22 / 62
迎え
しおりを挟む
月が昇った。
シュウトは今日は眠れずに、日中も墓をうろうろしていた。そして、夕暮れが近づくと高台に登り、別れの挨拶の代わりに笛を奏でた。墓の護衛たちや、供物を運んでくる神官たちも、首を傾げて足をとめた。か細く、しかし、消え入ることはない、澄んだ音色。どこか悲しげでもあり、ありがとうの言葉のようでもあった。
空は橙色に染まり、じんわりと笛の音を響かせてくれる。ハルカに届けばいいと、切に願った。日が沈んで辺りが暗くなっても、笛を吹きやめることができなかった。
あの日以来、満月までは何日かあったはずだった。しかし、シュウトはハルカに一度も会いに行かなかった。レイたちに同行する、一人で行く、という決心が揺らいでしまいそうだったからだ。
後悔しても遅かった。今日は満月だった。大地がほの白く輝いているようで、月の光は優しく全てを照らしてくれた。高台から、すでに来訪者が確認できていた。音が乱れるため、笛を吹くのをやめた。ついに来た。シュウトの人生を大きく動かすであろう人物たち。神官、護衛はこの間と変わらない出で立ちだったが、姫二人は、村人のような質素な衣服で身を包んでおり、遠くからでは性別がわからない。ただ、どう見ても小柄な体型であり、別人とまでは思わなかった。
高台に登る足音は一つだった。軽やかに白い衣をたなびかせている、レイだった。
彼は全て知っていたように微笑み、シュウトと対面した。
「お迎えにあがりました、シュウト様」
シュウトは静かに頷いて、彼に付き従った。
「下で三人も待っています」
あの護衛と再び顔を合わせた時、彼はどのような表情をするだろうか。受け入れられたいとは思わないものの、毛嫌いされるのも気分がいいわけではない。ただ、目的を果たすための存在に過ぎないのだろう。いつもより心臓が大きく鳴っている気がしたが、それが何故なのかはわからなかった。
シュウトは実に静かに迎え入れられた。姫たちも浮かれてはおらず、いよいよだと厳しい顔つきをしている。護衛も同じだった。
「ご紹介しましょう」
レイが間を取り持って言った。
「現王の姉姫、アンリ様。妹姫のアマネ様。彼女たちの護衛のユウ。そして、僕は神官のレイです」
「力を貸してくださって、ありがとうございます」
アンリは三人を代表して、お辞儀をした。シュウトはお礼を言われる意味が分からず、ぼんやりと聞いただけだった。
「そして、この方がシュウト様です」
皆の視線がシュウトに注いだ。どこを見ていいか分からず、小さく頭を下げた。
「僕たちはこれから、北へ向かいます。姫君のことを考えて、歩くより船で川を下ろうと思います。その方が圧倒的に早く目的地に着ける。ただ、逆に狙われやすくもなる。シュウト様、ユウ様には、働いてもらわなければなりません」
「わかった」
ユウはてきぱきと返事をした。
「遠征地に近づいて見張りが厳しくなる前に、船を捨てて、歩いて進んだ方がいいだろうな」
「そうですね」とレイが相槌を打つ。「軍の動きに詳しい方がいると、やはり助かりますね」
アマネは少しにやりとし、満足げに頷いた。
「船を用意してあります。先へ進みましょう」
レイは皆を促して、川へ向かおうとした。
「待った」
突然声が掛かって、全員動かしかけた足をとめた。シュウトには馴染みのある声。駆け足で近寄ってきたのは、ハルカだった。一番驚いたのはシュウトだった。
「あなたは」
アンリ姫が最初に声を上げた。
「覚えててくれたんだな。嬉しいよ」
ハルカは満面の笑みでアンリ姫と向き合った。そして、レイを見た。
「俺も行くよ。いいだろ?」
ハルカが加わると、空気が一瞬で変わった。どこか前向きで、陽気ささえ感じさせる。
ただ、レイは口をつぐんで何も言わなかった。代わりにシュウトが慌てて質問した。
「テルスは?仕事はどうするんだ」
ハルカと視線を合わせると、彼が揺るがないことが分かった。自信たっぷりの笑みを浮かべている。
「親父にはちゃんと了解してもらったよ。有能な弟たちもいるしな。心配ない。アンリ姫と旅できるなんて、こんなチャンスはもう二度とないだろうからな」
愉快そうに笑うハルカを、皆は心配そうに見守った。一番顔を曇らせていたのはレイだった。
「この前言ったこと、忘れたわけじゃないよね?最悪の場合は死ぬかもしれない」
ハルカ以外は、顔を強ばらせた。レイが言うということは、現実になる未来なのだろう。
「いやだ」
シュウトが小さくこぼした。だが、彼が来てくれるのは正直嬉しかった。矛盾した思いが飛び交ってしまう。そんなシュウトの様子を、ハルカは嬉しそうに見つめた。
「この先何が起きようと、絶対に後悔はしない。約束するよ」
シュウトはいまいち飲み込めなかった。墓の死んだ王たちを守るのは簡単だった。もともと、命は存在しないからだ。大軍と戦いながら、ハルカたちを守ることができるだろうか。一撃を浴びれば、人の命はあっという間に消えてしまう。それほど自分の力を信じられなかった。
「これでも男だ。自分のことはちゃんと自分で守れる。お前は、敵と戦うことだけ考えればいい」
