捨てられ雑用テイマーですが、森羅万象を統べてもいいですか? 覚醒したので最強ペットと今度こそ楽しく過ごしたい!

登龍乃月

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2巻

2-3

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「大丈夫ですか? バーニア卿」

 水を差し出すと、バーニア卿はベッドから体を起こし、一気に飲み干してぷはぁと息を吐いた。
 モニカの回復術により、バーニア卿はすっかり回復したようだ。

「本当に助かりました。ありがとう」
「いえいえ、それより何があったんですか?」
「……どこから話したらいいものやら……」
「ただのぞく、というわけでは、もちろんなさそうですね」

 バーニア卿は組んだ手元をじっと見つめ、一度目を閉じてから口を開いた。

「はい。お察しの通り、奴らは……鬼獣教です。目的は、ストックしてあった封印用の魔晶石と……〝夜雷よらい宝剣ほうけん〟だと思われます」
「夜雷の宝剣……? 奪われたのですか?」

 バーニア卿は閉じていた目を薄く開き、悲しげな表情で首を縦に振った。

「全部奪われたというわけではありません。奪われたのは封印用の魔晶石のみです。夜雷の宝剣はここに」

 バーニア卿はそう言って羽織っていた上着をめくり、腰に帯びた長剣を見せてくれた。

「なんで封印用の魔晶石を?」
「あの魔晶石は……封印の魔力を増幅する力を持っていますが、個人で持てば封印ではなくその個人の魔力を大幅に上げる、魔力増幅石ともなる大変貴重なものなのです」

 それは随分と便利な代物だな。奴らが欲しがるのも分かる。

「そうだったんですか……では、夜雷の宝剣はなぜ?」
「この夜雷の宝剣は……ヤシャの骨と爪から作られた魔剣なのです」
「魔剣ですって!? どうしてそんな綺麗な……」

 バーニア卿の言葉にいち早く反応したのは、モニカだった。

「でも、その剣からは邪悪な気は感じられませんが……」
「もちろん、徹底的に浄化はしてあります。浄化作業には数年かかったそうですが」
「呪いなどはないのですか?」
「ありましたよ。それはもう酷いものだったそうです。それを数年かけて浄化し、宝剣としたそうです。強大な敵が現れたとしても、必ず撃ち倒す事が出来る、そう伝えるために残したのだと先代は聞いたそうです」
「そうですか……」

 心配そうな顔のモニカを見て、バーニア卿は「ふっ」と優しい笑みを浮かべた。
 そして宝剣を腰から取り外すと、俺に向けて差し出した。

「アダムさん、君はS級だ。出来ればこの宝剣を守って欲しい。私では力不足ゆえ……こんな事を頼めるのは現状で君しかいない」
「……分かりました。必ずや」
「正直、持ち去ってくれても構いません」
「しませんよ、そんな事」

 悪戯いたずらっぽくそんな事を言うのは、きっと重苦しくならないようにとの気配りか。
 バーニア卿はきっと部下にも慕われているのだろう。

「実は……鬼獣教との争いは何年も前からあったのです。私の所に来たのは初めてですが、他の封印の地にて幾度も衝突が起きていました」
「国は動かないのですか?」
「もちろん動いています。各国の騎士団や冒険者ギルド、情報屋、商人、聖職者、あらゆる人々が動いて対抗しています。しかし、鬼獣教の規模は驚くほど大きく、その教徒は全世界に散らばっていると見られています」
「なんで、そんな邪教なんかに……」

 ヤシャが復活すれば自らの生活、生命すらも危険に晒されるかもしれないのに、なぜそれほどの規模になったのだろうか。

「一説では、ある日突然天啓てんけいのようなものを受けるそうです。そしてそれは教徒が減れば減っただけ起こる、と」
「いたちごっこじゃないですか」
「そう、ですね。ですがそれが現状なのです。戦っても戦っても終わらない戦い。これもある意味、ヤシャが世界にかけた呪いのようなものでしょうかね」

