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2巻
2-2
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「「すごーーい!」」
「だろ?」
リリスとモニカは目の前に広がる大海原に感嘆の声を上げ、海面同様に瞳をキラキラ輝かせている。
昨日、祠に行く途中ふざけていた二人は気付かなかったんだろうけど、俺にはしっかりこの場所が見えていた。
周囲が森に覆われており、人がいる様子もない。
ちょっとした秘密のスポット、貸し切りのビーチが俺達の目の前に広がっている。
ただ問題は――
「ねぇアダムさん」
「ん? なんだ?」
「これ、どうやってビーチまで行くの?」
「見た所断崖絶壁ですわね」
そう。森の中からでは分からなかったが、ビーチと俺達の間には切り立った崖があった。
俺達のいる場所から下までは、多分三十メートルくらいはある。
「まぁ任せろって」
ただそこは俺も馬鹿じゃない。ちゃんと考えがある。
「テロメア、出ろ」
『お呼びで』
厩舎から出てきたテロメアに、ちょっとしたお願いをする。
「頼みがあるんだけど、俺達を抱えながらこの崖を降りられるか?」
『問題ございません』
俺の問いかけにテロメアは即答する。
「その手がありましたわね。てっきりジャンプして降りるのかと思いましたわ」
テロメアが俺の頼みを肯定した事が分かったのか、リリスは自らの脳筋な考えを頭から追い出す。
「んじゃリリスはそれでいいぞ」
「んあん! アダム様のいけずう!」
という事で、俺達はテロメアの逞しい腕に包まれながら、大迫力の崖を降りていった。
はたから見たら、巨人がボルダリングしてるように見えるんだろうな。
『到着です』
「ん、さんきゅな。どうせだからテロメアも遊ぼうぜ」
『えぇ!?』
「お、それはいいね。いっその事、皆出しちゃえば?」
「それもそうだな」
驚いているテロメアを横目に、モニカの提案に従い、メルトとロクスも厩舎から出す。
「ミミルも出て来いよ。久しぶりの出番だぞ?」
「ぬう……いたし方あるまいて……笑うでないぞ。特にトカゲ」
「誰がトカゲですってえぇ?」
厩舎の入口から、久しぶりのミミルの声が聞こえた。
そして、ゆっくりとその姿が見えてくるのだが――
「久しいな、我が主様よ」
「あ、貴女! 本当にあのクソ鬼ですの!?」
ミミルの挨拶に反応したのは、俺ではなくリリスだった。
「さよう。ちいとばかりサイズがおかしいがの……なんでかこれ以上元に戻らんのじゃ」
「なんですのなんですの! それは卑怯ですわよ!」
厩舎から出てきたミミルは少し恥ずかしそうに頬を染め、チラチラと俺を見上げる。
鬼岩窟で出会った当初は、確か身長百六十センチ近くはあったはずなのだが、今目の前にいるのは身長百センチあるかないかほどの、幼女化したミミルだった。
髪の毛はリリスに首を切られた時に一緒に切られてしまっており、腰まであった紫がかった黒色の髪の毛はボブくらいの長さになっていて、それがさらに幼く感じさせる。
「元の大きさに戻れないのか?」
「さよう。困ったものじゃな」
「ミミルちゃんお久しぶり!」
「モニカも健勝そうで何よりじゃの」
どうやらモニカとミミルは厩舎の中で仲を深めたらしく、仲良く挨拶をしていた。
こう見ると、小さな子をあやしているお姉さんみたいに見えて、とても微笑ましい。
幼女化したといっても鬼は鬼なんだけどな。
「あれ、そう言えば、ミミルちゃんの水着買ってないや」
ミミルはきょとん、とした顔をしてから、にぱっと笑って言った。
「問題ない、妾は自由に服を変えられる。見ておるがよいぞ」
「まじかよ」
「オニオニフォルムチェンジ! てやっ!」
懐からかんざしを取り出したミミルは、かんざしを頭上に掲げて大きく円を描いた。
リリスといいミミルといい、変身する時はいちいちこういう掛け声をかけなければならないのだろうか。
みるみるうちに変身が始まり、ミミルの体が黒と紫の光で包まれていく。
「やだ、何それかっこいいですわ!」
リリスが目をキラキラさせて興奮している。自身も【ドラゴプリンセスモード】があるし、恐らく変身が好きなのだろう。
『おお、姫、なんと神々しい……』
元の服が分解され、新しい服に再構築されていく姿に、テロメアが目を輝かせている。
「完成なのじゃ。いかがかの」
「なんで長年眠りについてたのに現代の水着事情を知ってるのかとか、ちょっと突っ込みたいけど……いいと思うぞ? 控えめで。うん、可愛い」
ミミルの水着はシンプルなもので、淡いオレンジ色のレオタードのような水着だった。
肩紐や下半身のラインにフリルが付いている可愛らしいものだ。
真っ白な肌をしているだけに、淡いオレンジがよく映える。
「そ、そうかの……えへへ」
「きいいー! この鬼幼女! そのあざとい上目遣いをおやめなさい! はしたないですわ!」
はしたないっていう言葉はリリスが一番使っちゃダメな言葉だろ。
「それではアダム様、私とモニカは、ちょっとあの岩場で着替えてまいりますわ」
「待っててね!」
水着を手にしたリリスとモニカがそう言って歩き出す。
