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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー
三三六話 決断
しおりを挟むアーマライト王が泣いている。
大の男が、しかも一国の王が涙を浮かべるというのは並大抵のことでは無いと俺は思う。
瞳に浮かんだ涙は重力に引かれるように頬を伝い、一筋の跡を残した。
「お見苦しいものをお見せした。申し訳ない」
「いえ……」
王の涙を見た後、テーブルを囲んだ者達の中で口を開く者は居なかった。
場を静寂が支配し、涙を擦ったアーマライト王の鼻をすする音が僅かに聞こえるのみだ。
そんな中で黙って聞いていたリッチモンドが手を挙げて言った。
「街を破壊すればいいんだよね? それなら僕とフィガロで行うよ。爆破用の魔道具は取っておいて然るべき時に使おう」
「おい……マジかよ」
「僕はいたって大真面目さ。街の破壊なんて大規模な事、僕と君くらいにしか出来ないだろ? 適材適所というやつだよ」
「むぐぐ……」
「それは嬉しい提案だが……いや、是非とも頼みたい」
「喜んで」
微笑みを浮かべながら軽く会釈をするリッチモンドだが、彼の提案は確かに適材適所だとは思う。
思うのだけど……なんか釈然としないのは俺だけなのだろう。
周囲の目は期待に満ちたものであり、アストラなんかはうんうん、と首を縦に降っている。
「彼は破壊する事にかけては一級品だからね、安心して欲しい。必ず街中に風穴を空けてみせよう」
「おい! 一言余計だろ……」
「間違ってるかい?」
「いや……そんな事は無いけど……」
何だかさり気なく茶化されているような気がする。
シャルルは口を押さえて肩を震わせているし、あれは絶対に笑ってる。
ヘルメットを脱いだブラックも半笑いで俺を見ているし、ランチア勢が俺に対して持っている認識を確認した方がいいのかもしれない。
「では市街地の破壊はリッチモンド殿とフィガロ様に一任する。我がロンシャン兵達はフィガロ様達が街を破壊した後、開かれた道の左右に展開し、家屋を盾として少しずつ迷宮管理塔へ進軍する部隊と兵器運用部隊とで分かれてもらう。采配はアストラ及び部隊長で行う。他に何か案があれば是非発言してくれ」
「じゃあ……あの……いいかしら」
誰も発言しなさそうな雰囲気の中、伺うようにシャルルか椅子を引いて立ち上がりながら言った。
その瞳には強い決意のような光が宿っており、彼女の中で何かが固まったのだろうと思わせる。
「シャルルヴィル王女殿下か、何か妙案が?」
「妙案、ってワケじゃないの。でも一つだけ試したいことがあって……フィガロ達が作戦を遂行している間に、私の使い魔でその迷宮管理塔という場所の内部を探るのはどう?」
「使い魔、ですか?」
「そう。誰にも見つからない、見えていても気にもとめない、そんな使い魔よ。もし一般人が囚われているなら必ずどこかに隔離されている筈でしょう? 隔離場所が分かればその部分だけを攻撃しない事だって出来るはずよ。そうすればアーマライト王陛下の心配も無くなると思うの。どうかしら?」
「しかし……あの場所はかなりの広さだ。無作為に探した所で見つかるかどうか」
「大丈夫、策はあるわ!」
両手を腰に当てて誇らしげに言うシャルル。
恐らくシャルルはシキガミでの偵察を行うつもりだろう。
しかし見えていても気にも止めない、というのが気になる。
「では……作戦と並行してシャルルヴィル王女殿下の使い魔による敵情視察を行い、囚われの人々を探し出す。他に誰かあるか?」
「では……陛下。僭越ながら俺からも良いだろうか」
「ブラック殿か、聞かせてくれ」
「破壊工作後なのだが、俺達四人を迷宮管理塔へ先行させて欲しい」
「それは……どういうつもりだ? 死ぬつもりか?」
「いや。申し訳ないが俺達はそうそう死ぬようには出来ていない。加えて俺達はそんじょそこらの兵士や冒険者達よりも強い。そこで俺達四人が敵陣に突入し、頃合を見て王城へと逃げ帰る振りをする、逃げた俺達に釣られて敵が出て来た所を砲撃で叩く。
そしてシャルル王女が人質を保護出来たのなら、迷宮管理塔への砲撃も並行して行う。この案はどうだ?」
「ふむ……囚われの人々さえ無事なら管理塔を直接叩くのも悪くは無い……か。分かった。ブラック殿の意見も取り入れてみよう」
「私もいい?」
「ヘカテーか。何だ?」
「シャルちゃんが戦ってるのに私だけ何もしないで待っているのはもう嫌。少しでも皆の力になりたい」
ブラックの意見が通った所で、ヘカテーが溜まりかねたように挙手して父親であるアーマライト王へ強い視線を送った。
「気持ちは嬉しいが……良いだろう、お前の考えを聞こう」
「私には魔法しか無いわ。だから敵が来るであろう道に徹底的にトラップを仕掛けようと思うの」
「ふむ、罠か……確かにお前の得意とする風属性と地属性の魔法であれば……足止めや撹乱も可能だろうが……いいのか? 王城にいた方が安全だぞ」
「安全にしておきたいのは父上の思いでしょう? 心配してくれるのは有難いけど、黙って見ているだけの私の気持ちもくんで欲しいのよ」
「むぅ……分かった。だが無理はするな、護衛を何人か連れて行き後方に引きつつ作戦に参加するのだ、引くことも戦術の一つと覚えておきなさい」
「はい。ありがとうございます父上」
アーマライト王的に、娘たるヘカテーを城の外へ出すのは非常に心苦しい決断なのだろう。
しかし戦力は一つでも多い方がいい、という現実的なパワーバランスを考えて許可したのかもしれないし、ヘカテーの強い意志に根負けしたのかもしれない。
「もし宜しければですが、ラプターをヘカテー王女殿下にお付けいたしましょうか」
「しかしそれでは空からの……いや、なるほど。左様であればお気持ちに甘んじてもよろしいか」
「構いません。では後程ラプターを向かわせます」
ラプターが空から監視をするという考えがアーマライト王にはあったのだろうが、魔獣が護衛を務めるのであればこれ以上無い護衛になる。
それに魔法を発動させるのに地上でなければならない、なんてルールは無いのだから、ラプターの背に乗りつつ作戦を進めていけばいい。
アーマライト王はきっとその考えを読み取ってくれたのだろう。
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