 そう言ってバーニア卿は再び横になり、静かに目を閉じた。
 その顔はひどく疲れ切っており、どうする事も出来ない、という思いが表れていた。

「屋敷の皆にも悪い事をしました」

 バーニア卿は呟いた。

「私がもっと警戒していれば、こうはならなかったかもしれません。にもかくにも、こうなってしまった以上、鬼獣教との戦いは避けられません。アダムさん、もし良ければ、鬼獣教討伐のため、私に雇われてはくれませんか」
「バーニア卿に、ですか?」
「そう。もちろんリリスさんやモニカさんも同じく雇います。ギルドの方には私から連絡をしておきます。緊急事態という事で、向こうも納得してくれるはずですから」
「乗りかかった船です。構いません」
「では……書類は後ほど用意いたします。この宝剣を貴方にお任せします。突然の事ながら……よろしくお願いします」
「はい、お願いします」

 こうして俺はバーニア卿に雇われ、オリヴィエに滞在する事が決まった。

「……俺が相対した鬼獣教徒の男はそう言っていました。何か心当たりはありますか?」

 そう言えば、と俺は気になっていた事をバーニア卿に聞いてみた。

「彼らの悲願は間違いなくヤシャの復活です」
「やはり……そう、ですか」
「ヤシャを復活させて何をしたいのかは……教徒達を捕らえて吐かせるしかありません」

 ヤシャ復活の先の目的までは、バーニア卿も把握出来ていないみたいだ。

「分かりました。俺がつかまえます」
「それは頼もしい! ですが、無理はしないでくださいね」
「大丈夫ですよ。俺には強い仲間がいますから」

 親指を立て、自信満々に笑うとバーニア卿も少しだけ笑みを浮かべた。

「私はこれから衛兵の詰所へ向かいます。何ぶん私の命も狙われるでしょうからね。とりあえずは牢なりなんなり、保護してもらいますよ。何かあれば詰所に来てください」
「分かりました」

 体を起こしゆっくりとベッドから立ち上がったバーニア卿は、軽く衣服を整えて部屋から出て行った。

「やれやれ……大変な事になったな」

 ベッドに腰掛けて、夜雷の宝剣を改めて見てみる。
 ずっしりとした重みが感じられ、さやつかは見事な意匠いしょうが施されている立派なものだ。
 鞘には小さな宝玉が五つ嵌め込まれていて、その輝きは封印用の魔晶石と同じものを感じる。
 柄はサーベルのようにハンドガードがあり、ハンドガードには何かの呪文のようなものが刻み込まれていた。
 剣をすらりと引き抜くと、両刃りょうばの刀身が姿を現す。
 黒い刀身には複雑な銀の模様がびっしりと浮かび上がり、光を受けて鈍く反射していた。
 それはまるで闇夜に輝く雷光のようであり、夜雷の宝剣という名に相応しいものだった。
 これが魔獣ヤシャの骨と爪から作られたなど、言われなければ分からないほどの素晴らしい作り。
 握っているだけで、心の奥底から闘志がみなぎってくるような、不思議な高揚感を感じる。
 軽く振ってみると、ヒュン、という風切り音が鳴る。
 重みはあるけど、手に馴染む重さで悪くない。

「かっこいいですわね」
禍々まがまがしいような、でも猛々しいような、雄々しさを感じるよ。これが夜雷の宝剣かぁ」

 リリスとモニカもそれぞれの感想をこぼし、俺の握る宝剣の刀身をじっと見つめていた。


 次の日、俺達はバーニア邸を訪れていた。
 屋敷の半分ほどが焼け落ちてしまっており、被害の大きさがうかがえる。
 そして、炭になった瓦礫の所々に、黒こげになった人間の手足がちらほらと見える。
 庭の死体は全て回収されている。
 しかし瓦礫の中にあるものは、うずたかく積み上がった瓦礫を取り除かない限り回収される事はない。
 そんな光景を前に、モニカはひざまずいて祈りを捧げている。