「着替えを覗くのはいけませんわよ?」
「覗かないから早く着替えて来いって!」
岩場に向かうリリスと呆れ顔のモニカを見送り、俺は着ている服を脱いだ。
俺は水着を買った時、すぐに着替えて履いていたのでぬかりはない。
水色をベースに白いリーフの模様が入ったシンプルなものだ。
『マスター!』
『ここ誰もいないのー?』
『無人島?』
「無人島ではないけど、俺達以外はいないから、メルトもロクスも思いっきり遊んでいいぞ!」
『『『わーーい!』』』
『ロクスあそぼー!』
『いあいあ! ふんぐるい! むぐるうなふ!』
お、ロクスの奴ちょっと言葉になってきてるじゃないか。
そのうちちゃんと喋れるようになりそうだな。楽しみだ。
メルトは早速砂浜を走り回っては、ごろごろと転がったり寄せては返す波に喧嘩を売って噛みついたりしている。
そういやメルトって、海見るの初めてだったな。
『姫、お体の再生が完全でないようですので、なんなりとご用命ください』
「うむ。こんなナリになってしまったからのう。乳もぺたんこじゃ」
幼女に傅いている四メートルの巨人ていうのも迫力があっていい。
『僭越ながら元からぺた――ぐふぉっ! ぶべっ! ガハァッ』
とか思ったら腹パン――からのビンタ、とどめのかかと落としか。
見た目は可愛らしい幼女だが、パワーは健在のようで、四メートルもある巨体が腹パン一発で数メートルも浮いていた。
恐るべし鬼姫。
砂煙を上げてぶっ倒れるテロメアだが……まぁそれはお前が悪い。
「テロメア。世の中には言っていい事と嘘を吐いてでも言わない方がいい事が存在するんだ。覚えておけよ。お世辞ってのを覚えような」
『ぎ……御意……ぐふう……!』
「テロメアよ。妾がなんて?」
ミミルは砂浜に倒れたテロメアの頭を踏みつけ、目を鋭く光らせた。
『な……なんでも、ございませぬ……』
「よし。どれ、妾も水と戯れてくるとしようかの。テロメア、ついてくるのじゃ」
『は! このテロメア、全身全霊を捧げお相手仕ります!』
あいつ、グーパンとビンタとかかと落としの三連撃を食らったってのにピンピンしてやがる。
テロメアも高ランクの鬼だし、あの程度じゃなんともないんだろうな。
「あーだーむーさーまっ!」
「お、お待たせ……」
「着替え終わったの……か」
岩場から出てきた二人の姿を見て、俺は言葉を失ってしまった。
リリスは自分のグラマラスボディを自覚しているのだろう。真っ赤なビキニで肩紐が細く、首に一回巻きつけるタイプのやつ。褐色の肌に合っていて、健康的な躍動感がある。
「ど、どうかな?」
モニカは愛用の錫杖と同じく純白のビキニだが、リリスのように攻めている感じではなく、清楚なビキニといった感じ。腰は短めのパレオで覆われていて、胸元の大きめなリボンが特徴的だ。
これが水着聖女の破壊力か……
「ふ、二人ともよく似合ってるよ。うん」
「本当ですの!? やりましたわ!」
「えへへ、こういう水着初めてだからちょっと恥ずかしいな。でもありがとう」
「いえこちらこそ」
美女二人の水着を前に、ついこちらからもお礼を言ってしまった。
こういうのに馴染みが薄い俺にはかなり刺激が強く、どこに目をやればいいのかが分からない。
「アダム様ーどうしたんですの? もっとしっかりじっくり見てくださいまし」
「わっ、馬鹿! やめろ!」
そんな俺の様子に気付いたのか、リリスは悪どい笑みを浮かべつつ体を寄せてくる。
腕で胸を挟んで思い切り寄せながら、下からえぐり込むように俺の視界に飛び込んでくる。
「行きましょうアダム様!」
「わ! 引っ張るな!」
リリスにぐいぐいと手を引かれ、俺の煩悩は一時中断、そのまま波のベッドに放り投げられた。
バッシャアン、という音と派手な水しぶきが上がり、俺の体がぐるぐると波に揉まれる。
「てめぇ! やりやがったな! そりゃそりゃ!」
俺は即座に立ち上がり、両手で水をすくって、思い切りリリスにかける。
「きゃっ! やりましたわね! 食らいなさいモニカ!」
「えぇ私!? わぷっ! ちょっとぉ! このう!」
モニカも巻き込まれ、そのまま三人での乱戦が始まった。
そこにメルトが面白がって参戦し、巨体を使って上手く波をかけてくる。
『ゆきますぞ! それぇい!』
テロメアはと言えば、少し深い所に立ち、自慢の六本の腕で水を思い切り押し、大きな波を発生させていた。
ミミルは漂流物であろう木の板の上に寝そべって上手い具合に波に乗っている。
ひとしきり楽しんだ後、俺がパラソルの下で寝転んで休憩していると、ミミルがやって来た。
「どうしたのじゃ、主様」
「ミミルか。遊ぶのはもういいのか?」
「しばしの休息じゃよ。今はあの面妖なスライムと選手交代じゃて」
ミミルの視線の先を見れば、ロクスがモニカと砂遊びをしているのが見えた。
無数の触手を器用に操り、物凄い速度で何かを作っている。
「何を難しい顔をしとったのじゃ?」
「んー? まぁちょっとな」
ミミルはその瞳をすう、と細め、少しだけ首を傾ける。
はらりと動いた前髪の間から、二つの可愛らしい小さなコブが見えた。
「なぁミミル、ヤシャって知ってるか? 鬼のような魔獣らしいんだけど」
