太陽の猫と戦いの神

中安子

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対面

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「アンリ様、ご足労いただきありがとうございます。アマネ様、ユウ様も、よくおいでになられましたね」
「どうして私たちの名前を知ってるの」
 アマネが間の抜けた声で聞いた。
「僕は神官の精鋭ですから」
 面白そうに笑っている青年を、三人は恐ろしげに眺めた。それに気付いた神官は、姿勢を正して畏まった。
「はじめまして。神官のレイといいます。神のお告げを聞いたため、この間アンリ様とお話させていただきました」
「彼が、キヌン様の裏切りを教えてくれたの」
「…お告げですか」
 ユウは信じられないという顔で、ため息と共にこぼした。
「信じてくださいとは言いません。ただ、あなたがた三人、同じ船に乗り旅することでしょう」
「危ない道のりじゃないのか」
 ユウは祈るようにレイに訊ねた。今まで薄く微笑んでいたレイが、口を結んで俯いた。
「危険なのは間違いありません。ただ、ユウ様がいてくださらなければ、さらに望みのない道になるでしょう」
 これ以上ユウは何も言えなかった。神官の言う事は的確だった。
「とりあえず、神に会いに行きましょう。よければ皆様ご一緒に。決めるのは、それからでも遅くないでしょう」
 アマネだけが始終嬉しそうに、その様子を眺めていた。
 四人は小さな小舟に乗り、川を渡った。皆口数は少なく、たまにレイが独り言のように喋るだけだった。彼以外は、西の地へ行くのは葬いの儀式があるときだけだった。明かりもなく、静まりかえった大地は、人を拒んでいるような気がした。巨大な岩壁は、死後の世界を思わせる、乾いた温もりのないものだった。せせらぎだけが、心を和ませるように、急き立てるように、柔らかく鳴いていた。
 四人は西の地に降り立つと、黙々と歩いた。王家の墓に向かう道であり、初めてではなかったのだが、緊張感がそうは思わせなかった。さらさらとした砂の地は歩きづらく、闇の中では一層心細く感じさせた。
「本当に、この辺りにいるの?」
 アマネが乱れた呼吸と共に言う。一日の疲れが溜まって、弱音を吐きたくなるのも無理はなかった。アンリもユウも、同じ気持ちだった。
「もうすぐですよ」
 そう言いながらも、今度は岩壁を登り始めたのだった。三人はげんなりして、しかし文句は言えずその後を大人しくついて行くしかなかった。


「誰か来る」
 シュウトは飲み物を置いて、剣に手をかけた。
「本当か」
 ハルカも突然のことに驚いて、慌てて身構えた。
 久しぶりにハルカはシュウトを訪ねていた。仕事や父の看病がまだ落ち着いていないため、あまり自由な時間がなかった。ただ、少し余裕ができると、酒を片手に墓まで来て、シュウトと夜を過ごすのだった。
 墓のどこかに盗賊が現れることはあっても、この高台に何者かが辿り着くことは無かった。二人は緊張した顔を見合わせた。
「逃げるか?」
 ハルカが茶化すように言った。
「ここへの道は一本道のはずだ。逃げるならここから飛び降りて死ぬことになるな」
 シュウトも不気味に笑って返した。
「大丈夫、すぐに終わらせるから」
 相手が高台を登りきってすぐに、叩き落とせばいいだけだった。急な斜面を転がり落ちていくことだろう。
 ただ、あまりに予想外な顔ぶれに、シュウトは立ちすくんでしまった。墓には似合わない美しい姫二人、神官、護衛という、わけのわからない組み合わせだ。彼らに敵意を感じられず、シュウトは戸惑うばかりだった。
「あっ、お前!」
 何故かハルカが声を上げた。指を差した先には、若い神官。彼はにんまりと微笑むと、片膝をついて頭を下げた。
「シュウト様。お願いがあって参りました」
 名前を呼ばれたのと、こんなに畏まられたのが初めてで、思わずたじろいでしまった。
 代わりにハルカが不思議そうに訊ねた。
「何のお願いだ?こんな辺鄙なところまで、はるばる姫さんがたまで連れて」
 アンリに会えた喜びもあるが、こんな夜に姫が出歩いているなど、危険なことこの上ない。少々非難も込めた口調だった。
「現王、メリアメ王の命が狙われているのです。彼は北の遠征の地で、部下たちの寝返りにあい、猛襲を受けることでしょう。それを、阻止したいのです」
「寝返りなんて、よくあることだろう。なんでわざわざ…」
 シュウトの言いたいことを全部、ハルカが代弁してくれた。しかし、ハルカは口をつぐんでしまった。アンリ姫が前に進み出たからだった。
「メリアメ王は私の父です。何としても守りたいのです。シュウト、力を貸していただけませんか?」
 続けてレイも言った。
「あなたでなければ、他の誰にも成すことは出来ません。この世で一番、神に近いお方なのですから」
「俺でなくても、王宮にはいくらでも強い奴がいるだろう」
 誰にも届かないくらいの声量だった。
「一緒に行こうよ」
 アマネが空気も読まず、楽しそうな声を上げた。すぐさまシュウトに細い目で睨まれ、ユウの後ろに去がった。
「レイ、あいつは神には見えない」
 ユウは納得できなかった。初めてシュウトを目の当たりにしたのだが、目つきの悪さとくすんだ布を全身にまとった姿は、異端だった。あてもない放浪者のような、負の空気に包まれた者だ。
「むしろ死神に近い」
 ぼそっと言っただけだったが、ハルカは聞き逃さなかった。
「なんだと」
 詰め寄ろうとしたところを、レイが軽やかな身のこなしで制した。
「お待ちください。今日のところは帰ります」
 レイが下手に出たので、ハルカはぐっと堪えて立ち止まった。その言葉を合図にユウやアマネたちが高台を降り始めている中、レイだけは実にゆっくりと歩を進めた。最後、振り返ってもう一度シュウトを見つめる。
「あなたも感じておられるはず。あなたの使命は北にあります。私は神の声を聞く者。神官のレイです。一度、お会いしたことがありますよね」
 シュウトは何も言わず彼を見つめた。シュウトが感じてきた今までの不満を、彼は知っているような気がした。畳み掛けるように、レイは続ける。
「あなたはきっと来てくださいます。次の満月の夜、お迎えに上がります。私達四人と共に、北へ向かいましょう。その時までに、よく考えておいてください」
「俺は?」
 ハルカが決まり悪そうに言った。
「シュウト一人じゃさすがに心配だ」
 レイは静かに向き合った。何かを知っている顔だった。神官は侮れないと、ハルカは再び思うことになった。
「父の調子が良くないのでは?墓の仕事もあるはず。旅に出たハルカには、良くない未来が見えてしまう。僕は、ここに残るべきだと思う」
 ハルカは小さく、「そうか」と言った。
 二人は去っていく神官の後ろ姿を見送った。
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