太陽の猫と戦いの神

中安子

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答え

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「あまりにも突然だよな」
 舟が東へ渡っていくのを見届けてから、ハルカが口を開いた。
 感慨深げな表情だった。シュウトも同じような調子で、二人してぼんやりと空を眺めていた。
「どうするんだ?」
 ハルカは本当に知りたいでもない口調だった。自分自身に問うているような感じだった。お互いに何も言えなかった。すすめるのも引き止めるのも、どこか違う気がしたのだ。
「行かない」
 シュウトはぼそりと呟いた。そう言っている横顔は、悩み込んでいた。ハルカはちらと見ただけでわかってしまった。だからと言って、今日ばかりはハルカも気の利いた言葉は掛けられなかった。
「いいのか」
「俺の居場所はここだけだ。ハルカがいる」
 ハルカは空を見上げながら、顔をくしゃっとさせて笑った。力はなかったが、心からの笑顔だった。
「親父の言葉なら、気にすることないぞ。お前が本当にやりたいと思うことをやればいい。王を助けたらここに戻ってくるだろう」
 シュウトははっとしてハルカを見た。自分には一切なかった考え方だった。ここは帰ってこられる場所なのだろうか。
「その時は、また酒でも一緒に飲もうぜ」
 本当は、ハルカ自身が一番行きたいはずだった。ずっと思い続けたアンリ姫が居るのだ。今の立場でなかったら、ハルカは喜んで参加しただろう。
「アンリ姫を守ってあげてくれ。お前が居れば安心だ」
 いつものように声に力はないものの、偽ってはいなかった。それがハルカの本心だと感じた。返事はせず、立ち上がったハルカを見守った。
「今日は帰るよ。何日か時間がある。ゆっくり悩むといい。相談したいことがあったら、いつでも村へ来てくれ」
 シュウトは一度頷くと、ハルカが歩いていくのを座ったまま見送った。大きく深呼吸をする。
 星屑たちが空を霞ませて、答えを隠してしまっているようだった。笛も吹く気にはならなかった。音は自分の気持ちをありのままに表してしまう。
 知らない者たちと、共に行くことができるだろうか。今までずっと独りきりで生きてきたのに。ハルカは例外だった。彼は、神が与えてくれた唯一の贈り物だ。あの護衛の目が頭から離れなかった。この世の者を見る目ではなかった。それは、当たり前だと自分でも思う。百人が見たら百人とも、彼と同じことを感じる。宿命がどうであれ、彼はきっと、シュウトが同行することを望まないだろう。それが普通だ。逆に、他の神官と姫二人が常識の範囲から逸脱しているのだ。一度シュウトの異常な戦い方を目の当たりにしているはずで、おかしく思わないはずはなかった。
 必ず成し遂げたい目標のためなら、手段を選ばないのだろうか。シュウトには不思議でしかなかった。
 人は、やるべきことが終わったら死ぬ。この世でしなければならないことがある。だから生きている。
 いつかの白猫の言葉が思い出された。今までシュウトが生きてきた中で、人に頼られたことなど一度もなかった。皆冷たい視線を注ぐだけで、一定の距離を保っている。空気のようであり、居ても居なくても、何も変わらないと思い続けてきた。だから、唯一声をかける死んだ王たちに力を貸すようになった。それを千年近く続けてきたのだ。今更、何かを望むこともなかった。ただ、二度と覚めない夢に落ちたら、どんなに幸せだろうと思うだけだった。
 思い返せば、謎の光が墜ちて来たあの日から、全ては動き出していた。シュウトはハルカたちと出会い、白猫が現れた。彼らはシュウトを一人の人間として、そこに存在させてくれた。自分で自分のことがわからずとも、どれだけの歳をとり人間離れしようとも、認めてくれたのだ。彼らが居てようやく、同じ時を生きているのだと感じることができた。白猫はどこかへ消えてしまったが、彼女が与えてくれた大きな転機ではあった。王さえ守れば、役目は終わって帰ってこられる。ただ、ハルカに再び会える様が想像できなかった。役目の終わりは、人生の終わりを意味する。ずっと待ち続けた死が訪れるのだ。「これから起こる全てのことを受け入れるなら、必ず目的を果たす時がくる」。白猫の言葉は、重たくシュウトの心に留まっていた。“北の地”に帰らなければならない。そこで、すべきことが待っているのだろう。漠然としすぎているが、白猫の予言とも合っている。
 行かなければならない。シュウトの中で答えが出た。一つだけ気になることがあるとすれば、ハルカだった。別れの挨拶をしなければならないと思うのだが、それも気が乗らなかった。せっかく結ばれた糸を、自らの手で切ってしまいたくなかった。彼には、待っていてほしかった。北へ行ってしまえば二度と帰ってこられないと、断言できるわけでもない。どういう形で死を迎えるのかは、わからないのだ。白猫は、最期にわがままを聞いてくれるだろうか。もしかしたら、ハルカは一緒に来てくれるかもしれないという期待も、頭の片隅にはあった。ただ、なるべく考えないようにした。旅立つ日になって、がっかりするに決まっている。自分が傷つかないためには、何も望まないのが正解だった。
 いざここを離れると思うと、少し淋しい気もした。墓の王たちを守り続け、彼らはずっと頼ってくれたのだ。せめてあと数日しっかり務めを果たそうと、立ち上がって高台を降り、墓を回った。

「本当に、あいつを連れて行かなきゃいけないのか」
 ユウは落ち込んだ声でこぼした。
 四人はあれから王宮へは戻らなかった。神殿の近いところに、レイが小さな空き家をあらかじめ確保していた。質素なものだったが、姫二人は疲れもあって、着くなり横になりぐっすりと眠っていた。ユウとレイは起こさないように家の外へ出て、見張りも兼ねて壁に背を預け座った。
「王を救うには、彼が必要です。僕たちだけでは、戦うことができない」
 実際に剣を振るうのは、ユウだけだった。旅の顔ぶれを改めて考えると、ユウは三人を守りながら、王も助けなければならない。それはどれだけ上手く立ち回ろうとも不可能だった。
「他に、頼りになる戦士はいないのか」
「残念ながら。人数を集めようとすれば、足がつくでしょう」
 どこまでキヌンの手が伸びているかは、ユウにもわからなかった。あいにく信頼できる仲間もいない。
「彼だったら、たった一人で大軍を相手にできる」
 ユウは信じられないという顔でレイを見た。そんなこと出来るわけがない。彼の言っている意味が理解できなかった。
「実際に目にすれば、考えも変わるはずです」
 レイは冗談めかさずに、何か思案している表情だった。
「あなたの感じていることはもっともです。姫君たちを危険に巻き込みたくない。怪しい人物を側に置いて旅などできない」
 二人は視線を合わせた。レイが突然、ふっと笑みを浮かべたため、ユウはぎょっとした。
「特にアマネ様に関しては、心配で仕方ないでしょうね」
「……」
 ユウはぽかんと口を開けてしまった。その不敵な微笑みは、心の奥底まで知り尽くしているようだった。取り繕うことも否定することもできなかった。本当に見透かされているのなら、何を言っても馬鹿らしい。
「姫様方は無事に帰ってこられるのか?」
「ええ、あなたとシュウト様が来てくださるのなら」
「何故わかる」
「特別な神官だからですよ」
 まだ幼さの残る顔立ちなのに、かなり歳を重ねているように感じさせる不思議な青年だった。ユウは思い直し、改めて彼を見つめる。
「私は全力で姫様方を守る。そのために行こう」
 レイは満足そうに頷いた。
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