「はて……鬼のような魔獣……? 何年前の話じゃ?」
「二百年前らしいんだけど」
「ううむ、その頃はまだ妾は生まれておらぬからなぁ……鬼のような魔獣……ヤシャ」
「聞いた話によると……」
俺が聞いたヤシャの特徴や鬼獣教の事をミミルに話すと、目を瞑ってうむむ、と何かを思い出しているような顔をする。
そして薄く目を開いて言った。
「それはヤシャではなく、〝獣鬼〟ではないのかの?」
「ジュウキ?」
「うむ、まれに生まれる鬼の獣よ。牛鬼や牛頭、馬頭などとも呼ばれる異様の鬼じゃな。まぁ名前は色々、生まれる獣鬼もそれぞれじゃからな。鬼百足なんてのもおったぞ?」
「そうなのか……」
「聞いた感じでは獣鬼だと思うがのぉ。で、ソレが封印されておるのか?」
「そうなんだよ。でも、俺がどうこうするって話じゃなくて、ただ気になるってだけの話なんだけどな」
「実際目にしてみんとなんとも言えぬがの」
ミミルはそう言ってマジックボックスから冷えた果実ジュースを取り、きゅっと飲み干す。
「その獣鬼が復活したら、其奴を食えば妾の力も戻るやもしれんな」
そんな恐ろしい事を言い出した。
「おい」
「分かっておるて。もしもの話じゃよ。妾とて、みだりに人の世を乱そうとは思っとらん。ただ封印の石が取り除かれていたという事は、封印を解こうとしておる奴がおる証拠じゃろ? ならばと思ったまでよ」
「それが多分、鬼獣教……」
「獣鬼を崇める愚か者、か。人は何を求めておるのかの。獣鬼は災厄をもたらす悪意の塊のようなもの、我ら鬼族の間でも忌み嫌われる存在じゃのにのう」
そう言ってミミルは水平線を見つめた。
その後しばらく思い思いに遊び、
「そろそろ帰るか」
空が茜色に染まっているのを見ながら俺はそう言ったのだが――
「嫌ですわ!」
言うと思ったよ!
「まぁまぁリリスさん、もう暗くなるし」
モニカがリリスを宥めようと声をかけてくれるが……
「これから星の海の下、さざなみ響く波打ち際で、アダム様と将来の事を語り合うのですわ。子供は何人欲しいとか、家は屋敷か城かとか、今後の世界の行く末とか、そういう色々を!」
「うるせぇな!?」
「あはは……」
相変わらずなリリスだが、そう思うほどに楽しんでくれたんだろう。
一方、ミミルはテロメアの逞しい腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
久しぶりに外に出て、尚且つ本調子ではないのにはしゃぎまくったから疲れてしまったんだろう。
実に天使な寝顔。鬼なのに天使とはこれいかに。
「むきい! あの鬼娘! 寝る時すらあざといなんて許せませんわ! この! ほっぺつんつんの刑ですわ! つんつん!」
そんなミミルの頬を、リリスが人差し指でつんつん突いている。でも、許せないとか言うわりに、実はそんなに怒ってないだろお前。ちょっとニヤけてるじゃん。
「子供の寝顔は天使だねぇー。可愛いなぁ」
モニカもにへにへして頭を撫でているし、テロメアも多分にやにやしてる。顔が怖いからよく分からないけど。
「はむぅ……とう、さまぁ」
テロメアの腕の中で、ミミルがそんな可愛らしい寝言を漏らした。
夢の中で父親と会っているのだろうか。
そう言えば、リリスやミミルをもし仮に娶るとなったら……
俺、幻獣王と鬼王の二人に謁見して、娘さんをくださいって言わなきゃいけないの?
あぁでも、幻獣王の方は向こうからリリスを送り込んできてるわけだし、反対どころか両手を広げて迎えてくれるだろう。
って事は、鬼王が鬼門てわけか、鬼だけに。
挨拶に行ったら「どこの馬の骨とも知れぬ男に娘はやらん!」とか言って殴られそうだ。
「どうしたの? 難しい顔して」
俺が考え込んでいると、モニカがこちらの顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「ん? あぁいや、なんでもないよ。ただちょっと、この先どうなるのかなって」
「そうだよね。鬼獣教の事、不安だよね」
「うーん、そうだな」
モニカが心配している事と、俺の心配している事の内容が違いすぎてちょっと謝りたくなる。
第二章 襲撃
宿に帰った俺達は夕食を済ませ、それぞれの部屋で明日の出発に備えて荷物を纏め、眠ろうとしていた。
リリスはよほどこの町が気に入ったのか、「あと二、三泊はしましょう」と言ったのだが却下した。
「準備も終わったし、寝るか」
と俺が呟いた時。
ズドォォオン! という大きな爆発音が聞こえた。
「はぁ!?」
急いで窓の外を見ると、町の中のある場所に巨大な火柱が上がっていた。
あの場所は――
「アダム様!」
「アダムさん!」
扉が勢いよく開き、ネグリジェ姿の二人が飛び込んでくる。
「リリス! モニカ! 急いで支度しろ! 出るぞ!」
「「はい!」」
二人が引き返したのを横目に、俺は急いで寝巻きを脱いで普段着に着替える。
あの場所はバーニア邸だ。
爆炎が包むあの立派な建物は、バーニア邸以外に考えられない。
支度が終わった二人と合流して、俺達は急いで屋敷へと向かった。
「マジかよ……」
屋敷の門前に辿り着いて、俺は愕然とした。
