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「ダリア! これがお前の最期だ! 国王軍五百を前にして、まだその傲慢な態度を続けられるかな!」
城門の向こう側、見渡す限りの鉄の鎧と槍の列。
その中心で、一頭の白馬に跨がったジュリアン王子が、これ以上ないほど勝ち誇った顔で叫んでいました。
どうやら今回は本気のようですわね。
国王の直轄軍を動かしたということは、私の存在がいよいよ「国家の存亡」に関わると(事務作業ができないせいで)判断されたのでしょう。
「あら、ジュリアン様。五百人も引き連れて、ピクニックにしては少し物々しいですわね。それとも、私の領地の特産品である『干し肉』を買い占めにいらしたのかしら?」
私は城壁の上から、優雅に扇を翻して見下ろしました。
隣には、抜身の大剣を地面に突き立て、微動だにせず軍勢を睨みつけるアルスター様の姿。
彼の放つ「死神のオーラ」だけで、前線の兵士たちの足がガクガクと震えているのがここからでもよく見えます。
「ふん、強がりを! 国王陛下の名の下に命ずる! 辺境伯領は直ちにダリアを明け渡せ! 拒否すれば、反逆者としてこの城を灰にする!」
「……だりあ」
アルスター様が、低く鋭い声で私の名前を呼びました。
「…………きって、いいか。……ごひゃくにん、なら……十分で、おわる」
「待ってくださいませ、アルスター様。せっかく綺麗に舗装した街道が血で汚れてしまいますわ。……ここは、もっと『清潔』な方法で解決いたしましょう」
私はボリスから、一束の分厚い書類を受け取りました。
そして、それを城壁の上から、まるでヒラヒラと舞う花びらのように数枚、地上へと落としました。
「ジュリアン様。その足元に落ちた紙を、よくご覧になって」
「なんだ、降伏勧告か? ……ん? これは……」
ジュリアンが不審そうに一枚の紙を拾い上げました。
その瞬間、彼の顔から血の気が一気に引き、金髪が逆立つのではないかというほどの衝撃が走ったのが分かりました。
「な……ななな、なぜこれを貴様が持っている! これは破棄したはずだぞ!」
「あら、私がそんな重要な『証拠』を簡単に捨てるはずがないでしょう? それは三年前、あなたが『国境警備費』として計上した五千万ゴールドが、実はあなたの隠れ家(ヴィラ)の改修工事と、特注の金の馬車に使われたという領収書の写しですわ」
「な……っ!?」
軍勢の中に、どよめきが広がりました。
特に、最前列で命を懸けて戦うはずの兵士たちの目が、一瞬で険しいものに変わります。
「さらに、そちらの二枚目は……メアリさんの実家の男爵家に流れた『震災復興支援金』の記録。実際には被災地には一銭も届かず、すべて彼女のドレスと宝石に消えておりますわね。……あ、署名はすべてジュリアン様、あなたの筆跡ですわ」
「やめろ! やめろぉぉ! それは……それは国家機密だ!」
「いいえ、ただの『着服』ですわ。……兵士の皆様! 聞こえていらして? あなた方の冬の装備がボロボロなのは、予算がないからではありません。あちらの王子様が、ご自分の髪を整えるための最高級ポマードに予算を溶かしてしまったからですわよ!」
「…………きさま、最低だ」
アルスター様が、ついに我慢の限界といった様子で口を開きました。
彼の重厚な声は、魔導拡声器など使わずとも戦場全体に響き渡りました。
「…………だりあは、おまえのために……この『よごれ』を、ひとりで、ぬぐっていたのか」
「……ええ。私はあの方の婚約者でしたから、当時はそれが義務だと思っておりましたの。……ですが、今の私は自由。……さあ、ジュリアン様。その軍勢に命じてごらんなさい? 『自分たちから給料を盗んだ男』のために、命を懸けて戦えと!」
ジュリアンが周囲を見渡すと、そこには忠誠心のかけらも残っていない、怒り狂った兵士たちの視線がありました。
