121 / 298
第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
二八二話 期待
しおりを挟む大きいとは言えない浴室に、四人の元奴隷達が生まれたままの姿でお湯を掛け合っていた。
「プル姉はどう思う?」
「どうって……何が?」
お湯を肩に掛け、残っていた石鹸で背中を洗われながらシロンが言った。
シロンの背中を洗っていたプルが、シロンの問いに疑問符で返した。
「あの小さい辺境伯様のこと。信じられると思う?」
「うーん……悪い人では無いみたいだけど、何を考えているかは分からないわね。でもミロクの所にいた時よりかは何倍も良さそう」
「同感だわー。それにあの子、多分めちゃくちゃ強いと思うんだわ。あたしの勘がそう言ってる」
一人で頭を洗っていたハンヴィーが、ここぞとばかりに口を突っ込んだ。
ハンヴィーのフサフサの尻尾は水に濡れ、萎びたウリのように細くなっている。
「なんにせよ……お風呂ちょー気持ちいい……一ヶ月ぶりくらいだっけね?」
アハトが体の隅々を念入りに洗いながら感嘆の声を上げた。
浴槽の縁までいっぱいに溜められたお湯は、四人の体に次々と掛けられていき、その量は三分の二ほどに減っていた。
「だねぇ。洗えど洗えど垢が落ちてくれないや」
今度はシロンがプルの背中を洗いながら口を尖らせて言った。
「フィガロ様がやった水をお湯に変える方法、あたしの村でもよくやってたんだわ。まさかあの人、獣人じゃないよね?」
ハンヴィーが頭をプルプルと振り、その振動が肩から下に降りていき尻尾の先まで震わせて体の水分を飛ばし、飛んだ水滴は緩んだ顔のアハトにビシャビシャと降りかかった。
「ちょっとぉー」とアハトは目だけを細め、お返しとばかりに浴槽のお湯を手ですくい、ハンヴィーへと投げかけた。
「あの方法はサバイバル術の一つよ。普通は焚き火とかの火で洗った石を使うんだけど……両方魔法でやっちゃうとは恐れ入るわね」
「なんだ、通常人種でも似たような事やるのな。魔法と言えばそういやあの人、浴槽洗うためだけに魔法使ったよ?」
「でも……魔法のコントロールが弱いような気がする……ってあれ? あの人魔法使う時詠唱してた?」
「私は聞いてないわよ?」
「あたしもだ」
「わたしもー」
アハトが提示したふとした疑問は、ここにいる誰もが失念していた事柄だった。
そして満場一致で詠唱を聞いていない。
「無詠唱……だったよね」
アハトがもう一度確かめるように三人に問い掛けても、帰ってくる言葉は同じ。
「無詠唱で魔法をポンポン発動するくせに魔法の、魔力のコントロールが余りにも拙すぎる……なんなのあの人……」
「おーい」
アハトが首を九〇度に曲げて、ポツリと呟いたその時、浴室の扉の向こう側からフィガロの声が聞こえた。
「は、はい! 如何しましたか!」
突然訪れたフィガロは、浴室へ繋がる扉の外で何やらゴソゴソしている。
「辺境伯様も男って事だわ」
「こら! 聞こえるわよ!」
しゃがみ込んだままの四人は腕と掌で隠すべき所を隠し、体を出来るだけ縮めてフィガロの言葉を待った。
プルやシロン、ハンヴィーとアハトの考えている事は大体似通ったもの。
浴室に入ってきて、私達に自分の体を洗わせた後、卑猥な事を要求してくるのだろう、と。
彼女達はミロクに奴隷として買われてからの数ヶ月、毎晩毎晩夜の相手をさせられていた。
一人の時もあるし、二、三人で相手をさせられた時もあった。
男という生き物は所詮同じ事に行き着くのだな、とプルが少し気を落とした時、ゴソゴソとやっていたフィガロが言葉を発した。
「ちょっと漁ってみたら使えそうな服が結構あったから適当に持ってきました。使って下さい」
「……は? あ、はい!」
女性達は、予期せぬフィガロの言葉に拍子抜けした声を上げた。
「私達ったら何を考えてるのかしらね」
「そうだわね」
フィガロの気配が消えてからウルが言うと、他の三人も頷いて同意を示した。
「見た感じ一三歳くらいだものね、考えるわけないか……私の邪智が過ぎたわね」
「仕方ないよ。そんな生活ばかりしてたんだもの」
プルの誰に対してでもない呟きに、アハトがフォローを入れた。
一般的な女性の奴隷は、慰みものや夜伽の共として多用される面も持つ。
ミロク達にされた仕打ちを思い出したのか、シロンとハンヴィーが肩を抱いて小さく震えている。
削痩した体を寄せ合い震える姿を見たらフィガロは一体どう思うのだろうか、とアハトは考える。
見た目通りの年齢だとしたら、彼は一三歳から一六歳くらいだろう。
成人したてかそれ以前の年齢で辺境伯という地位に収まる、普通は考えられない事だった。
少なくとも、アハトが生きてきた二四年間の常識の範囲内では聞いた事も見た事も無かった。
辺境伯といえば大公に次ぐ権力者であり、国の主要人物でもある。
きっとフィガロの傍には、多数の見目麗しい女性が多くいるのだろう、そんな人が小汚いやせ細った自分達のどこに魅力を感じるというのか。
少しばかり自意識過剰だった自分を恥じ、顔にお湯を掛けてゴシゴシと擦る。
あの地獄のような生活から助け出してくれたリッチモンドと、幼い権力者は仲が良さそうに見えた。
もしリッチモンドがフィガロに口添えしてくれたのなら、自分達がこうして温かいお湯で体を綺麗に出来ている事を感謝すべきだ。
恩は返さねばならない。
それがアハトの中に芽生えた小さな決意だった。
仮にフィガロやリッチモンドがこの体を求めて来るのなら、応えるべきなのかもしれない。
「肥えなきゃ、ね」
女性らしい体付きとは程遠い自分の体を擦りながら漏れ出たアハトの呟きは、湯気とともに溶けて消えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。