シュウトは今日は眠れずに、日中も墓をうろうろしていた。そして、夕暮れが近づくと高台に登り、別れの挨拶の代わりに笛を奏でた。墓の護衛たちや、供物を運んでくる神官たちも、首を傾げて足をとめた。か細く、しかし、消え入ることはない、澄んだ音色。どこか悲しげでもあり、ありがとうの言葉のようでもあった。
空は橙色に染まり、じんわりと笛の音を響かせてくれる。ハルカに届けばいいと、切に願った。日が沈んで辺りが暗くなっても、笛を吹きやめることができなかった。
あの日以来、満月までは何日かあったはずだった。しかし、シュウトはハルカに一度も会いに行かなかった。レイたちに同行する、一人で行く、という決心が揺らいでしまいそうだったからだ。
後悔しても遅かった。今日は満月だった。大地がほの白く輝いているようで、月の光は優しく全てを照らしてくれた。高台から、すでに来訪者が確認できていた。音が乱れるため、笛を吹くのをやめた。ついに来た。シュウトの人生を大きく動かすであろう人物たち。神官、護衛はこの間と変わらない出で立ちだったが、姫二人は、村人のような質素な衣服で身を包んでおり、遠くからでは性別がわからない。ただ、どう見ても小柄な体型であり、別人とまでは思わなかった。
高台に登る足音は一つだった。軽やかに白い衣をたなびかせている、レイだった。
彼は全て知っていたように微笑み、シュウトと対面した。
「お迎えにあがりました、シュウト様」
シュウトは静かに頷いて、彼に付き従った。
「下で三人も待っています」
あの護衛と再び顔を合わせた時、彼はどのような表情をするだろうか。受け入れられたいとは思わないものの、毛嫌いされるのも気分がいいわけではない。ただ、目的を果たすための存在に過ぎないのだろう。いつもより心臓が大きく鳴っている気がしたが、それが何故なのかはわからなかった。
シュウトは実に静かに迎え入れられた。姫たちも浮かれてはおらず、いよいよだと厳しい顔つきをしている。護衛も同じだった。
「ご紹介しましょう」
レイが間を取り持って言った。
「現王の姉姫、アンリ様。妹姫のアマネ様。彼女たちの護衛のユウ。そして、僕は神官のレイです」
「力を貸してくださって、ありがとうございます」
アンリは三人を代表して、お辞儀をした。シュウトはお礼を言われる意味が分からず、ぼんやりと聞いただけだった。
「そして、この方がシュウト様です」
皆の視線がシュウトに注いだ。どこを見ていいか分からず、小さく頭を下げた。
「僕たちはこれから、北へ向かいます。姫君のことを考えて、歩くより船で川を下ろうと思います。その方が圧倒的に早く目的地に着ける。ただ、逆に狙われやすくもなる。シュウト様、ユウ様には、働いてもらわなければなりません」
「わかった」
ユウはてきぱきと返事をした。
「遠征地に近づいて見張りが厳しくなる前に、船を捨てて、歩いて進んだ方がいいだろうな」
「そうですね」とレイが相槌を打つ。「軍の動きに詳しい方がいると、やはり助かりますね」
アマネは少しにやりとし、満足げに頷いた。
「船を用意してあります。先へ進みましょう」
レイは皆を促して、川へ向かおうとした。
「待った」
突然声が掛かって、全員動かしかけた足をとめた。シュウトには馴染みのある声。駆け足で近寄ってきたのは、ハルカだった。一番驚いたのはシュウトだった。
「あなたは」
アンリ姫が最初に声を上げた。
「覚えててくれたんだな。嬉しいよ」
ハルカは満面の笑みでアンリ姫と向き合った。そして、レイを見た。
「俺も行くよ。いいだろ?」
ハルカが加わると、空気が一瞬で変わった。どこか前向きで、陽気ささえ感じさせる。
ただ、レイは口をつぐんで何も言わなかった。代わりにシュウトが慌てて質問した。
「テルスは?仕事はどうするんだ」
ハルカと視線を合わせると、彼が揺るがないことが分かった。自信たっぷりの笑みを浮かべている。
「親父にはちゃんと了解してもらったよ。有能な弟たちもいるしな。心配ない。アンリ姫と旅できるなんて、こんなチャンスはもう二度とないだろうからな」
愉快そうに笑うハルカを、皆は心配そうに見守った。一番顔を曇らせていたのはレイだった。
「この前言ったこと、忘れたわけじゃないよね?最悪の場合は死ぬかもしれない」
ハルカ以外は、顔を強ばらせた。レイが言うということは、現実になる未来なのだろう。
「いやだ」
シュウトが小さくこぼした。だが、彼が来てくれるのは正直嬉しかった。矛盾した思いが飛び交ってしまう。そんなシュウトの様子を、ハルカは嬉しそうに見つめた。
「この先何が起きようと、絶対に後悔はしない。約束するよ」
シュウトはいまいち飲み込めなかった。墓の死んだ王たちを守るのは簡単だった。もともと、命は存在しないからだ。大軍と戦いながら、ハルカたちを守ることができるだろうか。一撃を浴びれば、人の命はあっという間に消えてしまう。それほど自分の力を信じられなかった。
「これでも男だ。自分のことはちゃんと自分で守れる。お前は、敵と戦うことだけ考えればいい」
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる