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「……はぁ。お父様とアルスター様、あんなに意気投合してしまって。一体何を話していらっしゃいますの?」
クロムウェル城の大広間。今夜は我が公爵家と辺境伯領の「完全なる同盟」を祝う宴が催されていました。
会場には最高級のワインと、北の海で獲れたばかりの脂の乗った魚、そして香ばしく焼かれた羊肉の匂いが充満しています。
ふと視線を向ければ、そこには漆黒の鎧……ではなく、豪華な礼装に身を包んだ「氷の死神」と、我が家の「ラスボス」こと父公爵が、膝を突き合わせて何やら密談に耽っています。
「…………こうしゃく、閣下。……だりあの、どくぜつは……ときどき、はだに……刺さりますが……それが、いいのです」
「ふむ、わかるぞ辺境伯。あの娘の言葉は、最初は辛口だが、後からジワジワと癖になる。……まさに最高級の蒸留酒のようだな」
「………………はい。……しびれます」
(……何を語り合っているのかと思えば。私の毒舌を肴に酒を飲むなんて、失礼な男たちですわね)
私は呆れて溜息をつき、おかわりの紅茶を頼もうと立ち上がりました。
その時、ふとアルスター様が自分の上着を椅子の背もたれにかけたまま、席を立ったのが見えました。
何やらお父様に促されて、自慢の酒蔵を案内しに行ったようです。
「……あら? アルスター様、何か落とされましたわよ」
彼の上着のポケットから、小さな、使い込まれた手帳のようなものが滑り落ちました。
私は親切心からそれを拾い上げました。……ええ、あくまで親切心ですわよ。
「……『ダリア嬢・観察記録』?」
表紙に書かれた、不器用で力強い筆跡。
私の心臓が、嫌な予感……いえ、猛烈な好奇心で跳ね上がりました。
これ、見てはいけないやつですわよね?
でも、見てはいけないと言われると見たくなるのが、悪役令嬢という生き物です。
私は周囲を気にしながら、こっそりとその手帳を開きました。
『○月×日。
ダリア嬢が、おれの事務作業の遅さを「ナメクジの散歩」と表現した。
……新しい語彙だ。ナメクジ。斬新で、素晴らしい。
おれを動物に例えてくれるなんて、少し距離が縮まった気がする』
「………………」
一ページ目から、私の理解を超えた「ドM」な記述が飛び込んできました。
私は震える指で、ページを捲りました。
『△月□日。
今日のダリア嬢の毒舌。「あなたの顔は、雪崩を止めるには最適ですが、人を招くには最悪ですわ」。
……雪崩を止める。つまり、おれが頼りになると言いたいのだろう。
照れ隠しをする彼女は、最高に美しい』
(……ポジティブ! この男、私の罵倒をすべて超解釈でプラスに変換していらっしゃいますわ!)
さらにページを捲ると、そこには手紙の切れ端や、私が書き殴った「業務命令」のメモが、丁寧に押し花と一緒に貼り付けられていました。
『これ、私の字ですわよね……? 「さっさとハンコを押しなさい、この大型犬!」って書いた、あの時の……』
そのメモの下には、アルスター様の感想がこう添えられていました。
『大型犬。……犬は主人に忠実な生き物だ。
つまり、彼女はおれに「ずっと側にいろ」と言っているのだ。
……今夜は嬉しくて眠れそうにない』
「………………っ、ぷ、くふっ……はーっはっはっは!!」
私はついに我慢できず、手帳を抱えたままその場に崩れ落ちて爆笑してしまいました。
なんという、なんという不器用で、愛すべきバカなのでしょう。
「氷の死神」だなんて、誰が言いましたの?
この男の正体は、ただの「ダリア推しの熱狂的なファン」ではありませんか!