立派な屋敷の半分が吹き飛んでおり、辺りには警備兵や使用人と思しき死体と、黒いローブに身を包んだ死体が散乱していた。
【冥府逆転】で死者を蘇生し助けようと思ったが、なぜだか魂が一つも残ってない。
瓦礫もあちこちに飛散しており、周囲の家に被害が出ているようで、近隣住民が外で大騒ぎしている。
そんな住民達を見つつ、屋敷の敷地に踏み込んだ。
リリスに周囲を消火してもらいつつ、俺達はバーニア卿の姿を捜す。
「バーニア卿! ご無事ですか!」
そして書斎の中に、倒れているバーニア卿を発見した。
「バーニア卿!」
「う……君は……アダムさん、じゃないか……」
急いで抱き起こすが、バーニア卿は青い顔をしていて呼吸が浅い。
「リリスはバーニア卿を背負ってくれ! モニカはバーニア卿の治癒を!」
「うん!」
「はいですわ!」
虫の息のバーニア卿をリリスに背負わせ、モニカが後ろから回復術をかける状態で外に出たのだが……そう簡単には行かせてもらえそうにない。
「誰だ? お前ら」
「その男を渡せ」
死体と瓦礫が散乱する広い庭、そこで黒いローブを頭から被った怪しげな集団が俺達を待ち受けていた。
「断ると言ったら?」
「なぜ断る?」
リーダーらしき男が尋ねてきた。
「質問に質問で返すのは良くないって教わらなかったか?」
「知らん。まあ、渡そうと渡すまいと、貴様らの命もいただくがな」
「それは丁重にお断りさせてもらうよ」
「女二人と怪我人一人を庇いながら、この人数に勝てるとでも?」
ローブの男達は約二十人といった所。
もし、仮にこれ以上の増援が来たとしても、俺としてはなんの問題もないのだけど。
「何を黙っている。最初の勢いはどうした。命乞いの準備は出来ているか? 平伏し、従順に命を捧げる覚悟はあるか?」
ローブの男は背中から幅広の曲刀をすらりと引き抜き、優越感たっぷりに言う。
「うるさいな」
「なんだと……?」
「勝利を確信して凄いキメてる所悪いんだけどさ、たった二十人如きで俺達を倒せるとでも?」
「たった二十人、だと……?」
「出ろ、メルト、ロクス」
俺の呼びかけに応じ、スタッ、べちょり、という音を鳴らし、地面に二つの影が立った。
『わんわんおー!』
『どしたのどしたの?』
『そのおじさん大丈夫?』
『ふんぐるい! ふぉまるはうと!』
その瞬間、ローブの男達に動揺が走ったのが分かる。
二匹の言葉は俺とリリスにしか聞こえない。
男達からすれば、三つの頭を持った大型の獣型モンスターが唸っているように聞こえているはずだ。
ロクスは……知らない。
知らないけど、何本もの触手を伸ばしている大きなスライムは、それなりに威圧感がある。
それにロクスだって俺にテイムされた事でステータスが上がっており、S級くらいの強さはある。
ただ出番が少ないだけなのだ。
『ふんぐるい! くとぅぐぁ!』
「ん? なんだ?」
触手をにょろにょろしながら、ロクスが何か言いたげである。
まだ明瞭に意味を汲み取れるわけではないから、通訳を頼みたい所だ。
『ふぉまるはうと! んが、あぐあ!』
『ここは自分に任せてくれって』
『倒してしまっても構わんのだろう? って』
『言ってると思うよー』
「なるほど、いいぞ。ロクスさん、こらしめてあげなさい」
ロクスは身を震わせ、太めに作った二本の触手でマッチョポーズを取った。そして――
「くくく! たかがスライムごとっ」
ロクスはにょろにょろと男達の前に進み出ると同時に触手を数本、勢いよく伸ばした。
嘲笑うようなセリフを吐いた男をはじめ、触手に狙われた男達の頭部がぱちゅっと消し飛んだ。
『あろえろるふぐたむん!』
ロクスはやる気いっぱいだ。
彼らの実力はロクスの足元にも及ばなかったようで、ロクスが三度触手を振り回しただけで言葉を発する者は一人を残すのみとなった。
「どうかな? うちのたかがスライム君は」
「ば、馬鹿な! あり得ん! 二十人近くいたというのに!」
「認めたくない現実から目を逸らす。人はこれを現実逃避と言う」
「くそ! 貴様何者だ!」
「お前に名乗る名前はないッ!」
バルザックがやってたあれ。俺を捨て駒にした【ラディウス】のリーダー、バルザック。そんな奴と同じ事をしたがるのは変に思われるかもしれないが、あいつの事はもう許した。それに、このセリフはとにかく格好いいから、一回は言ってみたかったんだ。
やってみると存外気持ちのいいものだな。まあ、倒したのは俺じゃないけどね。
「貴様ぁっ……!」
「で、どうするんだ? お前も死ぬか? それともお前の目的を洗いざらい話すか?」
「断る! 我らが使命、我らが悲願、決して誰にも邪魔はさせん! また会おう強きテイマーよ!」
一人残ったローブの男はそう言うと、何かを地面に叩きつけた。
途端に闇が噴き上がり辺りを覆ってしまった。
「待て!」
反射的にそう言ったが、これで「はい、なんですか?」と待つような奴ではないだろう。
『あんごるもあ!』
『『『暗いよー!』』』
慌てるロクスとメルトの声が聞こえるが、暗いためその位置が分からない。
「……逃げられましたわね」
「あぁ。とりあえず今はバーニア卿の治療が最優先だ。治療院よりモニカに任せた方が早い。ここだと二次災害の危険もあるし、とりあえず宿に帰るぞ」
