婚約破棄?望むところですわ!悪役令嬢の爆走?

ハチワレ

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「……お嬢様。王都から、今度こそ正真正銘の『最後のご進物』が届きましたぞ」

昼下がりの穏やかな光が差し込む執務室。ボリスが恭しく差し出したのは、王家の封蝋が押された一通の公文書でした。
私はそれを受け取り、中身を一読してフッと口角を上げました。

「……婚約破棄の事後承諾、およびアルトハイム公爵家からの除籍と、クロムウェル辺境伯領への移籍。……ええ、完璧ですわ。これで私は、名実ともにあのバカ王子の婚約者ではなくなりましたわね」

「おめでとうございます、ダリア様! いえ、これからは……クロムウェル領の『筆頭事務総長』とお呼びすべきですかな?」

「あら、呼び名なんて何でもよろしいのよ。……それより、アルスター様は? 今日はお顔が見えませんけれど」

私が問いかけると、ボリスは意味深に目を逸らし、窓の外を指差しました。

「旦那様なら、裏庭の『あの場所』で、何やら必死に精神統一をされているようでございます。……まるで、これから魔王と決闘でもするかのような気迫で」

(……魔王? お父様ならもうお昼寝をしていらっしゃいますのに)

私は不思議に思いながら、羽ペンを置いて庭へと向かいました。
そこは、かつてアルスター様が私に「零水石」を拾ってくれた、思い出の場所でした。

雪が解け始め、小さな花が顔を出し始めた丘の上。
アルスター様は、一歩も動かずに立ち尽くしていました。
その拳は白くなるほど握りしめられ、背中からは「近づく者すべてを凍らせる」ほどの凄まじい緊張が溢れ出しています。

「アルスター様。そんなところで石像の真似をなさって、どうされましたの? ……また新しい『観察記録』のネタでもお探し?」

「…………っ!!」

私の声に、アルスター様は跳ね上がるように振り返りました。
その顔は、戦場での「死神」さえも逃げ出すほどに険しく、瞳は今にも爆発しそうなほど見開かれています。

「…………だりあ。……きた、か」

「来たか、ではありませんわ。……あなた、その顔。……何か、私の毒舌でも足りなくて禁断症状でも出まして?」

「…………ちがう。……きょうは、おまえに……いわなければ、ならないことが……ある」

アルスター様が、ずい、と一歩踏み出しました。
その一歩に込められた圧力に、私は思わず後退りそうになります。
彼は懐から、小さな箱を取り出しました。

「…………だりあ。……おまえは、もう……おうじの、ものではない」

「ええ、さっき書類が届きましたわ」

「…………こうしゃく、閣下の……むすめでも、なくなった」

「戸籍上は、そうですわね」

「…………なら……おれの、ものに……なれ」

「………………はい?」

あまりの直球に、私の思考が一瞬停止しました。
アルスター様は、今にも心臓が口から飛び出しそうなほど激しく肩で息をしながら、さらに言葉を絞り出しました。

「…………おれは、事務官が……ほしいんじゃない。……おまえが、いれば……領地がよくなるから……でも、ない」

アルスター様は、ガバッと私の前に膝をつきました。
その大きな手が、私の手を包み込みます。……驚くほど、熱い手でした。

「…………だりあが、わらっているのが……すきだ。……どくを、はいている……おまえが、いちばん……きれいだ」

「…………アルスター、様」

「…………おれと、けっこんして……ほしい。……じむ、てきな……契約ではなく。……いっしょう、おれの……そばにいて……くれ」

(……。……。……っ!)

翻訳不要。
語彙力崩壊。
ですが、これほどまでに真っ直ぐで、飾りのない、心からの言葉を私は知りませんでした。
王都での着飾った美辞麗句。ジュリアン王子のナルシシズムに満ちた愛の囁き。
それらすべてを塵のように吹き飛ばす、本物の「想い」がそこにはありました。

「……アルスター様。……あなた、自分の言ったことが分かっていらして?」

私は少しだけ震える声で、意地悪く問いかけました。

「私を妻にするということは、あなたの人生に、一生終わることのない『最強の小言』がついてくるということですのよ? ……贅沢なドレスもねだりますし、あなたの不器用さには毎日ツッコミを入れますわ。……それでも、よろしいの?」

「…………うむ。……むしろ、それが、いい」

アルスター様は、顔を真っ赤にしながら、それでも視線を逸らさず、力強く頷きました。

「…………おまえの、こごとが……おれの、いきがいだ。……だから……けっこん、してくれ」

「……。……。……ふふ。……全く、あなたは本当に……最高のバカですわね」

私は溜息をつき、膝をついた彼の首に、そっと腕を回しました。

「……合格ですわ。……私の人生を賭けるのに、これほど頼もしい方は、他にいらっしゃいませんもの」

「…………だりあ……!!」

アルスター様は、私の答えを聞いた瞬間、安堵と喜びで力が抜けたのか、そのまま私の腰にしがみつくようにして、子供のように泣き出しました。
「死神」が、私の腕の中で、声を殺して震えている。
その情けなくて、愛おしい姿に、私の瞳からも一筋の涙がこぼれ落ちました。

「さあ、立ちなさいな。……お父様が見ていらしたら、また『情けない男だ』と笑われてしまいますわよ?」

「…………いい。……おれ、いま……せかいで、いちばん……しあわせ、だ……」

こうして、北の地の丘の上で、一つの物語が完成しました。
悪役令嬢としての断罪から始まった私の日々は、いつの間にか、かけがえのない「自分の名前」を呼んでくれる人の隣へと辿り着いたのです。

「さて! そうと決まれば、次は結婚式の予算案を作成しなくては! ……アルスター様、浮かれている暇はありませんわよ。……無駄な装飾は省きますけれど、食事だけは王都中の貴族が嫉妬するほど豪華にして差し上げますわ!」

「………………はい、おじょうさま!」

アルスター様の返事は、春を告げる鳥の声のように、辺境の空へと響き渡りました。
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