「……だ、だりあ? ……どうした、そんなに……笑って」
そこへ、お父様を連れたアルスター様が戻ってきました。
彼は私が手に持っているものに気づいた瞬間、顔面が蒼白から土気色、そして一気に沸騰したような真っ赤へと変わりました。
「…………っ!! あ、あああ、あああぁぁ!!」
「アルスター様。これ、なんですの? 私の悪口をコレクションするのが、あなたの高尚なご趣味ですの?」
「…………ちがう! ……それは、おれの……たから、もので……!」
「『ナメクジの散歩』が宝物? ……ふふ、あなたって本当に、救いようのない……可愛い方ですわね」
私は立ち上がり、真っ赤になって震えている彼の胸元に、手帳をポンと押し返しました。
「…………だりあ。……わらわないで、くれ……。……おれは、しんけんだ……」
「笑っていませんわよ。……あ、でも、次からはもう少しマシな例えを考えて差し上げますわ。『ナメクジ』よりは『ゴールデンレトリバー』の方が、あなたにはお似合いですもの」
「………………ごーるでん……? ……それは、かっこいい、のか?」
「ええ、とっても忠実で、愛される犬の種類ですわ」
私がウィンクすると、アルスター様は魂が抜けたような顔で、幸せそうにフラフラと椅子に座り込みました。
それを見ていたお父様が、呆れたようにワインを煽りました。
「やれやれ。辺境伯、貴様も大変だな。……だが安心しろ。アルトハイム家の女に捕まったら最後、一生その『毒』からは逃げられんぞ」
「…………はい。……本望、です」
賑やかな宴の声が、夜の辺境に響き渡ります。
王都での孤独な戦い、偽りの婚約、そして理不尽な断罪。
それらすべてが、この「不器用な幸せ」に辿り着くための、ただのプロローグだったのだと。
私はアルスター様の隣に座り、彼の手をギュッと握りしめました。
手帳には、きっと明日も、私の「愛ある毒舌」が記録されることでしょう。
「さあ、アルスター様。宴はまだまだこれからですわよ。……次は、お父様との飲み比べで、あなたの『根性』を見せてくださいな!」
「…………うむ。……がんばる、お嬢様!」
悪役令嬢と死神の未来は、雪解けの春のように、どこまでも明るく輝いているのでした。
クロムウェル城の大広間。今夜は我が公爵家と辺境伯領の「完全なる同盟」を祝う宴が催されていました。
会場には最高級のワインと、北の海で獲れたばかりの脂の乗った魚、そして香ばしく焼かれた羊肉の匂いが充満しています。
ふと視線を向ければ、そこには漆黒の鎧……ではなく、豪華な礼装に身を包んだ「氷の死神」と、我が家の「ラスボス」こと父公爵が、膝を突き合わせて何やら密談に耽っています。
「…………こうしゃく、閣下。……だりあの、どくぜつは……ときどき、はだに……刺さりますが……それが、いいのです」
「ふむ、わかるぞ辺境伯。あの娘の言葉は、最初は辛口だが、後からジワジワと癖になる。……まさに最高級の蒸留酒のようだな」
「………………はい。……しびれます」
(……何を語り合っているのかと思えば。私の毒舌を肴に酒を飲むなんて、失礼な男たちですわね)
私は呆れて溜息をつき、おかわりの紅茶を頼もうと立ち上がりました。
その時、ふとアルスター様が自分の上着を椅子の背もたれにかけたまま、席を立ったのが見えました。
何やらお父様に促されて、自慢の酒蔵を案内しに行ったようです。
「……あら? アルスター様、何か落とされましたわよ」
彼の上着のポケットから、小さな、使い込まれた手帳のようなものが滑り落ちました。
私は親切心からそれを拾い上げました。……ええ、あくまで親切心ですわよ。
「……『ダリア嬢・観察記録』?」
表紙に書かれた、不器用で力強い筆跡。
私の心臓が、嫌な予感……いえ、猛烈な好奇心で跳ね上がりました。
これ、見てはいけないやつですわよね?
