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寛永の遊魔
魔天からの使者
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サトリとは何か。
夜な夜な現れる美しい女の姿をした魔性だという。
「ほうほう」
七郎は源の屋台で、うどんをすする。すでに日は暮れて夜になっていた。
「心を読むらしいですぜ」
源は七郎に酒を出した。七郎の隣には小男の政もいる。
「おい、つまみとかねえのかよ」
「おめえに食わせる上等なもんなんか、ねえよ」
「けっ、何言ってやがる。売れ残りの残飯を処理してやろうってのに」
政と源、二人は口が悪いが、共に江戸の治安を守る戦友だ。
うどんの屋台を引く源、浪人に仕事を斡旋する商人の政。
二人の正体は幕府に仕える忍び衆だ。
そして七郎は、御書院番(将軍の側仕えの親衛隊)を本職としているが、隻眼の無頼者を装って市中を見回っている。
「どっかの藩の剣術指南役が、サトリに負けたらしいですぜ。それから噂が江戸中に流れたらしくて」
源は売れ残りの食材も出した。
天かすに油揚げ、ちくわ、かまぼこ、きざみネギ……
売れ残りの残飯も、一日の仕事を終えた彼らにはごちそうだ。
「剣術指南役が?」
七郎は軽く驚いた。参勤交代で江戸には各地の大名が住んでいる。
多くの大名は自藩で最も腕の立つ者を――
藩の剣術指南役を江戸に連れてきている。江戸で武威を示すためだ。
小藩であろうと剣術指南役の腕が立てば、大藩の大名ににらみが利く。
そのようなわけで今、江戸には全国の強者が集まっていた。
七郎より腕の立つ者も掃いて捨てるほどいるだろう。
「なんでも、その剣術指南役が庭で練武していたら、幽霊みたいな女が現れたらしいですぜ」
「へえ、べっぴんなのか、その女は」
「どえらいべっぴんだったらしいぜ、白い髪に白い衣で現れて」
源の話を聞いて、七郎の手が止まった。サトリの特徴は七郎が遭遇した魔性と同じだ。
(間違いない、やつだ)
夜の中で出会った魔性がサトリなのだ。七郎は確信して拳を握りしめた。
さて、源の話によれば、サトリは身軽に刃を避け、更には剣術指南役の怯えを悟って、嘲笑したらしい。
頭に血が上った剣術指南役は朝まで刀を振るったが、ついにサトリに一太刀も浴びせられなかったという。
「……それで剣術指南役は、国元に帰っちまったってんだ」
「へえ、暇な話だな。おい、かまぼこくれよ」
源と政が飲み食いする傍らで、七郎は黙りこんでいた。彼は先日の稽古を思い返していた。
(俺は一体、何をしたのだ)
七郎は先日も右腕を胴体に巻きつけた状態で、乱取り稽古に及んでいた。
そして源との乱取りの最中、奇妙な技をしかけた。
疲労していた七郎は組み合っていた源に押されて、無意識に右膝をついた。
次の瞬間、七郎の左手は源の右手首を引いていた。
源の大きな体は前方に、七郎の後方へと転がっていた……
「……わ、若」
源が七郎の肩を叩いた。その瞬間、七郎の意識は現実へと戻された。
「あ、あれ……」
政が指差す方向、柳の下に儚い女の姿があった。
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