太陽の猫と戦いの神

中安子

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船旅

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 ハルカを加えた六人の一行は、とりあえず川へ向かい、船に乗り込んだ。
 王宮のものと比べればかなり小さく質素だが、六人が乗っても余裕があり、綺麗なものだった。見た目は貨物船のようで、これなら上手く目的地までたどり着けそうな気がした。実際、食料や簡単な衣類など、多めに荷物を積んでいた。長旅になることを見越して、レイが全て手配していたのだ。そして、すぐに彼が取り出したのは武器だった。長剣、短剣、弓、槍など、一通り揃っている。
「念のため、姫様方もお持ちください。何があるかわかりませんので」
 姫二人は、短剣に近い軽いものをそれぞれ手にとった。どう持っていいのか分からず、戸惑っている。ハルカは適当に長剣と弓。レイも長剣を手にした。ユウとシュウトは馴染みの槍と剣があるため、首を振って見守るだけにとどまった。
 ハルカは鞘から剣を抜き、月光をきらりと浴びる刃を、感慨深げに上から下まで眺めた。
「俺の人生で、こんなものを持つ日が来るなんてな。若い頃の喧嘩とはわけが違う」
「職人の方ですよね。なぜ一緒に来ようと?」
 ユウがそっと近づいてきて訊ねた。二人が顔を合わせたのは、今日で二回目だった。この間の印象が強いため、お互いに探り合っているところだった。ハルカは、少し表情を緩める。
「半分は、シュウトのことが心配だから。もう半分は、アンリ姫が好きだからだよ」
 ハルカはどうやら隠すつもりはないらしかった。小声で言うわけでもなく、全員に聞こえていた。アマネとシュウトだけが、僅かに動揺している。
「冗談でしょう」
 ユウは批判気味に漏らした。
「本気だ。命を賭けてもいいくらいに。信じてもらわなくてもいいけどな」
「実際に、私は彼に救われましたよ。あの祭の夜の日に」
 アンリが進み出て、二人の間に入った。軽く微笑んでおり、余裕さが感じられる。二人は姿勢を正した。
「何十人の敵に一人で挑んだのよ。ちなみに、彼も」
 アマネも便乗して、シュウトを巻き込んだ。
「私にとっては、皆が心強い仲間です。どうかいがみ合わず、協力していきましょう」
 アンリに言われると、ユウも従うしかなかった。ハルカは嬉しそうに彼女を見つめてから、ユウと向き合った。
「俺はハルカ。お前は?」
「ユウです」
 二人はあっさりと握手を交わした。アンリの力は大きいと、妹はつくづく感心していた。
「神の人選です。一人一人きっと意味があります。これが最善の顔ぶれですよ」
 レイも補うように言った。皆は、神官が告げた言葉の意味をそれぞれ考えた。川のせせらぎだけが、やけに大きく絶え間なく聞こえる。
「姫様方は、お休みください。もう夜も深まってきております。簡単な寝床ですが、用意してありますので」
 荷物が目隠しのように積んであり、その奥に横になれる場所があった。布が何重にも敷かれており、綺麗に整えられていた。
「あなたたちは、どこで寝るのですか?」
 アンリは自分たちだけ、と申し訳なさそうに言う。
「僕たちは、交代で見張りをしながら休みます。男ですから、どこでも寝られます。お気遣いいただき、ありがとうございます」
 レイに促され、姫二人は寝床で横になった。アマネは落ち着かないようで、しばらく姉と小声で何か喋っていたが、いつの間にかそれも聞こえなくなった。男四人は、それぞれの距離を保ち思い思いに過ごしていたが、姫が寝静まるとレイが小声で話し始めた。
「僕たちも、交代で休みましょう。僕とシュウト様で、今から見張りを受け持ちます。ユウ様とハルカ様は先にお休みください」
「わかった」
 ハルカは言葉を飲み込んで、了承した。どう考えてもその組み合わせが一番現実的だった。
「この国の領土を出るまでは、しばらく平穏に過ごせるとは思いますが」
「シュウトを頼む」
 ハルカは僅かに頭を下げた。
「安心してお休みください」
 レイは優しく微笑んだ。
「少し休んだら、すぐに代わるよ」
 ユウもそう言ってから、護衛も兼ねてと思っているのか、姫たちを隔てている荷物越しに背を預けた。野営も慣れているとみえて、すぐに眠りについた。ハルカも柱の近くで横になったのだが、しばらくは寝返りばかりしていた。シュウトとレイは何をするでもなく、静かに前方や両岸を眺めていた。辺りは静まり帰っており、ちゃぷちゃぷと水の奏でる軽やかな音、時たま遠くから響く動物の鳴き声だけが、世界を作っていた。細い月と数多の星が大地を照らすものの、ほぼ闇に近かった。慣れている人でなければ、夜はやはり怖いものだった。
 二人は会話することもなく、ただ月が傾き星がまわった。レイの方が気を遣って、距離を縮めすぎないようにしていた。
 数刻が経つとユウが起きだしてきて、レイに声をかけた。すっきりとした顔をしており、しっかり眠れたようだった。
「代わるよ」
 レイが思っていたより早かったため、心配そうに彼を見つめる。
「大丈夫。疲れは取れた」
「さすがは軍の精鋭ですね」
「しばらくは俺一人で受け持つよ。あの人はもう少し休んだ方がいいだろう」
 ユウがハルカに顔を向けて言った。つられてレイとシュウトもそちらを見る。ハルカは熟睡できていなさそうで、たまに寝苦しそうに身動きをしている。
「ありがとうございます」
 レイも納得して頭を下げた。
「シュウト様もお休みください」
 こくりと頷いて、ハルカの近くに腰を下ろし目を閉じた。レイも少し離れたところで横になる。それを見守ってから、ユウは船の前方に立って辺りを警戒した。