ロクスとメルトを厩舎に取り込み、俺達は宿へと直行した。
「だろ?」
リリスとモニカは目の前に広がる大海原に感嘆の声を上げ、海面同様に瞳をキラキラ輝かせている。
昨日、祠に行く途中ふざけていた二人は気付かなかったんだろうけど、俺にはしっかりこの場所が見えていた。
周囲が森に覆われており、人がいる様子もない。
ちょっとした秘密のスポット、貸し切りのビーチが俺達の目の前に広がっている。
ただ問題は――
「ねぇアダムさん」
「ん? なんだ?」
「これ、どうやってビーチまで行くの?」
「見た所断崖絶壁ですわね」
そう。森の中からでは分からなかったが、ビーチと俺達の間には切り立った崖があった。
俺達のいる場所から下までは、多分三十メートルくらいはある。
「まぁ任せろって」
ただそこは俺も馬鹿じゃない。ちゃんと考えがある。
「テロメア、出ろ」
『お呼びで』
厩舎から出てきたテロメアに、ちょっとしたお願いをする。
「頼みがあるんだけど、俺達を抱えながらこの崖を降りられるか?」
『問題ございません』
俺の問いかけにテロメアは即答する。
「その手がありましたわね。てっきりジャンプして降りるのかと思いましたわ」
テロメアが俺の頼みを肯定した事が分かったのか、リリスは自らの脳筋な考えを頭から追い出す。
「んじゃリリスはそれでいいぞ」
「んあん! アダム様のいけずう!」
という事で、俺達はテロメアの逞しい腕に包まれながら、大迫力の崖を降りていった。
はたから見たら、巨人がボルダリングしてるように見えるんだろうな。
『到着です』
「ん、さんきゅな。どうせだからテロメアも遊ぼうぜ」
『えぇ!?』
「お、それはいいね。いっその事、皆出しちゃえば?」
「それもそうだな」
驚いているテロメアを横目に、モニカの提案に従い、メルトとロクスも厩舎から出す。
「ミミルも出て来いよ。久しぶりの出番だぞ?」
「ぬう……いたし方あるまいて……笑うでないぞ。特にトカゲ」
「誰がトカゲですってえぇ?」
厩舎の入口から、久しぶりのミミルの声が聞こえた。
そして、ゆっくりとその姿が見えてくるのだが――
「久しいな、我が主様よ」
「あ、貴女! 本当にあのクソ鬼ですの!?」
ミミルの挨拶に反応したのは、俺ではなくリリスだった。
「さよう。ちいとばかりサイズがおかしいがの……なんでかこれ以上元に戻らんのじゃ」
「なんですのなんですの! それは卑怯ですわよ!」
厩舎から出てきたミミルは少し恥ずかしそうに頬を染め、チラチラと俺を見上げる。
鬼岩窟で出会った当初は、確か身長百六十センチ近くはあったはずなのだが、今目の前にいるのは身長百センチあるかないかほどの、幼女化したミミルだった。
髪の毛はリリスに首を切られた時に一緒に切られてしまっており、腰まであった紫がかった黒色の髪の毛はボブくらいの長さになっていて、それがさらに幼く感じさせる。
「元の大きさに戻れないのか?」
「さよう。困ったものじゃな」
「ミミルちゃんお久しぶり!」
「モニカも健勝そうで何よりじゃの」
どうやらモニカとミミルは厩舎の中で仲を深めたらしく、仲良く挨拶をしていた。
こう見ると、小さな子をあやしているお姉さんみたいに見えて、とても微笑ましい。
幼女化したといっても鬼は鬼なんだけどな。
「あれ、そう言えば、ミミルちゃんの水着買ってないや」
ミミルはきょとん、とした顔をしてから、にぱっと笑って言った。
「問題ない、妾は自由に服を変えられる。見ておるがよいぞ」
「まじかよ」
「オニオニフォルムチェンジ! てやっ!」
懐からかんざしを取り出したミミルは、かんざしを頭上に掲げて大きく円を描いた。
リリスといいミミルといい、変身する時はいちいちこういう掛け声をかけなければならないのだろうか。
みるみるうちに変身が始まり、ミミルの体が黒と紫の光で包まれていく。
「やだ、何それかっこいいですわ!」
リリスが目をキラキラさせて興奮している。自身も【ドラゴプリンセスモード】があるし、恐らく変身が好きなのだろう。
『おお、姫、なんと神々しい……』
元の服が分解され、新しい服に再構築されていく姿に、テロメアが目を輝かせている。
「完成なのじゃ。いかがかの」
「なんで長年眠りについてたのに現代の水着事情を知ってるのかとか、ちょっと突っ込みたいけど……いいと思うぞ? 控えめで。うん、可愛い」
ミミルの水着はシンプルなもので、淡いオレンジ色のレオタードのような水着だった。
肩紐や下半身のラインにフリルが付いている可愛らしいものだ。
真っ白な肌をしているだけに、淡いオレンジがよく映える。
「そ、そうかの……えへへ」
「きいいー! この鬼幼女! そのあざとい上目遣いをおやめなさい! はしたないですわ!」
はしたないっていう言葉はリリスが一番使っちゃダメな言葉だろ。
「それではアダム様、私とモニカは、ちょっとあの岩場で着替えてまいりますわ」
「待っててね!」
水着を手にしたリリスとモニカがそう言って歩き出す。
「着替えを覗くのはいけませんわよ?」
「覗かないから早く着替えて来いって!」
岩場に向かうリリスと呆れ顔のモニカを見送り、俺は着ている服を脱いだ。
