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52 浅はか

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 ざぁざぁと雨が降っていた。
 あの日を彷彿とさせる大雨は、玉座の間の窓を激しく叩きつけている。
 突然降り出した雨は勢いを増し続けている。
 魔界ではこういう嵐のようなスコールが時たま発生する。

「クレア様」
「なんじゃー?」

 玉座にちょこんと体育座りをしているクレアは、どこか機嫌が悪そうだった。

「あの、少しお話がありまして」
「じゃなきゃここには来んじゃろうが、要件はなんじゃ? 今はちと虫の居所が悪い。この雨のせいでな」
「雨、ですか?」
「そうじゃ、我は昔から雨とか曇りとかになると酷く頭が痛むのじゃ、体もだるいし、やる気も起きん」
「あー……」

 雨や曇り、天候が不安定な時に起こるそれを俺は前世の記憶で知っていた。
 低気圧症候群というそれは、前世の俺も患っていたものだけにその辛さがよくわかる。
 だとすると機嫌が悪いのもそのせいであり、今の状態のクレアに物申してもいい答えが返ってくるとは思えない。
 でも――。

「今、テイル王国で革命が起き、内戦が起きているのはご存じですか?」
「知らん。そんな瑣末な事どうでもよいじゃろが」
「はい。そしてそこで今、俺の……軍で世話になった人達が命の危険に晒されています」
「軍人じゃろ? いつ死ぬかわからん職業、毎日死と添い寝しとるような輩じゃ。晒すも何もないじゃろて。それが何かあるんか?」
「……助けに、行かせてもらえませんか」
「なぜじゃ? クロはもうこちら側、魔族側の人間じゃ。介入する必要もなかろ」
「つまりそれは……」
「ダメじゃ。行く意味も利益も何もないではないか。むしろデメリットの方が多いわい」
「ですが……お願い、します……!」
「ダメじゃダメじゃ」
「お願いします……!」
「何度頭を下げようと答えは変わらんぞ、下がれ」
「そこをなんとか、お願いしますクレア様!」

 クレアはもう話は終わりだとでも言うように手のひらをピラピラと振っている。
 けど、時間が無いんだ、どうにか……。

「なんじゃその態度は」
「土下座です、その、俺の考えうる限りの最大の懇願を態度で、表してみました……」
「くどいぞ」

 ジャパニーズ土下座。
 この世界には浸透していないもの、しかしこれをしたからといって何が変わるわけでもなく。
 クレアの反応は冷ややかで、かつイライラが増しているのか、クレアから猛烈なプレッシャーが叩きつけられる。
 喉はひりつき、全身から冷たい汗が噴き出てくる。
 ただイラついただけでこのプレッシャー、首元にナイフを突きつけられているような感覚が心の底から恐怖心を引きずり上げてくる。

「……どう、してダメなんですか」

 今が最悪のタイミングだというのは分かっている。
 だけど早くしないと、ダラスやアスターが命を落としてしまうかもしれない。

「先も言ったじゃろ……じゃが……何でそんなにこだわる? 縋り付く?」
「俺は……その、もう、嫌なんです」
「嫌……?」
「父の時のような事にはもう、なりたくないんです。ありがとうございますって、言えないままで終わるのは嫌なんです……! だから……!」
「……ふむ」

 クレアのイラつきが収まり、場の空気が少しだけ穏やかになった。
 これは、と一瞬思い顔を上げてみたのだが、クレアは肘掛けに肘を立て、俺を見下ろすその表情は冷たいままだった。

「うつけめ。そんなもの、お主のわがままではないか。謝辞を述べたかったのならなぜ国を出る時に言わなんだ? そうしとったらこうもなっとらんじゃろう。これはお主の落ち度、わがまま、私利私欲で我が魔王軍を動かせと? そもそも助け出してどうするつもりなのじゃ? テイル王国は内戦中なのだろ? そこで助けたとしても別の場所で死に至るやもしれんではないか。謝辞が言いたいだけ、などとふざけた事を吐かすなよ? そのような世迷言でこの魔王クレアと魔王軍を動かせるとでも思ったか?」
「……くっ……」

 正論すぎて何も言えなくなる。
 じわりと目頭が熱くなり、涙が溢れそうになるのを奥歯を噛み締めてぐっと堪える。

「それにの、魔王軍が突如乗り込んでみい、革命どころではないぞ。革命軍と正規軍両方から敵意が向く。そうなったらテイル王国は終わりじゃぞ? 敵意を向けられたのならとことん叩き潰す、それでもよいのか?」
「あ……」
「はぁ、それも考えておらなんだか……だからと言って単身乗り込もうなどとも、決して思うなよ? 前にも言ったがお主は大事な部下じゃし、死なせるわけにはいかん。捕われるわけにもいかん」
「う……」
「クロード・ラスト、お主はやるべき事をやり、成すべき事を成すのじゃ。頭を冷やし、お主の仕事をよくよく思い出せ。よいか? もう一度言うぞ? 理由無くして動く事は出来ん。そして魔王軍は動かせない。クロが単身テイル王国に乗り込む事も禁ずる。分かったか?」
「わかり、ました……」
「少し頭を冷やせ、考えが変わるやもしれんからな」
「はい、失礼、します……」

 俺はのろのろと立ち上がり、玉座の間を出た。
 クレアの言う事はもっともだ。
 短慮が過ぎるとはこの事か。
 また繰り返してしまうのか、と思いながら廊下の窓をじっと見つめる。
 外は暴風雨になっており、窓を叩く雨風の勢いは凄いものになっていた。
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