ノーブランドお嬢様、友達係を任される

青野ハマナツ

文字の大きさ
15 / 20

ナミダの提案

しおりを挟む
「……二人っきり、ですね」

 ライリーは、エレットの一言にドキリとする。そうか、今この部屋には二人しかいないのか……。

「……あの、お話を、してもいいですか?」

 エレットは顔を正面に向けたまま尋ねた。ライリーは様々な思考を解き、一度だけ頷いた。

「わたくし、まだライリーさんと出会って間もないので……厚かましいかもしれませんが……」

 エレットは声を震わせながら、ライリーへと言葉を送る。

「気にかけてくれることが本当に嬉しくて、でもだからこそ申し訳なくて」

 エレットは、はぁはぁと息を荒くしてから、ゆっくりと息を吸い込んで一言放った。

「愚痴を言っても、いいのでしょうか」

 流れとは少し違った唐突な言葉に、ライリーはほんの少しだけ驚いた、しかし、そう言うのを分かりきっていたかのようにニコリと笑い、エレットの顔をしっかりと見ながら優しく言葉を返す。

「もちろん!」

 短い一言であったが、エレットにとっては救われるような一言だった。それは、多忙な両親と執拗な使用人たちの間に挟まれ、日々与えられてきた苦痛すらも跳ね除けてしまうような、そんな一言であった。

 エレットは横に座った「友人」の顔を見て、つーっと涙を流してしまう。だが、それはエレットの吐露を止める抑止力にはならず、彼女の口からは今までの感情がポロポロとこぼれ始めた。

「ずっと、嫌だったんです」

 エレットはゆったりと、しかし強い声で話す。

「お父さまも、お母さまも、いつもお忙しそうで……わたくしにはお話し相手がいませんでした」

「……そっか」

「だからこそ、わたくしにご指導下さっている皆さまとなら楽しく過ごせるかな、と期待していました」

 エレットは俯きながら、悲しみの感情を言葉に変換していく。ライリーは、ただひたすらに聞くことしかできなかった。

「実際には違いました。わたくしが何かをする度に、『できて当然』、だとか、『このくらいのことができない人間はいない』、だとか、彼女たちは私を褒めてはくれませんでした」

 ライリーは、その言葉を聞いてルサークの姿を思い出す。優しさのある彼女もエレットを褒めることはなかったのだろうか、と疑問に思ったのだ。

 しかし、ルサークはあくまで仕立て役。そもそもエレットと接触する機会すら少ないのかもしれない。ライリーはそれを考えて納得した。

「たしかに、『褒めてほしい』だなんてワガママだと思います。ですが、あそこまで見放されるだなんて、わたくしは耐えられません」

 ライリーは、ベッドへ落ちていく二粒の雫を見ながら、どんどんと胸が締め付けられていく。なぜあの人たちはこの子をここまで苦しめるのだろうか。そんなことを考えながら。

「……また、ワガママを言うことになりますが……これ以上求めないと誓うので……!」

 エレットはライリーの両肩を掴みながら、青い瞳が湖に見えるほどの涙を流して声を絞り出した。

「たすけてっ……ください……!」

 その声を聞いたライリーは、今まで自分の何かをつなぎ止めていた糸がプツリと切れ、エレットに向けて大きく頷いてから、「待ってて!」と声を上げた。そして、部屋を一気に飛び出し、一度自らの部屋へと戻る。

 部屋に戻るなり、ライリーはエイドに大声で質問する。

「エイド!ハイオット・ルサークって人を知らないかしら?」

 突然訊かれたエイドは困惑し、皿を洗う手を止めた。

「えっ、あぁ、ルサークさんですね。一つ上の先輩なので存じてますよ。たしか、四階の階段正面のお部屋――」

「ありがとう!!」

 そう言ってライリーは部屋を飛び出し、急いで階段を駆け上がった。そして、階段正面の部屋をコンコンと叩き、中にいる人物が誰なのかを確かめる。

「失礼します。ハイオット・ルサークさまのお部屋であっておりますでしょうか!」

 その声を轟かせると、内側から扉が開き、予想通りルサークが顔をのぞかせる。

「はい、そうですが……あれ?」

 ルサークは少し困惑したが、下を向いてからようやく理解する。

「ああ、あなたでしたか。どうされました?」

「あの、急に押しかけてきて申し訳ないのですが、エレット王女のお衣装をいくつか貸していただけませんか?」

「王女様の……?どうお使いになられるんですか?」

「――っ、理由はなんでも良いでしょう?」

 ルサークは、なにかを隠そうとするライリーを見て、ひとつの考えを持つ。ははーん、この子、お着替え会でもするつもりですね。この歳の女の子らしくて良いじゃないですか、と。