一人の隊長が、カランと剣を捨てて跪きました。
「……もう限界だ。我々は、ダリア様の事務処理のおかげで、これでもまだ生きてこれたのだ。……王子、あなたのために戦う理由など、もうどこにもない!」
「ひ……っ! お前たち、反乱か!? 反逆罪だぞ!」
「反逆者は、あなたですわ、ジュリアン様」
私は冷たく言い放ちました。
「その証拠の原本は、すでに私の父を通じて国王陛下と大貴族会議に提出済みです。……今頃は王宮に、あなたの逮捕状が届いている頃かしら?」
「………………おわりだ、おうじ」
アルスター様が大剣を鞘に納め、一歩前に出ました。
その圧倒的な威厳を前に、ジュリアンは馬から転げ落ち、雪まみれになって震えることしかできませんでした。
「いやだ……いやだぁ! 僕は王子だ! 次期国王なんだ! ダリア、助けてくれ! 君が、君が書類を書き換えてくれれば……!」
「お断りしますわ。……ゴミの分別は、住民の義務ですもの。……さあ、兵士の皆様。その『粗大ゴミ』を王都まで運んで差し上げて。あ、途中の扱いに関しては、私は一切関知いたしませんわ」
兵士たちが、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべてジュリアンを囲みました。
「ひぎゃあああ!」という王子の悲鳴が、遠ざかっていく軍勢の中から響いてきました。
「……ふぅ。これでようやく、本当の『清掃』が完了しましたわね」
私は大きく伸びをして、アルスター様の方を向きました。
彼は少しだけ寂しそうな、それでいて深く安堵したような目で私を見つめていました。
「…………だりあ。……おまえ、もう、おうとには……」
「帰りませんわよ。……あんな空気の悪い場所より、あなたの淹れた(相変わらず苦い)紅茶を飲む方が、よほど贅沢ですもの」
「…………うむ。……すぐに、いれる」
私たちは、王都の崩壊など知らぬ顔で、温かい城の中へと戻りました。
悪役令嬢のリベンジは、完遂されたのです。
城門の向こう側、見渡す限りの鉄の鎧と槍の列。
その中心で、一頭の白馬に跨がったジュリアン王子が、これ以上ないほど勝ち誇った顔で叫んでいました。
どうやら今回は本気のようですわね。
国王の直轄軍を動かしたということは、私の存在がいよいよ「国家の存亡」に関わると(事務作業ができないせいで)判断されたのでしょう。
「あら、ジュリアン様。五百人も引き連れて、ピクニックにしては少し物々しいですわね。それとも、私の領地の特産品である『干し肉』を買い占めにいらしたのかしら?」
私は城壁の上から、優雅に扇を翻して見下ろしました。
隣には、抜身の大剣を地面に突き立て、微動だにせず軍勢を睨みつけるアルスター様の姿。
彼の放つ「死神のオーラ」だけで、前線の兵士たちの足がガクガクと震えているのがここからでもよく見えます。
「ふん、強がりを! 国王陛下の名の下に命ずる! 辺境伯領は直ちにダリアを明け渡せ! 拒否すれば、反逆者としてこの城を灰にする!」
「……だりあ」
アルスター様が、低く鋭い声で私の名前を呼びました。
「…………きって、いいか。……ごひゃくにん、なら……十分で、おわる」
「待ってくださいませ、アルスター様。せっかく綺麗に舗装した街道が血で汚れてしまいますわ。……ここは、もっと『清潔』な方法で解決いたしましょう」
私はボリスから、一束の分厚い書類を受け取りました。
そして、それを城壁の上から、まるでヒラヒラと舞う花びらのように数枚、地上へと落としました。
「ジュリアン様。その足元に落ちた紙を、よくご覧になって」
「なんだ、降伏勧告か? ……ん? これは……」
ジュリアンが不審そうに一枚の紙を拾い上げました。
その瞬間、彼の顔から血の気が一気に引き、金髪が逆立つのではないかというほどの衝撃が走ったのが分かりました。
「な……ななな、なぜこれを貴様が持っている! これは破棄したはずだぞ!」