俺は水着を買った時、すぐに着替えて履いていたのでぬかりはない。
水色をベースに白いリーフの模様が入ったシンプルなものだ。
『マスター!』
『ここ誰もいないのー?』
『無人島?』
「無人島ではないけど、俺達以外はいないから、メルトもロクスも思いっきり遊んでいいぞ!」
『『『わーーい!』』』
『ロクスあそぼー!』
『いあいあ! ふんぐるい! むぐるうなふ!』
お、ロクスの奴ちょっと言葉になってきてるじゃないか。
そのうちちゃんと喋れるようになりそうだな。楽しみだ。
メルトは早速砂浜を走り回っては、ごろごろと転がったり寄せては返す波に喧嘩を売って噛みついたりしている。
そういやメルトって、海見るの初めてだったな。
『姫、お体の再生が完全でないようですので、なんなりとご用命ください』
「うむ。こんなナリになってしまったからのう。乳もぺたんこじゃ」
幼女に傅いている四メートルの巨人ていうのも迫力があっていい。
『僭越ながら元からぺた――ぐふぉっ! ぶべっ! ガハァッ』
とか思ったら腹パン――からのビンタ、とどめのかかと落としか。
見た目は可愛らしい幼女だが、パワーは健在のようで、四メートルもある巨体が腹パン一発で数メートルも浮いていた。
恐るべし鬼姫。
砂煙を上げてぶっ倒れるテロメアだが……まぁそれはお前が悪い。
「テロメア。世の中には言っていい事と嘘を吐いてでも言わない方がいい事が存在するんだ。覚えておけよ。お世辞ってのを覚えような」
『ぎ……御意……ぐふう……!』
「テロメアよ。妾がなんて?」
ミミルは砂浜に倒れたテロメアの頭を踏みつけ、目を鋭く光らせた。
『な……なんでも、ございませぬ……』
「よし。どれ、妾も水と戯れてくるとしようかの。テロメア、ついてくるのじゃ」
『は! このテロメア、全身全霊を捧げお相手仕ります!』
あいつ、グーパンとビンタとかかと落としの三連撃を食らったってのにピンピンしてやがる。
テロメアも高ランクの鬼だし、あの程度じゃなんともないんだろうな。
「あーだーむーさーまっ!」
「お、お待たせ……」
「着替え終わったの……か」
岩場から出てきた二人の姿を見て、俺は言葉を失ってしまった。
リリスは自分のグラマラスボディを自覚しているのだろう。真っ赤なビキニで肩紐が細く、首に一回巻きつけるタイプのやつ。褐色の肌に合っていて、健康的な躍動感がある。
「ど、どうかな?」
モニカは愛用の錫杖と同じく純白のビキニだが、リリスのように攻めている感じではなく、清楚なビキニといった感じ。腰は短めのパレオで覆われていて、胸元の大きめなリボンが特徴的だ。
これが水着聖女の破壊力か……
「ふ、二人ともよく似合ってるよ。うん」
「本当ですの!? やりましたわ!」
「えへへ、こういう水着初めてだからちょっと恥ずかしいな。でもありがとう」
「いえこちらこそ」
美女二人の水着を前に、ついこちらからもお礼を言ってしまった。
こういうのに馴染みが薄い俺にはかなり刺激が強く、どこに目をやればいいのかが分からない。
「アダム様ーどうしたんですの? もっとしっかりじっくり見てくださいまし」
「わっ、馬鹿! やめろ!」
そんな俺の様子に気付いたのか、リリスは悪どい笑みを浮かべつつ体を寄せてくる。
腕で胸を挟んで思い切り寄せながら、下からえぐり込むように俺の視界に飛び込んでくる。
「行きましょうアダム様!」
「わ! 引っ張るな!」
リリスにぐいぐいと手を引かれ、俺の煩悩は一時中断、そのまま波のベッドに放り投げられた。
バッシャアン、という音と派手な水しぶきが上がり、俺の体がぐるぐると波に揉まれる。
「てめぇ! やりやがったな! そりゃそりゃ!」
俺は即座に立ち上がり、両手で水をすくって、思い切りリリスにかける。
「きゃっ! やりましたわね! 食らいなさいモニカ!」
「えぇ私!? わぷっ! ちょっとぉ! このう!」
モニカも巻き込まれ、そのまま三人での乱戦が始まった。
そこにメルトが面白がって参戦し、巨体を使って上手く波をかけてくる。
『ゆきますぞ! それぇい!』
テロメアはと言えば、少し深い所に立ち、自慢の六本の腕で水を思い切り押し、大きな波を発生させていた。
ミミルは漂流物であろう木の板の上に寝そべって上手い具合に波に乗っている。
ひとしきり楽しんだ後、俺がパラソルの下で寝転んで休憩していると、ミミルがやって来た。
「どうしたのじゃ、主様」
「ミミルか。遊ぶのはもういいのか?」
「しばしの休息じゃよ。今はあの面妖なスライムと選手交代じゃて」
ミミルの視線の先を見れば、ロクスがモニカと砂遊びをしているのが見えた。
無数の触手を器用に操り、物凄い速度で何かを作っている。
「何を難しい顔をしとったのじゃ?」
「んー? まぁちょっとな」
ミミルはその瞳をすう、と細め、少しだけ首を傾ける。
はらりと動いた前髪の間から、二つの可愛らしい小さなコブが見えた。
「なぁミミル、ヤシャって知ってるか? 鬼のような魔獣らしいんだけど」
「はて……鬼のような魔獣……? 何年前の話じゃ?」
「二百年前らしいんだけど」
「ううむ、その頃はまだ妾は生まれておらぬからなぁ……鬼のような魔獣……ヤシャ」
「聞いた話によると……」