でも、見てはいけないと言われると見たくなるのが、悪役令嬢という生き物です。
私は周囲を気にしながら、こっそりとその手帳を開きました。
『○月×日。
ダリア嬢が、おれの事務作業の遅さを「ナメクジの散歩」と表現した。
……新しい語彙だ。ナメクジ。斬新で、素晴らしい。
おれを動物に例えてくれるなんて、少し距離が縮まった気がする』
「………………」
一ページ目から、私の理解を超えた「ドM」な記述が飛び込んできました。
私は震える指で、ページを捲りました。
『△月□日。
今日のダリア嬢の毒舌。「あなたの顔は、雪崩を止めるには最適ですが、人を招くには最悪ですわ」。
……雪崩を止める。つまり、おれが頼りになると言いたいのだろう。
照れ隠しをする彼女は、最高に美しい』
(……ポジティブ! この男、私の罵倒をすべて超解釈でプラスに変換していらっしゃいますわ!)
さらにページを捲ると、そこには手紙の切れ端や、私が書き殴った「業務命令」のメモが、丁寧に押し花と一緒に貼り付けられていました。
『これ、私の字ですわよね……? 「さっさとハンコを押しなさい、この大型犬!」って書いた、あの時の……』
そのメモの下には、アルスター様の感想がこう添えられていました。
『大型犬。……犬は主人に忠実な生き物だ。
つまり、彼女はおれに「ずっと側にいろ」と言っているのだ。
……今夜は嬉しくて眠れそうにない』
「………………っ、ぷ、くふっ……はーっはっはっは!!」
私はついに我慢できず、手帳を抱えたままその場に崩れ落ちて爆笑してしまいました。
なんという、なんという不器用で、愛すべきバカなのでしょう。
「氷の死神」だなんて、誰が言いましたの?
この男の正体は、ただの「ダリア推しの熱狂的なファン」ではありませんか!
「……だ、だりあ? ……どうした、そんなに……笑って」
そこへ、お父様を連れたアルスター様が戻ってきました。
彼は私が手に持っているものに気づいた瞬間、顔面が蒼白から土気色、そして一気に沸騰したような真っ赤へと変わりました。
「…………っ!! あ、あああ、あああぁぁ!!」
「アルスター様。これ、なんですの? 私の悪口をコレクションするのが、あなたの高尚なご趣味ですの?」
「…………ちがう! ……それは、おれの……たから、もので……!」
「『ナメクジの散歩』が宝物? ……ふふ、あなたって本当に、救いようのない……可愛い方ですわね」
私は立ち上がり、真っ赤になって震えている彼の胸元に、手帳をポンと押し返しました。
「…………だりあ。……わらわないで、くれ……。……おれは、しんけんだ……」
「笑っていませんわよ。……あ、でも、次からはもう少しマシな例えを考えて差し上げますわ。『ナメクジ』よりは『ゴールデンレトリバー』の方が、あなたにはお似合いですもの」
「………………ごーるでん……? ……それは、かっこいい、のか?」
「ええ、とっても忠実で、愛される犬の種類ですわ」
私がウィンクすると、アルスター様は魂が抜けたような顔で、幸せそうにフラフラと椅子に座り込みました。
それを見ていたお父様が、呆れたようにワインを煽りました。
「やれやれ。辺境伯、貴様も大変だな。……だが安心しろ。アルトハイム家の女に捕まったら最後、一生その『毒』からは逃げられんぞ」
「…………はい。……本望、です」
賑やかな宴の声が、夜の辺境に響き渡ります。
王都での孤独な戦い、偽りの婚約、そして理不尽な断罪。
それらすべてが、この「不器用な幸せ」に辿り着くための、ただのプロローグだったのだと。
私はアルスター様の隣に座り、彼の手をギュッと握りしめました。
手帳には、きっと明日も、私の「愛ある毒舌」が記録されることでしょう。
「さあ、アルスター様。宴はまだまだこれからですわよ。……次は、お父様との飲み比べで、あなたの『根性』を見せてくださいな!」
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