「あら、私がそんな重要な『証拠』を簡単に捨てるはずがないでしょう? それは三年前、あなたが『国境警備費』として計上した五千万ゴールドが、実はあなたの隠れ家(ヴィラ)の改修工事と、特注の金の馬車に使われたという領収書の写しですわ」
「な……っ!?」
軍勢の中に、どよめきが広がりました。
特に、最前列で命を懸けて戦うはずの兵士たちの目が、一瞬で険しいものに変わります。
「さらに、そちらの二枚目は……メアリさんの実家の男爵家に流れた『震災復興支援金』の記録。実際には被災地には一銭も届かず、すべて彼女のドレスと宝石に消えておりますわね。……あ、署名はすべてジュリアン様、あなたの筆跡ですわ」
「やめろ! やめろぉぉ! それは……それは国家機密だ!」
「いいえ、ただの『着服』ですわ。……兵士の皆様! 聞こえていらして? あなた方の冬の装備がボロボロなのは、予算がないからではありません。あちらの王子様が、ご自分の髪を整えるための最高級ポマードに予算を溶かしてしまったからですわよ!」
「…………きさま、最低だ」
アルスター様が、ついに我慢の限界といった様子で口を開きました。
彼の重厚な声は、魔導拡声器など使わずとも戦場全体に響き渡りました。
「…………だりあは、おまえのために……この『よごれ』を、ひとりで、ぬぐっていたのか」
「……ええ。私はあの方の婚約者でしたから、当時はそれが義務だと思っておりましたの。……ですが、今の私は自由。……さあ、ジュリアン様。その軍勢に命じてごらんなさい? 『自分たちから給料を盗んだ男』のために、命を懸けて戦えと!」
ジュリアンが周囲を見渡すと、そこには忠誠心のかけらも残っていない、怒り狂った兵士たちの視線がありました。
一人の隊長が、カランと剣を捨てて跪きました。
「……もう限界だ。我々は、ダリア様の事務処理のおかげで、これでもまだ生きてこれたのだ。……王子、あなたのために戦う理由など、もうどこにもない!」
「ひ……っ! お前たち、反乱か!? 反逆罪だぞ!」
「反逆者は、あなたですわ、ジュリアン様」
私は冷たく言い放ちました。
「その証拠の原本は、すでに私の父を通じて国王陛下と大貴族会議に提出済みです。……今頃は王宮に、あなたの逮捕状が届いている頃かしら?」
「………………おわりだ、おうじ」
アルスター様が大剣を鞘に納め、一歩前に出ました。
その圧倒的な威厳を前に、ジュリアンは馬から転げ落ち、雪まみれになって震えることしかできませんでした。
「いやだ……いやだぁ! 僕は王子だ! 次期国王なんだ! ダリア、助けてくれ! 君が、君が書類を書き換えてくれれば……!」
「お断りしますわ。……ゴミの分別は、住民の義務ですもの。……さあ、兵士の皆様。その『粗大ゴミ』を王都まで運んで差し上げて。あ、途中の扱いに関しては、私は一切関知いたしませんわ」
兵士たちが、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべてジュリアンを囲みました。
「ひぎゃあああ!」という王子の悲鳴が、遠ざかっていく軍勢の中から響いてきました。
「……ふぅ。これでようやく、本当の『清掃』が完了しましたわね」
私は大きく伸びをして、アルスター様の方を向きました。
彼は少しだけ寂しそうな、それでいて深く安堵したような目で私を見つめていました。
「…………だりあ。……おまえ、もう、おうとには……」
「帰りませんわよ。……あんな空気の悪い場所より、あなたの淹れた(相変わらず苦い)紅茶を飲む方が、よほど贅沢ですもの」
「…………うむ。……すぐに、いれる」
私たちは、王都の崩壊など知らぬ顔で、温かい城の中へと戻りました。
悪役令嬢のリベンジは、完遂されたのです。
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