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プロローグ
すくえない医者
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私は、美しいものを救えない医者だ。
目の前の光景を、私は見守ることしかできなかった。
「あははは……!!」
笑い声が、屋敷の天井に反響する。
女の体は、赤い宝石をまとっているように煌めいていた。
私は、陰陽師――蘇芳。
目の前の光景に、心を奪われていた。
平安京では、触れると皮膚が裂け、赤い宝石となる病が流行っている。
【玉瘡】という病だ。
目の前で、その病に冒された女が笑っていた。
笑い声が、屋敷の天井に反響する。
皮膚が裂け、内側から赤い石が顔を出す。
まるで柘榴の実を、そのまま宝石にしたかのようだった。
恐ろしくも、魅惑的な光景。
赤い宝石は次々と肌を破り、女の体を飾っていく。
やがて笑い声は途切れ、そこには真っ赤な薔薇のような宝石だけが残った。
「……なんて美しいのでしょう。病というものは」
あぁ、触れられないなんて、勿体ない。
その声が、静かに屋敷に溶けた。
◆
満月が桜を照らしていた。
私は、その月をつかもうと手を伸ばした。
その瞬間、手の皮膚は裂け、そこから赤い石――まるで紅玉のような宝石が覗いた。
豪華絢爛な屋敷の中、絹の着物をまとった私は、無表情な木偶人形に取り囲まれていた。
月明かりに照らされる宝石だけが、きらきらと煌めく。
屋敷も着物も、もう必要のないものだと分かっているのに…私は笑ってしまった。
「うふふ あはは」
ふと顔に影が落ちた。
水琴窟のような少女の声が響く。
「動かしてはいけませんよ」
かぐわしい白檀の香りが鼻をかすめる。
目をやると、肌の白い、十四歳ほどの少女が立っていた。
真っ黒な髪から覗く瞳は、夜空の月のように輝く。
服はすべて真っ白、表情は暗く、無機質で人形のような少女だと思った。
「蘇芳《すおう》、あなたには迷惑かけたわね」
私は蘇芳に声をかける。
蘇芳は数秒私を見つめ、無表情のまま唇を噛む。
その指には、木偶人形につながる細い糸が見えた。
人形はギィギィと音を立て、私を抱きかかえる。
他の人形も同じく後ろをついてくる。
こうして、私の死出の旅は始まった。
木偶人形に抱えられ、豪華な屋敷を後にする。
この体になってから、人は私に絶対に触れない。私の病は“うつる”からだ。
子を失い、寂しさに耐えられず、私は自分に触れた。
皮膚が裂け、赤い宝石が生まれた。
まるで体の奥から花が咲くように。
仕える女房《じゅうしゃ》に見せると、触れた瞬間の温もりを感じた。
美しい宝石を通じて、人と繋がれる喜び……それは不思議で、少し危険で、とても愛おしかった。
しかし、女房も人々も、やがて来なくなる。
私は気づいた。
私は穢れてしまったのだ、と。
もう一度だけ誰かに抱きしめてほしい。
長く、人の体温を感じていない。
触れても、もう温もりは返ってこない。
少女と人形を見つめる。
目が合い、蘇芳は少し眉を顰めた。
木偶人形が私を抱きかかえる。
蘇芳は私を見つめながら、
「この病は治せません。
何か最後の望みはありますか?」
と言った。
私は意地悪を言いたくなった。
「ないわ。私はこれから都の外に放り出され、孤独に死ぬのでしょう?」
蘇芳は肯定も否定もせず、私を見つめた。
その時、遠くの記憶が蘇る。
病にかかり私と引き離された同い年の子のこと。
自分の腕が鉛のように重く、動かすのも辛い。
蘇芳の頬に触れようとしたその瞬間、皮膚が裂けて宝石が覗いた。
美しく、恐ろしい宝石。
ほどなくして、都の外へ通じる赤い門が見えた。黒衣の門番と、黄金の瞳を持つ蘇芳が頷きあい、門は開く。
木偶人形だけが私と共に門の外へ出る。
久しぶりの外気は、肺まで冷たく浸みる。