「メルト。敵の臭いを追えるか?」
『出来ると思うよー』
『まかせてー』
『あいつらすっごい臭かったからー』

 呼び出したメルトは昨日のローブの男が立っていた辺りをふんふんと嗅ぎ――

『見つけた!』
『あっちのほう!』
『ぷんぷん匂うー!』
「あっち……?」

 メルトが示したのは、ヤシャの頭が封じられている祠の方向だった。

「そうか……! あいつら封印を解く気か! リリス! モニカ! 急ぐぞ!」

 俺達は、勢いよく駆け出していったメルトの後ろを追いかけた。
 町を抜け、森に入り、しばらく進んだ所でメルトがぴたりと立ち止まって困り顔を向けてきた。

「どうした?」
『匂いが二つになったの』
『昨日の匂いはあっちの祠?』
『似たような匂いはあっちの海に向かってる』
「何……?」

 メルトはそれぞれの首で方向を示し、真ん中の首がしょんぼりと項垂れた。

「メルトのせいじゃない。偉いぞ。それなら二手に分かれるか」
「私はアダム様と行きますわ!」

 リリスが勢い良く名乗り出る。

「馬鹿、そしたら誰がモニカを守るんだ」
「あう、そうですわね……」
「リリスはモニカと一緒に祠の方へ向かってくれ。リリスも匂いを追えるだろう?」
「お任せあれですわ!」
「ごめんねリリスさん、ありがとう」

 胸をどんと張り、自信満々に言うリリスに、モニカがお礼を伝える。

「俺はこのままメルトと一緒に海の方へ向かう。なんかあったら合図してくれ」
「分かりましたわ! アダム様もお気をつけて」

 手を振る二人を見送り、俺はメルトの背に乗って海へと向かった。
 この道、昨日俺達が遊んだあのビーチに向かう道だ。

「そうだ。どうせなら……ミミル、出られるか?」

 厩舎に呼びかけて入口を開くと、ぴょん、とミミルが飛び出してきた。
 地面にあった岩の上に降りると、履いていた下駄がからん、と軽やかな音を奏でた。

「呼んだかえ?」
「ああ。この先に鬼獣教の奴らがいる可能性がある。手を貸してくれ」
「任されよ。ナリはわっぱとて、力はそれなりに戻ってきておるからの」
「ちなみにどれくらい?」
「そうじゃのう。大体三分の一といった所じゃの」
「三分の一でテロメアをぶっ飛ばすのか……すげぇ」

 見た目は幼女、中身は鬼、その名はミミル。

「およ? トカゲ女と半霊娘はおらんのか」
「リリスとモニカは別行動中だ」
「ほーかほーか。ならば、今は妾が主様を独占出来る、という事じゃな。だからとて、何をしようとも思っとらんがの」
「そりゃ結構。ずっとそのスタンスでいてくれ」
箪笥たんす?」
「す、た、ん、す! 立場って事!」

 ミミルのきょとんとした顔を見る限り、わざとボケたわけじゃないらしい。
 この鬼姫さんは横文字に弱いのか?

「なるほど! 主様は博識はくしきじゃの!」

 ぱっつんの前髪を揺らし、にぱーと笑うあどけなさ。

『よろしくねー鬼のお姉ちゃん!』
『背中乗るー?』
『お運びいたすー!』

 メルトが嬉しそうにミミルの周りを回る。

「乗れってさ」
「む。良いのか。では頼む」
「よし、それじゃ行くぞ」

 ミミルは俺の後で横座りし、器用にバランスを取って乗っている。
 メルトも尻尾をぶんぶんと振って実に楽しそうだ。
 ここだけ切り取ると、ピクニックにでも行きそうなほど長閑のどかな光景なんだけどなぁ。
 そうこうしているうちに、俺達は切り立った崖の上に来ていた。
 下には白い砂浜が広がっていて、鬼獣教の姿はどこにもない。