俺が聞いたヤシャの特徴や鬼獣教の事をミミルに話すと、目を瞑ってうむむ、と何かを思い出しているような顔をする。
そして薄く目を開いて言った。
「それはヤシャではなく、〝獣鬼〟ではないのかの?」
「ジュウキ?」
「うむ、まれに生まれる鬼の獣よ。牛鬼や牛頭、馬頭などとも呼ばれる異様の鬼じゃな。まぁ名前は色々、生まれる獣鬼もそれぞれじゃからな。鬼百足なんてのもおったぞ?」
「そうなのか……」
「聞いた感じでは獣鬼だと思うがのぉ。で、ソレが封印されておるのか?」
「そうなんだよ。でも、俺がどうこうするって話じゃなくて、ただ気になるってだけの話なんだけどな」
「実際目にしてみんとなんとも言えぬがの」
ミミルはそう言ってマジックボックスから冷えた果実ジュースを取り、きゅっと飲み干す。
「その獣鬼が復活したら、其奴を食えば妾の力も戻るやもしれんな」
そんな恐ろしい事を言い出した。
「おい」
「分かっておるて。もしもの話じゃよ。妾とて、みだりに人の世を乱そうとは思っとらん。ただ封印の石が取り除かれていたという事は、封印を解こうとしておる奴がおる証拠じゃろ? ならばと思ったまでよ」
「それが多分、鬼獣教……」
「獣鬼を崇める愚か者、か。人は何を求めておるのかの。獣鬼は災厄をもたらす悪意の塊のようなもの、我ら鬼族の間でも忌み嫌われる存在じゃのにのう」
そう言ってミミルは水平線を見つめた。
その後しばらく思い思いに遊び、
「そろそろ帰るか」
空が茜色に染まっているのを見ながら俺はそう言ったのだが――
「嫌ですわ!」
言うと思ったよ!
「まぁまぁリリスさん、もう暗くなるし」
モニカがリリスを宥めようと声をかけてくれるが……
「これから星の海の下、さざなみ響く波打ち際で、アダム様と将来の事を語り合うのですわ。子供は何人欲しいとか、家は屋敷か城かとか、今後の世界の行く末とか、そういう色々を!」
「うるせぇな!?」
「あはは……」
相変わらずなリリスだが、そう思うほどに楽しんでくれたんだろう。
一方、ミミルはテロメアの逞しい腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
久しぶりに外に出て、尚且つ本調子ではないのにはしゃぎまくったから疲れてしまったんだろう。
実に天使な寝顔。鬼なのに天使とはこれいかに。
「むきい! あの鬼娘! 寝る時すらあざといなんて許せませんわ! この! ほっぺつんつんの刑ですわ! つんつん!」
そんなミミルの頬を、リリスが人差し指でつんつん突いている。でも、許せないとか言うわりに、実はそんなに怒ってないだろお前。ちょっとニヤけてるじゃん。
「子供の寝顔は天使だねぇー。可愛いなぁ」
モニカもにへにへして頭を撫でているし、テロメアも多分にやにやしてる。顔が怖いからよく分からないけど。
「はむぅ……とう、さまぁ」
テロメアの腕の中で、ミミルがそんな可愛らしい寝言を漏らした。
夢の中で父親と会っているのだろうか。
そう言えば、リリスやミミルをもし仮に娶るとなったら……
俺、幻獣王と鬼王の二人に謁見して、娘さんをくださいって言わなきゃいけないの?
あぁでも、幻獣王の方は向こうからリリスを送り込んできてるわけだし、反対どころか両手を広げて迎えてくれるだろう。
って事は、鬼王が鬼門てわけか、鬼だけに。
挨拶に行ったら「どこの馬の骨とも知れぬ男に娘はやらん!」とか言って殴られそうだ。
「どうしたの? 難しい顔して」
俺が考え込んでいると、モニカがこちらの顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「ん? あぁいや、なんでもないよ。ただちょっと、この先どうなるのかなって」
「そうだよね。鬼獣教の事、不安だよね」
「うーん、そうだな」
モニカが心配している事と、俺の心配している事の内容が違いすぎてちょっと謝りたくなる。
第二章 襲撃
宿に帰った俺達は夕食を済ませ、それぞれの部屋で明日の出発に備えて荷物を纏め、眠ろうとしていた。
リリスはよほどこの町が気に入ったのか、「あと二、三泊はしましょう」と言ったのだが却下した。
「準備も終わったし、寝るか」
と俺が呟いた時。
ズドォォオン! という大きな爆発音が聞こえた。
「はぁ!?」
急いで窓の外を見ると、町の中のある場所に巨大な火柱が上がっていた。
あの場所は――
「アダム様!」
「アダムさん!」
扉が勢いよく開き、ネグリジェ姿の二人が飛び込んでくる。
「リリス! モニカ! 急いで支度しろ! 出るぞ!」
「「はい!」」
二人が引き返したのを横目に、俺は急いで寝巻きを脱いで普段着に着替える。
あの場所はバーニア邸だ。
爆炎が包むあの立派な建物は、バーニア邸以外に考えられない。
支度が終わった二人と合流して、俺達は急いで屋敷へと向かった。
「マジかよ……」
屋敷の門前に辿り着いて、俺は愕然とした。
立派な屋敷の半分が吹き飛んでおり、辺りには警備兵や使用人と思しき死体と、黒いローブに身を包んだ死体が散乱していた。
【冥府逆転】で死者を蘇生し助けようと思ったが、なぜだか魂が一つも残ってない。
