太陽の猫と戦いの神

中安子

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癒しの音

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 十日という期間は、六人の距離を少しずつ縮めさせた。
 王宮から来た三人はいつも通りだったが、レイは当たり障りなく誰とも平等に会話をするし、ハルカは持ち前の陽気さでかなり皆と仲良くなっていた。最初敵対していたユウさえも、ハルカの人柄にすぐに心を開いた。裏表のない彼のあけっぴろげな性格は、空気を柔らかくさせる貴重なものだった。一番進展していなかったのは、ユウとシュウトだった。危害は加えないだろうと考えただけで、毛嫌いするのは変わらなかったのだ。この六人で唯一噛み合わない二人だった。ハルカが居ることもあり、ユウが直接シュウトに噛み付くことはなかったが、空気のような扱いをしていた。それが冷静でいられる手段の一つだったようで、周りも何も言うことはなかった。
 そんな事を気にもせず、アマネはシュウトへの好奇心でいっぱいだった。隙を見てはしきりにシュウトに話しかけていた。
「生まれはどこ?何歳になるの?」
 アマネは無邪気に、シュウトの核心を突く問いを浴びせた。シュウトからすれば、なぜ構うのかさっぱり理解ができないため、不思議な顔で妹姫を眺めるだけだった。彼女に軽蔑する様子は一切なく、むしろ子供が新しいものに興味を示すような、純粋な瞳だった。少しハルカと通じるものがあった。ただ知りたいのだと、真っ直ぐに思っている。しかし残念ながら、シュウトに答えられそうな質問ではなかった。上手くはぐらかす術もなく、「さあ」と小さくこぼしたきりだった。すぐにユウが近づいてきて「アマネ様」と咳払いしてシュウトから遠ざける。これがここ最近のお決まりだった。
 アマネの思いがやっと通じたのは、船旅が十日目になる前の夜だった。ユウが休んでいる間に起きだしてきて、船頭に立つシュウトにそっと声をかけた。
「笛を吹くの?聴かせてくれない?なんだか眠れないの」
 妹姫は静かに歩を進め、シュウトの後ろに立った。レイは船の中央で、星を眺めていた。何か道標のようなものが時たま見えるらしい。
 シュウトは聞こえていないふりをしようと思ったのだが、いつもと調子の違う妹姫の声に、思わず振り向いてしまった。どうやら本当に眠れないようだった。疲れきった顔をしている。
「嫌な夢ばかり見るの」
「ここでは吹けないだろう。無防備だ」
 アマネは「そうよね」と言ってがっくりと肩を落とす。
「僕からもお願いします。シュウト様の笛の音、ぜひ聴いてみたいものです。大地は静まりかえっています。今日は敵もいないでしょう」
 レイも近づいてきて頭を下げた。
「期待されるほどのものじゃない」
 シュウトは無愛想に言い返したのだが、二人は黙ってただ待っていた。しばらく睨み合いが続いた。シュウトは身震いして背を向けてから、ついに堪えられず笛を手にした。早くその場から立ち去ってほしかったからだった。そんな思いとは反して、奏でられる音色は実に澄んで美しかった。墓にいた頃は毎日のように吹いていたが、レイたちと同行してからは控えていたため、かなり久しぶりだった。指はすぐに笛に馴染み、息は待っていたとでもいうように流れ出る。生まれたての若葉のような、湧いてくる泉のような、清さが感じられた。少し控えめに、遠くまで響きわたらないよう、抑えて吹いているようだったが、それでも、間近で聴いている二人には十分に沁みていた。呆気にとられて立ちすくんで動けない。わずかな動作でも音を立てては、笛の音が霞んでしまう。呼吸をするのも惜しまれて、ただ、音色に耳を澄ませた。
 シュウトは彼らの方は見ずに、ずっと船の行く先を見ながら奏でていた。しばらく吹いていると、聴かれているのも忘れて音色と一体になった。自分が人間ではなくただの音になったようで、自然と口にはできない思いを唄った。今まではもの悲しい調べばかりだったのに、ハルカと出会ったのをきっかけに、わずかだが、音色に動きが出てきていた。自分で気がつくことはなかったが。ただ単に、笛を奏でるのが楽しかった。ずっと閉じ込めてきたもどかしい気持ちを、代わりに吐き出してくれるようだったからだ。
 シュウトが自分の世界に入っていると感じたので、アマネはシュウトの傍の船縁にそっと背を預け、彼を眺めた。横顔が微かに見えるだけだったが、それで十分だった。心地の良い音色は、あっという間にアマネを眠りの世界へ誘った。もちろん、この旅に付いて行きたいと言った言葉に嘘はなかった。姉の傍にいられるのは、本当に幸せだった。だが、アマネ自身、野外の生活をしたことがないため、慣れるのが難しかった。そして、それを姉に悟られないよう、必死に振舞っていた。弱みを見せれば、それを理由に王宮へ帰されてしまう。十日ほど経ち、アマネにも限界が来ていたのだった。シュウトの笛の音は、そんなアマネの張り詰めた気持ちを、一瞬で解きほぐした。理由も分からず、じんわりと瞳が熱くなる。
「綺麗な音色。あなたが優しい人だって、ちゃんと教えてくれる」
 寝言のように、ぼそぼそと呟いただけだったが、シュウトにはちゃんと聞こえていた。彼は一瞬目を見張り、妹姫を眺めた。からかうわけでもなく、真剣に言うわけでもない、夢現の根拠のない言葉だった。アマネの口元は微かに微笑んでいた。
 レイはその場から一歩も動かず、神の声を聴いているかのように、ずっと目を閉じていた。表情は一切変化せず、ただ純粋に音色と向き合っていた。神の微かな声を聴いているように、一言も漏らすまいと集中した。
 眠りについていたハルカとユウ、アンリも、笛の音は柔らかく彼らを包み込み、優しい夢を誘った。
 思いのほか皆が静かに聴いていたので、シュウトは止めるきっかけを失い、しばらく吹き続けた。皆が、明日から危険な旅に入ることを察していた。これは最後の休息であり、最後の癒しだった。
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