 空が白んでくると、一気に朝日が大地を差した。
 鳥たちが空を横切り、鳴き声を振りまいていく。船の上で朝を迎えた六人は、自然と目を覚ましていった。
「あれ、朝?」
 ハルカがびっくりして飛び起きた。すでにまわりはすっかり目覚めた顔だった。レイが近付いてくる。
「おはようございます。少しは休まりましたか?」
「起こしてくれて良かったのに」
 ハルカは不覚だ、と頭を掻きむしって溜息をついた。
「ユウ様が、見張りを一人で受け持つと言ってくださったものですから」
 起きたばかりでまだ頭が働いていないハルカだったが、ユウの名前が上がったため彼を探した。ユウは涼しい顔で、朝日に照らされていた。思っていたより若いなと、ハルカは突拍子もなく感じた。
「船の生活に慣れるまでは、しっかり休んだ方がいい。目的地に近づけば、それもできなくなるだろうから」
 ユウは真面目な顔で言った。
「頼もしいな」
 ハルカはくしゃっと笑った。
「だけど、これからはちゃんと働くよ。ただのお荷物になるのはごめんだ」
 姫二人も起きてきて、軽く挨拶を交わした。
「よく眠れましたか?」
 レイが気遣う。
「ええ。しっかり休めたわ」
「外で眠るのって、気持ちいいわね」
 アマネは楽しそうに言った。ユウがやれやれとため息をつく。
「遊びじゃないんですからね、アマネ様。敵の襲撃を警戒してください」
「いいじゃない、ユウ。いいお天気よ」
 ユウはどうにかしてほしいとアンリに視線を送るが、彼女も首を振るだけだった。レイが間を取り持つ。
「王宮の支配下を出るまで、十日ほどしょう。それまでに、皆さんは船に慣れてください。そして、アンリ様アマネ様、ハルカ様はそれまでに少し剣を鍛えましょう。ユウ様、ご指導お願いできますか」
「…ああ」
 ユウは初耳だったらしく、少しどもりながら返事をした。
「面白そうね」
 相変わらずアマネには、緊迫感の欠片もなかった。
「日中の見張りは僕とシュウト様で受け持ちます」
 太陽は昇ったばかりだというのに、激しく燃えて大地を熱していた。気温は高いものの、からっとしているためそこまで苦にはならない。ただ、肌を覆う衣がかなり熱を含んでいた。乾いた風が時折ふわっと吹き抜けていく。
 姫二人の体力を気遣い、ユウは剣の基礎である握り方からゆっくり教えた。ユウを囲んだ三人は、真面目そうな顔で話を聞いていた。レイとシュウトはその様子を船の先頭から眺めた。
「神官は剣を扱えるのか?」
 シュウトは何の前触れもなく、ぼそっと訊ねた。
「個人的に、訓練しました。こういう事になるとわかっていましたから」
 レイは喜びを隠して、落ち着いて言葉を返した。シュウトの顔を窺ったが、僅かな表情の変化も見られない。
「神は居るのか」
 レイには意外な質問だった。そんな事に興味を持っているようには見えなかったからだ。何と答えようかしっかりと吟味してから、話し始めた。
「居ます。あなたと旅することも、教えてくださいましたよ」
 シュウトが興味を示したのが、レイにもわかった。調子づいて言葉を続ける。
「あなたが苦痛に襲われていた原因は、あの美しい生き物でした。あれはきっと神が姿を変えたものでしょう」
「神はなぜ俺なんかに?」
「貴方は特別な方です。この世でたった一人、神になれるお方」
「まさか。人より長く生きているだけだ」
「そうですね。けれど、貴方は感じておられるはず。ご自分のすべき事、ご自分の果てを」
 二人は船の前方で前を見据えながら話していた。景色が流れるように過ぎていく。シュウトには慣れない、眩しい世界だった。レイの言葉はじんわりと胸に沁みて、余韻を残していた。白猫が少しだけ教えてくれた未来が、これから起ころうとしているのだ。無風だったシュウトの世界に、やっと流れが生じた気がした。背中を押す暖かい風だった。
「希望はあるのか」
「ええ」
 レイは年齢に似合わない、何もかも悟ったような笑顔を浮かべた。不確定なことなのに、信じる自信を与えてくれる。
「神は見守っていてくださいますよ。いつも貴方の味方ですから」
「なぜ神官は神の声を聞けるんだ?」
「修行をしますからね。体から魂を開放すると、少しだけ神に近い場所に行けるのです」
「…?」
 レイの言っている意味が分からず、首を傾げた。
「シュウト様はそんな事をする必要はないですよ。貴方は神と手を取り合える存在ですから」
 愉快そうにレイは笑ったが、調子を改めて言った。
「人間の体を離れる時まで、少しの辛抱です」
 シュウトは心を突かれて、何も言えなかった。レイの言葉は白猫が言っているように聞こえてしまう。
「それまでに、苦難もあれば、初めて知る愉しみもあるでしょう。生きてきてよかったと、きっと思えるはずです」
 優しい声音だった。白猫が彼の体を借りて語っているようだった。
 シュウトは目を細めて太陽を見極めようとしたが、光の鋭さにすぐに負けて顔を逸らした。
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