木偶人形に下ろされ、一緒についてきていた木偶人形も私を取り囲むようにしゃがんだ。
湿った土の香りに包まれる。
土の香りに包まれて何かが焼けた匂いもした。
ここが、私にふさわしい場所なのだろう。
医者も祈祷師も、陰陽師も、私を救わなかった。
神も仏も、私を見捨てた。
ならば私は、孤独をすべてに振りまく。
ただ温かな手があればーーそれだけで。
パキピキピキ――。
私の皮膚が裂ける音が響く。
あぁ…目の前がマ、エが真っ赤に染まる。
「救えなかった」
水琴窟のような声が聞こえた気がした。
目の前を青い炎が囲む。
なんて、綺麗な青。
それが私の見た最後だった。
◆
私は陰陽師、蘇芳。
目の前の青い炎が、私の目を焦がしていた。
周りを取り囲んだ木偶人形の口が裂け、青い炎が病から妖へと変化をする寸前だった彼女を包む。
浄化の炎だ。
あまりの熱さに木偶人形を操っていた糸が溶ける。
木偶人形は青い炎を出すのをやめ、無機質な人形へ戻った。
鼻につく焦げ臭い香りがする。
私は人が”いた”場所へと近づいた。
思わず手を合わせる。
月明かりに照らされ、地面にひとかけらの赤い宝石が落ちていた。
「なんて美しいのでしょうか」
私は、それを拾い上げ、懐から手のひらサイズの藁人形を取り出す。
人形の腹には、小さな口が縫い込まれている。
そこへ宝石を押し込む。
「また、1つ増えた」
私は、その人形に頬擦りした。
後ろから、綿のような軽さのある男性の声が蘇芳にかかる。
「よくやりましたね。病は祓うか、祓えなければ抹消せねばなりません」
「師匠」
私は目を伏せてそっと、藁人形を隠すように懐へ入れて答える。
暗闇で表情が見えないが、白い装束を着た私の師匠が立っていた。
進行が進んだ病は治せない。陰陽師の基本。
私は陰陽師。
この都を病から守る仕事をしている。
祓えなければ、抹消する。
それがこの都の“医者”だった。
――救えない医者。それが私、蘇芳だ。
少なくとも、今は。
目の前の光景を、私は見守ることしかできなかった。
「あははは……!!」
笑い声が、屋敷の天井に反響する。
女の体は、赤い宝石をまとっているように煌めいていた。
私は、陰陽師――蘇芳。
目の前の光景に、心を奪われていた。
平安京では、触れると皮膚が裂け、赤い宝石となる病が流行っている。
【玉瘡】という病だ。
目の前で、その病に冒された女が笑っていた。
笑い声が、屋敷の天井に反響する。
皮膚が裂け、内側から赤い石が顔を出す。
まるで柘榴の実を、そのまま宝石にしたかのようだった。
恐ろしくも、魅惑的な光景。
赤い宝石は次々と肌を破り、女の体を飾っていく。
やがて笑い声は途切れ、そこには真っ赤な薔薇のような宝石だけが残った。
「……なんて美しいのでしょう。病というものは」
あぁ、触れられないなんて、勿体ない。
その声が、静かに屋敷に溶けた。
◆
満月が桜を照らしていた。
私は、その月をつかもうと手を伸ばした。
その瞬間、手の皮膚は裂け、そこから赤い石――まるで紅玉のような宝石が覗いた。
豪華絢爛な屋敷の中、絹の着物をまとった私は、無表情な木偶人形に取り囲まれていた。
月明かりに照らされる宝石だけが、きらきらと煌めく。
屋敷も着物も、もう必要のないものだと分かっているのに…私は笑ってしまった。
「うふふ あはは」
ふと顔に影が落ちた。
水琴窟のような少女の声が響く。
「動かしてはいけませんよ」
かぐわしい白檀の香りが鼻をかすめる。
目をやると、肌の白い、十四歳ほどの少女が立っていた。
真っ黒な髪から覗く瞳は、夜空の月のように輝く。
服はすべて真っ白、表情は暗く、無機質で人形のような少女だと思った。
「蘇芳《すおう》、あなたには迷惑かけたわね」
私は蘇芳に声をかける。
蘇芳は数秒私を見つめ、無表情のまま唇を噛む。
その指には、木偶人形につながる細い糸が見えた。
