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69 怒りの鉄拳

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「お前何言ってんだ!?」
「本気で言ってるのか?」

 ダラスは怪訝な表情で、アスターは訝しげな表情でそれぞれ俺に目を向けた。
 そんなに変な事を言っているつもりはないんだけどな……。
 変かな?

「本気ですよ。本気ですとも。クロード・ラストはやりますよ」
「つってもなぁ。飲みに行かない? みたいなノリで言われてもなぁ……」
「クロード・ラスト! よく聞け! 俺達は軍人だ! ピクニック気分でふらふらしているお前とは違う! 俺達はお前の!」
「よせアスター」
「ですが中将!」

 俺の勧誘の仕方が気に食わなかったのか、アスターは眉を吊り上げて俺に食ってかかってきた。
 それをダラスが制するが、アスターはまだ言いたりないようだった。

「……よせと言った。聞こえなかったのか?」

 ダラスはいつもより一段低い声を出してアスターを睨み付けた。
 アスターにとってダラスは上官、そして軍人にとって上官の命令は絶対である。
 色々と俺関連の事があったので、普通の兵達よりはフランクなやり取りをしている二人。
 しかし今この場では完全な上官と一士官であった。

「悪いな、クロード。気を悪くしないでくれ」

 鋭い眼光がふっと穏やかになり、ダラスは後頭部を軽く掻きながらそう言った。
 
「いえ、大丈夫です。俺の言い方が悪かったんだと思います」
「……、」
「アスターもアスターで色々大変だった部分もあるんだ、分かってやってくれ」
「そう、ですよね。アスターさんの言い分も分かります。俺が突然国を捨てて出て行った尻拭いをさせられているんだ、って言いたいんだと思います。怒るのも最もです」
「……ふん……随分と軽く言うのだな」

 アスターは俺の目を見ずに、壁の一点をただじっと見つめていた。

「……すみません」
「お前にとっては対岸の火事同然だが、我々にとっては災害規模の大事件だったのだぞ」
「はい、そのようですね」
「……ならば一発殴らせろ」
「はい?」
「殴らせろと言っている」
「えとあの……」

 一点を見つめていたアスターの目がぐるりと動いて俺に向き、その瞳の色は言っている事が決して冗談でないと表していた。
 ダラスに助けを求めようと視線を送るが、ダラスはニコリと悪どい笑みを浮かべ、

「正直俺もアスターの意見には賛成だ」
「ダラスさん!?」
「当たり前だ。お前も事の大きさは理解出来ているようだが、その想像以上に残された俺達の被害はデカすぎた。知らない人からみたら本当にただただ災害に巻き込まれたようなものだ」
「う……」
「俺だって言いたい事は沢山ある。だがここで問答をした所で起きちまった事は何も変わらない。ただ、お前が反省というか、思う所があるのなら、アスターの一発を甘んじて受けろ。それが男のケジメってやつだ」
「……わ、わかりました……」

 横で聞いているダレク達は目をつぶってじっとしているだけで何も言おうとはしない。
 これは俺とダラス達の問題なのだから当たり前と言えば当たり前か。
 それに、二人の言い分も充分に分かる。
 
「覚悟はいいか。遠慮はしない」
「お、オス……!」

 リトルバードの狭い室内でアスターが手甲を外してぐっと拳を握った。
 俺はアスターの全力がいつ来ていいように歯を食いしばり、目を固く閉じる。
 目を閉じてから一秒か、十秒か、一分か。
 随分長く感じられ、薄く目を開いた所でガンッ! という音と共に頬に強烈な衝撃が響いた。

「―――――ッッ!」

 殴られた衝撃で思い切り後ろの壁に頭をぶつけ、後頭部と頬の両方に鈍い痛みを感じる。

「あ、ありあおうごじあましあっ!」
「……ふん」

 アスターの様々な思いが乗った拳の一撃、目の前がチカチカするが、そこを堪えながらお礼の言葉を述べた。
 呂律が回らず言葉にならなかったが、アスターには届いたらしい。
 
「くく……! 殴られて礼を言うとは思わなかったぜ! あっはっは!」
「ひ、ひろいれふよ……いへぇ……」

 涙目になっている俺を見て、ダラスが腹を抱えて笑いだした。
 鉄拳制裁にはお礼で返すんじゃないのか? 俺がずれているのだろうか……?
 アスターの一撃はかなり重く、一発だけなのに殴られた側の頬が数倍に腫れあがって上手く言葉にならない。
 
「くぅ……! 熱いぜ……!」

 横を見れば何故かダレクが涙を流して拳を握ってるし。

「これぞ友情ってヤツだなぁ! 熱い! 熱いぜぇ!」
「ちょっとダレクうるさいよー!」
「そうよ! せっかくいい所なのに!」

 何がいい所なのだろうか。
 ダレクらの言葉の意味はいまいち分からないけど、これで俺の中のわだかまりが一つ消えた。
 しかし、その次にダラスの口から発せられた言葉、

「世話になった礼が言いたいってんなら、もう一人、大事な人がいるだろう」
「もうひほりれふか?」
「分かってるだろう? 陛下だよ」
「……はひ」

 その言葉に俺は一瞬息を詰まらせた。
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