「本当にこっちなのか?」
『ほんとだよー』
『この下ー』
『遊んだ所だねー』

 再度確認した上で、テロメアを呼び出して崖を降りようと思ったのだが――

「行こうぞ」
「へ? や、ちょま!」
『『『おおお??』』』

 あろう事かミミルが俺とメルトをかつげ、そのまま崖からダイブしたのだ。

「あいやああああ!」
『『『いやっほおー!』』』

 数秒の浮遊感を味わい、ずどん、という音と砂煙を上げて着地すると、ミミルは俺とメルトをぽい、と放り投げた。

「ごほっごほっ! いきなりだなぁおい!」
「この方が速かろ?」
「そうだけど! びっくりするわ!」
「説明するのがめんどかったんじゃ、許してたもれ」
「まぁいいけど……」

 幼女に担ぎ上げられた自分の姿を想像すると、なんとも情けないというか、恥ずかしいというか……ミミルは鬼なのだから、力持ちなのは別段驚く事でもないのだが……でも、それはほら、男の沽券こけんていうか、ね。

『こっちー』
「はいはい」

 メルトは尻尾をぶんぶんと振りながら、俺達が遊んだ場所とは逆の方向を首指していた。
 海岸線に沿って進んでいくと、唐突に入り江に出た。
 砂浜はそこで終わっており、代わりに人一人がかろうじて通れるくらいの幅の岩場が続いていた。
 入り江の奥はそのまま洞窟になっており、海水が流れ込んでいる。
 メルトは跳ねるように岩場を進んで行って、洞窟の前でこちらを振り返った。

『ここだよー』
「慎重に進め、ロクスも出ろ、景色に溶け込みながらついて来い」
『いあいあ! かでぃしゅとぅ!』
「ミミルは俺の横だ」
「おっけー、なのじゃ」
「分かってはいるだろうけど、全員静かにな、必要な時以外は口閉じてろよ」

 俺がそう言うと、ミミルとメルトがふんふんと首を縦に振った。
 ミミルは下駄を脱いで素足になり、その下駄を手甲しゅこうのように拳に嵌めた。
 からん、ころんと鳴るのは困るしな。そして洞窟に入り、ぺたぺた、てしてし、と道なりに進む。
 入口から差し込む光が段々と弱くなり、代わりに闇が徐々に存在感を増す。
 このままでは、お互いの姿はおろか、足元を確認するのも難しくなる。そこで――

「ミミルには暗視のスキルがあったよな。使えるか?」
「任せてたもれ【夜光やこうひとみ】」

 ミミルがスキルを発動すると、暗闇に染まりかけていた視界が緑と白を混ぜたような色に変わる。
 ロクスは元々暗い所、鬼岩窟の奥地に生息していたため、このスキルは必要なさそうだ。
 これで闇に紛れて鬼獣教徒を追う事が出来る。
 洞窟は海食洞かいしょくどうのようで、天井からは何本もの鍾乳石しょうにゅうせきが垂れ下がっていた。
 洞窟内には海水が流れ込んでいるので、壁際の細い岩場を進んでいく。
 すると、数メートル先の壁に、大きな丸い穴が開いているのを見つけた。

「主様よ、この穴は魔法でくり抜かれておるようじゃ。鬼獣教徒がいるとしたら、この先ではないのかの」
「だろうな、けど、かなり大きいな」

 穴の前に立って上を見上げると、高さ三メートルはありそうだ。
 その穴の中を進んでいくとやがて――

「いた」

 穴の奥は封印の祠と同じような広さにくり抜かれており、壁には等間隔で松明たいまつが設置されていた。
 そして、その中心には、鬼獣教徒らしき者達が十人ほどで円を描くように座り込んでいた。

「何してるんだ……?」
「儀式に見えるのう」
「まさか封印を解くつもりか」
「その線は十分ありえるのぅ、主様どうするのじゃ?」
「もちろん止める、そんでとっ捕まえる」
「大人しく捕まりそうな奴らではなさそうじゃがの」
「まぁな」

