑いました。
アルスター様は相変わらず、緊張で顔が引き攣り、凄まじい殺気を放っています。
「…………っ」
「はっはっは! 旦那様、そんなに睨まないでください。今日もいつもの『活動報告書』を持ってきましたよ。これにサインをいただければ、私はすぐに失礼しますので」
バートン男爵は、アルスター様が喋れないのをいいことに、不敬な態度で書類を机に置きました。
アルスター様が困ったように私に視線を送ります。
その瞳には「助けて、ダリア嬢」と書いてありました。
「ちょっとよろしいかしら、バートン男爵?」
私は極上の微笑みを浮かべて立ち上がりました。
「……何かな、お嬢さん。お遊びの時間は終わりだ。旦那様は忙しいのだよ」
「ええ、本当に忙しい方ですわ。あなたの『横領』の証拠をまとめる作業で、ね」
部屋の空気が、一瞬で凍りつきました。
バートン男爵の顔から余裕が消え、頬がピクリと痙攣します。
「な、何を馬鹿なことを……! 証拠だと? そんなものがあるはずが……」
「あら、意外と自信満々ですのね。この領地の帳簿、あまりにも杜撰すぎて私、逆に感動してしまいましたわ。架空の業者への支払い、市場価格の三倍で計上された資材費。極め付けは、このサインですわ」
私はバートン男爵が持ってきた書類を指差しました。
「これ、アルスター様の筆跡を真似た偽物(フェイク)でしょう? あの方、緊張すると筆圧が強くなって、紙の裏まで跡が残るんですの。こんな『なよなよした線』、アルスター様が書くはずありませんわ」
「…………そ、そうだ」
アルスター様が、ここぞとばかりに低い声で相槌を打ちました。
実際は「え、俺の筆跡そんなに特徴あるの?」という驚きの声でしたが、バートン男爵には死神の宣告に聞こえたようです。
「ひ……ひぃ! め、滅相もない! それは何かの間違いで……」
「間違いですって? 男爵、私の実家はアルトハイム公爵家ですわ。王宮の予算監査を三年連続でノーミスで通した私を相手に、その程度の誤魔化しが通用するとお思いで?」
私は一歩、彼に歩み寄りました。
「あなたの私財を差し押さえ、これまでの横領額を全額返済していただきます。拒否なさるなら、今すぐあちらの辺境伯様に『処刑の相談』をいたしますけれど、いかがかしら?」
「………………」
アルスター様が、ゆっくりと腰の大剣に手をかけました。
(※実は、座りっぱなしで腰が痛かったのでストレッチをしようとしただけです)
「ぎゃああああ! 申し訳ございません! お許しを! 全額返します! 家も土地も売りますから、命だけはぁぁ!」
バートン男爵は、文字通り脱兎のごとく部屋から逃げ出していきました。
後には、彼が落としていったカツラと、静寂だけが残りました。
「……ふぅ。お掃除完了ですわね」
私は優雅に椅子に座り直し、お茶を一口啜りました。
アルスター様は、大剣から手を離し、呆然と私を見ていました。
「…………すご、い」
「何がですの? あんな小物、ジュリアン様の浮気相手の言い訳を論破するより簡単でしたわ」
「…………だりあ。おまえ、こわい」
「あら、最高の褒め言葉ですわね。これからも、あなたの後ろでたっぷりと怖い思いをさせて差し上げますわ」
私がいたずらっぽく笑うと、アルスター様は顔を真っ赤にして俯いてしまいました。
その様子を見ていたボリスが、涙を流しながら拍手をしています。
「素晴らしい! ダリア様、あなたはまさに、この領地の女神……いえ、女帝です!」
「女帝なんて、人聞きが悪いですわ。私はただの、仕事ができる悪役令嬢ですもの」
こうして、領地の膿が一つ、鮮やかに取り除かれました。
しかし、これで終わりではありません。
王都では、私が作成していた「魔法騎士団の遠征計画書」が未完成のまま放置されているはず。
そろそろ、あのナルシスト王子が悲鳴を上げ始める頃かしら?
私は窓の外に広がる雪景色を眺めながら、最高に邪悪な、いえ、華やかな笑みを浮かべるのでした。
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