人形はギィギィと音を立て、私を抱きかかえる。
他の人形も同じく後ろをついてくる。
こうして、私の死出の旅は始まった。
木偶人形に抱えられ、豪華な屋敷を後にする。
この体になってから、人は私に絶対に触れない。私の病は“うつる”からだ。
子を失い、寂しさに耐えられず、私は自分に触れた。
皮膚が裂け、赤い宝石が生まれた。
まるで体の奥から花が咲くように。
仕える女房《じゅうしゃ》に見せると、触れた瞬間の温もりを感じた。
美しい宝石を通じて、人と繋がれる喜び……それは不思議で、少し危険で、とても愛おしかった。
しかし、女房も人々も、やがて来なくなる。
私は気づいた。
私は穢れてしまったのだ、と。
もう一度だけ誰かに抱きしめてほしい。
長く、人の体温を感じていない。
触れても、もう温もりは返ってこない。
少女と人形を見つめる。
目が合い、蘇芳は少し眉を顰めた。
木偶人形が私を抱きかかえる。
蘇芳は私を見つめながら、
「この病は治せません。
何か最後の望みはありますか?」
と言った。
私は意地悪を言いたくなった。
「ないわ。私はこれから都の外に放り出され、孤独に死ぬのでしょう?」
蘇芳は肯定も否定もせず、私を見つめた。
その時、遠くの記憶が蘇る。
病にかかり私と引き離された同い年の子のこと。
自分の腕が鉛のように重く、動かすのも辛い。
蘇芳の頬に触れようとしたその瞬間、皮膚が裂けて宝石が覗いた。
美しく、恐ろしい宝石。
ほどなくして、都の外へ通じる赤い門が見えた。黒衣の門番と、黄金の瞳を持つ蘇芳が頷きあい、門は開く。
木偶人形だけが私と共に門の外へ出る。
久しぶりの外気は、肺まで冷たく浸みる。
木偶人形に下ろされ、一緒についてきていた木偶人形も私を取り囲むようにしゃがんだ。
湿った土の香りに包まれる。
土の香りに包まれて何かが焼けた匂いもした。
ここが、私にふさわしい場所なのだろう。
医者も祈祷師も、陰陽師も、私を救わなかった。
神も仏も、私を見捨てた。
ならば私は、孤独をすべてに振りまく。
ただ温かな手があればーーそれだけで。
パキピキピキ――。
私の皮膚が裂ける音が響く。
あぁ…目の前がマ、エが真っ赤に染まる。
「救えなかった」
水琴窟のような声が聞こえた気がした。
目の前を青い炎が囲む。
なんて、綺麗な青。
それが私の見た最後だった。
◆
私は陰陽師、蘇芳。
目の前の青い炎が、私の目を焦がしていた。
周りを取り囲んだ木偶人形の口が裂け、青い炎が病から妖へと変化をする寸前だった彼女を包む。
浄化の炎だ。
あまりの熱さに木偶人形を操っていた糸が溶ける。
木偶人形は青い炎を出すのをやめ、無機質な人形へ戻った。
鼻につく焦げ臭い香りがする。
私は人が”いた”場所へと近づいた。
思わず手を合わせる。
月明かりに照らされ、地面にひとかけらの赤い宝石が落ちていた。
「なんて美しいのでしょうか」
私は、それを拾い上げ、懐から手のひらサイズの藁人形を取り出す。
人形の腹には、小さな口が縫い込まれている。
そこへ宝石を押し込む。
「また、1つ増えた」
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後ろから、綿のような軽さのある男性の声が蘇芳にかかる。
「よくやりましたね。病は祓うか、祓えなければ抹消せねばなりません」
「師匠」
私は目を伏せてそっと、藁人形を隠すように懐へ入れて答える。
暗闇で表情が見えないが、白い装束を着た私の師匠が立っていた。
進行が進んだ病は治せない。陰陽師の基本。
私は陰陽師。
この都を病から守る仕事をしている。
祓えなければ、抹消する。
それがこの都の“医者”だった。
――救えない医者。それが私、蘇芳だ。
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