可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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煌びやかなシャンデリアが輝く、王立アカデミーの卒業パーティー会場。
その中央で、私の婚約者であるウィルフレッド王子は、鼻息も荒く私を指差した。

「ミリアーナ・オーブリー! 貴様のような、冷酷非道で可愛げのない女との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」

会場がしんと静まり返る。
周囲の貴族たちは、私を同情の目で見たり、あるいは「ついに来たか」と冷笑を浮かべたりしている。
しかし、指を突きつけられた当本人である私は、ただ静かに扇を閉じた。

「……そうですか。承知いたしました」

あまりにもあっさりとした私の返答に、ウィルフレッド様は拍子抜けしたような顔をする。
その腕には、男爵令嬢のルルアさんがしがみついていた。
彼女は勝ち誇ったような笑みを、一瞬だけ私に向けてから、すぐに「怯えた子鹿」のような表情に切り替えた。

「殿下ぁ、怖いですぅ。ミリアーナ様、あんなに落ち着いて……きっと裏で何を企んでいるか分かりませんわ」

「心配ないぞ、ルルア。彼女の悪行はすべて把握している。ミリアーナ、貴様がルルアに対して行った嫌がらせの数々、言い逃れはさせん!」

私は深くため息をつき、手元の手帳を取り出した。
これは公爵令嬢として、日々のスケジュールや王国の予算案、そして「殿下の教育的指導記録」を書き留めてきた愛用の品だ。

「言い逃れなどいたしませんわ。それより殿下、まず第一に、指をさして人を怒鳴りつけるのは王族としてのマナーに反します。その角度、肘が下がっていて美しくありません。マイナス五点です」

「な、何を言っている……!?」

「第二に、婚約破棄をこのような公の場で行うことの経済的損失を計算されましたか? オーブリー公爵家が王家に貸し付けている、低利子の融資の返済期限は来月です。婚約がなくなれば、当然、即時返済を求めますが、国庫にその余裕はありましたかしら?」

ウィルフレッド様の顔が、一気に青ざめる。
私はさらに言葉を重ねた。

「第三に、そこにいらっしゃるルルアさん。先ほどから『殿下ぁ』と語尾を伸ばしていますが、その発声法は喉を痛めるだけでなく、知性が欠如しているように聞こえますわ。社交界では『頭の弱い令嬢』として扱われますが、よろしいのですか?」

「ひ、ひどいですわ! 殿下ぁ、やっぱりこの人、怖いですぅ!」

ルルアさんが泣き真似をしながら、ウィルフレッド様の胸に顔を埋める。
殿下は顔を赤くして怒鳴った。

「黙れ! そういう理屈っぽいところが、可愛くないと言っているんだ! ルルアはな、俺が転んだ時に『大丈夫ですかぁ?』と涙を流して心配してくれた。お前はどうだ? 『石畳の整備状況を確認してください』と真顔で言っただろうが!」

「当然ですわ。殿下が転んだのは、王宮の維持管理費が適切に使われていない証拠。感情に流されて涙を流す暇があるなら、再発防止策を練るのが上に立つ者の務めでしょう」

「それが可愛くないと言っているんだ! 俺はもっと、こう……守ってやりたくなるような、ふわふわした女の子が好きなんだよ!」

「なるほど、殿下の好みは『国家運営に支障をきたすレベルの無能』ということですね。理解いたしました。では、私の可愛げのなさが原因で婚約破棄ということで、書類の手続きを進めましょう」

私は手帳にさらさらとペンを走らせる。
周囲からはクスクスという忍び笑いが漏れ始めていた。
悲劇のヒロインになるはずだった私は、今や「出来の悪い教え子を指導する家庭教師」のような空気になっている。

「あ、あと殿下。そのネクタイの結び方。ルルアさんが結んで差し上げたのかしら?」

「そ、そうだ! ルルアが俺のために一生懸命……」

「左右の長さが三センチもずれていますわ。公衆の面前で王子の身なりが整っていないのは、国家の恥です。ルルアさんも、愛があるなら技術を磨くべきでしたわね。愛だけではネクタイは結べませんし、国も治められませんわよ?」

「き、貴様ぁ……!」

ウィルフレッド様が絶句している間に、私はドレスの裾を優雅に持ち上げ、完璧なカーテシーを披露した。
感情を一切表に出さない、鋼の淑女としての振る舞いだ。

「では、私はこれで失礼いたします。婚約指輪は明日、公爵家の執事を通じて、クリーニングした状態で、利息分の請求書と共に返却させていただきますわ」

「待て! まだ話は終わって……!」

「いいえ、終わりましたわ。殿下、最後に一つだけ。……その、鼻毛が出ていますわよ。興奮して鼻息を荒くするからでしょうね。さようなら」

「なっ……!?」

ウィルフレッド様が慌てて鼻を押さえるのを横目に、私は颯爽と会場を後にした。
背後でルルアさんの「殿下、そんなことありませんわぁ!」という甲高い声が聞こえたが、もう私には関係のないことだ。

会場の外に出ると、夜風が火照った頬に心地よく当たった。
……本当は、少しだけ、胸の奥がチクリとした。
十年間、この国の未来のために、そしてウィルフレッド様を立派な王にするために、私は「可愛げ」を捨てて努力してきたのだから。

「……ま、いいわ。これで明日から、誰のネクタイのズレも気にせず眠れるんですもの」

私は夜空を見上げて、小さく笑った。
自由だ。
公爵令嬢という立場も、王妃になるという義務も、すべて放り投げてやった。

「さて、まずは仕事を探さなくては。私のこの『正論』を高く買ってくれる奇特な職場があるといいのだけれど」

そんな独り言を呟いた私の背後に、一人の男が立っていることにはまだ気づいていなかった。

「……素晴らしい。実に、芸術的な罵倒だった」

低く、心地よい声。
振り返ると、そこには夜の闇に溶け込むような黒髪の男が、妖しく微笑みながら立っていた。
その瞳は、獲物を見つけた猛獣のように、まっすぐに私を射抜いている。

「あなたは……隣国のカシアン公爵閣下?」

「初めまして、美しい毒舌家殿。君のその、一切の容赦がない言葉のナイフに……どうやら私は、心を奪われてしまったようだ」

男は私の手を取り、指先にそっと唇を寄せた。
これが、私と「変態的な癖を持つ公爵」との、最悪で最高の出会いだった。
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