 ヒソヒソと作戦会議を終えると――作戦と呼べるものは何一つ提案してないけど――俺とミミル、メルトとロクスは実に堂々と姿を見せた。
 出入口はこの穴しかなさそうだからな、逃げたきゃ俺達を倒して行くしかないのだ。

「そこまでだ!」

 俺の上げた大声が洞窟内に反響し、教徒達が一斉にこちらを向いた。

「何奴!」
「貴様らに名乗る名前はないっ!」

 決まった、やっぱり気持ちいいぞこれ、クセになりそう。
 軽い高揚感に包まれながら腕を組み、教徒達をぎらりと睨みつける。
 ここからあーだこーだと言い合いが始まると思いきや。

「ミミルじゃ」

 りんとした涼やかな声が俺の横から響いた。ミミルよ空気を読め。

「言うんかーい」
「ぬ? ダメじゃったか?」
「だってほら、俺が貴様らに名乗る名前はないっ、てビシッとキメたわけだからさ」

 キメていたものだから、恥ずかしさが半端じゃない。

「あー、ほーかほーか。ならば妾も名乗ってはいかんのじゃな? おいそち達、妾の名は忘れよ」
「なんか調子狂うなぁ……」

 茶番のようなやりとりだが、教徒達は実にお行儀よく待ってくれていた。

「貴様ら、ここに何をしに来た?」

 リーダー格らしき男が一歩進み出て、懐から短剣を取り出しながら聞いてくる。

「決まっている。お前達の企みを止めにだ」

 向こうはやる気、もちろん俺も平和的解決の道など考えてはいない。

「そうか、だが遅い! 儀式は既に完成したのだからな! ふぅーっはっはっはぁー!」
「……完成した、だと」
「いかにも。封印は解かれ、我らがヤシャ神様のご降臨となる!」
「ヤシャ神様ね。けど、ここにあるのは頭だけだそうじゃないか」
「くくく……だが頭だ。頭があるのとないのとでは、大いに違うだろう?」
「くっ……確かにそうかもしれないな」

 八つに分断されたうちの一つという事に変わりはないのでは? と思わなくもないが、教徒がそう言う以上、頭とはそれだけ重要な部位なのだろう。

「さらに! 解いた封印はこの頭だけではないっ!」
「ナッ、ナンダッテー、ソンナーバカナー」

 なんか機嫌良く情報を話してくれてるから、このまま語らせておこう。
 ちょっと棒読みかもしれないけど、ま、気付いてないしいいだろ。

「くくく、怖かろう、恐ろしかろう。既に片腕と尻尾の封印が解かれているのだ!」
「フ、フウインヲトイテナニスルツモリナンダータノムーメイドノミヤゲニオシエテクレー」
「いいだろう。ヤシャ神様の全ての封印を解き、この世を絶対の混沌に導く、そしてヤシャ神様とその下僕げぼくたる我らが世界を手にするのだ!」
「ソ、ソンナァー!」

 教徒達の目的を知り、大仰おおぎょうに驚いてみせる。ちらとミミルを見れば笑いをこらえるのに必死そうだ。その時、突然ズズズ、と小さな地鳴りが起きた。

「いよいよだ! 目覚めたまえ!」

 リーダー格らしき男は歓喜の声を上げながら、両手を広げて天井を見上げた。
 地鳴りは揺れへと変わり、天井が崩落し、男の頭上に大きな岩石が落下する。

「なっ」

 男は断末魔の声を上げる暇もなく、呆気あっけなく押し潰されてしまった。
 そして、それは他の教徒達も同じで、十人ほどいた教徒は、全員崩れ落ちた天井の下敷きとなってしまっていた。
 もちろん俺達の上にも降ってくるが、そこは【聖壁せいへき】を張ったので問題はない。
 見ると、空中に大きな宝珠が浮いており、それが木っ端みじんに砕け散った。