瓦礫もあちこちに飛散しており、周囲の家に被害が出ているようで、近隣住民が外で大騒ぎしている。
そんな住民達を見つつ、屋敷の敷地に踏み込んだ。
リリスに周囲を消火してもらいつつ、俺達はバーニア卿の姿を捜す。
「バーニア卿! ご無事ですか!」
そして書斎の中に、倒れているバーニア卿を発見した。
「バーニア卿!」
「う……君は……アダムさん、じゃないか……」
急いで抱き起こすが、バーニア卿は青い顔をしていて呼吸が浅い。
「リリスはバーニア卿を背負ってくれ! モニカはバーニア卿の治癒を!」
「うん!」
「はいですわ!」
虫の息のバーニア卿をリリスに背負わせ、モニカが後ろから回復術をかける状態で外に出たのだが……そう簡単には行かせてもらえそうにない。
「誰だ? お前ら」
「その男を渡せ」
死体と瓦礫が散乱する広い庭、そこで黒いローブを頭から被った怪しげな集団が俺達を待ち受けていた。
「断ると言ったら?」
「なぜ断る?」
リーダーらしき男が尋ねてきた。
「質問に質問で返すのは良くないって教わらなかったか?」
「知らん。まあ、渡そうと渡すまいと、貴様らの命もいただくがな」
「それは丁重にお断りさせてもらうよ」
「女二人と怪我人一人を庇いながら、この人数に勝てるとでも?」
ローブの男達は約二十人といった所。
もし、仮にこれ以上の増援が来たとしても、俺としてはなんの問題もないのだけど。
「何を黙っている。最初の勢いはどうした。命乞いの準備は出来ているか? 平伏し、従順に命を捧げる覚悟はあるか?」
ローブの男は背中から幅広の曲刀をすらりと引き抜き、優越感たっぷりに言う。
「うるさいな」
「なんだと……?」
「勝利を確信して凄いキメてる所悪いんだけどさ、たった二十人如きで俺達を倒せるとでも?」
「たった二十人、だと……?」
「出ろ、メルト、ロクス」
俺の呼びかけに応じ、スタッ、べちょり、という音を鳴らし、地面に二つの影が立った。
『わんわんおー!』
『どしたのどしたの?』
『そのおじさん大丈夫?』
『ふんぐるい! ふぉまるはうと!』
その瞬間、ローブの男達に動揺が走ったのが分かる。
二匹の言葉は俺とリリスにしか聞こえない。
男達からすれば、三つの頭を持った大型の獣型モンスターが唸っているように聞こえているはずだ。
ロクスは……知らない。
知らないけど、何本もの触手を伸ばしている大きなスライムは、それなりに威圧感がある。
それにロクスだって俺にテイムされた事でステータスが上がっており、S級くらいの強さはある。
ただ出番が少ないだけなのだ。
『ふんぐるい! くとぅぐぁ!』
「ん? なんだ?」
触手をにょろにょろしながら、ロクスが何か言いたげである。
まだ明瞭に意味を汲み取れるわけではないから、通訳を頼みたい所だ。
『ふぉまるはうと! んが、あぐあ!』
『ここは自分に任せてくれって』
『倒してしまっても構わんのだろう? って』
『言ってると思うよー』
「なるほど、いいぞ。ロクスさん、こらしめてあげなさい」
ロクスは身を震わせ、太めに作った二本の触手でマッチョポーズを取った。そして――
「くくく! たかがスライムごとっ」
ロクスはにょろにょろと男達の前に進み出ると同時に触手を数本、勢いよく伸ばした。
嘲笑うようなセリフを吐いた男をはじめ、触手に狙われた男達の頭部がぱちゅっと消し飛んだ。
『あろえろるふぐたむん!』
ロクスはやる気いっぱいだ。
彼らの実力はロクスの足元にも及ばなかったようで、ロクスが三度触手を振り回しただけで言葉を発する者は一人を残すのみとなった。
「どうかな? うちのたかがスライム君は」
「ば、馬鹿な! あり得ん! 二十人近くいたというのに!」
「認めたくない現実から目を逸らす。人はこれを現実逃避と言う」
「くそ! 貴様何者だ!」
「お前に名乗る名前はないッ!」
バルザックがやってたあれ。俺を捨て駒にした【ラディウス】のリーダー、バルザック。そんな奴と同じ事をしたがるのは変に思われるかもしれないが、あいつの事はもう許した。それに、このセリフはとにかく格好いいから、一回は言ってみたかったんだ。
やってみると存外気持ちのいいものだな。まあ、倒したのは俺じゃないけどね。
「貴様ぁっ……!」
「で、どうするんだ? お前も死ぬか? それともお前の目的を洗いざらい話すか?」
「断る! 我らが使命、我らが悲願、決して誰にも邪魔はさせん! また会おう強きテイマーよ!」
一人残ったローブの男はそう言うと、何かを地面に叩きつけた。
途端に闇が噴き上がり辺りを覆ってしまった。
「待て!」
反射的にそう言ったが、これで「はい、なんですか?」と待つような奴ではないだろう。
『あんごるもあ!』
『『『暗いよー!』』』
慌てるロクスとメルトの声が聞こえるが、暗いためその位置が分からない。
「……逃げられましたわね」
「あぁ。とりあえず今はバーニア卿の治療が最優先だ。治療院よりモニカに任せた方が早い。ここだと二次災害の危険もあるし、とりあえず宿に帰るぞ」
ロクスとメルトを厩舎に取り込み、俺達は宿へと直行した。
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