 そうと分かれば準備は早い。ルサークはライリーを二階の倉庫へと連れていき、仕立てたばかりの服の数々を見せる。

「ここからここまでは、まだ王女様も着用なさっていない新品です。せっかくですし、こちらからお選びください」

 そこにあった多くの服は、まさに「王女」の名に相応しい美しいものばかりであった。本物かどうかは分からないながらも、色とりどりの宝石がちりばめられた服や、シルクで作られた手触りの良いものまで様々。ライリーはそれらを吟味しながら選んでいく。

 最終的にライリーは六着もの服を選び、「持って行って大丈夫ですか?」と問う。ルサークは選定された服たちを意外だと思いつつも、「ええ、大丈夫ですよ」と答えた。

 ルサークは、両腕いっぱいに服を抱えたライリーを見て、「部屋までお持ちしましょうか?」と尋ねたが、ライリーは「持てます!」と自信満々に宣言し、倉庫から外へと出ていった。

 ルサークはその様子を眺めてから、残った服たちの様子を確認する。すると、管理が甘く虫に食われた服を見つけてしまった。その事実に悔しさを覚えながらも、直してから帰らなければ気が済まない、と裁縫道具を取り出した。

◇ ◇ ◇

 ライリーは、服を抱えながら階段を上る。しかし、服とはいえ六着も持つとそれなりに重い。ライリーは落とさないように気を払っていたが、踊り場に到着するはずみで服を一着落としてしまう。

 すると、前から中年の使用人が降りてきて、服を落としたライリーの近くで「何をやってるんだか」と囁いた。

「そんなに服を持って。なにを企んでいるんですか?」

「――企みなんてありませんよ」

 ライリーはこれ以上絡まれたくない、と服を急いで拾い、三階で待つ王女へ服を届けに上がっていく。使用人は、追いかける気力もなくただライリーを見送った。

 三階に到着したライリーは、ノックもせずエレットの部屋へと入った。

「戻りました」

 その言葉を聞いたエレットは、その場に立ち上がってから驚愕する。ライリーは、上下セットの服、六着をその場に置いた。

 エレットは置かれた服へ近づいていき、どのような服があるかを確認する。色は青と桃色と白しかないが、そのどれもが豪華というよりはむしろ質素で、ドレスと称するにはあまりにも目立った要素がないものばかりだ。

「エレットさん、これが全部入るくらいのバッグはない?」

「あ、ありますけど……どうして……ですか?」

「あるんだ。ならそれを持ってきてもらってもいいかな?」

 エレットは服の観察をやめ、少し急ぐようにバッグのある場所へと向かった。そして、あの服たちと合うような質素なバッグを選んで持っていく。

「は、はい、持ってきました」

「ありがとう」

ライリーはエレットからバッグを受け取るなり、どんどんと服をバッグに詰める。そして、全て入れ終わってからエレットに確認をとる。

「ねぇ、これがなかったら生きていけないとか、何も食べられないとか眠れないとか、そういうものはない?」

「え、えっと……どうですかね」

「あるなら用意しておいて」

 そう言い残して、ライリーはまた部屋の外へと出ていってしまった。エレットは困惑したが、言われた通り「これがなかったら眠れないもの」、である小さなクマのぬいぐるみを用意した。

 エレットがソワソワと落ち着かない様子でしばらく待つと、ライリーが中型のバッグを持って帰ってきた。エレットは、何か心に決めたような顔つきのライリーに、改めて質問を投げかける。

「あの、こんなに荷物をもって、どうするのでしょうか……?」

 その質問を聞いたライリーは、数刻だけ考える素振りを見せてから、これまでとは全く違う大真面目な顔で口を開いた。

「――遠くへ逃げちゃおうよ、二人でさ」

 少し前まであんなに青かった空が、急にオレンジ色に変わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...