太陽の猫と戦いの神

中安子

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「おはようお姉さま」
 アンリの部屋で朝食をとるのが、アマネのいつもの日課だった。
 アマネにとって、一人きりの食事なんて淋しいことこの上なかったのだ。大体ユウは早朝から稽古に出かけ、無愛想な護衛と召使いしかいない。アンリの召使いも慣れたもので、朝食を二人分運んでくる。
 アマネは暇があれば一日だらだらとアンリの部屋で過ごす。用事がある時だけ出かけて行って、終わればこの部屋に帰ってくる。別々で過ごすのは、寝るときだけだった。
 今日は二人にとって忙しくなるであろう一日だった。満月の夜には、王宮全体で行われる大きな宴があるのだ。基本的には誰にとっても楽しいものだった。豪華な会場、綺麗な装飾品、美味しい料理、心をくすぐる楽器の調べ。贅沢の極みだった。王族たちの貴重な交流の場であり、参加しないと除け者にされるため、行かないわけにはいかなかった。
「お姉さま、今日はどんなドレス?」
 毎回新調したドレスで宴に参加するのが習わしになっていた。どれだけ綺麗でお洒落かどうかで、その人の身分や存在価値が決まるのだ。適当な格好をするわけにはいかなかった。くだらないと思いつつも、メリアメ王の娘であることを誇示する必要があった。この日のために上等なドレスや宝石を調達していた。アンリの部屋にはラベンダー色のレースがいっぱいにほどこされた、刺繍がきらりと輝く美しいドレスがあった。アマネはうっとりと見とれた。
「いいなあ、お姉さま。絶対に綺麗だわ」
「アマネはどうするの?」
「この間、街へユウとこっそり買いに出かけたの。桃色のドレスよ。絶対に可愛いから、楽しみにしていて」
 わくわくしている妹をアンリは微笑みながら見守った。
 アマネは今日は部屋へ戻り、二人はそれぞれ召使いにされるがまま過ごしていた。体を清潔にし、髪を何度もとかし、ドレスにお化粧、髪を結い飾りをつける。一日がかりだった。召使いも間に合わなければ大変なことだと、懸命に手を動かしていた。毎度のことではあるし、気も遣うのだが、それでも心が踊る宴ではあった。一人きりではないという安心感も大きいかもしれない。夜が近付いてくるのと、自分が綺麗に飾られていくのにつられて、気分も高揚していくのだった。
 コンコンと扉が叩かれた。アンリは鏡の前で身なりを整えて座っていたが、敏感に反応して立ち上がった。
「まあ、綺麗ね」
 扉を開けると、美しく着飾ったアマネがいた。姉の言葉を受けて、頬を赤らめながら嬉しそうに会釈をした。上品なドレスは、アマネの言動も美しくしてくれるらしかった。アンリは満足そうに妹を眺めた。
「私の妹であることが誇らしいわ」
「お姉さまこそお綺麗だわ。きっとこの世で一番」
 二人は軽く挨拶を終えると、顔を見合わせて笑い合った。アマネの後ろにはユウがつかえていた。
「誰が一番綺麗か、ユウに聞いてみるといいわ」
 アンリはからかうように言った。ユウは動揺して、慌てて姿勢を正す。
「なんでユウに?お姉さまに決まってるじゃない」
「映り方は、人それぞれ違うのよ」
「…?」
 アマネは不思議そうな顔をしながらも、ユウをまじまじと見つめる。黒い瞳にかすかに映っているのは、首をかしげた自分の顔だった。ユウはごくりと唾を飲む。
「お時間です、アマネ様。会場へ向かいましょう」
 視線に耐え切れず、彼は背を向けて歩き出す。アンリはくすくすと笑いながら、妹の背中を押した。
 
 会場は一階の広場だった。巨大な柱で囲まれ、かがり火も煌々と焚かれている。時折吹き抜ける風が炎を揺らし、テーブルや食器の金の装飾が反射して幻想的な世界を造っている。基本的には立食の形式で、すでに一帯は人が溢れていた。畏まった決まりはなく、各々自由に談笑に花を咲かせていた。料理や酒も次から次へと運ばれ、机に並べられていく。片隅には演奏家が、楽器の調整を行っている。
 三人はなるべく目立たない端の方へ移動した。ただでさえ目をひく容姿の姫二人であり、途中何度も声をかけられた。しかし、今日だけはいつものお世辞の文句でも喜ぶことができた。
 王宮に住む人々の半分は、王家代々の血筋の家系だ。残りは武人や書記出身の家系が占めている。アンリたちは当然王家の血であり、ユウやキヌンは武人の家柄だった。それぞれが企みをもち、娘はあちこちへ嫁がれていく。ほとんどは水面下で動いていることであり、宴の席ではとりあえず楽しむのが習わしだった。集団で喧嘩したり軽蔑したりするのは、マナー違反とされた。
 その場で一番偉い人が宴の開始を告げる。もちろん王の時もあるし、不在の時は王の兄弟や、武家や書記の代表者が選ばれる時もあった。今夜はメリアメ王の長男が挨拶を述べていた。アンリより五つほど年下で、お互い顔もよく知っている。
「王は今遠征の地におられます。王もまた、月を見上げて杯をかかげるでしょう。今宵の宴を存分に楽しまれるよう、言付かっております。みなさま、よい宴を」
 その言葉を合図に人々は乾杯をし、酒を口に含んだ。たくさんの話し声と音楽が流れ始めたため、広場は一気に賑わった。
「食べよう、お姉さま」
 ユウが早速食事をいくつか取り分け、アンリとアマネに差し出す。できるだけ人ごみに近づけさせないように、というユウの気配りだった。こういう場では、アマネだけでなく、アンリの面倒も見てくれる。
「ありがとう、ユウ」
「当たり前だよ、お姉さま。私と姉さまは二人で一つみたいなもの。私の護衛は姉さまの護衛よ」
「当たり前だなんて。もう少しユウに感謝しないと」
「ユウは仕事じゃない」
 真顔で返す妹をアンリはきょとんとして眺めた。
「苦労するわね」
 半ば呆れながらも、微笑んでユウに言った。
「いいえ、もう慣れたものですから」
「それって苦労してるってこと?」
 アマネは声を大きくした。頬をふくらませながらも、食べ物を口へ運ぶ。
「アマネ様の護衛がずっと私なのは、他の者がすぐに音を上げてしまうからです」
「根性がないだけでしょ」
 やれやれ、とユウとアンリは顔を見合わせた。
「違うわ、アマネ。あなたは幸せ者だってこと」
 姉に諭すように言われて、アマネもこれ以上反論はできなかった。
 ユウは何も言わず、満足そうに笑った。
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