「我、復活セリ」

 土煙が立ち込める中、そんな声が聞こえた。
 ざらざらとした違和感のある声は、人の出せるものではない。

「ササゲシ供物くもつ……足リヌ」
「あーあ、復活しちゃったよ」

 土煙を吹き飛ばし、封印されていたヤシャの頭部らしきものが実体化した。

「どうする?」

 俺はミミルへと問う。

「ちと食ろうてみるわい」
「はいよ」

 ミミルはそう言うと、数メートルはある復活したてのヤシャの頭部に飛びかかっていった。
 地面を蹴り、高々と宙を舞うぱっつん幼女は、そのままヤシャの頭部にしがみついた。

「ヌ」
「寝起きそうそう悪いがの、お主、ヤシャなぞ大層な名前しとるが、ただの獣鬼ではないか」
「鬼カ」
「ああ、鬼王の娘じゃ、獣よ」

 ヤシャの頭部は巨大ゆえ、飛びついたミミルがさらに小さく見える。
 ヤシャの目は真っ赤に血走っており、巨大な口には鋭い牙が何本も並んでいる。だが、ミミルは気にした様子もなく鼻面に座り込む。

「我ヲ食ラウカ」
「そうじゃな」
「ソレモマタ、イイダロウ」
「随分と潔いのう」
「力ノ差ニ気ヅカヌワケガナイ。ダガ、我ノ魂ハ不滅、貴様ノ内カラ食ロウテクレル」
「ぬかせ。獣如きが妾を食らうなど不可能じゃ」

 ミミルと自分の力の差を感じ取ったヤシャは暴れもせず、食われるのを待っている。
 そして、ミミルが勢いよく手を振り上げ、その眉間に突き刺した。
 ヤシャの頭部は光の粒子となり、ミミルの小さな体に吸い込まれていく。
 けぷう、と腹を撫でるミミル。食べるといっても口からというわけではないようだ。

「どうだ?」
「ダメじゃの、此奴こやつ、長年封印されていたせいか、力が弱まってスカスカじゃ。それに食ろうたのは頭だけじゃからな。多少は力になったが……その程度じゃな」

 二百年前、暴虐の限りを尽くし、当時の人々を恐怖と混乱のどん底に叩き落としたヤシャ。
 その正体はミミルの予想通り、鬼の姿や特徴を宿した獣、獣鬼だった。
 伝承では強大な力を持った存在であったが、頭だけとは言え、その最後がここまで呆気ないと、誰が予想出来ただろうか。
 ミミルが強すぎるのか、ヤシャの力が減退げんたいしすぎたのか、それはもう分かる事ではないけど……
 瓦礫の下にある鬼獣教徒の死体をちらりと見て、なんだかなぁと思う。
 目的は聞き出せたけど、その他にも聞きたい事は山ほどあった。
 と、ここまで考えた時、閃きが走った。
 この穴の位置や、ここでヤシャの封印を解こうとした事を考えると、ここは恐らく封印の祠の真下、という事はこの上にリリス達が追っている教徒達がいるはずだ。
 天井にはぽっかりと穴が開いているが、上の様子が分かるわけでもなさそうだ。

「のう主様や」
「なんだ?」
「一番最初に死んだ男が言っとったじゃろ? 他の封印も解いたと」
「言ってたな」
「食べたいのじゃ。やはり、あんな獣鬼でも全てを食えばそれなりに力が戻るかもしれぬ。他にもエサがあるのなら食べたいと思うのが道理じゃろ?」

 今のままでも十分強いとは思うが、やはり力が万全ではないのは気に入らないのだろう。

「妾が食べないと、この世界にヤシャが災いとして降りかかる事にもなるのじゃぞ!」
「分かった分かった。別に反対してないだろ」
「という事は!?」
「どうせならミミルの力を取り戻しちゃおうぜ」
「おおー! さすが我が主様じゃー!」

 ミミルは嬉しそうに手を叩くが、その手にはまだ下駄が嵌まっているために、カンカンカンカン! とやたら騒々しい拍手になっていた。


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